ディズネイパーク編(7)
纏に元気がないかもしれない。
そのことに気が付くと騙し絵のように覇気のない纏が目に付くようになった。
しかしそれを本人に確認できぬまま時間だけが過ぎていく。
だが纏の落ち込みを心配する朗太に格好の機会が巡ってきた。
夜の闇が空を覆い始める頃合いだった。
ブーさんのカヌーハント。
みんな大好きブーさんがカヌーを追う人気アトラクションだ。
早乗りチケットを取っていたもので纏と一緒に乗ることになっていたのだった。
「ここ私好きなんだー」
「私だって好きです!」
「アンタたち、ブーさん好きなの……」
まるで物語の中に入っていくような感覚になるページ型の壁の迷路になっている乗り合い待ちの場所を通り抜けると二人乗りの乗り物が朗太たちを迎えた。2+2の合計4人乗りではなく、2人乗りのアトラクションである。
乗り込むと滑らかにカートは動き出し、はちみつ泥棒……はちみつ泥棒……と若干ヤバい感じになっているブーさんがくるくる回る映像のあとカートは一気に右に左に激しく動き出す。赤白黄の光が明滅し賑やかな音楽が流れだし、カートの行く先々で子供が喜びそうな仕掛けが飛び出してくる。あちこちで歓声があがる。しかし纏は覇気のないままだった。
「纏、どうした……?」
「え?」
「いや、元気ないなって思ってさ」
やはり朗太の見立ては正しかったのか、尋ねると纏は目を伏せた。二人の間に、周囲の雰囲気とはまるで似つかわしくない空気が漂い出す。
「いや大したことではないんです。ただ私は、あんな風にははしゃげないなって思っただけです」
あんな風に、と言われているのが風華であったり姫子であることは言われずとも分かることだった。
「風華さんや姫子さんが羨ましいです。可愛くはしゃげて」
「はしゃぎたいのか?」
「あ、いや、そういうわけではないですけど……」
「なら、良いんじゃないのか。それに――」
「それに?」
言う間もなくがくんとアトラクションが勢いよく後方へ動き始め朗太は返事をする機会を失ってしまった。そしてすぐにアトラクションは終わってしまい言うに適当な時間も無い。
アトラクションが終わると「ちょっと外すぞ」と言って朗太は纏を連れ立って輪から離れた。
ほどなくして朗太が立ち止まったのは先ほど纏が行きたそうにしていた講談〇提供のディズネイパークのキッズエリア・ツーンタウンである。
「ここって……」
予想もしていなかった場所に連れていかれて纏はびっくりしているようだった。
しかし朗太の予想ではこれで問題は解決するはずなのだ。
「いや、あれだ」
朗太は頬を赤く染めぽりぽりと頬を掻いた。
「ここ来たそうにしていたろ。だから、その、なんだ……」
子供連れの客がキッズエリアからわらわらと出てくる。ベビーカーを押したり、疲れ切った子供をおんぶしたり、まだいたいと駄々をこねる子供の手を引いたり。
「見ている奴はちゃんと見ている」
そう、纏はブヮズライトイヤーのコスモブラスターに乗った後ここを通り過ぎた際来たそうにしていた。しかし流れもあり朗太たちはピノキヲのアトラクションに行ってしまったのだ。纏はピノキヲでも楽しそうにはしていたが、それを朗太は覚えていたのである。
朗太が恥ずかしさを押しのけて言葉にすると纏はふっと微笑んだ。
「そうですね」
その笑みはとても安らかなものだった。
「ていうかなんでここ? 何か乗りたいものがあるのか?」
「それは一緒に乗ってくれるって意味ですか?」
「あ、いやそういうわけでは」
そこまでの深く考えず起こした行動だったため纏の問いに朗太が慌てていると纏はそんな朗太の手を取った。
「フフフ、ありがとうございます。じゃぁお言葉に甘えて」
纏が朗太を誘う。しかしどうやら乗り物に乗りたいわけでもないらしく、数ある乗り合い場所を通り過ぎ着いたのはキッズエリアのポツンと奥に立つクマの人形だった。じょうろを持ち何とも言えない表情をしている。
「ここ一緒に来たかったんですよ!」
「なんで?」
「え、見て分かりませんか?!」
問うと纏は相当びっくりしているようだった。
「先輩にそっくりじゃないですか!!」
「いや全然似てなくないか?!」
朗太も逆にびっくりしていた。
「いや似ています! だからここで先輩のこのクマの写真を一緒に取りたかったんですよ! 並んで貰って良いですか!?」
だが纏はたじろぐ朗太にも構わず朗太をむりくりクマの横に立たせようとする。
そんなしょうもない理由で行きたそうにしていたのか……、と思いつつ朗太は促されるまま半眼でクマの横に立った。価値観は人それぞれだ。深くは言うまい。
それに――
パシャパシャと写真を撮る纏を見て思う。
――大切なのは纏に見ている奴は見ていることをちゃんと伝えることだったのだから――
嬉しそうな表情の纏に朗太の顔も自然とほころんだ。
一通りの撮影を終えると纏は頬を上気させ言った。
「ありがとうございます! フフ、やっぱり先輩大好きです!」
「う」
「まだ答えは急ぎませんよ」
朗太が返答に窮すると纏は意味ありげな含み笑いをしてみせた。
「すまん……」
「いえいえ」
朗太が謝ると纏は歌うように答えた。
それから朗太たちはすっかり暗くなったパーク内で姫子たちと待ち合わせていた場所に行くと、そこにはスマホをいじる姫子だけがいて――
「で、アレ? 風華は?」
「用事があんのよ」
なぜか風華が消えていた。
暗くなった園内で姫子のスマホの画面が煌々と輝く。
こっからちょいちょい動かしていきます。
次話投稿は7/25(木)を予定しています。宜しくお願いします!