藍坂、部活辞めるってよ(6)
「OKOK。朗太が言いたいことは分かったわ」
時は遡り、場面は昨日の穂香と別れた後のことである。
朗太は姫子に穂香が自分の退部を利用し部活へ復讐を果たそうとしたという考えを披露していた。彼方から野球部たちの掛け声が聞こえてくる。
二人以外誰もいない廊下で朗太の仮説を聞いた姫子は朗太に落ち着けと制していた。
「アンタの言いたいことは分かった。でもその根拠は?」
「軽微なものはいくらでもある」
朗太は何でもないことを言うように片手を軽く上げた。
「例えばつい最近傷心したわりにはそこまで落ち込んで見えないとか、まぁ俺の価値観しか根拠のないものはいくらでもある」
「でもそれアンタだけのものじゃない? 根拠としては弱いわよ」
「確かにその通りだ。決定的な証拠にはならない。だけどこれは多くの人にとって共通なんじゃないかって思うものもある」
「なによ」
「後から始めたやつに好きなもので抜かされてな、心穏やかでいられる奴なんていないってことだ。小説でさんざんぱら抜かされてきたから俺にはよく分かる。抜かされた奴は心穏やかではない。だから穂香はバスケ部への当て擦りのためにバスケ部を辞めたという筋道は俺なら分からなくもない。というか姫子も最初に言っていたじゃないか。白染が原因じゃないかって」
実際に朗太たちは初めからその線を疑っていたし、姫子は風華に確認した話を朗太に報告する際「風華が原因かと思ったっけど違うようね」と言っていた。
バスケ部たちは気がつかなかったようだが、傍からみれば今回の構図は明らかなのだ。
「あれでビンゴだ」
「でもそれも」
「否定されたって言うんだろ?」
姫子のセリフを予測し朗太が言う。
「俺も確かにそう思った。だからあんまし考えないようにしていた。でも藍坂の『資格がない』という言葉で無視できなくなった。あれはバスケが好きでないと出てこない、と思う。だから俺は確認したんだ。白染が嫌いかって。結果は明らかだった」
穂香は目を大きく見開き息を飲んでいた。
「あれは図星をつかれた顔だった。だからこれは藍坂の復讐だと思う」
「傍から見たら一目瞭然だしな」そう言い添えると姫子はう~~んと唸った後答えた。
「まぁ、確かにそれが一番可能性高そうね。穂香の表情が本当なら。私たちが疑っていたのもあるし。でも仮にそれが真実だったとして、じゃぁどうするのよ」
「俺に考えがある」
こうして朗太の策は実行されるに至ったのだ。そして――
「勝手して悪かったな」と朗太は謝罪し「アンタは頑張ったわよ。朗太」と姫子に褒められてたあとのことだ。
「まぁ別に褒められるようなことはしていないけどな」
と朗太は嘆息を漏らしつつ否定していた。
目の前では今も風華と穂香が抱き合っている。
「え、どうしてよ」
姫子は手柄を立てたにも関わらずびっくりしているようだった。
だが朗太からすれば当然のことである。
「どうしてって。こんな過激な方法をとったのは私怨だからだよ」
「え?」
朗太が告白すると姫子は目を丸くした。
そしてそんな狐につままれたような顔をする姫子がおかしく朗太は思わず笑ってしまった。
「だってそうだろ? 俺には小説の才能が無いんだからさ」
「――ッ」
瞬間、姫子の瞳が大きく開かれた。
「だから穂香のように自分の適正が合致した奴は羨ましい。だからアイツがその才能を使い今回のような事件を起こしたのが許せなかった」
だって欲しい才能と持っている才能が同じ。
これ以上の幸せはないんだぞ。
だから今回、俺はこういう手法をとったんだ。
そう言うと姫子は朗太を感慨深げに眺めていた。
そして二人の間には静かだが優しい時間が流れていたのだが、そうしながら朗太は思っていた。
今回、バスケ部の女子は藍坂の真意に気が付かなかった。
傍から一目瞭然のこの状況を理解し切れなかった。
これこそが藍坂穂香の『プライド』だったのだろう、と。
藍坂は部員に気づかれないよう、どころかその可能性を指摘されても部員自身に否定させるほど、悔しい・焦る自分を隠し通したのだ。
自分が惨めにならないように。
それが穂香の維持で、矜持で、プライドだった。
藍坂穂香は自分の汚い感情をびた一文醸さないくらい『強い』少女だったのだ。
結局今回朗太たちが解決できたのは穂香の演技を披露されず傍から全体像を眺められたからに他ならない。
――凄いな。
朗太は朗太で風華と抱き合う穂香を感慨深く眺めていた。
のだが、
「てゆうかアンタねぇ!」
朗太が見ていると一通り仲直りの儀式を終えたのか、凄い少女こと穂香が涙目で朗太を指さし叫んだ。
「私のこと悪く言い過ぎよ!」
「実際極悪人だろうが! お前のために見当違いなこという羽目になった俺の気持ちにもなれ! あれ結構恥ずかしかったんだぞ!」
「フン! あんなワケわからん趣味絡めた台詞なんも響かないわよ!」
「え、何それ? 何、凛銅君どんなこと言ったの?? 教えて!?」
だがあとから思えばこの会話がいけなかった。
脇の甘い穂香のセリフで風華が食いついてしまっていた。
しかし朗太とてまさか風華に小説投稿のことまで言うほど神経は図太くはない。
「あ~~いや……」と風華から視線を外し頬を掻き「いや、ちょっと、藍坂を自分の経験から励ましたんだよ……」答えになっているようななっていないようなセリフでこの場を潜り抜けようとしたのだが
「うん、それで?」
風華は騙されない。騙されてくれない。
「え?」
「どんな趣味なの?」
「あーいや……??」
「うん?」
天真爛漫な風華の瞳に覗きこまれる。
朗太、絶体絶命のピンチ。
朗太が固まっていると
「ネット小説よ」
「おい言うんじゃねーよ!」
藍坂が言ってしまった。
しかも風華は「え、どれどれ」と姫子にせっつき姫子から早くもそのページを見せて貰っていて(姫子は隠すのを諦めたようである)朗太のユーザーネームを目の当たりにしていた。
「『言葉の裏庭』か。ほー、ふーん」
しばらくして風華は呟いた。
「へー……」
中途半端に意識高いユーザーネームに完全に言葉を失っていた。
おおおおおおおおおおおおおおおお………………
黙りこくる風華を前に朗太はがっくりと項垂れた。
なぜもう少し無難な名前にしなかったんだと遅すぎる後悔に暮れた。
死にたい。
こうして朗太がなりまユーザーであることはこともあろうに、朗太が一目ぼれした少女である風華に知られてしまったのだ。
しかも朗太の投稿する『スターヒストリカルウォーズ』のヒロインのモデルは風華である。
凛銅朗太、学生生活の危機。
◆◆◆
それにしても今日は驚いたな。
その日の夜のことだ。
風華は姉と兼用の自室でスマホを弄りながら感慨に耽っていた。
学園で唯一馬の合った友人。
茜谷姫子。
一年生の時、大量の男子に告白されていて、いつのまにか行動を共にしていた。
お互いに良い人がいたら報告し合おうね、とも約束していた。
抜け駆けは禁止よ、とも。
だがそんな姫子が最近、とある男子と行動を共にし出したという。
最初は耳を疑った。
姫子に限ってそんなわけないと。
しかも実際に会ってみると
『へ~じゃぁ私が取っちゃっても良いの?』
『ますます凛銅君ってのに興味出てきたな。姫子、ちょっと借りて良い?』
正直、冗談とはいえあのように言ったが姫子がなぜそこまで惹かれるのか訳が分からなかった。
確かに姫子の美貌が通じないのは珍しいし、姫子とフランクに話すのも珍しいが、それを除いて彼はどこにでもいるただの一男子だった。靄のかかった印象の薄い男子の一人だった。
だが今回の事件で
『藍坂は多分部活に戻りたいと思っているぞ』
靄がわずかに晴れた気がした。
風華はごくりと生唾を飲み込んだ。
しかも彼は今回の事件は穂香のことが許せなくて解決したらしい。
彼は姫子にこう言っていたらしい。
『俺は才能と嗜好が一致した奴が羨ましい。だからバスケ好きのアイツがバスケの才能を利用し復讐したのだとしたら、許せないと思った』
姫子は目をキラキラと輝かせながら語っていた。
加えて風華が今現在読んでいる朗太が書いたという作品のヒロインの描写がどう考えても――
「私じゃない……ッ」
何をどう読んでも、スターヒストリカルウォーズのヒロイン、レイ・インヴァースが自分をモチーフにしているようにしか思えないのだ。
そうして思い返してみると
『え、な、え、どういうこと!?』
『り、凛銅朗太です……。よ、よろしく……』
自分が話しかけた時の過剰な反応。
――様々な糸が一瞬で繋がったような気がした。
決定的だ。
自身の頼みをきいてくれた朗太の好意は自分へ向いている。
そして今回の事件だ。
『藍坂は多分部活に戻りたいと思っているぞ』
『俺は罪の重さに押し潰されそうなら、罪を『告白してしまえば良い』と思う。だから、出て来い――藍坂』
あの朗太の好意は自身に向いているのである。
今日の帰り道、二人で歩いていると姫子は満面の笑顔で言っていた。
『でねーあいつ私怨だとか言ってたのよー。面白い奴もいたもんよね~』
瞬間、脳内で様々なものがぐちゃぐちゃにかき回された気がした。
そしてその混沌は次第にある一線に統一され行き、それが一つの強靭でしなやかな線に収れんした時だ。
風華の心が『大きく動いた』。
そしてそれは自分が求めていたもので――
風華は呟いた。
「面白い人も、いたものね……」
その顔には薄い笑みがあった。
独り言をつぶやく風華。しかしこの部屋は一人部屋ではない。
「お。風華が乙女の顔をしてる。好きな人でも出来たか??」
「ちょっと蘭華は黙ってて!!」
二段ベッドの上から姉が覗かせていて風華は凄まじい剣幕で否定。
しかし狭い自宅だ。
「え、風華ねぇ好きな人できたの?」
「ホントにホントに!?」
襖がスパァン! と開けられ双子の妹がなだれ込み、「聞かせて聞かせて!」「風華ねぇの好きな人聞かせて!?」と質問攻めにしてくる。
「ちょっとチビ達は出ていきなさい!」
そんな騒がしい妹たちを風華は追い払おうとしたのだが
「おいおいそれは本当か風華」
「あなた、この子にもようやくよ……」
と襖の奥から両親すら現れる。
これだから狭い屋奥はいけない。
「もうお父さんもお母さんも出てってよ!」
すぐさま追い払おうと声を荒らげるが
「じゃぁ私はここにいていいんだな?」と二段ベッドの上から姉・蘭華はしたり顔。そんな姉に風華は叫んだ。
「くぅぅぅぅ~~! お前もだまれ~~!!」
お姉ちゃん、顔真っ赤~
妹たちが騒ぐ。
こうして白染一家の夜は楽しく過ぎていく。
白染一家、家族構成。
両親健在。四姉妹。
次女、白染風華。
◆◆◆
そして翌日のことだ。
「はぁ~~~~~」
朗太は長い長いため息を吐きながらテラスで風を受けコーヒーを飲んでいた。
苛立ちや八つ当たりもあった。
それは認めよう。
しかし良かれと思ってやったのだ。
実際穂香も救われた面もあっただろう。
だというのに、あの暴露。
よりにもよって風華にだ。
そんな酷い仕打ちあるのか?
信じられない。
そう思いながらぐずぐずと終わることのない後悔に浸りながらコーヒーを飲んでいたのだが
「よ! 凛銅君!」
その背をポンと叩く者が一人。振り返るとそこには――
「し、白染!?」
「おっはよー。にしてもそんなに驚くことないじゃない??」
どうしたの面白ーいとケラケラと風華が笑っていたのだ。
その背後には「アンタ、驚き過ぎよ……」げんなりとため息をつく姫子もいて、どういうことだと朗太が困惑していると
「昨日、しっかりお礼言えてなかったからさ。言いに来たのよ」
そしたら姫子とばったり会ってねと風華は言う。
なるほどと朗太が得心していると、「昨日のことはありがとうね」と切り出すと風華はその後の経過を話し始めた。
結局、穂香は復部することにしたらしい。
今回の事件の引き金を引かせた相手チームには顧問経由で謝罪の手紙を送るとのことだ。
そして
「で、穂香がしたことだけど、まだ自分から打ち明けるか怖がっているみたい。だから凛銅君、黙っておいてくれない?」
「ま、まぁそりゃ良いけど」
別に犯罪をしたわけでも何でも無いのだ。
巻き込んだ相手チームへの謝罪でもしておけば残す問題は穂香が一人解決すればいいものと思えてしまう。
だから朗太は二つ返事で了承したのだが、朗太にとっての本題はこれからだったのだ。
「それにしても」
風華は含み笑いをしながらニヤリを笑い言った。
「まさかヒロインが私だとはな~」
「ブッ!!!」
余りの衝撃。
思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまい、それらは黒い雨となり階下へ降り注ぎ階下の三年生に降り注ぎ騒ぎを起こした。
だがそんな事情など気にしていられず朗太は顔を真っ赤にし風華へ振り返ると
「ごめん!!!」
あらんかぎりの誠意をこめて謝罪していた。
しかし風華はあまり気にしていないらしい。
「良いよ気にしないで凛銅君! ていうかそんなことよりこれから宜しくねッ!」
「は、はい……」
こうして朗太と風華の親交は生まれたのだった。
「何アンタ? あれ面白かったの?」
「うん? はー? うーん」
うーん
風華は眉を下げ困ったような笑みを浮かべていた。
なんだこれ修行か?
朗太は嘆いた。
それから数日後のことだ。
――以前大地たちは言っていた。
『今度転校生が来るらしいぜ!』と。
「わたくし、緑野翠と申します」
朗太の所属する2年F組に一人の美少女がやってきた。
と、いうわけで第二部終了です。
次話より第三部です!(投稿は明日もしくは明後日になりそうです…)
なお第三部より登場する緑野はヒロイン候補ではありません。(重要キャラにはする予定なのですが…)
これからも宜しくお願いします!
2019.6/18追記
2019.6/18に『白染風華(1)』~本話までの推敲を行いました。
また今回推敲した部分は物語の第2章にあたるのですが、この第2章の別バージョンをカクヨム様に掲載しています。もし良かったら是非。私のTwitterから飛べるようになっています。
宜しくお願い致します!




