沖縄修学旅行(3)
もう結構集まっているな……
集合場所に到着すると辺りは喧騒に包まれていた。
300人以上の生徒が集まるのだ。出発ロビーの一角は私服の生徒でひしめき、期待に胸を膨らませたおしゃべりで満ち、まるでモザイク模様だった。
これら生徒を制御するのがクラス委員の仕事で、誠仁は声を張り上げ自クラスの生徒を仕切っていた。
その列に朗太も身を収め周囲を見回していると、気づかわしげな視線の誠仁に、背中をはたかれた。見るとしおりをくるっと丸めてメガホンのようにしてある。
「どうした朗太、顔色良くないぞ?」
「え、そう? でも大丈夫だよ」
どうやら誠仁は朗太の微妙な変化にすかさず気が付いたらしい。
だが本当のことを言うわけにはいかず朗太は適当に嘯く。というより、この男が弥生と連絡を取っていたせいで厄介ごとが増えたので、朗太はじろりと誠仁を見返していた。
「な、なんだ朗太?」
「いや……なんでもない……」
「そうか、なら良いが」
言うと誠仁は踵を返し先頭のほうへ向かっていった。『凛』銅朗太たちがいたのは列の最後尾である。
「なに、朗太また何かしてんの?」
「まぁ、それなりに……」
誠仁が去るといつのまにか到着していた大地が嘆息を漏らしつつ笑っていた。
「ふーん、そう。ま、アレだよ。俺もあのあと男女仲のことを考えていたけど、大っぴらに動かない方が俺は良いと思うぞ?」
「だよな。それは俺たちもそう思っている……」
大地のアドバイスに朗太は頷いていた。
実際に前回の失敗を踏まえて、朗太と姫子はあくまで裏方に徹することに決めている。
朗太と姫子が誰かの意思で動くことは、相手側に悪印象を与えることになりかねないと考え直したのだ。あくまで朗太と姫子は裏方に徹し、依頼者である七浦・幸田・渡瀬に動いてもらうのだ。彼ら比井埼組の一部が、東雲組との関係を修復しだせば男女の仲は回復すると踏んでいる。
だが懸念もあり
「ふ、困っているようだね朗太」
「ま、まぁ……」
「だよね。あれを見なよ」
大地は視線の先には同じ部屋になることが決まっている高砂と桑原がいる。
「高砂の奴も群青さんと仲良くなりたがっているし、春馬も藤黄さん狙いさ。このクラスはよくよく見るとそんな企みだらけだよ」
見ると桑原が高砂に肘でおいおいとつっかかっていて、それに日十時が顔を赤くしている。きっと、群青さんに話しかけにいきなよとか話しているに違いない。
「こんなクラスで例の依頼を達成しようなんて面倒なことこの上ないよ。まぁ、恋愛感情は上手い事作用することもあるかもしれないけど、それを利用するってのはどうかと思うしね。それに」
大地は朗太を見てにやりと笑った。
「朗太の抱えているのはそれだけじゃない気も、なんとなくするしね」
それから優菜から連絡を受け大地は朗太から視線を外した。
会話が終わると、誠仁の事情すらあらかた把握していそうな大地の物言いに朗太はひっそりと息を吐いていた。
彼の言葉が脳内で反芻する。
確かに彼の言う通りではあるのだ。
このクラスは現在複数の恋の矢印が錯綜している。
そのクラスの男女仲を修復しようというのは一見両サイドに磁石があるようなもので容易いように見えて、恋情が絡むので干渉することが億劫なことこの上ない。
その上朗太は――
その時朗太のスマホにメッセージが届いていた。見ると纏からである。
即朗太はメッセージを開いた。すると出てきたのは――
『おはようございます! 今日は修学旅行初日ですね!♡ 先輩は旅行が好きなのでこの日を待ちわびていたに違いないと思います! いっぱい楽しんでそのお話を帰ってきたら纏に聞かせて下さい! 先輩がいないのはとても悲しいですけど、私はその間乙女修行に励もうと思います! 先輩が帰ってきたらパワーアップした纏を披露できると思います! だから――』
朗太は息を飲んだ。
『今の状態を維持して戻ってきてくださいね?^^』
「……」
朗太は怒気が透けて見えそうなメッセージに固まっていた。
そう、朗太は今現在、三人のなかで誰が好きなのか判明させねばならない至上命題があるのだ。
だから、今回の修学旅行は纏としては何とも面白くなく、ずっとぷんすかしていて『なんかあったら許しませんからね』などとギロリと朗太を睨み脅してきたりしていた。
纏の気持ちは分からないでもない。自分だって怒るだろう。
だが他の少女たちは構わない。
「おっはよー凛銅君!」
朗太が息を吐いていると背後から声をかけられた。振り返ると風華がいて、既に沖縄仕様なのかシャツ姿の風華は飛び切り可愛かった。
その姿にめまいを覚えほだされそうになる朗太。だが――『今の状態を維持して戻ってきてくださいね?^^』纏の文言がそれを邪魔する。
結果出来上がったのは微妙に顔をひきつらせた朗太であり
「うん、どした? 顔変だよ」
風華はきょとんとしながら朗太の顔を覗き込んだ。
「や、な、なんでもない……」
慌てて朗太がはぐらかすと「あ、でももともとこんなだったかも……」と言いながら眉間にしわを寄せていた風華は破顔し
「そっか、なら良かった! 覚悟しててね凛銅君! この修学旅行で凛銅君を悩殺して見せるから!」
満面の笑みでそういった。
正直すでに悩殺されている。これ以上悩殺されたらそのまま昇天しかねない。
一体自分はどうなってしまうんだと纏の言葉が反芻する脳内で思っていると、「あ、アンタ何言ってんのよ……」と姫子が間に入っていた。
「何っていつも通りだけど? 悪い?」
「わ、悪かないけど?!」
姫子は開き直った風華に奥歯をかんだ。そしてこのままではいけないと察したのか朗太を睨み
「ふ、ふん! アンタも鼻の下伸ばしてんじゃないわよ……朗太!」と強い言葉で朗太を叱責したのだった。
「お、おう……」
姫子の態度に朗太は赤面していた。
親友として接してきた期間が長いからこそ姫子をそのような対象として見直すと禁断の恋のような雰囲気があり、なんとも身もだえしそうになる。
だからギルティな雰囲気に朗太が顔を赤く染めているとスマホが唸る。見ると纏からの連絡だ。メッセージはこうだった。
『先輩、お元気ですか?^^』
「……」
なんだろう……。やはりニコニコマークが張り付けた笑みに見える。
いないはずの纏がいない気がしない。
その見えざる影に朗太が恐れおののいていると、目の前で「フフフ」と風華が微笑み姫子が「なによ?!」と噛みついていた。
そう、朗太にはこの、最も優先して解決しなくてはならない至上命題があるのだ。
自分は誰が好きかを明らかにしなければならない――。
それからしばらくするといくつかのトラブルを経て朗太たちを載せた飛行機は羽田を離陸。人の身を地面に縫い付けようとするGと耳鳴りを感じさせながら朗太たちを空へと誘った。
歓声の上がる機内で朗太の脳裏には丁度纏のセリフが再生されていた。
『こんなのフェアじゃないです!』
朗太は座席に身を深く沈みこませた。
というわけで本日はコミカライズ第二話が公開されています!
comicブースト様にて読めますので検索して見に行ってみて下さい。あいかわらずなろう版の数十倍は面白いはずです! 凄いぜェ……、コミカライズ……(ハズキルーペ感)って感じです。
また次話のさわりのネームは拝見しているのですが既に素晴らしいものでしたのでその点も楽しみにしていただければなと思います。
それと本作の更新ですがコミカライズ第三話が更新まではダラダラ修学旅行編を投稿する予定ですのでご安心ください。といっても京都旅行編ほど長くなる気は欠片も無いのでその点もご安心を。
次話は4/19(金)を予定しています。
宜しくお願い致します。




