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ディズネイパーク編(2)





「朗太、相談がある」


 津軽に話を持ちかけられたのは修学旅行から帰ってきてすぐのことだった。トイレに行った帰りの廊下で急に声をかけられたのだ。その時の神妙な顔つきですぐに重大な案件であると察した朗太は「え、わ、分かった」と戸惑いつつ言った次には場所の変更を提案していた。向かったのは三年生の教室が入る階の階段下である。三年生は全員受験シーズンでこの学校にいない。

「ほれ」

「お、おう。ありがとう……」

 埃っぽい廊下の隅へ着くと道すがら買った缶コーヒーを投げられた。固辞したがどうしてもと津軽は譲らなかったのだ。

「本当に良いのか……?」

「良いんだよ俺が相談するんだから」

 アチチ、アチチとまだ高熱のコーヒーを手で転がし、最低限持てる温度になると缶から目を離し津軽を見た。


「で、相談って……?」

「あ、えーーーー、それは、そのう」

 津軽は頬を赤くし頬を掻きながら言い淀んだ。

 それに朗太が不思議そうな顔をするとなんとか津軽は言い切った。

「最近、基龍(きりゅう)と緑野が付き合ったじゃん」

「!」

 突如出てきた瀬戸基龍の話題に朗太に緊張が走る。しかし津軽は他意はなかったようで声のトーンを変えず続けた。

「で、実は今俺も好きな女がいるんだよ」


 それを聞いて朗太はきょとんとした顔になった。

 そしてその間の抜けた表情を津軽は違う意味にとらえたようだ。慌てて付け足した。

「い、いや東京遠足でやらかした俺がいうのもなんだし、単に基龍に彼女ができたから俺も欲しいって話じゃないんだ。ただただ普通に好きな人がいてそのことで朗太に相談に乗って欲しいんだ」

「そ、そうか。……で、誰なの」

 自分に頼んだということは自分に縁のある人物だろうか。はたまた朗太も知らない人物だろうか。尋ねると数秒の逡巡ののち、津軽は打ち明けた。


蒼桃(あおもも)だ。蒼桃、瞳……」

「蒼桃?!?!」


 出てきたのが予想外の名前過ぎて思わず声が大きくなった。すると「シー!」と津軽は朗太を沈め、「お、おう」と朗太も正気を取り戻す。

 それにしても……

 いまだに心臓がバクバクいっている。

 まさか蒼桃だとはな……。

 朗太が唖然としているとその表情が恥ずかしさを加速させるのか、気を紛らわせるように津軽は事の経緯を語り出した。


 事の経緯は去年の7月ころに遡るらしい。その頃から友達経由で津軽は蒼桃と交流があった。そして彼女が姫子のことを好ましく思っているのも知っていた。

 で、そのこともあってか、自分に近い部分を持つ彼女にどんどん惹かれていった。

 そして、ついに勇気を振り絞って彼女をデートに誘い、良い感じなら告白したいと考えたわけだが、自分一人じゃ不安だ。瀬戸もこういう時には頼りにならない。それに――

「自慢じゃないが、俺、女子と付き合ったことがない」

 顔を真っ赤にしながらぐずぐず打ち明ける津軽に朗太は思わず吹き出してしまった。

「…………………………笑うんじゃねーよ」

 たっぷり間をおいて津軽は朗太は睨みつけた。

「ご、ゴメン! い、いや違うんだ! と、とにかくスマン!」

「ったく……」

 津軽は顔を真っ赤にしながら舌打ちをし、朗太は目の端についた涙を拭きとった。

「で、俺を、いや俺だけを頼ったというわけか……、姫子に頼ると気まずいことこの上ないか……」

「ま、まぁそういうことになる」


 津軽はかつて姫子に惚れていた過去を持つ。となれば蒼桃といつもつるんでいる姫子に相談するのが一番だが、東京遠足の一件もあるし姫子には相談出来ない。

 で、そこに来ると軽く蒼桃と交流があり、何より姫子と何度も依頼をこなしていた朗太はうってつけだろう。

 だがそうなると気になって来るのが津軽の東京遠足でのやらかしだ。

 彼は自分の良いところを見せようと兄に頼り、そのコントロールを失い失敗した過去を持つのだ。


「あの、あまりひっくり返したいわけじゃないが、例のアレはもう大丈夫なのか?」

 朗太が恐る恐る尋ねると、津軽は俯きそして謝罪した。

「あの件は本当に申し訳なかったと思っている。悪かったな。でもそれももう大丈夫だ」

「そうか……」

 

 津軽の告白にそうかそうかと考え込む朗太。

 確かに彼が東京遠足以降改心しているのは見ていて感じ取っていた。なら問題ないように感じる。悪人はいつまでも悪人ではないし、許してやることがその者の改心にも繋がるし、加えて津軽は見違えるほど変わってみえる。

 

 それに彼とは違うがすねに傷があるのは朗太も同じである。


 それもあって、他にも様々な要素を考慮した結果、朗太は津軽に手を貸すことを了承したのだった。


「上手く行くか分からんぞ」

「いや良いんだそれで。上手く行かなくて当然の相手だからな」

「そっか……」

 頼る相手を兄から朗太に変えた。これも彼の成長なのかもしれない。

 ……いや、これは自分を過大評価しすぎか。

 しかし変わったことは確かだ。

 そんなことを思いながら朗太は津軽の依頼を受け入れたのだ。


 ……実のところ、受け入れた経緯に脳裏に依頼に失敗した蝦夷池の姿がちらついたというのも無くはない。自分の中で『依頼者』に対する罪滅ぼしがしたかったのだ。

 そして朗太は持てる知力を駆使して蒼桃をディズネイへ誘いだすことに成功。津軽をディズネイパークデートへ漕ぎつかせたわけだが……


 姫子たちに遭遇してしまったというわけである。


「で、アンタはそこにいた、と」

「は、はい」

 あらましを説明し朗太は頷いた。グラサンやニット帽などはすでにバックにしまってある。


「ほらね、言った通りじゃない。凛銅君はそんなことする人じゃないって」

「まぁそうね」

「え、どういうこと?」

 尋問してたわりに訳知り顔の風華に目をしばたかせる。

「私たち全員先輩がこそこそしているから不思議に思っていたんですよ。何度も聞きましたよね、先輩隠していることないですかって?」

「あぁそういえばそうかも……」

 実は何度も隠れて何しているのか聞かれていたのだ。

 しかし普段蒼桃と行動している姫子も一緒にいることも多くて打ち明けられなかったのである。


「で、アンタのことだから大丈夫だとは思ってたけど、黙っていられたのがむかついたから脅かしてやっただけよ」

「あ、そういう」

「そういうこと」

 脅かされたことに対する不満よりも怒ってなかったことに対する安堵が勝り、朗太は胸をなでおろした。

 しかし安心していられるのは束の間だった。

「と、そういうわけで……。あ、津軽達が入口に向かい始めたわよ! じゃぁ行きましょうか朗太、私たちも」

 と言って姫子たちもディズネイパークに行こうとしだしたのだ。

「え、姫子たちも?!」

「当ったり前じゃない。なんでビックリしてるの?」

「い、いやだって津軽が依頼したの俺だし」

「あぁそれ」

 姫子は脱力した。

「そんなこと気にしなくて良いわよ。それに、アンタだってアンタ一人より私たちも居た方が心強いでしょ?」

「いやいやいやいや」

 別に自分は姫子たちに迷惑をかけるから驚いたわけではない。自分一人の方が都合が良いから困っているのだ。朗太は首を横に振った。

 しかし姫子は「いや絶対に必要でしょ。付き合う前からディズネイデートなんてセンス終わってるんだし」と至極真っ当な指摘をしてきた。

「え?!」姫子の指摘に瞠目する朗太。

 すると姫子は「そうよねぇ、皆」と他二人に語りかけ

「はい、かなーりハードル高いと思いますよ先輩」

「ハハハ」

 纏は苦言を呈し、風華は苦い笑顔を浮かべ

「いやでも蒼桃ディズネイ好きでじゃん!」

「でも場合によるでしょ!」

「そうなのか…………」

 姫子にぴしゃりと言われていつのまにかサイレントやらかしをしていた朗太はズーンと落ち込む。その姿を「タクッ」と呟きつつねめつけると、付け加えた。


「それと入園料とか手間とかもろもろも気にしなくて良いわよ。私たちも『依頼』があってきただけだから」

「依頼?!」

「そ、依頼よ」

 予想外の言葉に目を丸くしていると姫子は事も無げに告げた。

「ど、どんな?」

「そ、それは追って説明してあげるわ。ま、そういうわけだから」


 朗太の手を取り姫子は言う。


「行くわよ朗太」

「そうですよ時間がもったいないです先輩」

「うん、早く行こう!」


 こうして朗太のディズネイパークのゲートへ向かった。







こいつら何でデート⇒速攻告白になるんだろうか……。鋼のメンタル

次話投稿は6/28(金)を予定しています!


それと姫子が「強引なのね…」とか言うコミカライズ最新話は明日6/25(火)12:00まで最新話まで無料で読めます!

もし良かったら是非!


ちなみに上記のセリフは完全にアドリブで(プロット段階では無かった)この一言のせいで芋づる式に、姫子は押しに弱い設定ができ、例の姫子の優しさにつけこんで胸揉みにいくとかいうクソみたいな短編が生まれることになりました。この一言が無ければ朗太もあんなアホなことは考えなかったはず。多分。

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1巻と2巻の表紙です!
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