纏END
「うん、そういわれるのは分かってた。バイバイ、凛銅君……」
「サイテーよ……! ホントサイテー……!」
纏のもとへ訪れる前に決着をつけ、朗太は今、纏の前に立っていた。
場所は放課後の教室である。
「返事をしに来た」
走って来たので自然と息が上がっていた。
「纏」
纏は信じられないものを見るような顔で佇んでいた。
「待たせて悪かった。こんな情けない俺だけどどうか付き合って欲しい……! 君が好きだ……!」
言った。答えは?
目を伏せた朗太が視線を上げるとそこには目を真っ赤に充血させ目元を袖で拭う纏がいた。
「本当に、長かったです……! ここまで来るの……」
「ゴメン、待たせて」
「いえ、良いです。もう全部報われた気がします。あの日、あの時、先輩に出会えてよかった」
「え、どういう」
転がりだしてきたこれまで聞いたことも無い話に朗太が尋ねる。
それから朗太は纏の昔話を聞いた。
かつて纏は完璧人間だったらしい。
少なくとも小学校時代までは学業も、美貌も、そして運動でさえも、その華奢な体躯でありながら負けたことが無かったらしい。
「だから実はショックだったんです。剣道がまるで出来なくて」
中学校に進学した纏。多くの部活に体験入部したが剣道だけがなぜかまるで勝てなかった。
だから剣道部に入った。
唯一剣道だけは出来なかった自分が許せなかったのだ。
「ハハ、ホントは他にも出来ないことが沢山あったのに、大層な天狗です」
纏は鼻をすすりながら赤面した。
そしてそこで出会ったのだ。
纏と全く逆。
「剣道だけはやたらと出来る先輩と……」
「……」
なんて美談だ。感動した。だが捨て置けず言う。
「剣道だけはって」
酷くないか?
「ハハ、確かにそうです。訂正します。剣道だけは他よりだいぶ優秀だった先輩です」
「大して変わってない!」
纏は目元の涙を救いながら笑った。
「でも、だから、そんな先輩があっさりと剣道を辞めたのが私は衝撃的だったんです」
「そうか」
呟きを漏らしつつ朗太は咀嚼した。
つまりこれはこういう意味だろう。
何でもできるが、剣道だけは出来ず、そんな自分が許せず剣道部に入った纏。
対し、剣道以外はからきしなくせに、その剣道をあっさりと捨てた自分。
そして
「しかも始めたのが小説です」
才能の欠片のないものを目指し始めた自分。
それが――
「唯一出来ない自分を許せない自分がひどく惨めに思えたんです……。出来ることを捨てて自分のしたいことを目指す先輩がとても眩しく見えた。その時からです、先輩が特別な人になったのは」
夢に邁進する朗太の姿が、纏の心を動かしたのである。
それを聞いてこちらまでジーンとしてきてしまう。
やはり夢を目指したことは無意味ではなかったのだ。
目指した通りの結果が出ずともこれだけ人の心を動かせるのだから。
そしてその話を聞いた朗太は『醜い人間』と卑下する纏に言ってやらねばならなかった。
「纏は自分のことを惨めと言ったが纏の良いところ俺はいっぱい知っているぞ。纏は全然酷い人間じゃない。醜い人間じゃない。どころか、誰よりも凄いんだ」
「そうですか? でも、風華さんや姫子さんには敵わないことだらけでした」
「た、確かにあいつらは凄い奴らだ。だけど一番凄いのはあいつらに負けないように頑張っていた纏だ。纏が誰よりも食らいついてた。俺が言うのも変な話だが一番凄いのは纏だったんだ」
「そうですか」
「待たせた分、幸せにしたいと思っている。付き合って欲しい」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
纏と朗太が手を取る。
こうして二人は付き合い始めたのだ。
言われた場所にたどり着くと纏がちょこんと立っていた。
「待っていましたよ先輩」
「す、スマン……」
「さぁ、一緒に帰りましょう」
それから朗太たちは揃って駐輪場へ向かう。
「そういえば先輩、今日のお昼の卵焼きはどうでした?」
「え、あぁ、凄い美味しかったよ!」
「へへ、良かったです」
「あれやっぱ力作だったのか?」
「はい、やっぱり美味しい美味しいって言ってくれる人がいると力になるので。先輩、明日も美味しいお弁当作るんで楽しみにしていてくださいね?」
朗太の顔を覗き込む纏の顔は満面の笑みだった。
しかしそれは当たり前なのだ。
なぜなら彼女はこのような日常が来ることを、3年近く前から渇望していたのだから。
明日も、明後日も、朗太は彼女の作るお弁当を食べることになるだろう。
彼らの歩みはこれからも続いていく。
fin




