合唱コンクール(8)
その後行われた合唱コンクールは悲喜こもごもだった。
今回の朗太の狙いは騒動の大本である蒼桃を叩くことで、潮目を変えることだった。もう藤黄の怒りも収まらない。男子のさぼりも収まらない。それらは相互に影響し合い坂道を転がり落ちるようにエスカレートしていく。
だがこれに明確な原因があるのなら話は別だ。それを除去すれば一気に事態が変わることはあり得る。だから朗太はそれら根源たる蒼桃自身を叩くことで、根底から問題を解決することを目指したのだ。
だが朗太自身すでに気が付いていた通り、ここまで多くの人を巻き込んで動き出した潮流はもう誰も止められない。旗振り役である蒼桃が態度を翻しても、もう流れは変えきれなかった。先導した蒼桃が手綱を握れないほど男女の不仲は大きなムーブメントになっていたのだ。
おかげで朗太のクラスはその後も荒れ
「何で男子はそんなにやる気ないの?! 信じらんない!」
「ようやく比井埼くんたちも練習来だしたけど、声小さすぎじゃない?」
などと男子たちは口々に非難された。
流石に本番が迫ったのと蒼桃から指示を受け練習を優先しだした比井埼も報われることは無い(これに関しては彼の自業自得だが)
なんなら女子の苛立ちは真面目に練習に参加している朗太にまで向き
「というか凛銅君、なんなの?! 真面目にやってんの?! 他クラスからの工作員なんじゃないの?!」なんて言葉まで向けられ始め
「俺絶対全力で歌うわ……」
「へそ曲げんじゃないわよ!?」
苛立ちを隠さない朗太に姫子のツッコミが入っていた。
とある昼休みでの一幕である。
合唱コンクールの本番が目前に迫りどのクラスも準備に追われていた。
廊下からは昼休みだというのに練習をしている生徒たちの声が聞こえてくる。
クラスでは指揮をする生徒と伴奏の生徒が何やら話し合っていた。
知っての通り合唱コンクールの準備では指揮と伴奏の生徒の打ち合わせなども必要なのだ。他には例えば青陽高校の場合、衣装の準備だってある。
都立青陽高校では衣装の自作が許されているのだ。
例年、全員胸に花をさしてみたり、全員蝶ネクタイをしてみたり、なんなら古代ギリシャ人が着ていたキトンのような創作衣装をこしらえて登壇するクラスもあり、それは合唱祭に華を添えるものとして密かに楽しみにされていた。
それもあって手芸部の紫崎と彼氏の大地が教室で話し合っているのは何度も散見され、出来上がったのは……
「あ、あんましアンタじろじろ見んじゃないわよ……」
「す、すまん……」
数日後の放課後のことだ。
朗太は廊下で姫子の衣装姿を目の当たりにし息を飲んでいた。
黒のベストに赤いネクタイ。
シンプルイズベスト。ベストだからとかではなく本当にそう思う。
白のシャツに黒のベストに赤いネクタイ。色の主張が激しい感もあるが、合唱コンクールという舞台を鑑みればそれくらい芝居がかった衣装の方がそれっぽい。
加えて女子もパンツスーツとなっており、生来すらっとしている姫子は本当に様になっていて朗太を仰天させていた。
一瞬、完全に見惚れてしまったのだ。
まるでドラマかなにかに出て来そうな感じである。
また一方で姫子も普段向けられる視線と違うことを察したのか、「全く……」と呟きつつ顔を赤くし髪をくしくしといじっていた。
だが驚きは姫子だけに留まらず
「どうしたんですか先輩?」
「うお?!」いつのまにか横に纏がいて、その姿もとんでもなく可愛らしくて朗太は仰天していた。
格好は黒のドレス。肩がばっくり空いて体にピタッと張り付くデザインのドレスは(後に弥生に聞いた話ではフィット&フレアというらしい。知らん)、纏の白い肌や華奢な体躯をこれ以上ないほど強調していて、なんというか芸術品や調度品めいたきらびやかさや美しさがある。その姿からは姫子からも感じた後光が滂沱のごとく溢れ出していて朗太はめまいを覚えた。
「な、なんでもない」
纏の抜けるように白い肌に見てはいけないものを見てしまったかのような背徳感に襲われ朗太はとっさに目を背けた。
しかし纏はこの朗太の変化を見逃さない。唇が弧を描いた。
「あ、先輩、今私に見惚れましたね?」
「い、いや。違う。誤解だ」
「誤解でも何でもないです! 先輩、私の目はごまかせませんよ!」
「いやホントに違うって」
そのまま「こっちを向いてください!」「い、嫌だ!」という押し合いへし合いに発展する。纏は朗太のワイシャツを掴み振り返らそうとする。
だがそこに風華が「どうこの格好?!」と現れ流れは変わった。
風華擁する2年E組は相当攻めた衣装にしていたのだ。
E組の衣装は例の古代ギリシャ人が着ていたようなキトンのような衣装だった。
長くだぶついた布を袈裟懸けに来て、そうなるとどうしてもがら空きになる胸部にサラシのように布を巻いていた。
その姿はとんでもなく扇情的で
(!!?)
朗太はその格好の衝撃で機能を停止。「あ、あわわ」などとうわ言を呟いていて
姫子と纏も唖然としていた。
「あ、アンタのとこの格好凄いわね……」
「びっくりしました……痴女……」
「女子が決めちゃったんだから仕方ないじゃない!」
痴女じゃないわよ! と風華が自分の格好の言い訳をしていた。
合唱コンクール当日もそれなりの騒動があった。
例えば纏のピアノの演奏に皆が聞き入ったり(纏はピアノが弾けるのだ)、風華のソロパートの伸びやかな歌声に皆が驚いたりしていた。
またホールを出た場所で「どうでしたか私のピアノは?」と纏が寄ってきたところに、風華と姫子も鉢合わせ、加えてそこに
「来たわよ姫子。頑張ってたわね」
「ママ?!」
「華鈴と華蓮を大人しくしてくるの大変だったわよー風華」
「え、お母さん?!」
「お久しぶりです、凛銅さん」
「あ、金糸雀さん、ご無沙汰してますー」
といった具合に朗太、姫子、風華、纏の『母親』が一堂に会し、皆が子供たちの間で何が起きているのか察しているからか、何とも言えない緊張感が走っていた。
一方で妹の弥生もこの場に訪れていて、「誠仁さん、歌上手なんですね?」「そうか? ハハ」などと誠仁と仲睦まじげに話していた。
合唱コンクールの結果だが案の定2年の最優秀賞は2年B組で、朗太たちのクラスはついぞ男女間の仲が直らず合唱コンクールを終えたのだった。
そしてしばしの時が経ち修学旅行が喫緊に迫った時のことだった。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。反合唱コンクールという熱気が冷めると男子たちはというと――
「朗太、依頼よ……」
放課後、朗太が姫子に呼び出され教室に赴くと同じクラスの複数の男子たちがいて彼らは言った。
「俺たちが悪かった。女子たちの関係を修復したい」
修学旅行、三日前のことだった。
というわけで合唱コンクール編は終了です。
これから修学旅行編に続きます。
少しヒヤッとするシーンがあったり、一応上に書いた通り依頼ネタもありますが安易な解決をします。お気楽に読んで貰えると嬉しいです。
2週間後の4/10あたりにまた再開します。まだ一字も書けていないので今から歯を食いしばって書く。なので『4つの告白編』からこっち、章全て書き終えて何度も読み返し微調整してから投稿していたのですが、修学旅行編はそれが出来ません。じゃあお前合唱コンクール編ちんたら投稿している裏で何してたんじゃい! というツッコミもあるかもしれませんが、裏では修学旅行編のプロット的な何かを組んでいました。それもあって修学旅行編のプロットは出来ているのですが如何せん書ききらないと見えないことも多分にあるというか……汗
致命的な粗とか引っ掛かりがありましたら伝えて貰えると助かります。
宜しくお願いします。




