トモダチ作戦(2)
それからも緑野の対人態度改善は続いた。
しかしなかなか芳しい成果は得られなかった。
「ねぇねぇ緑野さん、今日一緒に帰らない?」
「い、いえ、それは……」
「良いじゃん。駅まで一緒に行こうよ?」
「あ、いや、その」
「え~だめ~~?」
最初こそ我慢する緑野。
だがしばらく言われ続ければ、敢え無く緑野の臨界点は突破する。
「結構と言っていますわよね」
怒る緑野が姿を現す。
「犬や猫ならまだしも、わたくし、類人猿を連れて散歩をする趣味はないんですの。飼い主なら他を当たってください。この野良類人猿が。保健所呼びますわよ」
保健所……!
野良類人猿扱いされた男子は雷に打たれたような顔をしていた。
まぁすり寄り方がきもかったが、野良類人猿は言い過ぎだろう。
その他にもストレートな告白も続いていて――
「好きだ! 付き合ってくれ!」
「死んでも嫌です」
「I love you」
「I hate you」
「美しい」
「汚い」
無双。無双である。
緑野は言い寄る男をぶったぎり続けていた。
その凶刃は日々人の血を吸うことでより鋭利に研ぎ澄まされていっている感もある。
というか汚いとかただの暴言じゃねーか。
それにより積みあがる死体は数知れず。
彼女が女子から稼ぐヘイトも計り知れず。
おかげで
「あ……」
ある教室移動の最中、緑野が女子にぶつかり持っていたプリントやら教科書やらが廊下に散らばった。明らかにその他のクラスの女子はわざと緑野にぶつかっていた。
「あ~、ごめ~ん。ぶつかっちゃったわ」
ぶつかった少女は悪びれもせず謝り、取り巻きの女子達はクスクスと笑う。
そしてこの状況で、真正面切って緑野に助け舟を出せる人間などなかなかおらず
「……今度からは注意してください」
「あ~はいはい。今度から気を付けるわ~」
緑野は女達が去ったあと、廊下に散らばったルーズリーフを一人黙々と回収していたのだが
「ホラ」
「あ、ありがとう」
「気にすんな」
流石に見かねた朗太が落ちたルーズリーフを拾い上げた。
依頼を受けている時点で赤の他人でもない。
依頼者である緑野が一人でルーズリーフを拾う姿は痛々しくて見ていられなかったのである。
朗太は周囲の視線も無視しプリントを集め続け、終えると緑野と肩を並べて教室へ歩いていた。
「お前がいつまでたっても『あぁ』だからこうなるんだぞ?」
「分かっていますわそんなこと」
朗太が言うと緑野は口を尖らせた。
「ですがわたくしは日本の未来を背負う『緑野』。他とは違うんです。だから大量生産された無個性な男子たちと付き合う訳もないのです。酷い言葉が出てしまうのも当然です」
「酷いって自覚はあるのか……」
「当り前でしょう。普通の情操教育は受けたのだから。鞭として使っているだけです」
「普通の情操教育受けたらそもそもそんなこと言わないんだけどなぁ」
「そうでしょうか?」
「そーだよ、マジでなぁ!」
「そうですか。フフ、勉強になります。それにしても、こんな犬小屋当然の学園に父がわたくしを通わせた意味はずっと分かりかねてきたのですが、いくつか良い事はあったようですね」
「ん、なんだ?」
思わぬ話題の転換に朗太は横の緑野に顔を向けた。
「犬小屋の中にも、ちゃんとヒトがいるってことです」
するとそこには柔和な笑みを浮かべる緑野がいて、朗太は思わず口ごもった。
「凛銅さん、今ほどわたくしのプリントを拾ってくれてありがとう。見直しましたわ。流石、姫子さんが認めるだけありますわね」
「ッ」
真正面から対面することで今更ながら思い知らされる予想以上に整った顔。
加えて予想外に素直な態度。
それらがあいまり朗太は思わず赤面する。
だが――
「何見惚れているんですか下郎」
「それがいけねーんだぞそれが」
途端に真顔に戻った緑野に強制的に現実に戻され、朗太も冷静にツッコミを入れた。
そのような朗太としては嬉しくもない会話は、周囲からすれば羨ましくも見える光景で
「こ、殺す……!」
「あいつばかり都合よすぎ……」
朗太までヘイトを稼ぐ事態になっていた。
そのような環境で朗太の住環境が改善する訳もなく、
「あなたと付き合うなんてお断りですわ。負け犬、ゴーホーム」に始まり
「ねぇお願いだから天文学部に来てよ」
「だからさっきから」
「良いじゃん、夏の天体観測はいい思い出になるよ?!」
「いや、だからわたくしはそんなもの求めてないと」
「まぁそうだけどやってみないと分からないじゃん? お願い!」
「いやだからお断りしますと」
「そこをどうにか!」
「はぁ……」
「え?」
「疲れたなと思いまして」
「え? あぁごめん。しつこかったよね」
「気にしなくていいですわ。星が好きな乙女チックな感性をした殿方なんですものね。現実では一ミクロンもありえない夢を見てしまいのも仕方がないでしょう。今回は許しますわ、特別に。ですが今後も荒唐無稽な夢を語られてもわたくしも困りますので今後はするならより現実的な話をしてください。寝言は寝て言いましょう?」
などと相手に下心があるとはいえ、過剰防衛のように相手をボコボコにしていれば問題の解決などするわけもない。
「男子も酷いけど、マジでなんなん?」
「男子も男子よ」
「まじで信じらんないわ」
底が見えぬほど緑野周囲の状況は悪くなって行った。
「ど、どうしようかしらね、朗太……」
「しゃーない。早急に手を打つために助っ人作戦を実行に移そう」
朗太は先日姫子が言っていた協力者を投入する作戦を実行に移した。
先日朗太は、友人を巻き込んでしまうことを懸念した姫子に『任せてくれ』と言っていた作戦。それは――
翌日の放課後のことだ。
「ひ、久しぶりね」
「おぉ久方ぶりだな。群青」
朗太の目の前には黒髪おさげの少女がいた。
クラスで4番人気の黒髪おさげの可愛い少女。
群青輝美。
つい先日、瀬戸基龍と恋人になりたいと朗太たちの助けを求めた少女である。
だが教室に集められた女子はそれだけではない。
「で、私に何の用? 私、部活で忙しいんだけど」
「無事部活に戻ったようで良かったよ」
藍坂穂香。
先日のバスケ部騒動の中心人物もいた。
「え、この二人って」
朗太が招集したメンバーに姫子は目を白黒させた。
「そうだよ」
朗太の真意に気が付きつつある姫子に朗太は得意げにニヤリと笑った。
「姫子は友人を紹介する場合、友人に迷惑をかけると心配していたな。なら話は簡単だ。どうせ迷惑をかけるならこれまでに恩を売った相手を頼ればいい」
それこそが朗太の『任せてくれ』と言った真意であった。
創作物でよくある話だ。
目の前の難題の解決。その解決に前のシリーズのボスに力を借りるということは。
そうでなくともこれまで恩を売った相手、とりわけこれまでの依頼者に頼み込むという流れは創作物でよくある。
朗太はそれを実践したのだ。
これは、誰にでもなんだかんだ優しい姫子には選択できない、よく創作物を読んでいたからこそナチュラルに出た選択肢である。
集まった二人に朗太は告げた。
「諸君らには、緑野翠の友達になってもらいたい」
こうして緑野攻略は第二フェーズへ移行した。




