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沖縄修学旅行(10)



「そ、そういうこと……」


 藤黄に姫子が呼んでいると言われて来たことを伝えると姫子は納得していた。


「たっく余計なことを……。だからあいつら急に部屋から出て行ったのね」

「全員いないのはそういうわけか……」

「どうやらそのようね」


 姫子は、彼女たちが隣の部屋にいるのだろうか、部屋を隔てる壁を睨みつけていた。


「そ、そうか……。悪かったな。そういうことなら俺は帰るよ」

 ならばここに長居するのも不味かろう。朗太は速やかに退室しようとした。だが


「ま、待ちなさいよ……」

 踵を返し退室しようとする朗太の浴衣の袖を姫子が捕まえた。


「い、今出て行ったら見つかるかもしれないでしょ……。危ないわ」

「そ、そうか」

「うん、だから……、み、皆が帰ってくるまでここで待ちなさいよ朗太……」


 勇気を振り絞って言ったであろう姫子の顔は真っ赤になっていて、その言葉には朗太は抗えずコクリと頷いた。

 朗太の顔もまたリンゴのように赤くなっていた。


 それから朗太は姫子が指定したベッドに腰かけている。きっと姫子のベッドなのだろう。姫子も少し距離を置いて同じベッドに尻を沈めている。

 備え付けの置時計がちくたくと時を刻む音がやけに大きく感じた。

 余計な音が無いせいで姫子の一挙手一投足が気になって仕方が無かった。例によって衣擦れすら良く聞こえ服が擦れる度に気が気じゃない。苦し紛れに朗太がテレビを点けようとすると姫子が口を開いた。


「な、なんか飲む朗太……」

「な、なんかあるのか?」

「まぁ……そこのティーセットなら……」

「じゃぁ貰おうかな……」


 言うと姫子はそそくさと茶を入れる準備をし始めた。

 すると落ち着いてきたのか、コポコポと音をたてる電気ケトルをじっと見つめつつ姫子は口を開いた。

 

「にしてもどうしたもんかしらね。蝦夷池君のは……」

「蝦夷池なぁ……」

 困ったような声を出す姫子と同調するように朗太は天井を見上げた。

 実は本日の夕刻、朗太たちは同じクラスのロボ研所属の蝦夷池(えぞいけ)より依頼を受けていたのだ。その依頼内容は――


 『実は、オレ緑野さんと仲良くなりたいんだが』


 というもの。夕刻、朗太達を呼びつけた目がね男子の彼はクイッと眼鏡を持ち上げそういった。詳しく聞いてみると、彼はこの修学旅行中に緑野とEポストのアカウントの交換をしたいらしい。

 そんなの直接聞けばいいと思うのだが


『おいおい止してくれよ凛銅......』


 彼は言う。


『そんなことしたら気があるってバレちゃうだろ?』


 ということなのだ。

 こいつこんなキャラだっけ......、と、メガネがキランと輝きそうな感じの蝦夷池に思わず呆れてしまうがとにかく彼の依頼は仲良くなった上で連絡先を交換することだった。

 だが今回の依頼あまり気の乗る代物ではない。なぜなら


「緑野の性格はもう治ってるし俺たちからすることは無いんじゃね?」

「そうよね、もうあんまりすることないわよね」

 このようにあまりにも依頼がイージーすぎて別に自分達が出る幕もないように思うのである。

 しかし彼は朗太たちを頼った。


「……」


 彼の様子を思い出してみると、どうにも彼は景気付けに朗太たちに話したようにしか思えなかった。


「蝦夷池も依頼することで自分で自分の背を押すのが目的だったっぽいし、あとはあいつ自身で何とかするでしょ」

 朗太がぼやくと「でしょうね」と姫子も頷いていた。


「緑野、変わったよなぁ……」

「そうね」

「最初あんなつんけんしてたのにここまで変わるもんなんだな」

「そのきっかけを与えたのはどっかの誰かさんじゃなかったかしら」

「いや俺は偶然居合わせただけだよ。俺がしなくても他の誰かがしたさ。もしくは緑野が自分で気が付いたよ」

「そんなもんかしらね」

「そんなもんだろうなぁ」

「お茶はいったわよ」


 姫子がほんのりと湯気の立つ紅茶をソーサーに載せて差し出してきた。


「会ってから色々なことがあったわね」

 姫子はふーふーと熱い紅茶に息を吹き掛けていた。

「まずはくじ引きでしょ。そのあと東京遠足の一件があって」

「あったなそんなの」

「その後藍坂さんの一件があって、翠のことがあった。そのあとはバスケしてその次は文化祭」

「文化祭かー」

「あの時は大変だったわね」

「そこら辺からなんかまた変わったよな。なんというか、関係が」

「それはアンタの性格が少し変わったからよ多分。そのあとの生徒会と、その、私のことで、多分、多少、ほんの少し大人になった」

「なったか?」

「なったわ、明確に」

「そうか。また成長してしまったか」

「ハッ、ここで下らないこと言うところは相変わらずね」


「私も成長したのよ」

 しばらくして姫子はポツリと言った。

「そうか」

「アンタねぇ……」

 朗太の返事に姫子は眉を吊り上げていた。

「もうちょっと興味ありそうに言えないの?」

「いや興味ない訳じゃないけど、あんま変わってない気もして……」

「変わったわよ! 失礼なやつね! まずママと面と向かって話し合うことができるようになったわ」

「それは大きすぎる成長だな……」

「そうよ! 今はママも私の志望先を応援してくれてるわ!」

「それは良かった」

「それと、風華や纏ほどじゃないけど、素直になることの大切さも学んだわ」

 すると口をつぐんで姫子は朗太との合間にあった距離を詰めてきた。

 姫子のケツにより朗太が座っていたベッドが沈む。

 見るとキスでもできそうなほどの至近距離に姫子がいる。

「え」

 その艶やかに光る唇に朗太が息をするのも忘れていると、

「朗太、今夜は逃がさないわよ」

「!?」

 姫子がキスでもしそうなほど接近してきた。

 とっさにズザザッとけつをずらし距離を取る朗太。心臓が爆発しそうだった。


「いーじゃない! 普段は纏や風華がいて素直になりにくいのよ!」

 その朗太のつれない反応に眉を吊り上げ再度距離を詰める姫子。しかしこの二人きりの空間で息が吹きかかるほど近くに寄られるのはマズイ。足が触れたり肩が触れたりするので緊張が尋常ではない。

 姫子に掴まれた腕に姫子のひんやりした手の感触が残りそれだけでもマズイ。

 とにかく朗太はこれはヤバいとその場を逃れようとしていて

「いやいやこの距離感はまずい!」と主張すると

「何か問題でもあるわけこの距離だと? 小説のネタにしていいわよ!」

「いやでも俺の罪悪感が!」

「今さら罪悪感も糞もないでしょ!」

「た、たしかにそうかもしれんが」

「なら良いじゃない。そこに座りなさい! お座り!」

「だから俺は犬じゃねぇ!」

「は、どうせそう遠くない将来私の物になんだから私の犬のようなもんよ! というか私のものになれ! お座り!」

「そんなこと言われて座れる奴はいねぇ! 俺のプライドを甘くみんなよ!?」


 それから朗太と姫子は狭い部屋で言い合いの喧嘩を起こし、最後は姫子が勝ち


「全く無駄なことしない方が良いわよ」


 朗太を完全論破しベッドに座らせた姫子はフンと鼻を鳴らした。


「紅茶冷めちゃったわね。入れなおすわ」


 なんて女だ……

 そそと紅茶を入れなおす姫子に朗太は恐ろしいものを感じていた。




 それから朗太たちは、テレビでやっている映画を下らないことを話しつつ時間を潰していたのだが幸い? にもこのような時間は長くは続かずしばらくすると


「限界だ姫子、そろそろ教師がまた見回りしそう」

「凛銅君、楽しかった~?」などと言って女子たちがなだれ込んできて朗太はこの部屋を脱出する機会を得た。

「アンタたち余計なことしてんじゃないわよ!」

「良いじゃない姫子。たまにはこういうのも」

「そうそ、私たちの粋な計らいに感謝して欲しいくらいよ」

「ホントよ」

「「「ね~~~~」」」

「姫子だって嬉しかったくせに」

「そ、そんなわけないでしょ?!」

「いーやアンタは楽しんでいたわ。そんなの顔を見れば分かるわよ。凛銅君、良かったね姫子楽しかったって」

「そ、そうか」

「で、ところで話変わるけど凛銅君キスくらいはした?」

「し、してるわけないだろ……」

「も~~姫子ったら~~~」

「うぶなんだから~」

「押し倒しなさいくらいのことは言ったのよ?」


 それら攻撃に耐え兼ねた姫子は気炎を巻き叫んだ。

「アンタはいつまで女子の部屋にいる気なの! もう深夜よ! 出て行きなさい!」

「お、おう」


 話が自分に都合の悪い方に傾き始め顔を真っ赤にし朗太に退室を命じる姫子。

 お前が残れと言ったんだがと言っても意味のないことだろう。

 そそくさと部屋から出ようとする朗太。

 すると同時に纏から着信があり、ん? と出ると


『そこに姫子さんいますね?』

  

 やけにとげのある纏の声が聞こえてきた。


 ……だからなぜ分かるんだ?


 朗太が恐れおののいていると纏はまくしたてる。


『というか今先輩、姫子さんの部屋にいますね?』

『……』

『先輩は先輩たちの部屋に行かないって約束だったじゃないですかー!!』


 半泣きのような声音で喚く纏を諫めながら朗太はわたわたとその場を退散した。

 その後、朝まで纏と連絡する羽目になったのは言うまでもない。


 








カオス!!

修学旅行編はあと3話ですー。

次話投稿は5/14(火)を予定しています。宜しくお願いします。



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1巻と2巻の表紙です!
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