読者はヒロインでした(2)
茜谷姫子。
西洋の血が流れると噂される亜麻色の髪を持つ超が着くほどの美少女だ。
その髪は絹のように柔らかく、その伸びやかな肢体は多くの男子を魅了する。
おかげで1年次数百人の男子から告白されたというとんでもない噂すらされてしまう我が校を代表するスーパークイーンである。
また尋常じゃないほどモテる一方で、多くの生徒の相談を聞き、また相談される頼れる姉御肌の人間である
らしいのだが……
今は関係ない。
「お前かあああああああ!!!」
「ぎゃあああああ!? なに!?」
時はまだ朗太と姫子が出会った放課後である。
驚いて自らを腕で抱く姫子に朗太はスマホを指差し叫ぶ。
「お前がAKNYかああああ!」
「えええええ!? なんで知ってんのよ!?」
姫子は目を白黒させた。だが朗太が自身のスマホを指さしていることに気がつくと大体の事態を察し、唇を尖らせた。
「あ、スマホの画面か、っていうかアンタ! 勝手に画面見るんじゃないわよ!」
「スマホ拾ったらこうなってたんだ! それに関してはすまんかったなぁ! で、茜谷!? そんなことより本題だ! 今の言葉に間違いは無いんだな!? お前がAKNYで良いんだな!?」
「そんなことよりってコイツ……。クッ、そうよ!? 私がAKNYよ!? それがどーしたって言うの!?」
もう見られたのだから隠す必要もない。
姫子は顎をくいっとあげ高らかに言い放った
その傲岸不遜な態度に朗太は思わず叫んでしまった。
「お前、人になんて感想寄越すんだよ!?」
「感想!? 私滅多に感想なんて書かないけど…」
「書いただろうが! 俺の話に! 俺のスターヒストリカルウォーズに!!」
「はああああ!? アンタがあの糞作品書いた『言葉の裏庭』なの!? キモ!!」
姫子は朗太が昨日自分が読んだスターヒストリカルウォーズの作者たる『言葉の裏庭』だと知ると直球で思ったことをそのまま言葉にした。
それは切れ味の鋭すぎる刃となり朗太に突き刺さり、朗太に耐えがたい苦痛を与える。
なんで自分は口を滑らしたんだと、朗太は今更になって自身のペンネームを明かすような真似をしたことを後悔していた。
だが覆水は盆に返らず、姫子の口撃もそれに留まらない。
「てっゆうか何!? 言葉の裏庭って!? 意識高そうなペンネームの癖に話がゴミすぎんのよ! ペンネーム考える暇あんならまず話考えなさいよ!!」と鋭すぎる言葉で一閃し
「それと! ヒロインの描写が言ったようにいっちいち気持ち悪いのよ!! なぁにが『この宇宙の深淵をも飲み込みそうな漆黒の瞳』よ!? なぁにが『この世のものとは思えない精緻は唇』よ!? 何で唇限定にしたのよ! 単純にキモイわ!!」と畳みかける。
朗太は言い返すことができない。
朗太は忸怩たる思いで歯をかみ怒りに耐えていた。
切に思う。
なぜ勢い余ってばらしてしまったのかと。
なぜもう少し無難なペンネームにしなかったのかと。
だがいくら後悔しても挽回できず
「てゆうか感想にも書いたけど、なんで第二章で急激に主人公が馬鹿になったの?」
「あ、いや、それは、展開上仕方なくですね……」
「展開上仕方なくって、あんたが書きたい話のために主人公場無理やり馬鹿にされたってことでしょ? 読者のために書くなら主人公を無理やり馬鹿にするような展開じゃなく、もっと無理のない話にすべきじゃないかしら?」
「あ、いや、そ、そーかもしれないっすね……」
「絶対そうよ! 次回から気をつけなさい!」と言いくるめられていた。
朗太の中で怒りの暴風が吹き荒れた。
だが姫子の口撃はそれに留まらず
「まったくあんたの話読んだせいで今日の朝から気分最悪なのよ!夜遅くまで読んだから遅刻もしかけるしねぇ!」
「え、今日の遅刻って俺の小説が原因なの!?」
「そうよ! 眠れなくなったのよイライラしてね!」
となかなかショックなお言葉まで頂いていた。
今日、クラスのマドンナが遅刻しかけた原因はなんと朗太の小説にあったのだ。
これ以上悲しい出来事なんてあろうか。
朗太は悲しみにくれた。
だがこれまで言われた言葉の数々は朗太の我慢の限界を優に超えていて、素直でいられる限界は早々に訪れた。
「それと第三章だけど~」と姫子の指摘がついに第三章の展開に入ろうとした時だ。
「……もう、やめろ……」
朗太は震える声で姫子を静止し言ったのだ。
「これ以上指摘するようなら……」
息を吸い込む。
「お前と同姓同名のキャラをチョロインとして俺の小説に出し、主人公に速攻で惚れさせる……!」
「ギャァァァァァァァァァ!! アンタなんて酷いこと考えんのよ!!!」
朗太の酷すぎる脅しに「この変態!!」と姫子はなじる。
そして人の理を逸脱した朗太の脅しに涙をちょちょぎらせた姫子は「てゆうかいつまであんた人の携帯持ってんのよ!!」と朗太の手から自身の携帯を奪い取ると
「サイッテーだわ。まさか作者がこんな奴だとは思わなかったわ。評価3の3入れてたけど、落とそ」と何やら物騒なことを言いながらスマホに指を滑らし始めた。
言われて「ん?」と朗太もスマホでなりまを開く。
そしてその情報画面を見てようやく気が付いた。
辛口? コメントで気が付かなかったが、先日よりもブックマークの伸び以上にポイント増えていたのだ。
つまりそれはAKNYことこの茜谷姫子が評価ポイントを入れてくれていたということで
「あ、いや、ありがとうございます……」と朗太は一瞬で素に戻り礼を述べるが念のため再度ページに更新をかけると今度は息を飲んだ。
それまであったポイントが4ポイントも減っていたのだ。
それはつまり今目の前にいるAKNY・茜谷姫子が3の3入れていたポイントを1の1にしたということであり
「おい! さすがにこういうポイントの使い方は違うんじゃねーの!?」
朗太はすかさず握りこぶしを作り指摘するが
「へん! 人をチョロインとして作中に出すとか言ってるやつにはこれくらいで丁度いいのよ! 悔しかったらまたポイントを上げたくなるような話を書くのね!!」
姫子は聞く耳を持たない。
「あ~ぁ、最後まで最悪の気分だわ~」と捨て台詞を残して教室を後にした。
教室に残された朗太は叫ぶ。
「あのあまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
それが凛銅朗太と茜谷姫子の出会いであり
「フン!」
「ハン!」
翌日、朝HR前の時間、教室にいる朗太がいるときに姫子が登校してきてお互い目が合うも無視。
どころか険悪そのもので顔をそらし
「おい、お前らなんかあったのか?」
自席の前に座っていた大地に怪訝な顔をされたりしていた。
朗太は言う。
「何でもねーよ」
こうして数奇な運命で出会った二人。
だがすぐに物語は始まることはなく、数日の時が過ぎる。
その間二人は言葉を交わすこともなく、お互いをまるで赤の他人、空気のように扱ってきたのだが、
――朗太にとある悩みが生まれていた。
◆◆◆
(まずいな……)
深夜、自室で朗太は唸った。
木目調の緑色のカーテンの横にしつらえられた勉強机。
その上に設置されたPCをにらみ朗太は唇を湿らせる。
どうにもブックマークの伸びが良くないのだ。
つい先日200の大台を突破した我が作品。
だがその後ブックマークの伸びが鈍磨し、最高到達点が221。
現在219。
遂にブックマークが下降に転じ始めてしまったのだ。
これはまずいと本能が告げている。
脳裏に響くのは先日の姫子の助言である。
あの時は確かに感情的になって酷い女だと思ったものだが、後になってみると彼女の指摘は的を射たもののように感じられなくもない。
加えて彼女への怒りも流石に尽き始めた。
何より大事なのはブクマ219。今自身の書いたお話を追っていこうと思ってくれている読者達である。
取れる道は一つしかなかった。
「しゃーねー」
朗太は溜息を一つ付くと過去話の修正ページを開き、姫子の指摘を受けて以来脳内で描き続けていた物語の修正に取り掛かった。
◆◆◆
思いのほか、結果はすぐに出た。
月曜日の朝、ちゅんちゅんなく雀の鳴き声をBGMに自転車をこぎ学校に辿り着くと朗太はスマホを開く。
すると画面にはブックマーク224の数字が。
遂にまた上昇に転じ始めたのだ。
そして礼を言えないほど朗太もひねくれては居ない。
◆◆◆
行くか行くか行くか?
授業が終わった放課後。
朗太は姫子が教室の自席で一人残っているのを見つけ朗太は出ていこうか考えあぐねていた。
休み時間などに姫子に話しかけようと思ったのだが、よくよく見ると姫子の周囲には女子男子と数は多くなくとも常に他人がいて、基本赤の他人の朗太が話しかけに行く隙が無かったのだ。
だが噂によると頼れる姉御肌で通っている姫子はよく他人に悩みを持ち掛けられ、解決しているらしい。
ようは個人のお悩み相談室だ。
その関係で放課後学校に残っていることもままあることらしいのだ。
情報通である舞鶴大地からの情報だ。
間違いであるはずもない。
「あれ、朗太も告白するのか?」
なんて意地悪い顔で聞かれもしたが、それはスルーした。
それにより朗太は放課後、姫子を探していたのだが、なんてことはない。
自教室に姫子がいたのである。
先ほどまでは居なかったので、どこかに行って、戻ってきたようだ。
廊下から覗くに、教室は姫子のみ。
行くのなら今しかない。
「あ」
「え」
半戸になっていた扉をわざとらしく音を鳴らし開けるとすぐに姫子と目はあった。
両者の視線が交錯する。
この西洋人形としか思えない恐ろしいほどの美少女と真正面から向き合うと思わず言葉に詰まる。だが言うなら今しかない。
「あ、あの、だな……」
震えつつも言葉にした。
「この前のアドバイス、サンキューな」
言ったのはただそれだけだった。
対する姫子はすぐには朗太が何を言ったか理解できなかったらしい。
ぽかんと口を開く。だがしばらくして数日前のことだと理解して
「ま、ためになったならそれで良いわよ」
素っ気ない口調でそう言った。
(嘘だろッ!?)
その呆気のない言葉に逆に意表を突かれたのが朗太だ。
先日の口論だ。
自身が折れる形で礼など言おうものなら絶対に得意げな顔をされると思っていた。だが出てきたのはまともな反応。
だから朗太は動揺し、加えて女性と交際経験が無いというのと、姫子がとんでもない美少女であるということも手伝った。
「ままま、まぁ、今回は、あれだ、世話になった。だからその、あれだ。いつかなんかあったら手を、あぁ貸してやる、借り一個的なアレだ。ま、まぁ言いたいことはそれだけだ。じゃ、じゃぁな」
おかげで出てきたのはどもりにどもった言葉だった。
今回の小説改善のアドバイスは朗太にとって明確に『恩』・『借り』だった。
だから朗太はわざわざそのような言葉を口にしたのだが、慣れないことなどするものではない。
もうこれで姫子との遭遇は終わり!
これ以降二度とこの女と関わることはない!
と若干自棄を起こしながら顔を赤くし半ギレ気味に扉に手をかけ帰ろうとしたのだが
「じゃぁ丁度良いわね凛銅」
顔も真っ赤にする朗太に姫子は言った。
「私の悩みを解決してよ」と。
なぜそうなる。
朗太は固まった。