沖縄修学旅行(13)
例によってワープレベルで場所を移動します。
修学旅行4日目。
泣いても笑っても、修学旅行最終日である。
「朗太、朝のあれは、何だったんだ……」
「いや、あれは、なんていうんだろう。説明が難しい」
高砂の問いに朗太はなんとも歯切れの悪い返事を返していた。
朝から朗太の部屋ではお祭りの後のような寂しい空気が漂っていた。皆けだるそうに寝間着から外着に着替え顔を洗い寝癖を整え、最低限の身だしなみを整え部屋を出ていく。
朝食のバイキングに降りていくとすでに多くの生徒が列をなし食事を皿によそっていた。見るとテーブルで風華がここで食い溜めるといわんばかりの勢いでバクバクと食事をかきこんでいる。
「風華食べすぎよ……」
「ここで食べておかないと!」
風華と友人の会話が朗太のいる会場の入り口にまで聞こえた。
「さ、俺たちもさっさととって食べちゃおうぜ」
「うん」
それから食事をとり終え長テーブルに着席すると、ガチャリとトレーを姫子が横の席に置いていた。
「姫子か、おはよう」
「おはよう朗太。二回目ね」
「おはよう茜谷さん」
「おはよー舞鶴君」
偶然グループの一番端にいた朗太の横に座る姫子に、軽い調子で大地が挨拶する。
姫子もまた軽い調子で返すと朗太をずいと見た。
「朗太分かっている? 今日がもう最終日よ」
「お、おう」
「大丈夫かしら」
姫子の視線が向く先は蝦夷池だ。姫子の言いたいことは嫌でも分かった。蝦夷池からの依頼の成否を心配しているのだろう。
「大丈夫だよきっと。姫子の言葉は効いていたみたいだしきっと上手く行くよ」
「そう、なら良いけど」
朝食を食べ終えるとみな部屋に戻り荷をバッグに詰め込むと重い荷物をひっさげロビーに集合する。そこでホテルのオーナーに謝辞を述べるそれぞれの目的地に出発した。今日の朗太たちの観光予定地は、斎場御嶽と呼ばれる数ある御嶽の中でも最も格式の高い御嶽である。
沖縄県南部、その中でも東の海岸近くに斎場御嶽はあった。斎場御嶽には6つの拝所があり観光客は舗装された道を歩きそれらを巡る。道こそ歩きやすいよう整えられているものの奥に行けば行くほど手付かずの自然が朗太たちを出迎え朗太たちを圧倒していた。
ようやく斎場御嶽の中での三庫理と言われる、二つの巨岩がお互いにぶつかり合い出来た隙間、を通った先にある拝所に行くと、御嶽に大いに感銘を受けていた風華はウオォォォッと唸り
「何かとてつもないパウァーを感じるッ!」とのたまっていた。
(一体どうした)
その妙にスーパーサイヤ人チックな反応に朗太が眉を下げていると
「凛銅君も感じない?!」
「何を?!」
「気を!!」
「気?!」
言われてあたりを見回す朗太。
周囲にあるのは想像もつかない年月人々の信仰の場であり続けた偉大な自然である。これまで幾人もの人が自分の手では叶えきれない願いをこの場で託してきたに違いない。そう思うと眩暈がしそうだった。ここは人の想いと自然が一体になった場なのである。
「……感じるかもしれん」
「感じちゃうのね……」
朗太のセリフに姫子は腰に手を当てため息をついていた。
『感じちゃうんですか……』
なぜか電波が通じ纏からのメッセージが届いた。
だからなんで分かるの?
朗太の呟きを聞いていたとしか思えない纏からのメッセージに朗太はつっこみを入れずにはいられなかった。
それからいくつかの場所を経て朗太たちは長瀬島カジウミテラスというモールにやっていていた。那覇空港から車で数分の距離にある小さな島に作られたショッピングモールで、海に面して建てられた白色で統一された建物群はどこか海外のリゾート地を思わせる。飛行機搭乗までの幾ばくかの時間をそこで消化するのだ。
つまりここが修学旅行『最後』の観光地である。
皆最後の場所とあって思い思いの時間の過ごし方をしていた。カフェでお茶をしたり、海岸が見えるテラスで海風を受けたり、皆それぞれである。
「大丈夫なの?」
「もう時間ないぞ」
そんな中朗太たちが何をして最後の時を過ごすかといえば依頼である。
もう周囲の視線を気にしていられない。朗太たちは蝦夷池とテーブルを挟んで話し込んでいた。テーブルにはマンゴージュースとサーターアンダギーが置かれている。
「聞くなら今だぞ多分」
「そうよ。ていうかもう私が教えてあげようか?」
「いや、行く」
姫子がスマホを差し出すと意を決して蝦夷池は席から立ち上がった。
「修学旅行中に自分で聞くと決めたんだ。今行ってくるよ」
「そ、そうか……」
蝦夷池のやる気に朗太は意表を突かれつつも感心していた。実際に彼は今日も頑張って緑野に話しかけていた。しかしそこで会話も別に納得できるほど上手く行かず、聞く踏ん切りがつかず今に至るわけだが、彼はとにかく聞くと決めたらしい。
どうせあれだけ緑野に話しかければ緑野に好意は知られているのだ。
聞いてしまうのは悪い手ではないかもしれない。
「それが良いわ」姫子も男気を見せた蝦夷池を気に入ったようだ。その口元にはわずかな笑みがあった。
そしてそうと決まれば緑野を探し聞き出すだけで、朗太たちは席から腰を浮かせ緑野を探し始めるわけだが、
「あ、いた」
すぐに朗太たちはスマホを覗き込んだ後きょろきょろとあたりを見渡して人気のない方、ショッピングモールの隅へ歩いていく緑野の姿を発見した。
これはチャンスだ。
「お前たちも見届けてくれ!」
蝦夷池も同じことを考えたらしい。スマホを握りしめ緑野の向かった方へ小走りで走り出す。
「わ、わかった」
朗太も蝦夷池の後を追い走り出す。
「姫子も、行くぞ!」
「いやこれって……」
しかし姫子は一人、緑野が人気のない場所に向かう様子に違和感を覚えたらしい。
そう、この時朗太は欠片も気が付かなかったが、このタイミングで緑野が人気のない方へ向かうことはおかしいことなのだ。
これではまるで緑野が誰かに『呼び出しを受けた』みたいではないか。
もしくは緑野自身が『誰かを呼び出した』ようではないか。
今や緑野は様々な条件が重なり、校内随一の人気を博すると言っても過言ではないらしい。
で、あるならば緑野が修学旅行の最期の時に誰かから告白されたとしてもおかしくはないのだ。
その事実に、姫子だけは唯一気が付いていたのだ。
そして――朗太はかつて思っていた。
藤黄という少女が『瀬戸』の好む女性のタイプについて不思議がっている時に、『瀬戸基龍』のタイプはきっと緑野のような清楚系だろうと。
瀬戸の人物プロファイルからして、彼の好きな女性のタイプは緑野のような外見の少女だろうと。毒舌という問題が取り除かれ、優しい人格を獲得した彼女ならきっと瀬戸のお眼鏡にかなうだろうと。
そう思っていた。
だからこそ――
「待っていたよ」
(!?)
緑野の前に現れたのが瀬戸基龍だと知った時、心底驚いたが、どこか納得している自分がいた。
緑野の後を追いかけショッピングモールの端、ラララカフェの物陰にまで行くと、校内随一のイケメンとも呼び声の高い瀬戸基龍が突っ立っていた。
今日も今日とて、その整った顔立ちは涼し気だ。これだけ整った顔立ちで、剣道部の主将まで務め、学力も学年トップクラスだというのだから多くの女性が放っておかないのも分かる。
緑野を追ってきたら瀬戸が現れて朗太と蝦夷池と姫子はとっさに物陰に隠れていた。顔を少しだけのぞかせるとカフェの日陰で対峙する瀬戸と緑野が見えた。
「急に呼び出しちゃって悪かったね」
瀬戸は目尻を下げながら頭を掻いた。イケメンということもありその様が妙に絵になる。
(!)
その一言で朗太も状況を理解する。緑野を呼び出したのは瀬戸だったのだ。
そして朗太は以前の自分の瀬戸の考察を思い出し、息を飲む。
瀬戸のタイプは緑野であるはずだ。
で、あるならばだ。
もし蝦夷池がおおっぴらに動き出したのをみたら彼はどうするだろうか。
もし本当に緑野のことを付き合いたいと思うくらい好いていて、なぜか蝦夷池が急に動き出し、その背後に朗太たちがいると知ったら、これまでいくつも問題を解決してきた朗太たちがいることを知ったのなら、彼はどうするだろうか。
決まっている。
そんなの、こ――
「引っ張っても意味が無いから単刀直入に言うよ。呼び出したのは、告白のためだ。実は前から好きだったんだ。俺と付き合ってくれないか?」
――告白するに、決まっている。
遅れて事態を理解する。
そう、校内随一のイケメンが校内随一の美女に告白したのである。
横で蝦夷池が小さく息を飲むのが聞こえた。
いまや姫子・風華・纏よりも人気のある青陽の華、緑野翠を、瀬戸基龍、彼は落としに行ったのだ。
そして同性から見ても瀬戸の外見は整っている。学年一だとか校内一だとかいわれている。
「わ、わたくしで良いんですか?」
その朗太の瀬戸評は緑野もそうであったらしい。
思わぬ瀬戸からの告白に耳まで真っ赤にしつつ緑野は問い返していた。
ヤバい、と朗太は思った。こんなのもう付き合ったようなものだ。
とっさに蝦夷池の目と耳でも塞いでやろうとしたが、遅かった。
「勿論」
「なら、喜んで」
緑野は顔を赤くしつつも瀬戸の差し出した手を取っていた。
こうして緑野と瀬戸は付き合いだしてしまったのだ。
蝦夷池がいる、すぐそばで。
涙を一筋流し、蝦夷池がその場で項垂れた。
姫子はその背を優しく擦り続け慰め続けていた。
それから少しあとのことである。
瀬戸と緑野が付き合いだしたという噂は野火のように広がった。
それを聞いて、かつて瀬戸を好いていた群青は「もうとっくに諦めていたから」と力なく笑い、柿渋もまた同じような反応だったらしい。
そして振られることになってしまった蝦夷池だが、彼のことを面白いと思った人がいたらしく、彼も高三になるころにはその人と付き合いだすことになるのだが、それはまた別の話である。
結局恋愛弱者の恋愛は恋愛強者のふとした挙動であっさりと踏みにじられるものなのだ。
こうして緑野と瀬戸は付き合い始めるという衝撃事件が起き、朗太たちの修学旅行は終わりを告げた。
カジウミテラスからのことは朗太自身あまりよく覚えていない。
瀬戸と緑野が付き合いだしたという事実はそれだけ衝撃的だったのだ。
すでに瀬戸たちの噂は広まりつつあり、機内でトイレに行くと朗太のようにショックを受けている者がちらほらといた。
ただもう一つ、修学旅行の異常点をあげるなら、羽田空港につくと、なぜか纏がいたことだろう。
「お久しぶりです先輩! お迎えに上がりましたよ」
「え、なんでいるの?!」
修学旅行がお開きになり帰路に着こうとするとどこからともなくこの小さく可愛い生物が現れて朗太は心底驚いた。
「そりゃ先輩のお迎えのためですよ。楽しかったですか修学旅行?」
「そ、そりゃ楽しかったよ」
「ん? その割になんか元気ありませんね」
歯切れの悪い朗太に何かを察したらしい纏に起きたことを洗いざらい説明すると纏は目をぱちくりさせて驚いていた。
「えーそれは、超驚きですね!! ホント意外です! ……うん、いや、でも少し納得できる気も」
「だよな」
「ははは、人によっては瀬戸君のことそう言うわね。私の仲間内にもそういう人結構いたわ」
話を広げる姫子の一方で、風華が元気のない朗太を心配そうに見ていた。
「大丈夫凛銅君?」
「だ、大丈夫大丈夫」
「大丈夫ですよ風華さん! 先輩がこうなることは実は結構良くあります! 何はともあれお久しぶりです先輩! つもる話もあるでしょう! 私が聞いてあげます!」
「あ、ありがとう……」
「フフ、二カ月ぶりぐらいですね! 荷物持ちましょうか?」
「いや4日ぶりだから。それと荷物は悪いよ」
朗太たちは話しながら地下鉄の方へ歩き始める。
「ていうか何でこっちの状況が分かったんだよ……」
「愛があれば分かります!」
「あ、愛が深い……」
こうして朗太たちは帰路についたのだった。
というわけで謎の緑野と瀬戸締めです。
緑野登場前に、今度出す女性キャラは重要キャラですが主人公のヒロインポジではないです、みたいなことを書いたのはこのためでした。彼女はもとより瀬戸の彼女役としての登場していました。にしても性格は改善するから良いやと思ったとはいえ、出端の性格は悪くしすぎたと反省してます。毒舌書くのが楽しすぎたんです。いずれ緑野編も書き直します……。
というわけでこれにて修学旅行編は終わりです。
次はバレンタイン編です。諸事情あり彼らはディズネイに行きます。バレンタイン編という名のディズネイ編は割と短いかも……。
一応バレンタイン編で(多分)楽しい楽しい? ラブコメ編は終了です。申し訳ないです。
バレンタインが終わると『球技大会&進路決定編』が来てその次に『徒花編』が来ます。
次章投稿は少し期間があきます。一ヶ月後か、一カ月半後くらいに復活すると思いますので見に来てくれると嬉しいです。本編2章に当たる白染風華編を書き直した後、本編を再開する予定です。
もし間に合わなかったら漫画の更新に合わせ短編を更新します。
詳しくは活動報告にて書いておきます!
宜しくお願い致します!




