表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/211

緑野翠(2)



「実はな」


 朗太は重い口を開いた。

 ここ最近のピンチが続く朗太の学生生活を。

 変化は、そう、風華の依頼を片付けたあとからだ。



 都立青陽高校の校門には高校のモチーフとなるような巨大な桜の木がある。

 だが5月にもなるとその花びらはすっかり散り緑の新芽が芽吹こうとしていて、朝、生徒たちはそんな新緑の巨大樹から始まる緑の並木を歩く。

 その生徒の流れの中に朗太もいて、あの時はやりすぎたな……などと先刻の藍坂の一件のことを悔いながら、周囲の生徒の賑やかな話声を別世界のもののように感じ歩いていたのだが


「おはよ!」


 その背が快活な声と共にはたかれたのだ。

 その背部の振動に、なんだ、とうっそりと振り返ると


「おはよう凛銅君! 浮かない顔してるね? なんかあった?」


(嘘だろ……?)


 当の後悔の原因、白染風華が目の前に突っ立っていたのだ。

 つややかな黒髪が視界に入った瞬間、ビビビッと背筋に電撃が走ったかと思った。

 風華の黒髪は朝の陽光をキラキラと跳ね返し、肌は息を飲むほど白い。そんなこの世の奇跡を目の前にし朗太は「い、いい」と、完全にショートしていた。この美の大天使は朝から許容できるキャパを超えていた。それにより壊れたラジカセのように途切れ途切れ同じ音を吐き出すこと数秒。


「い、いや、なんもないけど…」


 ようやくまともな言葉を吐き出すと、風華は微笑んだ。


「ふふふ、歯切れ悪いぞ凛銅君。そんなに私が話しかけてびっくりした?」

「ま、まぁそりゃぁ」


 強がって否定など出来ず、コクコクと頷く。


「だ、だって、白染とはこの前の件でしか関わりないんだし……。それとおはよう白染」

「はい、おはよう凛銅君。 で、話戻すけどそんなことがあったんだからもう私たちは友達じゃない?」

「友達?! 良いの??」


 まさか友達になれるとは思っていなかった朗太は望外な提案に身を乗り出すと、風華は口元に手をやりクスクスと笑った。


「良いも悪いもないよ凛銅君。当たり前だよ。だから朝声かけるのも当然だよね。友達じゃなくたってするんだから」

「あ、あぁ、そうか!」

「うん、そうそう」


 正直、頭が追いついてくると、友達と言われ嬉しい反面、悲しい面もあった。だが風華の言葉は距離を取るためのものには聞こえず、朗太はそれを好ましいものとして受け入れた。

 姫子とつるんでいいこともあるもんだ。

 朗太は笑みを漏らした。


「凛銅君、そういえば昨日の『マヌコの見知らぬ宇宙』は見た?」

 二人は揃って学習棟へ歩き始め会話が始まる。

「いや見てない。そもそも俺あんまりテレビ見ないから」

「凄いね。私んちなんてチャンネル争い凄いのに。じゃぁ普段は何見てるの?」

「ネットとかで動画は見る、かな?」

「へー、ネットか。どんなの見るの?」

「ユーチューブとかだね。てか白染の家はチャンネル争い凄いんだ?」

「そりゃ凄いよ。なんたって4人姉妹だしね」

「四人!? 多くない!?」


 風華ファンではあるが、風華の詳細な家族情報までは知りもしなかった。

 四人姉妹で朗太は度肝を抜かれた。

 同時に、ようやく自分から話を切り出せた、とひそかにほっと胸を撫で降ろしていると、ズダダダダダ!! と背後から何者かが駆けてくる音が聞こえてきて、それになんだと振り返ろうとすると


「おはよう朗太!」


 バッシーン! とその背中を姫子にはたかれた。

 背後から走ってきたのは姫子であった。

 そしてあとからやって来た姫子は、朗太が目を白黒させている内に朗太と風華の合間に割って入り


「こんなところで偶然ね朗太!」と満面の笑みを浮かべた。


 いや偶然じゃねーだろ、と思わず言いそうになった。

 偶然を装うにはあまりにも荒々しい。

 うっすらと汗の玉を浮かべる茜谷姫子の登場に朗太は閉口し、朝っぱらから喧しい姫子と温度差を感じていると


「おはよう姫子? てゆうか何? 私は無視?」


 刺のある口調の風華がつっかかっていた。


「あらーごめん遊ばせ? ちっこくて見えなかったわ?」

「いや私姫子と5cmしか身長変わらないでしょ? というか私と凛銅君、明らかに話していたでしょ。邪魔なんだけど?」


 朗太と風華の間に入った姫子と風華が俄にバチバチと火花を散らし始める。朗太は狼狽えた。

 だが当の二人は微塵もたじろがない。

 姫子はツーンとすまし顔で、「……」と、風華の言葉に無視を決め込むと「あ、ねぇねぇそういえば朗太。今日の授業さ」と話し出す。

 それに対し無視された風華はというと


「ふーん、なら良いわ」


 と呟くと素早く走り、朗太の左手へ回り込み、「ヘヘヘ」と笑った後、豹変。

シュッと目をすがめ姫子へニヤリと笑みを送り、朗太が凍り付きながらすかさず横の姫子を見ると

「……」

 そこには剣呑な表情の姫子がいた。


 いやこえーよなんだよこれ。

 瞬く間に繰り広げられた駆け引きに朗太は生きた心地がしなかった。


「何なのアンタ?」

「昨日姫子にポストコで言った通りよ? 勝負よ姫子」

「先に見つけたのは私よ!?」

「そうね。でも勝った方が正義よ」

「クッ、渡さないわよ!」

「渡さない? アラアラ。フフ、本当にそんなこと出来るのかしら?」

「くぅぅぅ~~~! こいつぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 流し目の風華に対し姫子は奥歯をかみしめていた。 


 そして朝っぱらこんな風に騒ぐ二人が周囲の衆目を集めないわけもない。


「おいなんだあれ……」

「マジかよ……」

「え、嘘でしょ? 白染さんと茜谷さんって…」

「いや勘違いだろ流石に」

「おい落ち着けお前」

「いやいやこんなの落ち着いて要られねーって、確認行く!」

「やめとけって! 続報を待て!」


 と周囲は騒然としていた。

 そのようなこともあり、休み時間には――


「おい凛銅……」

「へ、誰?」

「同じ学年の2Dの松田だボケ! お前どういうことだ!?」

 朗太のもとにも刺客がやってくる羽目になっていた。

「何のことだ!?」

「今朝がたの白染さんとのことだ!? お前ら仲良かったんか!?」

「い、いや、この前ちょっと話す機会があっただけだ!?」

「ほう!? つまりお前から白染さんに特別な感情はないって事で良いか!?」

「と、特別な感情!? おいお前バカなことを言うんじゃねーぞ!?」


 松田の戯言に朗太は顔を真っ赤にした。

 と、同時にガラッと椅子が引かれゆらりと姫子が立ち上がった。

 その姿からはズゴゴゴッと圧が発散して見え朗太と松田の二人は揃って縮み上がった。

 レーザーのような真っ白な光を目から瀑布のように放ち、髪はゆらゆらと立ち上がって見える姫子に二人が怯えていると教室中に恐怖をまき散らした姫子は口を開いた。


「松田、とか言ったかしら……?」

「は、はい、松田です……」

 即座に正座でもしそうなほどかしこまる松田。

「朗太が風華に気があるんじゃないかとかてんで的外れで見当違いで生まれてきたことを恥じ入り炭となって消えるべき頭の悪すぎる戯言を抜かしたようだけど、」


 ごくりっと教室中の生徒が生つばを飲み込んだ。


「朗太は風華のことは好きじゃないッ……! 分かったらさっさとクラス()に帰りなさい!! ゴーホーム!!」

「は、はい!」


 松田は脱兎のごとき勢いで教室を後にした。


「フン」


 松田を見送ると、姫子は怒りが収まらないのかザッと髪をかき上げ、むすっとした表情で席に着いた。

 怒りを隠そうともしない姫子に教室はひそやかな驚きに包まれた。



「おいおいマジで……」

「姫子、ガチなの……?」



 それ以降も姫子と風華の牽制合戦に端を発する争いは続いた。


(やってられん)


 それもあり、休み時間、朗太は息の出来ないクラスに疲れ果てトイレへ逃げ出した。

 一挙手一投足が見張られている気分で、教室にもはや安息の地はなく、朗太は休み時間になるや否や脱出したのだ。

 ようやくまともに息が出来るとため息つきながら教室から出るべくドアに手をかける朗太。だが


(なぜこうなる。そりゃ嬉しいけどさ)


「お!? 凛銅君だ! 元気?」


 目の前に風華が立っていた。

 黒髪の美しすぎる天使と鉢合わせする。

 朝もしゃべり、まだ午前中。

 たった数時間で体調が悪化することなどまずない。


「げ、元気だけど」

「ほんとかなぁ?」


 言葉の裏を考えながら答えるとフフフと笑いながら朗太を風華は覗き込んだ。

 急接近する天使に言葉の接ぎ穂を探す朗太。するとガタンッズタタタタッと教室から何かが駆けてくる音が響いてきて


「あんた、油断も隙もないわね!?」


 姫子が風華に食って掛かった。


「あら、姫子、偶然ね?」

「2年F組の前で偶然も何もないでしょ!? 私のクラスよ!?」


 二人の喧嘩は続く。


 体育の授業中も二人の喧嘩は続いた。


「朗太ー! 打てよー!!」

「凛銅ー! あとはお前にかかってるぅー!」

「がんばれー」


 まばらに響く応援。

 朗太はメットをかぶりバッターボックスに向かった。

 2年E組とF組の合同体育の時間なのだ。この度の体育の授業は野球であった。

 それもあってF組からやる気のない応援が朗太へ送られる。なぜなら


「でもまぁ、凛銅だしな……」

「正直、期待薄」


 朗太が、野球が死ぬほど下手だったからだ。


 いや違うんだ。

 だが朗太は誰に対してでもなく否定した。

 運動が苦手、という訳ではない。

『球技』が苦手なのだ。

 水泳や剣道、その他、ボールを使わない競技なら人並かそれ以上に出来る。

 だが申し訳ない。

 球技の中でもこと『野球』は死ぬほど苦手なのだ。

 ことこの競技において良い記憶があまりない。朗太がいるから負けたと小学校時代にクラスメイトにいわれたことすらある。

 だからこそ「はぁ……」と溜息を吐きながら、早く終わんねーかなと嘆き朗太はメットをかぶりバッターボックスにいたのだが、ふと目を上げた時だ。


「頑張ってー!」


 遠く。校庭を挟んで向かい側。

 緑の防球ネットの向こう側に持久走中の風華がいて、声援を送っていたのだ。


「がんばってー凛銅くーん!」


 持久走もそっちのけで風華が手でメガホンを作り声を張り上げる。

 するとそこに亜麻色の髪の少女が走ってきて


「露骨なのよアンタは! それとちょっと! あんたも頑張りなさいよー!!」


 姫子まで朗太に声援を送り始めた。


 だが二人の美少女の野球苦手が何とかなる、訳もなく――


「ハハハ! めっちゃ空振ってるー!!」


 敢え無く三振に終わった朗太を風華はケラケラ笑い、姫子は恥ずかしそう防球ネットの向こうで顔を真っ赤にし俯いていた。


 一方で


「「「Yeah!!」」」


朗太の情けない三振に相手チームの男子たちがピッチャーに集まりハイタッチしていたのは言うまでもない。


「Yeah!! よくやった!!」

「お前のことは信じてた!!」


 相手チームだけではない。朗太チームの男子さえ参加していた。


 同級生を横目に自陣に戻ると「残念だったな朗太」と親友・舞鶴大地もニヤニヤと笑っていた。


「嬉しそうだな大地」

「え、いやいやそんな。ふふふ、ま、朗太人には得意不得意があるよ」

「うっせーよ。ほらお前の番だぞ大地」


 朗太はネクストバッターサークルにいた大地に彼も使うと言っていたバット渡した。

 遠くで紫崎優菜が心配そうに見ていた。


◆◆◆


「てなことがありましてですね……」


 時は戻り、夜。

 凛銅家、朗太の部屋。

 朗太は正座をしながら事のあらましを説明していた。

 その話を聞いた弥生はというと殆ど驚愕していた。


「嘘でしょ…?」


「いや、これが嘘じゃないんだな…。嘘だったら良かったんだけど…」


 本当にそう思う。

 なぜこんなに針の筵にならなくてはならないんだ。

 学校での出来事を思い起こしながらポリポリ頬をかいているとガバッと弥生に、肩を捕まれ上下に揺らされた。


「おにぃ……今何が起きているかわかってる!?」

「え」

 その瞳は真剣みを帯びていた。

 だが現状、分かるわけもない。

 朗太がフルフルと首を振ると


「こんのッ、馬鹿!!!!!」


 思いっきり叫ばれた。

 血管を浮かせる弥生は捲し立てる。



「ばかおにぃ!! (まとい)先輩の件でも思い知らされたけどおにぃは馬鹿だよ! 本当に何にも分からないの??」

「あ、あぁ分からん……」


 正直揺さぶられて痛い。そして切れる妹が怖い。

 朗太が動揺しながら答えると弥生は頭を抱え、叫んだ。


「正直私も理由が分からないけど、大チャンスが来ているわ! 何としても物にしなさい!!」

「はぁ!?」

「おにぃの運命の人を見つける最初で最後の最大のチャンスなんだよ!!」

「お前何いってるんだ!?」


 訳の分からない弥生の命令に朗太は口をあんぐり開けた。


 朗太は思う。

 全く勘違いにも程がある、と。


 

 そしてその後数日


「おはよう凛銅君!」

「お、おはよう白染……」

「ちょっと風華! アンタまた抜け駆け」


「あ、凛銅君!? 良かったら一緒にお昼食べない!?」

「あ、えっと……、俺普段は大地達と食べているから」

「お、俺は歓迎だぜ白染さん!」

「俺も全然良いよ」

「お、ありがとう嬉しいねぇ。えっと確か宗谷君と……」

「舞鶴です! 舞鶴大地!!」

「舞鶴君かよろしくね」

「ちょっとアンタ! また朗太にちょっかいを!」


と、賑やかな日々を過ごした、後のことだ




「今日は実は――兼ねてより噂になっていたようだが、転校生を紹介する」


 担任に連れられ、一人の少女が入ってきて、その人物を見て、教室中が驚きに包まれた。


 なぜなら――


緑野翠(みどりのみどり)です。どうぞ宜しく」


 入ってきた真っ黒な髪に緑色のカチューシャをした少女が、

 姫子に並ぶとも劣らぬ容姿をしていたからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1巻と2巻の表紙です!
i408527i462219
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ