沖縄修学旅行(4)
飛行機は約二時間のフライトで生徒たちを那覇空港へと招待していた。
「ハイサーイ!!!」
那覇空港を出ると生徒たちが(主に男子)が歓声を上げる。加えて2Fの男子はバスガイドが美人ときて男子たちは大いに盛り上がっていた。
「呉屋ちゃーん!!」
「かわいいー!!」などとバスガイドの呉屋加耶子の自己紹介でヤジが飛ぶ。歓喜の声をあげたのは高砂と桑原である。彼らは時にこのような向こう見ずな側面を見せる。
良いのか、日十時、春馬……。
うわ……と口角を下げる郡上輝美と藤黄楓を視界に捉えつつ朗太は思う。
お前たちが意中の相手はドンびいているようだけど……。
しかし彼らの異様なテンションは時は男子の中では奏功することもあり、彼らを皮切りに男子のあちこちで歓声があがり、メガネ・ロボ研の蝦夷池が「彼氏は彼氏は!」と尋ね「彼氏はいます~~」とにべもなく答えられていると男子の中では笑いが起きていた。
あくまで男子の中では、だが。
「なにあれ」「きも……」と盛り上がる男子たちに背後の女子たちが呟くのが聞こえた。
そんなこともあり事態は好転していない。
「おい高砂黙らせろよ……」
「無理だろ……。てゆうかそっちだって立花とか普通に盛り上がってたじゃねーか……。同じグループなんだから黙らせろよ……」
「あいつらのこと止められるわけないだろ」
朱色の塗装が特徴の首里城につくと、駐車場の近くにあるトイレの陰で朗太と七浦たちは額を寄せ合っていた。クラスメイトの多くはガイドに引き連れられ開けた場所でぺちゃくちゃと話していた。
「確かに俺たちは仲を修復したいと思っているが一枚岩じゃない。あいつらの口に戸はつけられない」
「それは俺も同じだ。高砂とは通じているが同じ意思ではない」
「はぁ……」
集まった全員でため息をつく。
別に、他の男子達も女子との仲を修復したくないと思っている訳ではないはずだ。しかしそれをはっきり口にすると裏返るという懸念もある。男子とは大体そんな感じだ。
だから、言わない。
相談に訪れた3人だけで動いているわけだが、それでは男子達の態度を統一できるわけもない。
皆、多少は、キレぎみ傾向の女子に気を配ってはいるようだが、先程の車内のように事前にほぼ女子がドンびくこと確定の内容で盛り上がってしまうこともある。
とはいえ、
「メイン女子グループの東雲グループと七浦たちが入ってる比井埼グループが雪解けすれば、クラスの雰囲気は変わるはずだ。なしのつぶてでやる気なくすかもしれんがこれしかない。頼むぞ……」
「しゃーねー。だな」
「俺らが悪いとはいえ手酷いんだよなぁ」
「土方のためなら仕方ねーだろ」
実際に彼らは女子たちから手酷い対応を受けてはいるのだ。
去って行く三人の背中を見送りながら朗太は回想した。
例えば機内のトイレの列で東雲と七浦が隣り合った時だ、小窓から広がる青海に
「し、東雲、海、めっちゃ綺麗だな」と七浦が話しかけるも
「うん、そだねー」という海水より塩辛いんじゃないかという塩対応。
飛行機から降りて南国さながらの景色に幸田が東雲グループの女子に「ヤシの木もあるんだね!」と声をかけるも
「そーねー」
「南国、みたいだね……」
「そーねー」
「…………」なんていう、え、なにここ北海道?! という雪が吹きすさぶ幻覚が見えそうな冷たい対応が続いている。
いっそ話しかけない方が良いようにも思われる惨状だが、朗太達が提案したのは大っぴらなことはやらず、出来ることを、ということだった。拒否されても良いから声をかけていくというものだ。彼らはそれを実行しているのだが
「まじで赤いな……」
「そーねー」
七浦が話しかけるも東雲に会話で血祭りにあげられていた。七浦の心から首里城よりも赤い鮮血が飛び散るのが見えた気がした。
向こうではその姿を現した朱色の建造物に盛り上がっていた。
「な、なんだって七浦たちは……」
「全く手応えないってよ」
「でしょうね……」
生徒たちに合流すると姫子に話しかけられた。
姫子も苦い表情である。
「ふふ、大変そうだね凛銅くん?」
その横では風華がにやにやと笑っていた。
青陽高校の修学旅行は二クラス合同移動である。したがって風華も一緒なのだ。
「ま、まぁな……」
「やっぱり見ていて飽きないね」
「……」朗太は何も言い返せなかった。
それからも芳しい成果は得られていなそうだった。
「ここにもと琉球の王族がいたんだね」
「そーねー」
「なんで赤なんだろうな……」
「さぁーねー」
このような壁打ちのような会話が続いている。
壁に話しかけた方が傷つかない分いくらかましなんじゃないかと思われるほどだ。
結果――
「やってらんないぜ」
夕方、潮騒が響く砂浜で七浦たちはため息をついていた。
ホテルに到着し自由時間になり、生徒たちの多くはビーチに出てきたのである。
砂浜では多くの生徒たちがTシャツで駆け回っていた。波が押し寄せるたびに波から逃げてみたり、ビーチバレーをしたり、砂浜で山を作ったりしていた。
そんな海岸を一望できるホテルとビーチの境界に朗太たちはいる。
赤みが差しつつある空のもとに広がるビーチからは生徒たちの喚声が潮騒に交じり聞こえてきた。
「これこのまま続けなきゃいけないのか?」
相談してきたのは七浦たちの方なのに七浦はうんざりとしていた。
しかし彼らのこれまでの会話を思い起こすと無理もない気がする。
「それに関しては姫子とも話した」
「で」
「もっとこう、自然な感じの方が良いってさ。ただ話しかけるだけじゃ足りないかもしれない。相手をよく見た方が良いってさ」
「そうか。分かったよ。方針転換だな……」
「だなぁ」
カランと朗太が飲んでいたジュースのグラスの氷が鳴った。
ビーチでは今も生徒たちが楽しそうに走り回っている。
するとそこでふと七浦と目が合った。
「なに?」
朗太が尋ねると、言いにくそうに、だが言わずにはいられないように、七浦はいった。
「いや、おまえは楽しそうだったなぁって……」
彼の言わんとすることを察し、しばし黙る朗太。
しばらくすると、渋面を作りながら言葉をひねり出した。
「…………いや、なんか……、スマン」
「何が……?」
「……いや、アレ」
「……そこまで気まずそうに言われると怒る気も失せる」
朗太は何とも言えない表情で押し黙った。
実際謝らざるを得ないような状態だったのだ。
例えば首里城の朱色の正殿が見えてきた時だ。朱と白のストライプ模様の中庭とその奥に控える豪奢な正殿を指さし「見てみて凛銅くん! 赤いよ!」と朗太は風華にひっつかれていた。
「ちょっとアンタは離れなさいよ!」
それを見てすかさず姫子は牽制を入れるのだが、「こわーい!」と風華はわざとらしく怖がり朗太に抱き着いて見せ、風華の柔らかな感触に朗太がどぎまぎしていると、一撃。
「姫子が赤色を見て興奮してるわっ」
「闘牛じゃないわよ!!」
姫子はかみついていた。
「もーアンタは!」
「ほらうし!」
「ほらうしじゃないわ!」
実はそれと時を同じくして纏からも『今どんな調子ですか?^^ 』という連絡も届いている。
「…………」
こんな調子で朗太は周囲はまさにカオスで、傍からそれを見れば彼らが切れるのも当然であろう。
ちなみに着陸後は、『長旅、お疲れ様です! これから沖縄観光楽しんできてくださいね! これから私はお昼です!』というメッセージと共にいつとったものなのだろう、際どい写真が送られてきていた。
纏は一体何を考えているんだ。
そんなしっちゃかめっちゃかの旅行を過ごしていたのだ。
「まぁ今に始まったわけじゃねーが」
「……」
「さっさと決めることだ。そうすれば、男子が喜ぶ……」
しらっと朗太から視線を外しながら七浦がそういうのを朗太は責められない気がした。
いつまでも俯いてもいられない。
視線を上にあげると、2Fの東雲グループの女子がビーチに作っていた砂山に、2F男子の使っていたボールが直撃していた。
あ、という叫びと同時に砂が飛び散り、山がへこむ。
……先は長そうである。
次話は4/23、火曜日投稿予定です!
宜しくお願いします!