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沖縄修学旅行(11)


 翌日のことだ。

「あ、アンタ、昨日の夜のことは全部忘れなさい......!!」


 今日も今日とて日差しが強い。ヤシの木の生えるバスの停まる集合場所に集まると姫子は顔を真っ赤にし迫って来た。

 よほど昨夜の友人の会話が恥ずかしかったらしい。


「お、おう……」

「うん? 昨日何かあったの?」

「うっさい!!」


 意味深な会話に風華が尋ねると姫子はピシャリと言葉を封じていた。

 そしてその様子に触れるべきでないものを感じ取った風華は朗太に視線を移す。

「凛銅君も眠そうだね?」

「昨日纏と朝まで話していたからな......」

「ハハハ、そりゃ災難だ」

 深いくまを作る朗太に風華は眉を下げた。

 ともあれ修学旅行3日目開始である。

 もし修学旅行で恋愛的な内容で功績を出そうとするものがいるのなら、その者たちにとってはそろそろ修学旅行も佳境に入った頃合いである。



「で、どうしたら良い?」

 というわけで朗太と姫子は蝦夷池と話し合っている。

 バスの中である。蝦夷池はリクライニングをグッと倒し椅子と椅子の隙間からこちらを見ていた。蝦夷池の後ろが朗太と姫子の席なので、椅子を倒すだけで話せるのだ。


「普通に話しかければ良いんじゃないか? もうアイツつんけんしていないし」

「そうよそうよ、私たちの力なんて借りる必要ないわよ」

「甘いな朗太、茜谷。俺がなぜわざわざお前たちを頼ったと思っている」

「なんでよ」

 朗太が問うと蝦夷池は眼鏡をくいっと押し上げた。

「緊張して話すネタが思いつかないからに決まっているだろう……!」

 椅子の隙間の奥で蝦夷池のメガネが輝くのが見えた。

「……」

 羞恥心をどこかに落としたような蝦夷池の様子に姫子は閉口していた。

「えぇ……、今までも話してたじゃん……」

 蝦夷池が緑野に何度も話しかけに行っていたのは朗太も知ることである。

「ば、ばかいえ今までは予行演習のようなもんだ……」

「ど、どうしたんだこいつは」

  明らかに様子がおかしい蝦夷池に、隣の雨谷(あめたに)に話をふる。すると雨谷は「あー」と言いながら頬を掻いた。

「初日の夜に、色々あったんだ。誰が好きかとか、そういう話。それで蝦夷池の話掘り下げたから、それでより意識するようになったのかも」


 なるほど。

 その話を聞いて朗太は妙に納得していた。

 要は友人たちに好きなら攻めろよと背を押された結果ハイになってしまっているわけだ。そうでなくともぼんやり思ってたことを口にすることで明確に意識するようになることは多々ある。

 だがいずれにせよ、朗太の考えは変わらない。

「事情は分かった。でも答えは変わらない。今まで話してたならどっちにしても大丈夫だろうから普通に行けよ」

 朗太の提案にそうよそうよと姫子も同調する。

「そうか」

「おう」

「分かった」

 蝦夷池はコクリと頷いていた。

「それをすれば数日で緑野は俺に惚れるんだな」

「なぜ惚れる前提なんだ」


 朗太はとんでもないことを言い出す蝦夷池に愕然としていた。

 少なくとも朗太の記憶の中の蝦夷池はこんなに面白い人間ではなかった。浮わついて完全にただの面白い人になってしまっている。

 姫子も口をあんぐり開け呆れていた。

 加えて彼の声は抑えきれていないので周囲にもほんの少し聞こえているようで、オープンなのかシャイなのか、前向きなのか後ろ向きなのかよく分からない彼の様子にクラスの女子がクスクスと笑っていた。

 その光景に大丈夫なのかコイツと思うと同時、もしかするとこういった訳の分からない攻め方をすると案外美少女というものは落ちるものなのかもしれないとも朗太が考えていると

「助言ありがとう。落としてくる」

「だからなんで段階が一つ飛ばしなんだよ」

 やはり蝦夷池は常識外の言葉を吐き出し、いきなりゴールテープ切ろうとする蝦夷池に朗太はツッコミを入れた。


「面白い奴ね……」

「だな」

 目的地に着いたころには姫子も朗太も疲れきっていた。

 というわけで朗太たちは美ら海水族館にやってきている。


 


「でっかーい!!」

 

 美ら海水族館。沖縄で最も人気な観光スポットの一つである。

 なんといっても世界で初めてジンベイザメの複数頭飼育を実現したことで有名な水族館だ。他にもたくさんの海洋生物を見学でき多くの観光客が訪れる。海に面しているので階段を登るとエメラルドブルーの海を一望することが出来たりするのも人気の一つだ。


「凄い! 大きい!!」


 風華は水族館前にある巨大なジンベイザメの彫像を仰ぎ見て感動していた。一本の支柱で支えられているため今にも倒れてきそうな迫力がある。

 また館内に入ると美ら海水族館の見物(みもの)の、ジンベイザメの複数頭飼いを可能にした大水槽を見上げ「でかー!!」と感嘆し、ユーモラスに泳ぐジンベイザメを実際に見て「可愛い~~~!!」と感激していた。

 そして偶然にも餌やりの時間に居合わせた朗太たち学生は、10メートル以上の高さを誇る水槽で体を縦にして、上部から投げ込まれるオキアミなどの餌を海水丸ごとに吸い込む姿を目の当たりにする。

 皆一様に口をあんぐり開け、あまりの勢いでしぶきが立つ様を呆けたように見ていた。

 風華は言う。

「な、なんか掃除機みたい……」

「掃除機て」

「でなかったら排水溝みたいになってんな」

「だから朗太も排水溝て」

 風華と朗太の反応に呆れる姫子。だが彼女もズゴーっと水が吸われる様をしばらく眺め「…………確かに見えなくもないわね……」と同意していた。

 実際に水がみるみるジンベイザメの口に吸い込まれるのがしぶきや泡の関係で目視でき、それはブラックホールに物体が落ちていく様を思わせた。


 その後風華は掃除機が頭から離れなかったようで、シュモクザメ、別名ハンマーヘッドシャークを見て「これも掃除機みたい……」と呟いていた。まぁ確かにスティック型の掃除機に見えなくもない。


 また件の蝦夷池だが、頑張って緑野に話しかけているようだ。

 緑野も無下にしない。

 きっと緑野が水槽を眺めているところに寄っていったのだろう、二人はオーシャンブルーに輝く水槽の前で佇んでいた。となれば気になるのは会話の内容で耳を澄ましてみると、青色の魚を指差し

「……『メガネモチノウオ』……?」

「……眼鏡をかけているように見えるからメガネモチノウオらしい」

「……あ、ホントですわね。眼鏡をかけているように見えますわ!」

 と話すのが聞こえてきた。

 それを聞いてよしよしと頷く朗太。だが

「……こいつがメガネモチノウオなら俺はメガネモチノエゾイケだな」

 という中途半端なボケを蝦夷池がかまし、どう返していいか分からない微妙なボケに「え? えぇ、そうですわね」と緑野を困るのを聞き固まっていた。

 

「……」

 

 心が痛い。

 ……きっと今のは彼の黒歴史に加えられたに違いない。

 朗太は顔を苦悶に歪めた。

 なんだろう、この跳び箱のロイター板で思い切り踏み切れず跳び箱の上に着地、もしくは跳び箱に激突してしまうこの感じ。

 攻め気と臆病が重なり、中途半端な結果になってこうなるのだ。

 

 涙を禁じ得ない。

 もし何かの拍子で自分の立場が変わって、憧れの風華に頑張って話しかけようとする立場になっていたのなら、自分も同種の会話をする姿が容易に想像がつく。これが恋愛弱者の会話である。自分は何の因果かとんでもない幸運を手に入れているが、本来蝦夷池(あっち)側の人間である。

 だからこそ空回る蝦夷池の姿が自分のことのように痛い。

 朗太の中で蝦夷池を助けてやりたいという気持ちがいやでも大きくなった。

 その後も蝦夷池は、桜色に輝く桜を前にし

「……この魚綺麗ですわね……」

「……ボロサクラダイというらしい」

「……ボロ……」

「……これじゃキレイサクラダイだな」というやはり切れのないボケをかまし(蝦夷池ーーー!)朗太の精神を抉っていた。朗太のメンタルにダイレクトアタック。ちなみに切れが無かったり、話が詰まらないのが問題ではなはなく、きっと会話のキャッチボールで蝦夷池がしっかりボールを投げ切れていないのでが問題なのだ(朗太考察)。ボールに勢いがなくゆらゆらと風に揺られて落ちてくるので、緑野も受け止めるだけで精一杯なのだ(朗太考察)。

 その証拠にいくつかの水槽を見て回った後

「ドブタカ?! もう少しマシな名前は無かったのか?!」と酷いネーミングをされたサメの展示に蝦夷池が珍しく素の反応を見せていると「『ドタブカ』ですわよ蝦夷池さん」と緑野は訂正し、ナチュラルに読み間違えた蝦夷池がツボに入ったようで「ドブタカ、フフ」と笑っていた。

 彼が緑野の反応を窺っていなければ緑野も素の反応を見せられるのだ。

 そして若干恥ずかしい読み間違えをした蝦夷池はというと、緑野が笑えばそれでいいらしい、まんざらでもない顔をしていた。

 良いのかそれで……。

 鼻の下をかき、やってやったぜみたいな顔をしている蝦夷池に朗太は眉をひそめた。

 気持ちは分かる。

 これは怪我の功名的な奴である。

 

「あー、あるわねああいうの」

 蝦夷池の様子は姫子も覚えがあるようで寒気を和らげるように両腕をさすりながら渋い表情をしていた。

「やっぱあるのか……」

「あるわよ、勿論立場は逆だけどね……。まぁよくある話だわ……」

「そうか……」

 

 姫子の反応を見るに、やはりあのような態度は好ましくないようだ。

 バスの中では威勢が良かったので行けるかと思ったのだが、彼は本当に緊張しているようだった。



 周囲では水槽の中の生物を前にし生徒たちが

「ツマリマツカサだってさ」

「へ~、つまりこれがマツカサ、と?」

「いやだから『ツマリマツカサ』だって」

 なんていう会話や、『サンゴ礁に囲われた浅瀬』の意味を持つ『イノー』。そのイノーに住む海洋生物が無数に展示された『イノーの広場』で、

「イノーなのに沢山! 沢山いおるわ!」

 と沢山いる磯の生物に悪代官のように風華がはしゃいでいたが、それらはどこか遠い時空で起きている出来事のようだった。



 





次話投稿は5/21(火)の予定です。

時間が空いてしまい申し訳ありません。

それと5/21はコミカライズ3話が更新される予定です! 是非見てね!

ではでは~~



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