徒花(3)
剣道中には語らないんでしょうが、、、、そこは大目に見て貰えると嬉しいです。
「寒いなやっぱ……」
中学時代と同様に、高校でも剣道の授業はある。
防具は貸出制なので朗太が着る分も勿論ある。
中学時代では自分のものを身に付けるのが当たり前だったので他人が使っていた防具に袖を通すことに違和感を覚えるが、これも仕方がない。
朗太が別室で着替えていると格技場の方から声が聞こえてきた。
格技場は2階部分が渡り廊下と繋がっており、そこから階段を降り1階の格技場入口へ入る構造になっている。
その関係で格技場2階には渡り廊下と繋がったギャラリーがあるのだ。
ギャラリーとは体育館2階にあるような狭い通路のことだ。
そこに瀬戸の友人たちが、周囲の生徒の流れと逆方向へ向かう瀬戸に興味を持った瀬戸の関係者が、詰めかけているのだ。
「信じらんないよねー」
「ひでぇ話だな」
「聞いた? 凛銅、中学の時大会直前で部活辞めたんだって」
「しかもそれが小説書くためだってさ。笑っちゃうよね?」
「マジで? あいつ小説なんか書いてんの?」
「らしいよ」
「はぁー、馬鹿だなーアイツ。そんなんしても意味ないのにな」
「ホント、だっさいよね」
そう、語らなかった事実。
それは顧問に才能を見出され瀬戸を抜き剣道部のエースにまで上り詰めた朗太が大会直前に辞めた、という事実である。
「外野が居てすまないな、朗太」
防具を着て格技場へ行くと同じく防具を着ていた瀬戸はギャラリーを顎刺し謝罪した。その中には張り詰めた表情の緑野もいる。
よく言う。
瀬戸が自分とのあらましを語りながら移動したせいで人数が増えたのだ。この観客も瀬戸の思惑である。
朗太が言い返さずいると瀬戸は鷹揚に語り続けた。
「だがこれもお前との過去に決着をつけるという事象に対しては些末事だ。勝負しよう朗太」
瀬戸は竹刀を朗太の胸に押し付けた。
「10本、今から俺が取る。その間に1本でも取れたら僕はお前を認めよう」
別に断っても良かったのかもしれない。
別に瀬戸に認められなくても構わないのだ。
だが朗太はそれに乗った。
なぜ朗太が彼の言葉に従ったかといえば、自分の選択に今もなお自信が持てないからだろう。
こうして審判もいない。
試合時間の決まりもあったものではない。
ただただお互い準備が出来たら開始の、野良試合が始まった。
瀬戸の呟きを聞いた瀬戸の仲間たちから歓声が沸きおこる。
中学時代、竹刀を捨てた男、対、竹刀を握り続けた男の戦いだ。
皆がどちらが強いのか気になっていた。
しかし、朗太が勝てるわけもない。
お互い竹刀を構え数秒もしないうちだった。
威勢の良い掛け声とともに瀬戸の竹刀が朗太の面を打った。
面越しに衝撃がビリビリと伝わってくる。
確かに中学時代はめきめきと頭角を現し実力で瀬戸を上回った朗太だが、中学3年のある時を境に竹刀を握るのを止めている。
かたやそれからも握り続け今や高校の剣道部、その主将なのだ。
勝てるわけもない。
「俺は悲しかったぞ朗太! お前が急に部活辞めちまってなぁ!!」
一本取り形勢が自分へ傾くと瀬戸は唸るような叫び声をあげながら竹刀を振るった。だがかといって隙が生じるわけでもなく、ブランクのある朗太が隙を付けるような隙が生じるわけもなく、あっという間にさらに一本を取ってみせる。
「それでなんだ?? その理由が小説の投稿!? ふざけるのもいい加減にしろ!!」
また一本。籠手に衝撃が走る。
「で、俺たちの剣道部の全国行きの夢を潰して始めたお前の夢はどうなんだ! 結果は出たのか!! 出てないんだろ!!」
一瞬の出来事。胴に一撃が入る。
「その上、未だにその夢に縋り続けるのか!?!? もう結果は見えているんじゃないのか!?」
「答えろ朗太!! お前の口でなんか言い返してみろ!!」
彼の咆哮の最中、ビシバシと一本が入っていく。
瀬戸の気迫に周囲は一転して静まり返っていた。
最初こそは盛り上がったが、誰もが朗太が勝てないことを即座に理解したのだ。
確かに中学時代は朗太の方が剣道で秀でたかもしれないが、竹刀を捨てて自身の夢を追い、剣道とは全く違う努力をしていた朗太が、剣道に打ち込み続けていた瀬戸にかなうわけがない。
ましてブランクもある。
朗太に勝てる見込みはなかった。
それを、最初の一太刀で皆が理解したのだ。
こんなの一方的な攻撃である。リンチに近い。
狂気を感じさせる光景に皆が息を飲んでいた。
この光景はそれほどの確執が両者の間にあるという証明だ。
一方で咆哮する瀬戸に、朗太もまた何も言い返せていなかった。
なぜなら彼の言っていることを否定する材料を持たないからだ。
面を叩きこまれながら朗太は彼の叫びを聞いていた。
「お前は剣道も俺より出来て、勉強も出来た!! だが今はどうだ!!」
「才能のない小説を目指した結果俺が剣道部の主将で成績も俺の方が上だ!!」
かつて勉学において朗太の方が秀でた。
しかし今では瀬戸がクラスで2番目で朗太が3番目である。
「だがお前はどうなんだ朗太!!? 何もかもを無駄にしているんじゃないのか?!?!」
そんな彼に自分は何を言うべきなのだろう、と朗太は考えていた。
きっと彼は自分の真似事をしたのだ、そう思っていた。
なぜならここには朗太の親友が一人もいない。
姫子は今日、『依頼が入っている』と言っていた。
アレはつまり、瀬戸の策略だったのではないだろうか。
理系に行くか、文系に行くかで悩む自分。
そんな自分にこの男はわざわざ竹刀を握ったのだ。
なぜこの男はこんなことをしたんだ。
自分を痛めつけるためか?
違う。すぐに瀬戸はそのようなことをする人間ではないと分かった。
ならこれは何のために行われているのだろう。
そこでふと気が付いた。
眩い光が瞬いた。
この友人は、いや親友は、自分のことを、――叱咤するためにしているのではないか。
そこまで行けば、そこに気が付いてしまえば、言うべきことは一つだった。
彼は、十本中一本でも入れられたら朗太を認めると言っていた。
それは翻すと、それを実現させないことで、朗太を認めないということだ。
現状を、朗太を、否定すると言ったのだ。
ならば彼に勝つことが、一本取ることが、それを否定することに成り得るのかもしれない。
しかし『今のこの状況で』それが出来ないことも、それが適さないことも朗太は理解した。
なぜなら彼はずっと剣道一筋でやってきたからだし、それよりも、もっと、もっと重要なことがあるからだ。
今自分がすべきこと、それは――。
あと一つ、最後の一太刀が入りそうになった時のことだ。
「ごめん……、モト」
朗太は上がる息を抑え言った。
「俺が悪かった。中学の時、大会前に部活を止めて、悪かった……! それと――」
わずかに声が震えた。わずかに涙が出る。
「今までありがとう……! 俺のことを心配してくれて……!」
そう、この男は、朗太のかつての親友は、朗太のことを心配してくれていたのだから……!
いつまでも文系と理系の合間で悩む朗太を慮って活を入れに来てくれたのだ。
そんな彼の意思を否定することは朗太には出来ない。
その瞬間、相対する面の奥で一筋の涙が流れるのが見えた。
「く……」
しばらくすると涙を流し瀬戸は崩れ落ちた。
皆が唖然としていた。
そりゃ訳が分からないだろう。
今まで散々朗太を叩きのめしていた男が突如膝から崩れ落ちたのだから。
だが朗太はそんな彼らに言ってやらねばならないことがあった。
それは自分がしてきたことが間違いではない、ということだ。
確かに瀬戸の言葉に、瀬戸の視点から見れば間違えは無かった。
朗太に小説家になる、物書きになる才能はないのかもしれない。
だが、朗太の視点から見ると違う。
この道を目指した、それ自体は間違いではないはずだからだ。
試合が始まる前での観衆から散々笑われた。
それを放置しておけるわけもない。
小説家に目指す、物書きを目指すというアイデンティティは朗太にとって誇りのあるものだからだ。
朗太は床で脱力する瀬戸に言った。
自分の選んできた道が間違えではないと示すために。
「モト、一本先取りで勝負しないか?」
「はぁ?」
瀬戸は訳が分からないという風な顔をした。




