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進路相談と球技大会(4)











「呼び出すから何かと思えば、私の進路ですか」

「す、すまん」

「全く、何かと期待しちゃいましたよ」


 調理室に行くと時間を持て余していた纏はすぐに廊下へ出てきてくれた。エプロンを着て三角巾を頭に付け朗太の前に現れた纏は朗太の今更ながらの問いに呆れているようだった。


「まぁ良いです。私の進路ですか。そうですねぇ、管理栄養士とか、調理師とかですね」

 朗太が問うとわずかに逡巡したのち纏は答えた。

「なんで?」

「彼女たちに勝てるのがそれくらいだからですよ」


 纏はあっけらかんとそう言った。


「……」


 そして言われた朗太は何も言えなくなってしまった。

 彼女は全く引け目などないのに残りの二人に引け目を感じているのだ。

 それが彼女をこの選択に導いた。

 つまりこの纏の選択は予想外ではあるものの、予想することも可能な答えだったわけで、朗太は不用意にセンシティブな内容をついてしまったわけだ。

 さすがに配慮に欠けていたと、朗太が遅すぎる後悔をしているとそれを察したのか「調理部に入ったのもそのためです」と纏はツンッと顎を上げ続けた。


「昔の自分は出来ないことが許せませんでした。だから剣道部にも入りました。でも今は違う。それだけです」

 そう言う纏の瞳には強い光があった。

「自分に出来ることをしようって決めたんです。得意を伸ばそうって。出来ない自分を叱るのはやめようって。だから管理栄養士や調理師といった進路なんです」

 黙っていると調理室から女生徒の声が漏れ聞こえてきた。

 明るい光が、暗い廊下に差し込んできている。

「ふ、何やら落ち込んでいますね」

 朗太がしょぼくれていると纏はフッと笑った。


「とはいえ、自分の苦手を克服しようとしたことが無駄とは思いません。なぜか分かりますか?」

 分からない。

 纏を見返すと、纏は朗太の瞳を真正面からとらえていった。

「先輩に会えたからです」

「――ッ」

 

 纏の瞳には燃え盛るような情熱が、真摯な思いがあるような気がした。


「先輩に会えた。そして、綺麗な感情だけではないですが、姫子さんや風華さんと会えた。それだけであの時の選択は間違っていなかったと思えるんです」

 纏は話し続ける。

「だから先輩、今度、そうですね、もう少ししたらうんと美味しいご飯を作ってあげます。だから……」


 両者の視線が交錯する。

 

『彼女が言いたいこと』は明らかだった。

 

 ――両者の間でこの状態の終了期限は共有されている。


 

 しかし力強くそれを「いやこれを言うのは辞めておきます」と顔を逸らし断ち切ると


「先輩球技大会頑張ってくださいね」と纏は朗太を送り出した。

 朗太と纏は別れた。


 そう、球技大会である。


 例年、この寒さが和らぎ春の訪れを感じさせる2月下旬や3月の初旬、青陽高校では球技大会が行われるのである。

 サッカーやバスケットボール、野球、そのほか候補にある競技を選び、二日がかりで学年ごとクラス総当たりで試合を行うのだ。当然、学年ごと、優勝クラス、準優勝クラスなどが表彰されるので、皆本気だ。

 その上、対朗太となれば日ごろの憂さ晴らしもかねて、本気になること請け合いで


「しゃーおらー!!」

「弱いんだよ雑魚がーー!」


 こと球技において絶望的に才能を有さない朗太は彼らの格好のサンドバックだった。

 サッカーでディフェンスをすればあっという間に抜かれてゴールを奪われ敵チームの生徒たちはハイタッチする。

 当然、チームメイトからの視線は痛いものがあり、「真面目にやらんなら要らんぞ」とまで言われる始末。

 おかげで……


「はぁ……」


 朗太は校庭の隅の石垣で俯き項垂れていた。

 気を落とす朗太の背中をハハと笑いながら大地が叩き慰めていた。

 校庭では学校指定の半袖・ハーフパンツの体育着に蒼のジャージを重ね着した生徒たちが今もボールを追いかけている。ジャージは勿論下もあるのだが、下を履くとやぼったくなるため皆上だけ着るのがこの学校の謎のファッションである。

 ハーフパンツは寒いのではと思うかもしれないが、もう春も近づいてきていて、さほど寒さも厳しくない。

 と、ぼんやりと生徒たちを眺めているといつのまにか横にいた大地は失せていて

 

「やーやーやーやー大変そうだねー凛銅くん!」

 と風華がやってきていた。

 朗太が迎えると風華はストンと横にかけた。

 落ち込む朗太に対し風華はいつも通り底抜けに明るかった。

 それが朗太の自己嫌悪を加速させるのだ。


「見てたよサッカー」

「そ、そうか」

「散々だったね」

「うん、まぁ」

「こればっかりは人には向き不向きがあるからね」

「風華は?」

「バスケで無双中! あったりまえじゃん!」

 あたぼーよ! と風華握りこぶしを作りながら言っていた。それに「風華はバスケ得意だもんな」と返すと


 得意不得意、向き不向き。


 ふと自分の言葉が引っ掛かった。

「風華、進路は?」

 だしぬけに朗太は気になっていたことを聞いてみた。

「進路?」

 朗太が前置きなく尋ねると風華はうーんと唇に人差し指を当て考え込んだ。

「そうだね。動物系かな?」

「動物系?」

「うん、そ! 私動物好きじゃん? だから実は動物病院のお医者さんになりたいんだよね!」

「へー」

 まさか獣医師が第一志望だとは知りもしなかったことである。

 朗太が純粋に驚いていると風華は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「あ、言っていなかったっけ。あまりに突拍子も無いからあんま言えないんだよね」

 はにかむ風華。

 しかし恥ずかしがることなど欠片も無いと思う。

 そういう目指す夢があることはやはり素晴らしいことだと思う。

 しかしそれは茨の道だ。

「凄いな……」

「いや凄くもなんともないよ!」

「でもなるの難しいんじゃないか?」

「うん、そうだね」

 風華は視線を上げ遠くを見つめ言ったのだ。

「でもさ、人生一回だけだよ? 成りたいなら目指さないとつまらないじゃん?」

「……」

 ――それは朗太の心に深く染み入った。

「まぁ、だから奨学金も借りないと。かなーりお金かかるんだよね。当たり前だけど。奨学金返済地獄さ」

「そうか……」

「だからね、凛銅君! 一緒に奨学金返済人生を送ろうぜ!」


 朗太がしんみりしていると風華がガッツポを作りながら元気いっぱいに言う。

 それに、は、ははは、とあいまいな笑みで返していると、ふと遠くで姫子がこちらを見ているのを朗太は見つけるのだった。

 朗太と目が合うとフイッと姫子は視線を外した。


「ははは、姫子は相変わらずだね」

 それを見て風華は脱力したように笑い、朗太が風華へ視線を戻すと、その瞳にはいたずらっぽい光があった。


「凛銅君、信じているよ」


 ――今の文脈で察せないほど朗太も鈍感ではない。

 

 朗太はこの太陽の化身のような少女に圧倒されていた。


 そしてその光景を、

 

 瀬戸基龍はじっと眺めていたわけである。













 

 明日、ついに漫画発売!

 よろしくおねがいしますーー!

 それと明日も投稿します。

 また、本編とは全く関係ないのですが、再びこりもせず短編を投稿しました!

 『万全探偵と助手の私』

 10000字もないお仕事物です。

 前回の短編とは全く関係ないです笑 

 例によって下部にリンクがあります。宜しくお願いします。



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1巻と2巻の表紙です!
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