進路相談と球技大会(2)
3
話は現実世界に戻る。
「え、どういうこと?」
突拍子のない告白に朗太がびっくりしていると桔梗は眼鏡をくいっとあげて不思議そうな顔をした。
「あれ、茜谷さんから何も聞いていないの?」
「うん、何も」
「そっかー……。なら話が長くなりそうだね。ファミレスとか行っても良い?」
「良いぞ」
朗太と桔梗はその足でカバンを背負い校外へ繰り出した。その道中「凛銅君、大変そうだね」とかからかわれるが今はまともに相手にする気になれない。朗太は適当にはぐらかした。
さてファミレスに着けば再開だ。
なんでこんなことをしているのだろう、と思いつつ朗太はその話を聞いた。
レストランの入り口が開き賑やかな電子音とともに客が入ってくる。
「で、まず大前提を話そうか」
桔梗はメロンソーダを一口飲みテーブルに置くと打ち明けた。
「私、桔梗美波は漫画家になりたいです」
「そうか」
「あれ、あんまり驚かないね?」
「え、そう?」
「う、うん! いくら二回目とはいえ普通はこうやって宣言すると、皆、えぇ……みたいな引き気味の表情をするんだけど」
「そうか……」
しかし小説家を目指す朗太からすれば、あれだけ絵が上手ならば漫画家を目指すことに何の驚きもなかった。むしろ当然の帰結である。
「あんだけ絵が上手いんだから何も驚かないよ」
「そっか。へへ、ありがと!」
朗太が思ったことをそのまま言うと桔梗はにかっと笑った。
「実はずっと前から漫画家になりたいって思っていたんだ。でもここまでおかしな反応しなかった人は初めてかも」
「……」
朗太はその顔をずっと眺めていた。
「ずっと前からなりたかったのか……」
「うん、まぁね。ずぅっと前から成りたいと思っていた。だから私はこの高校を卒業したら漫画家を目指すために本格的に活動を始めたいと思っていたの。でも親はそれは心配だって言っていてね。美大に行けって言っているの」
「それでさっきの話になるわけか」
桔梗は高校を出て漫画家を目指すか美大に行くかで悩んでいると言っていた。
桔梗は自分の夢を優先するか、親の助言を優先するかで悩んでいるのだ。
「うん。でも親の心配も分かるんだ。だってさ」
桔梗は眉を下げ力なく笑った。
「漫画家目指してなれる人なんてほんの一握りじゃん」
「……」
その言葉は朗太の心を深くうがった。
桔梗の絵を朗太は知っている。
とても上手だった。
だというのにその桔梗ですら、漫画家になれるか不安がっている。
だとしたら小説家の才能がないのに小説家になろうとしている自分はどうだというのだ。
朗太が黙っているとその悄然とした表情に桔梗は尋ねる。
「ん? どうかした……?」
「あ、いや、なんでもない。色々考えていた」
「? そう。で?」
「大変そうだなって」
「うん、そりゃ大変だよ。でもさ……」
桔梗は顔を赤らめた。
「……好きなんだよね」
「そうか」
――そう、これが夢を目指す者の生態である。
その夜、朗太は漫画家の成り方と、美大の進路について調べていた。
今の状況にそぐわぬ行動に焦燥を覚えつつ、姫子や風華、纏のことや、自身の進路のことを考えながら、それらを実行していた。
あの後、桔梗と話をし、そこで出た話を再確認するべく桔梗が目指す『漫画家』の成り方と、美大に進学した場合の就職などの進路を確認する必要があったのだ。
(自分は一体誰が好きなんだ)
朗太は検索バーに文字を入力した。
『漫画家 成り方』
すぐに複数のページがヒットした。朗太は一番上のページをクリックした。
(理系と文系、どっちに進むべきなんだ)
ページを開くとアニメ調のキャラが漫画家の成り方をカテゴリ別に解説していた。
『大きく分けて漫画家の成り方は四つだよ~~』
アニメ調の女は言う。
『まず一個目は編集部に持ち込むことだよ! 実際に編集さんに見て貰って色々教えてもらうんだ!』
『ここで厳しいことを言われることもあるが、へこたれないことが大切だぜ!』
髪をつんつん尖らせた男が言う。
(茜谷姫子)
これまでの姫子の姿が脳内に、無数に、無数に、表れた。
『で、第二の方法が新人賞に応募して、受賞することだね!』
『だが編集から直接口頭でアドバイスを貰えないのはネックだぜ!』
男と女は変わらず明るい調子だった。
(多分、誰よりも気が合う)
朗太はページを読み進めた。
『で、第三の方法が、漫画家のアシスタントとして働きながら、腕を磨く方法だよ!』
『現役の漫画家さんにアドバイス貰えるのはこれ以上ないくらい価値があるぜ!!』
『ネックなのは仕事が忙しくて自分の漫画が書けなくなっちゃう人もいることかな!』
(白染風華)
朗太はこれが桔梗の言っていた予定進路だと思いながら考えていた。
(この世の誰よりも憧れている女性)
都内ならば、アシスタントを募集しているところも多いのだろう。
(金糸雀纏)
朗太はマウスのホイールを回し更にページを下にスクロールした。
(きっと最も大切な少女)
『で、第三の方法が同人活動をしていくことだぜ!』
『漫画家と一口にいえど目指す姿が違えば働き方も千差万別だよ!』
『最近ではWebで公開する人も多いよ!』
――別にそれぞれ、それしか要素を持たないわけではない。
――全員が、今挙げた要素全てを持っている。だからこそ困るのだ。
(俺は……)
朗太は未だ煮え切らない自分に嫌気を覚え溜息をもらした。
『場合によってはそこで編集の目に留まり声をかけられるんだぜ!!』
画面に目をやると、アニメ調の男はネット投稿に関しこう言っていた。
朗太が桔梗に「絵上手じゃん」と言ったところ「いや私なんて全然だよ……。Webで公開した時も全然人気無かったし」と言っていたのはつまりこういう業界でのことだろう。
あれだけ書けて全然人気でない、という業界に朗太は若干の寒気を感じていたが、気を取り直す。朗太はネットの情報ページをスクロールしていった。
そしてページの最下部に行くと
『で、第四の方法! 漫画の専門学校に通い技術を鍛えること!』
『詳しくはここをクリックだ!!』
と男女が別のページへ繋がるリンクをクリックするように誘っていた。
「なんだよ……」
朗太は嘆息を漏らした。
結局宣伝である。
だがよくよく考えてみれば『漫画家 なり方』で検索する人間に最も見て欲しい人間は専門学校の運営者であるだろうから何も不思議はない。
しかし、と朗太は思う。
桔梗は専門学校や漫画を学べる短大などには行く気は無いとも言っていた。桔梗的にはそれならアシスタントをして学ぶ、とのことだ。
対し親が美大に行けというのは漫画家になれなかった時のつぶしが効くようにという側面が大きいらしい。
そこで朗太が気になったのがそもそも美大に行ったところで潰しが効くのかという点である。
「そも美大の就職率って良いのか……?」
朗太は気を取り直し美大の就職率について調べ始めた。
そして調べてみると朗太が思っていたよりもずっと美大の就職率は良いことが分かった。
かなり良い数字のデータが並んでいた。巷でたまに耳にする美大の就職率はあまり良くないという風な噂は噂でしかないらしい。
しかし桔梗はレストランで
『そもそも美大に行った先の就職先にも私は興味ない』とも、『美大は行きながら漫画描けばって言うけど、美大は課題をしながら漫画描けるほど楽じゃない』とも言っていた。
桔梗なりに色々考えているらしい。
美大は行きながら漫画を描けるほど楽な学部ではない。
また、美大に行った結果通える就職先は桔梗的には興味がない。
その話を聞き、朗太が『じゃぁ他の全く違う学部行ってその間に漫画家目指せば?』と言うと桔梗は『私はこの高校に来てつくづく自分には絵しかないって痛感した』とも言っていた。
朗太の通う都立青陽高校は進学校だ。そこそこに勉強が出来る連中が集まる。桔梗はその中で挫折を経験したのだろう。それらが河口に行くに従い石が丸くなるように彼女に自分には絵しかないという意識へたどり着かせた。
加えて聞いたところ
『親は漫画家は絶対反対なのか?』
『いやそういうわけでもないけど……』ということで親の反対がネックになっているようでもない。
桔梗は純粋に漫画家を目指す未来か、親の助言の中に自分の妥協点を探るかで天秤にかけていたのだ。
ならば――
美大に行った先での就職先に行きたいものがない。
美大に行きながら漫画を描ける気もしない。
かといって他の『絵』ではない学部には自分は向いていない気がする。
その上親も強力に反対しているわけでもない。
――となればもはや漫画家を目指す以外道は無いように感じられた。
いやむしろ――
『ま、いきなりこんな人の人生に関わるような相談されても困るよね』
『だから、良いの』
『最後は私が決める』
『だからアドバイスをくれれば良いの』
ファミレスで桔梗が言っていた言葉と、その時の表情が思い起こされる。
――彼女は躊躇う自分の背を押して欲しかったのではないか?
彼女の中で答えはもうすでに決まっている気がしてならなかった。
実はファミリーレストランで朗太は彼女に『持ち込みはしたことがあるのか?』と聞いていた。
答えは『したことがない』だった。
なら言えることは一つしかなかった。
翌日、約束していたファミレスに行き桔梗と落ち合うと朗太は開口一番に言った。
「桔梗、漫画の持ち込みをしてみなよ」
瞬間、桔梗の瞳が煌めいた。
そして首が縦に振られる。
そう、彼女はその言葉を待っていたのだ。
「うん!」
桔梗は「実は一度描いてみた原稿があるんだ! それを書き直して持ち込んでみるよ!」と言い
「ありがとう凛銅君! 私、頑張るね!」
手を振り元気よく去って行った。
彼女はとても眩しく見えた。
漫画発売まであと3日。
明日も投稿します。
で、先日言っていた書き下ろしペーパーの紹介です!
全部で8種類あります、多分! まさかの8種類も作っていただけるとは……
紙の書籍では
【書泉・芳林堂書店一部店舗】
対象店舗 : 神保町 書泉グランデ様
秋葉原 書泉ブックタワー様
芳林堂書店 一部店舗
【アニメイト全店・アニメイトオンライン】
【COMIC ZIN 秋葉原店様】
【とらのあな・一部店舗】
【メロンブックス全店】
【まんが王 様】(コミック・アニメ・同人誌などのインターネット通販サイトです)
にて購入されると書き下ろしペーパーが付くはずです。
電子書籍では
【DMM様】
にて購入されると書き下ろしペーパーが付くはず。
それと特典フェアのサイトには記載がないですが、多分
【電子書店 BOOK WALKER様】
でも特典が付くはず……。私の手元にブックウォーカー様の特典のデータがある。
ブックウォーカー様以外の特典に関しましては下記のリンクに詳細に書いてあります。
内容ですが、どれも面白いです。1ページでオチを付ける技能の高さにビックリします。もうホント流石ですとしか言いようがない……。確実に本編よりも面白い(おい)
それと特典とは違いますが、漫画には後ろの方に私が書いた短編が載っています。
タイトルは『茜谷姫子の秘密』で、『なろう』でも語られなかった東京遠足の裏側の出来事が載っています。一生懸命書きました。
特典を含めて、是非どこかで手に取ってみて下さいね!




