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トモダチ作戦(1)


「お前どの口が言ってんの?」


 その言葉は自然と口から転がり落ちた。

 するとその一言で、多少殊勝な態度に見えた緑野は豹変した。


「どの口!? この高貴な口ですわ! このわたくしの唇、二唇はあなたのそれとは違い非常に価値のあるものなんですよ?」

「はぁー?! てめー何様だ!? そのふざけた口きけなくしてやろうか!?」

「きゃーセクハラですわ!! わたくしの麗しい唇をそのケダモノのような猛々しい唇で塞ぐと言っていますわ!?」

「朗太! こいつとキスなんて許さないわよ」

「いやキスなんてしねーよ!?」

「いいえ! 嘘ですわ! このケダモノも他のケダモノと同じように厭らしい目で見ていましたわ!!」

「朗太本当なの!?」

「本当なわけねーだろぉぉぉぉぉぉ!!」


 余りに苛立ちに乱暴な言葉を放つと一瞬でカオスな状態になってしまった。

 だがしばらくすると喧噪も絶え、ボロッ……という効果音でも付きそうな雰囲気の朗太が問う。


「で、何だっけ、お前は友達が欲しいんだっけ?」

「そうですわ。わたくし、友達が欲しいんですの。で、先日聞きました。そこの、ひ、姫子さんが生徒の悩みを解決する活動をしていると」


 緑野は腕を組み顔を赤くしながら羨望の眼差しで姫子をチラリと伺った。


「それで、この度頼んだんですの」

「で、今回は朗太の助けが必要だと思って朗太の助けを求めたってわけ」

「でもひ、姫子さん、果たしてこの男は役に立つのでしょうか? べ、別にわたくしは姫子さんだけでも……」

「こんなんだけどこいつは優秀よ。少なくとも私はそう思っている。それと私のパートナーを悪く言うようなら他を当たって頂戴」

「まぁまぁそんな手酷く言ってやるなよ」


 姫子がぴしゃりと言われ唇を噛む緑野に思わず助け舟を出した。

 この少女、なかなか打たれ弱いのかもしれない。


「で、どうして友達なんて欲しいんだよ。普段の態度見ていたらとても友達なんて欲しくなさそうだけど」

「そ、それは……ッ」


 緑野は顔を赤らめ俯いた。

 そして恥ずかしさからかチラリと姫子を見ると、逡巡したのち、緑野は重い口を開いた。


「が、学園生活を乗り切るために必要なものだからですわ……」

「物みたいな言い草だな」


 本当に友達なんて欲しいのかよ。


 だがこうして、緑野翠の友達作成作戦は幕を開けたのだ。



◆◆◆


「分かってるな?」

「分かっていますわ! 馬鹿にしないでください!」

「優しくするのよ? 『下々』とか『下賤』とか『犬』とか言っちゃだめよ?」

「ど、努力します」


 努力かい。

 翌日の朝。

 朗太、姫子、緑野の三人は屋上に続く階段の踊り場に集まっていた。

 朝の喧騒が階下から響いてくる。

 作戦を行うにあたって最後の打ち合わせをしているのである。


「あなたの一番の問題はあなたが話しかけてくる男子生徒を手酷く振り続けているからよ。まずはそこを改善よ」


 姫子は指を立てて念押しした。

 朗太たちが立てたのは単純過ぎる作戦だった。

 結局は緑野の評判の悪さは緑野が口汚く男子たちを振り過ぎていることにあるのだ。

 しからばそこから解決していこうというのは当然の帰結であった。

 男子生徒に対する態度を改めて、現状の評判はそれが済んでから挽回しようと踏んだのだ。


「わ、分かりましたわ……」


 姫子にズビシと指摘されて緑野はおずおずと頷いていた。



 すぐに作戦は決行された。


 上手くいくのか??


 朗太は視界の先に佇む朝の陽ざしを受ける緑野の背中を、固唾を飲んで見守っていた。

 2限目と3限目の合間の休み時間。

 当然、緑野に話しかけに行くものがいる時間帯である。一個前の休み時間では無かった。だが、今回は話しかけに行く奴がいてもおかしくない。朗太が警戒していると案の定、男子が話しかけにいった。


「げ、元気してる? 緑野さん……」


 来たか。

 朗太は生唾を飲み込んだ。見ると姫子も同じようだった。


「元気ですわよ」

「あ、そうか。良かった」


 声を掛けたのは蝦夷池(えぞいけ)邦弘くにひろ

 眼鏡をかけた坊ちゃん刈りのいかにも大人しそうな男子であった。

 確かロボット研究会に所属しているはずで――


「この前言った件、考えてくれた? ロボット研究会の件……」


 何を言うかと思えば、部活への勧誘であった。


 ロボ研かぁーー……。

 聞いて、朗太は額に皺を寄せた。

 我が校が誇る異色部活動、『筋肉トレーニング推進部』、通称『筋トレ部』に並ぶとも劣らぬ程女子人気の無さそうな部活である。


 緑野でなくとも女子の入部は期待薄ではないだろうか。

 だが――考えを切り替える――今の問題は緑野がこの男子の要望に応えることでは無い。

 いかに物腰柔らかな、というか『普通』な対応をするかである。

 だから朗太は希望を捨ててはいなかったのだが――


「言っていましたね。ロボ研ですか……」

「そうロボ研! どう、入ってみない?? もしかしたらどの部活に入るか決めちゃった!?」

「いえ、まだ決めてはいませんが……」

「じゃ、じゃぁ、入ろうよ!? そうでなくても見学くらい」

「あ、いえ、それは――」


 と、緑野が何とか無難な対応をしようとしていると


「ぼ、僕たちとしても緑野さんくらい綺麗な人がいるとやる気出るし嬉しいよ」


 と蝦夷池が言うのと同時に、どうやら今日は優しいと悟った男子たちが殺到し始めると話が変わった。


「おい蝦夷池抜け駆けすんじゃねーよ!」

「緑野さん、陸上部入ろうぜ陸上部!」

「いやここはバレー部のマネになってもらう!」


 群がられた瞬間無理だった。 


「人が大人しくしていればいい気になって」


 男子たちが殺到するやスイッチオン。

 教室に冷たい緑野の声が響き渡った。


(うおッ……)


 そして朗太が息を飲んでいるうちに緑野は処刑を開始してしまった。


「ではまず、蝦夷池君といったかしら?」

「は、はい」

「貴方が所属するロボット研究室は何か成果を出しましたか?」

「い、いえ、まだ何も、ないけど……」

「そのような部活にわたくしを入れようというのですか?」

「ぐ……」

「他の者もです」


 緑野は言葉を失った生徒たちを見渡した。


「あなた方が所属する部活の中で、わたくしを勧誘するに値する部活動は果たしてあるのかしら? この『緑野』翠を……!」


 教室で声を上げるものは誰もいなかった。




「おい」


 その日の、放課後のことだ。


「…な、何ですの?」


 夕日の照らす教室で緑野は気まずそうにそっぽを向いていた。


「お前、友達作る気あるの?」

「し、仕方ないでしょ!」


 無人の教室に緑野の声がこだました。


「何がしかたねーだ!? もっと穏便に断る方法なんていくらでもあるだろう?!」

「そ、それは……!」


 緑野は顔を赤くしアワアワしていた。


「だってだって! 彼ら何だかんだいってわたくしの身体をチラチラ見てくるんですもの! 下賤な輩が私のプゥワーフェクトボディーに下卑た視線を飛ばすんですもの! 無理なものは無理ですわ!」


「そうでもなかったろ!?」


 男子たちにそんな印象はない朗太は傲然と言い返す。


「いいえ、そうですわ! きっと……きっと……あのロボット部の部員も、エッチな器具を作って私の体で実験する気だったんですわ……! ケダモノの目をしていました……!」

「そんなわけねーだろ!」

「いいえそうです! バレー部の彼だってわたくしが部活の最中に差し出すタオルで一体何をしようとしていたんだか」

「むしろそれで何ができるっていうんだ……」


 こ、これほどとは…

 なんつー自意識の高さだ……。

 それとエロ方面の知識も少なからずあるのか……。

 朗太は豊かな緑野の想像力に殆ど驚愕していた。


「お、お前、本当に友達欲しいの……?」

「ほ、欲しいに決まっているじゃないですか」


 顔を赤らめて緑野は顔を背けた。そして視界の先には姫子がいて、姫子はため息混じりに言った。


「まぁ男子たちに言い寄られるのは面倒な時もあるけど、アレは言い過ぎよ。もう少し自重しないと」


 こうしてこの日はお開きになったのだ。




 その夜のことだ。



「で、何で今回は俺を頼ったんだ?」


 深夜、Eポスト付属電話機能、通称ポストコ(正式名称Eポストコール)で姫子と連絡を取った。

 家に帰り今回の問題の考えているうちにふと気になったのだ。


『いきなりポストコ来たから何かと思ったらそんなこと?』

 電話口の姫子は明らかに呆れていた。

「それ以外電話する用事があるか?」


 電話に出た時の姫子は妙に慌てていた。

 通話中になった瞬間、電話の向こうではズダダッと物が崩れる音が響き、

『ひゃ、ひゃい! 姫子ですけどッ!』と声を裏返していた。


「大丈夫か? 相当焦っているようだけど。忙しいならかけ直すぞ?」

『い、いやいや! 切らなくて良いわよ朗太!? な、なに!? というか急にどうしたの? アンタが電話かけて来るなんて珍しいじゃない!?』

「そうか? そうかな? まぁ珍しいかもな。で、今時間大丈夫なのか?」

『えぇ、勿論! で、な、何よ、急に話って……?!』

「や、大したことじゃないんだけどさ、気になってさ。どうして姫子が今回俺を頼ったのかが。で、何で今回は俺を頼ったんだ?」


 すると電話口の向こうで姫子が大きく溜息を吐くのが聞こえてきた。


『いきなりポストコ来たから何かと思ったらそんなこと?』


 たっぷり時間を置くと姫子が尋ねた。


「それ以外電話する用事があるか?」

 売り言葉に買い言葉で返すと、また大きなため息が聞こえてきた。

『アンタに期待した私が馬鹿だったわ。まぁ別に良いけど……』


 姫子は髪を梳くような音を響かせながら話し始めた。


『結局、友達作るなんて、あの態度を改めさせるしかないじゃない。で、その態度改善を今は自然と話しかけてくる人たちの中で行えている。でも最悪それでも上手くいかなかったら、もう全員に愛想をつかされちゃったら、私やあなたの友人の力がいると思うのよ。私たちやその友達たちに根気よく交流して貰って、彼女に周囲の人間との適切な距離感を養わせるのよ。そして何より彼女自身に養わせる。だけどあの性格じゃない?』

「まぁな」

『彼女のことは嫌いじゃないけど、私の友達に迷惑かけるのは、それはそれで嫌なのよ。だからどうすれば良いのかなって朗太を頼ったのよ』

「なるほど」


 朗太は姫子の話に膝を打った。

 もしかするとこれは心優しい姫子ならではの問題かもしれない。

 本来ならば、最初の段階で態度を改めない時点でこの依頼、放り出しても良いのだ。

 緑野の舌禍が原因なのに本人がそれを改めないなど致命的であろう。

 だが姫子は裏切らない。放り捨てない。優しいから。

 だから彼女は悩んだのだ。

 彼女を救い、かつ自分の友人にも迷惑をかけない方法を。

 だからこれはまずいと直感し朗太に即助けを求めた。


「分かった。もしうまく行かなかったときの協力者の件は、俺に妙案がある」


 姫子の話を聞いて一つ閃くことがあり朗太が言うと電話先で姫子が声を弾ませた。


『なんとか出来るの!?』

「あぁ、出来る。任せてくれ。だけどまぁ……」


 喜ぶ姫子をいなしながら朗太は天を仰いだ。


「そんなことしなくても上手くいくのが一番だよなぁ……」


 しかし、上手くいかないのが現実なのだった。



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