緑野翠(1)
夜の帳の下りた、凛銅家でのことである。
「これじゃない!」
緑色のカーテンが掛けられた部屋の窓辺に設置された木製の勉強机。
シングルベッドから離れたそこでPCに向かい合い朗太は髪をかきむしっていた。
「これじゃないんだ!!」
乱暴にテーブルを叩いた。
納得できない。
上手く行かない苛立ちで思わずプロットを書き込んだA4用紙をクシャクシャッと丸めて屑籠に放り込んだ。
そして
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
唸る。
燃え盛れMyパトス。
覚醒せよ我が才能と。
だが妙案など早々思いつくはずもなく朗太は奥歯を噛み締めた。
なぜこのように悩んでいるのかといえば、スターヒストリカルウォーズの次の展開が全く思い付かないのである。
いや、正確にはそうではない。自分は分かっている。
「くぅぅぅぅぅぅぅ!!」
展開が思い付かない、訳ではないのだ。
展開など、いくらでも思いつく。
だが、風華が納得するであろう展開が思い付かないのだ。
なぜなら
『ふふふ、凛銅君、私をヒロインにするのは良くないなー』
憧れの女生徒、白染風華もこの小説を読むかもしれないのだ。
となれば今まで以上に展開を練り込む必要があり、そうなれば早々妙案など思い付かない。
「クソッタレェェェェェェ!!!」
チクショー!
藍坂余計なことしやがってぇぇぇえええ!!!
朗太は叫び見苦しく物に当たり散らす。
「おにぃ! うるさい!!」
だがそこにドアを勢いよく蹴破り実妹が入ってきた。
そう、凛銅家には二人の子供がいるのだ。
一人が何を隠そう凛銅朗太であり、もう一人が……
「もう何なのよ!」
侵入者はポニーテールを揺らし苛立った。
凛銅弥生
今年中学二年となる朗太の妹である。
外見は、目がクリクリしていて可愛い、らしい。
噂によるとかなりモテる、とのことだ。
なぜ全て伝聞なのかというと朗太自身、この弥生がモテるのが信じられないからだ。
まぁ確かに眼も大きいし愛嬌もあるかもしれない。
しかしそれほどの人気を勝ち得るとは俄には信じがたい地毛が茶色がかったリアル妹である。
そんな妹がなぜ朗太の自室に飛び込んできたかといえば騒音の苦情だった。
「うっさいわよおにぃ! 友達と電話してるんだから静かにしてよ!」
妹はスマホを指さし朗太へ叫ぶ。
だが朗太は傲然と言い返す。
「うるせぇ! 勝手に部屋に入ってくんな!! 傑作は作成に滞りが生じているんだ! 多少の騒音は多目に見ろや!」
「傑作ってお兄ちゃんのは正真正銘駄作でしょうが!」
「あぁ!? 何だと!? いくら妹でも言って良いことと悪いことがあるぞ!?」
「じゃぁ何人がお兄ちゃんの小説待ってんのよ!?」
「に、234人……。ぜ、全員追ってくれてれば、の話だけど……」
途端に弱気になる朗太。
「ホーラ! その程度じゃないッ! そんな程度で傑作なんて片腹痛いわね!」
「そ、そんな程度て…! お前ブクマ234以下の全作者に謝れ! マジで大変なんだぞブクマ増やすの!?」
「そんなの知りませーん! 私には関係ありませーん」
フンッ! と言ってそっぽを向く弥生。
実際そう言われてしまっては言い返す術はない。
「くううううううう!」
朗太は唇を噛みながら唸る。許せなかった。
だがその狂犬のように唸る朗太に、これまで以上の苦悩を感じ取ったようだ。
「てゆーかおにぃがそこまで悩むなんて珍しいじゃない……。いつもはハイテンションで楽しそうに書いてんのに。なんかあった??」
弥生は一瞬でこれまでの尖った態度をひっこめてみせた。
流石は実妹だ。
妹の軟化に朗太も意表を突かれ怒気をひっこめる。
とはいえ今回の件、リアル妹に打ち明けるのは荷が重い。
学園のヒロインを作中のヒロインにおき、当の本人にそのことがバレたなど言えるわけがない。
「あ、いや………なんでもない……」
朗太は黙んまりを決め込んだ。だがその様子に弥生は深刻なものを感じ取ったようだ。
「ごめん、はるか。急用が出来た」と即座にポストコを切ると
「で??」
と問答無用、回答以外の発声は許さないと言外に主張し朗太に返事を促した。
だが頑なに朗太はこれを拒否。
無言を貫いていると弥生は溜め息をつきこめかみに指を当てた。
「おにぃ…私は心配してるんだよ。おにいが思い詰めているようだから。だからさ悪いようにはしないから言ってよ。私達二人だけの兄妹じゃない」
態度をさらに軟化させる弥生。
対し朗太はこのような温かい言葉に非常に弱い。
(なんて良い妹なんだ……)
うっ、凄い優しい妹だよぉ……。
朗太は実妹の優しい言葉に涙を流しそうになるほど感動していた。
「それになにより隣室でこれ以上騒がれたら溜まったもんじゃないし」とか言うのが聞こえたような気がしたがきっと気のせいだろう。
なんて出来た妹なんだと涙しながら朗太はここ最近の出来事を弥生に吐露した。
「実はお兄ちゃん、ここ最近とある女に付き纏われててな」
朗太が全てを打ち明けるのに数分を擁した。
その数分後のことだ。
「おにぃなにやってんの??」
顔面蒼白、眼の瞳孔は開ききり完全にドン引きの弥生が目の前にいた。
アレ? さっきまで天使に見えたのに般若に見えてきたんだが?
朗太は愛すべき妹の百面相に驚愕していた。
「一目ぼれした女子を勝手にヒロインに抜擢し、それを本人に読ませるって、ド変態以外何物でも無いじゃない……」
「いや、それは不可抗力なんだよ」
「不可抗力って……、そんなもんないわ。というか何でおにぃがよく分からん女生徒に連れまわされているの?? そこそこ人気あるんだよね??」
「まぁ、そ、それなりには……」
「なんで??」
「いやぁ、俺にも……」
実際になぜ自分が姫子に連れ回されているか理由は分からない。
ただただ流れに乗っていたら自然にこうなっていた。
朗太が言葉に詰まると朗太を見て弥生は、はぁ~~とこめかみに指をあてた。
「にしても色々驚いたわ。お兄ちゃんにいつのまにか女友達が出来たのも驚きだし、お兄ちゃんに好きな人が出来たってのも驚きだしその人がお兄ちゃんの小説を読み出したってことも驚きだし、まったくどうなってんのよ」
「ホントにな」
あっけらかんと答える当事者感皆無の朗太に弥生は大きく溜息をついた。
「何より驚きなのはおにぃに好きな人が出来たってことよ。纏さんでも無理だったのに」
「なんでここで纏の話が出てくんだよ?」
「さぁーね」
弥生は心底馬鹿にした調子でそっぽを向いた。
弥生は久方ぶりに聞いたその名に眉を顰めている朗太に向かい「纏さんかわいそー」とこれ見よがしに言う。
そこまで言われれば流石にこれまでの話に関連があることは分かる朗太だが、纏がどのようにこの話に絡むのか皆目見当がつかなかった。
訳の分からない会話に朗太がムスっとしていると弥生は言う。
「逃した魚はデカいって言うよ? お兄ちゃん?」
「……なんでだよ……。纏はどっちかっていうと鳥だろ……」
「そ、そりゃ名前は鳥だけどさ……」
そういう意味じゃないでしょと弥生は嘆息を漏らした。
呆れる弥生。
少し間を置くと冗談を言い終えたのか途端にその瞳が憐れみを帯びた。
「大丈夫お兄ちゃん……、虐められてない……?」
「うん、虐められていないよ。少なくとも、この件では」
「この件では??」
朗太の返事に弥生が食いつく。
となれば言うしかあるまい。
「実はな」
朗太はここ最近の波乱万丈な学園生活について語りだした。
第三部スタートです。
朗太の妹を登場させました。凛銅弥生です。
次話は今日か明日中に投稿します。
宜しくお願いいたします!




