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藍坂、部活辞めるってよ(5)


『今回の依頼で引っかかることあるか……?』

『……あるっちゃあるわ』

『だよなぁ……』


 ファミレスに寄った後での会話である。


 実は朗太たちはこの依頼を受け一つの懸念を抱いていた。

 しかしそれは風華に否定されて今に至る。

 朗太たちが何を懸念していたこと。それは――


『後から始めた奴に追いつかれて、そいつは心安らかにいられるのかどうか』


 であった。


「凛銅くん、待たせた……」

「いや全然待っていないぞ」


 そして翌日の完全下校、直前のことである。

 朗太と風華は対峙していた。

 下校を促す女生徒の声のアナウンスが辺りに響き渡り、カラスがしきりに鳴いている。朗太たちが相対する廊下は真っ赤な夕日に嘗め尽くされていた。


「単刀直入に言う」

 風華が現れると朗太は早速本題に取り掛かった。

「藍坂の話だが、白染。藍坂は多分部活に戻りたいと思っているぞ」

「え――」


 朗太の突然の、穂香が部活に戻ってくることを『匂わせるような言葉に』風華は目を見開いた。

 しかし話はそう簡単ではないのだ。

 無駄に期待させないために朗太はすぐに次の言葉を続けた。


「でもあいつはとある問題があって戻ってこれないんだ」

「ど、どういうこと??」

 風華はよく分からないという風な顔をしていた。

 そんな風華に朗太は解説を始める。

 

「なぁ白染、そもそもどうして藍坂は部活を辞めたんだと思う?」

「ど、どうしてもこうしても、相手から酷い事言われたからでしょ??」

「違う」


 勘違いをしている風華に朗太は首を横に振った。


「白染達は相手チームから酷いことを言われて心が折れたから辞めたと言うが、そうじゃない。なぜなら――」


 言いながら朗太はこれまでの会話を思い出していた。

 これはとても単純な話だ。

 ――風華は体育館で言っていた。

 ここでは確実に自分が一番だが、『ここにこの間まで勝てなかった子がいた』と。そして悪口でターゲットになったことについて、こうも言っていた。『2大エースの片っぽだった穂香はそのターゲットにされた』と。


『2大エース』


 つまり、風華はすでに穂香に『比肩しうる』人物に『なっていた』ということである。

 もしそうだとしたら、昔からバスケをしていた穂香は、風華のことをどう思うだろうか。簡単だ。面白いわけがない。つまりこれは――


 朗太はなぜなら、に続く言葉を吐き出した。


「全て藍坂の演技だからだ」

 風華が小さく息を飲む。

「藍坂は初めから、心なんて折れちゃいない」

「そんなッ!? でもだって穂香は現に辛そうに」

「あれも事件に流れをくむ一連の()()だ。もしくは別の事象でのことだ。だから俺は問題が解消されればあいつが復部すると断言できるんだ」


 風華の顔は殆ど恐怖に覆われていた。


「構図がまるで逆なんだ」


 朗太はぽつりと呟いた。


「白染達は相手チームから酷いことを言われたのが原因で心が折れて、よりにもよってインターハイ予選の始まるこの時期に部活を辞めちゃった、と言っていたが、まるで逆なんだ」


 夕日が廊下を真っ赤に照らし出す。


「藍坂はインターハイの予選が()()()()()()()()()。バスケ部に復讐するために」

「え――――」


 最悪の言葉にその場の空気が凍り付いた。


◆◆◆


「それって、どういう……」


「簡単な話だろ」


 朗太の告白に驚く風華に朗太は話し続けた。


「言っていたろ。白染は。藍坂は入学当初からぶっちぎりでバスケ部のエースだったって。おかげで先輩からも同期からもチヤホヤされていたって。そして――」


 朗太はすぅっと大きく息を吸い、吐き出した。


「ようやく最近、白染、お前を含めて『2大エースに』なったって」

「ッ!?」


 朗太の言わんとすることを察して風華が息を飲んだ。


 そう、風華は言っていた。


『最初会った時からバスケの実力は抜群だったよ』

『三年生より明らかに抜きんでていた。私も全然歯が立たなかったもの』


 だが最近、ようやくずぶの素人だった風華がその有り余る天性の運動神経でもって追いつきバスケ部の『2大エース』になったと。つまり――


「藍坂は自分から白染に軸足を移しつつある部活が面白くなくて辞めたんだ」

 朗太は話し続ける。

「エースの座を奪われ、周囲の関心も成長株の白染、お前に奪われた。それが面白くなかったからあいつは辞めてやろうと思っていた。お前達に復讐するために。だからこそ、彼女たちの言葉は渡りに船だったんだ」


『まぁ努力してこの程度ならするだけ無駄なんじゃないの?』


 なぜならあのタイミングでのみ彼女は


「自分は被害者に()()()()()()()。あいつにとってアレはインターハイを前にして訪れた千載一遇のチャンスだった。だからあいつは心なんて折れちゃいない。俺なんてそれを仕向けた線すらあり得ると思っているぞ?」

「ッ、そういえば――」


 思い当たる節があるのか風華は目を見開いた。

 そして朗太の話を信じ、今回の一件の原因の一端が自分にもあると知った風華はというとそれでもまだ混乱していた。


「じゃ、じゃぁ、仮にそれが本当だとして、なぜ穂香が部活に戻ってくるってことになるの」

「藍坂も根っからの悪人じゃないからだ」

 

 穂香の今後を憂いていて眉を下げる風華に朗太は言う。


「確かに敵チームに罪を擦り付けるっていう誘導をした藍坂だが、根っからの悪人でもない。あれは、おそらく偶然にも条件が重なったからこそ彼女が起こしてしまった過ちだ」


 きっとそうだったに違いないと朗太は思う。

 練習試合。

 青陽高校の予想以上のプレーで上手く試合が回らずいら立つ敵チーム。

 それを前にし、きっと魔が差したのだ。

 これなら行けるかもしれない――っ、と。

 だからこそ穂香は相手の神経を逆なでするような言葉を吐き、自分が退部する道筋を作った。


『有名校なのに意外とレベル低いのね』

 きっかけはそんな言葉で十分だ。穂香は退部した。


 全ては、相手に罪を擦り付け部活を辞め、自分へスポットライトを当てるのを辞めた仲間へ復讐するため。自分からその座を奪った風華へ復讐するため。


『バスケはチーム競技よ。一人だけでは勝てない』

 奇しくも風華の言葉だ。

 自分なしでは予選をいくつも勝ち抜くことは不可能だと分かっていたからこそ自分だからできる最大限の武器を使い復讐した。


 しかしそんな穂香も人間だ。

 そして、バスケ部の練習を見に行っていたあたり、まだバスケを愛してもいた。


「だからあいつは困った。藍坂は根っからの悪人じゃなくてバスケも好きだったからだ。仮にもこんなタイミングで辞めたら非難されてもおかしくないのに多くの部員か心配し声をかけてきてくれたからこそ、どんどん追い詰められていった」


 それが毎回彼女の見せる苦悶の表情の理由、顔を歪める理由だった。

 こんなにも汚い心を持つ自分を、そうとは知らず心配する元チームメイトに、彼女の心は逆にズタボロになっていったのだ。

 綺麗な彼女たちと汚い自分の対比でどんどん追い込まれていった。

その上バスケという競技そのものにも不義理を働いてしまった。

 だからそうとは知らずに朗太が放った落ち込んでいるはずの穂香を労る渾身の台詞は、穂香に自分にバスケをする『権利』は無いとまで言わせるに至ったのだ。

 

「バスケとチームメイトに不義理を働いたという彼女の罪意識が益々彼女をバスケから遠ざけた。それが藍坂が部活に戻れない理由だ」

「で、でもそしたら穂香は」

「そう、いつまでたっても部活に戻れない。なら、どうすれば良いと思う?」

「え?」

「自らの起こしたことへの罪の重さで押し潰されそうになっていて部活に戻れない。なら白染はどうしたら良いと思う?」

「い、いきなりじゃ、そんな分からないよ」

「だよな……。だけど俺は一日あったから考えた。そして、俺なりの策を思いついた。俺は罪の重さに押し潰されそうなら、罪を『告白してしまえば良い』と思う。だから、出て来い――」


 朗太は歓迎するように後方に手を向けた。そして物陰から――


「藍坂――」


「穂香っ!?」


 件の人物、藍坂穂香がいて風華は目を見開いた。

 そして廊下の向こうに立つ穂香はというと


「……ッ」


 朗太に自分の心を白日のもとに晒された悲しみか、それとも、肩の荷が降りた安堵からかポロポロと涙を流していて――


「……ふ、風華……」

「ほ、穂香……」


 どちらからでもない。

 互いに引き合うように次第に駆け出すと抱き合った。


「あああぁ、ごめんね、気付いてあげられなくてッ!」

「私こそゴメンね、酷い事して、皆に酷すぎることして!」


 完全下校前の廊下で二人の少女が抱き合っている。

 

 ――これにて一件落着だろう。


「う、上手く行ったようね……」


 朗太が安堵の息をついていると背後から姫子がやって来た。

 姫子には穂香を呼び出しその場に留めておいてもらったのである。

 穂香の連絡先は親友の舞鶴大地に入手してもらった。

 大地は校内随一の情報網を持つのである。


「そうみたいだな」


 賭けみたいなものだったが上手く行って良かった。

 朗太はがっくりと肩を落とす。

 そして昨日のことを思い出し謝罪する。


「勝手して悪かったな」

「いや、アンタは頑張ったわよ。朗太」







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