合唱コンクール(7)
「で、お前が蒼桃か……」
「そーだけど、だからなに?」
その日の放課後、朗太は蒼桃を1年F組の教室で追い詰めていた。蒼桃は挑戦的な瞳で睨みかえしている。
蒼桃瞳
姫子と風華という存在によって発生した『二姫』という馬鹿げた呼び名。
その名を継ぐ『二天使』。その一翼を担う少女だ。
大地から事前に情報は得ている。
曰く『ギャル』であると。
肌も日に焼けているし、髪の色も校則が緩いことを利用して派手派手で、うねりにうねっている。朗太がパッと見ただけで分かるくらいにはメイクもしていた。だが素材がとんでもなく良い。トレードマークはいつも着ているピンク色のカーディガン。
それと――
なるほど。キッとこちらを睨む蒼桃を他所に朗太は納得していた。
曰く、蒼桃は二姫・二天使、そしてそこに毒舌女神こと緑野を足した5人の中でも特筆すべき特徴を持つという。
それが――
噂にたがわぬデカさだな……。
おっぱい、である。
お前は何を急に言い出しているんだと思う者もいるかもしれないが、それが事実なのだ。
そのデカさは噂ではFだのGだのと言われ、恰好の男子たちの議論の的になっているらしい。
それぐらいデカい。
体育祭では――朗太は悪意の自家中毒であまり記憶が無いのだが――その上下左右に揺れるそれは多くの男子の視線を集め、男女間での諍いの原因になったとか。
胸で周囲の男女の仲に亀裂が入るとかヤバすぎる。
5人の中で最も背の高い緑野も大きいとも言われているのだが、蒼桃はものが違うのだ。
おっぱいの神に愛されて生まれてきたおっぱいの申し子なのだ。
いや俺は何を下らないことを考えているんだ。
ハッ、と朗太は我に返っていた。
蒼桃のデカすぎる胸部が視界に入った瞬間からおかしなモノローグが脳内で流れ始めてしまった。
これがおっぱいの魔力。
は、いかんいかん。ともすると引っ張られそうになる自身の思考を律した。
「蒼桃で間違いないなら良いんだ。てか……」
蒼桃と挨拶のような、点呼のような言葉を交わすと、朗太は気まずそうに視線を教室の端に向けた。
「なぜ風華と纏まで……」
なぜか教室の隅に風華と纏が着席しているのだ。
「凛銅君が何か始めるって聞きつけたからね」
「一応見に来たんですよ。あ、先輩、瞳の胸に誘惑されちゃダメですよ」
「……されないけど」
纏の酷い物言いにため息を吐く。
朗太はじろりと彼女たちの傍に立っている大地に視線を移した。するとへへへ、と大地はさして悪びれた風でもなく頭をかいた。
「茜谷さんに朗太が練習遅れる話をしていたら白染さんに見つかってね。あとはなし崩し的な感じだよ。あ、茜谷さんは後から来るってよ。練習長引いてんだって」
「じゃあお前もサボりかい」
「まぁそうなるね。普段朗太が何してるのかふと気になってね」
「そう」
まぁいいけど。
別にギャラリーがいようといまいとやることは変わりない。
朗太はきゅっと唇を結ぶと蒼桃に向き直った。
確認作業の始まりである。
「蒼桃、お前を呼び出したのは他でもない。お前から話を聞きたかったからだ」
「そう? で、何を聞きたいわけ」
「お前、この合唱コンクールで何かしたろ?」
図星だからだろうか。
単刀直入に切り込むと一瞬青桃のひとみが大きく開かれた。
だがすぐに平静を取り戻す。
二人の間にわずかな間が生まれた。
蒼桃はぴくりを眉を動かした。
「どうしてそう思ったわけ?」
「勘」
「勘って……」
マジヤベー、蒼桃は吐き捨てた。
「正確に言えば勘と推理だな。どちらでもいい。俺の勘と推理が、お前が一番この状況を作りやすくて、お前ぐらいしかやりそうな人物がいないと判断した」
「ふーん、理由は」
「話すと長いが、端的に言うとお前が姫子と同じように生徒の相談を受ける活動をしているからだな」
「は? 私が相談を受けてる? どこ情報よそれ」
蒼桃は顎を上げ強気に言い返した。
分かるわけが無いと高をくくっているからだろうか。
その口調は殊更に強い。
だが甘い。朗太は既にその情報を掴んでいる。
「言っていたぞ、田子浦は。生徒会選挙の件でお前に相談したって」
「!? 田子浦が?!」
想定外の事態だったのだろうか、蒼桃はハッと目を見開いた。
「意外そうな顔をしているな。だがそれが事実だ」
朗太は断定口調で告げると蒼桃は悔しそうな顔を作った。
生徒会選挙で対立した田子浦は、途中で自分の志望動機を転換した。
そのことを朗太が糾弾すると、アドバイザーの存在を仄めかすような発言をしていた。生徒会選挙はもう終わった話だ。今なら口を割るのではないかと思い、朗太は田子浦の下を訪ねたのである。
「あいつはあっさり口を割ったぞ。もしずっと秘密にして欲しいのならそれもしっかり言い含めるんだな。最も、うっかり口を滑らす様な男がその約束を守れるかは別問題だが――」
「くっそ……」
迂闊だった自分を悔いているのか、口の軽い田子浦を恨んでいるのか。きっとその両方だろう。蒼桃は顔をしかめ爪を噛んでいた。
「それがお前が姫子の真似事をしている証拠だ。だからお前が今回も何かしているんじゃないかと思った。そしたら案の定だった」
朗太は渋面を作る蒼桃に話し続けた。
「お前、取り巻きの男子が大量にいるらしいな。そいつらの、中でも二年の連中に吹き込んだろ。合唱コンクールの練習なんて下らないって。もともと男子はこの手のイベントを毛嫌いしているからな。下地がある分、すぐに染み渡った。部活がある奴は部活を優先したし、帰宅部の奴だって悪ぶって早退した。一応裏も取った。生徒会選挙の件を踏まえてお前の名前出したら白状した奴がいた。お前の意に沿う形で早退していたって言う奴がな」
名を雨谷という。
朗太はロボ研にも訪れて裏も取っていた。
「否定はしないんだな……?」
返答はない。
蒼桃は自分の企みが明るみに出はじめ、口をキツク結びそっぽを向いていた。
「ならいいが……」
朗太は嘆息した。
「依頼者は2Bの合唱コン委員だろ。さしずめ依頼は合唱コンで一位にさせてくれか」
「うぐ……」
図星を突かれたからか蒼桃は渋面を作っていた。
「だからお前は周囲の練習を遅滞させるために2年の不和を誘ったんだ。1年は平和で2年が荒れたのはそのせいだ。入賞は学年ごとだからな。蒼桃が甘言で、時に普通の言葉で、2年の自分のファンを中心に部活動を優先するように誘導した。蒼桃の誘いはすぐに染み渡った。最初はファンの間だけでも、そのファンにも友人がいる。その蒼桃のファンの言葉に感化された人間も沢山いるんだろう。2年は練習に参加しない人間が沢山発生するようになった。蒼桃がわざわざ練習蹴っているのも態度で取り巻きに示すためだ。練習に参加するのがダサいってことを刷り込むための」
一年にもその波は波及するだろうがそれは仕方ないと割り切った。
そう朗太が話していると纏が手を挙げていた。
「でも先輩。不和にしたところで勝てるわけじゃなくないですか」
「あぁその通りだ」
朗太は大きく頷いた。勿論不和にしたところで勝てるとは限らない。
「でもよく考えてもみなよ纏。俺たちまだ学生だぞ」
纏の瞳が大きく開かれた。
「不和を招ければ十分、っていう話だ。織り込み済みの離反と想定外の離反は話が違う。ひっぱられて2Bにも練習参加しない奴も出てくるだろうが2Bのその依頼者は冷静に対処できる。裏の事情を知っているからこそ冷静にクラスを先導できた。多分、委員同士の繋がりで他の委員に殊更にサボりにナーバスな印象を刷り込んだのもその女だろ。だから2年は荒れたし藤黄もあんなにもあれた」
「でもなんでそんなことを……」
「動機か。そりゃ……」
蒼桃のしたことに声を震わせる纏に朗太が理由を語ろうとすると「ゴメン遅れた!」ガラッとドアが開き姫子が息を上げながら教室に転がり込んできた。
「て、蒼桃さん?!」
そして教室の中に想定外の人物がいて目を丸くした。
「茜谷さん!」
対し蒼桃も憧れの人物の登場とあってか、こんな状況であるにもかわらずパァっと顔に喜色が浮かんでいた。
蒼桃からすると感動の再開であるらしい。
だが蒼桃の喜びも朗太には関係ない。
「これだ」朗太は纏の方を向きつつ話を進めた。
「蒼桃は姫子の活動に憧れていた。だから蒼桃も姫子の真似事を始めた」
纏が目を見開いた。
それが朗太の推理だった。
姫子はこの女に姫子の活動を手伝わせて欲しいと声をかけられたと言っていた。
ならば拒否されたこいつが同じような活動をはじめてもおかしくはないと踏んだのだ。
だがそれだけでは確信が持てず、田子浦に確認にいったというわけである。
「え、え?!」
話についていけていない姫子は目を丸くし戸惑っていた。
すると憧れの先輩が戸惑うのを見て、その目の前で自分の企みを暴かれ感情が堰を超えたのか蒼桃が声を戦慄かせながら開き直ったように叫んだ。
「何よ!? そのどこが悪いの!?」
蒼桃がその胸に手をやった。
「あたしも姫子さん、アンタのように活動したかった! そばに立ちたかった! そのどこが悪いの!?」
まるで恨みつらみを朗太にぶつけるように叫ぶ。
「でもそしたらアンタがいるから要らないって言われるじゃない!!」
その目尻にはうっすらと涙が浮かんだ。
「ならあたしはどうすれば良かったんだよ!! あたしだって、こんな風になりたかったんだ! なりたかったんだよ!」
そこで蒼桃の言葉は途絶え嗚咽が漏れ始める。
「え、え?! どういうこと……」
一方で突然シャウトし始めたかとおもったら泣き出した蒼桃に姫子は気を動転させていて、「今から話す」朗太は事情を説明し始めたのだった。
「そんなことが……」
事情を説明し切ったあと、姫子はため息をつき蒼桃の頭を撫でていた。蒼桃は泣き止みぐすんと鼻をすすっていた。
「そんなに悩んでいたなら言ってくれれば良かったのに……」
「ごめんなさい……」
蒼桃は目に溜まった水の玉をぬぐい、そんな落ち込んだ様子の蒼桃に朗太は嘆息しつつ提案したのだった。
「で、ここで姫子に俺から相談なんだが」
朗太は姫子を真正面から見据えた。
「今後はコイツと組みなよ」
「え」
朗太の予想外の提案に姫子の瞳が丸くなる。
すぐに慌てたように自分と朗太を指さし声を震わせた。
「い、いやでも私はアンタと……!」
「そう思ってくれているのは素直にうれしい。だけど」
朗太は壁の隅で佇んでいる風華と纏をちらと見た。
「こんな状況だし、俺達はこれから受験もある。姫子もきっと親との約束があるんだろう?」
朗太の言わんとすることを察したのか姫子は顔を強張らせた。そう、姫子はきっと親となにがしかの約束わしているに違いないのだ。姫子がいつも通りなので彼女と母親の納得したものだと朗太は思っている。
「いつかこの活動に手が回らなくなる時が来る。出来なくなる時が来る。俺たちは受験に注力しなくちゃならない時が来る。その時、この活動はどうなる」
朗太はこれまでこの活動で出会った者たちを思い起こす。
「そこで終わりか? これまでいろんな人に感謝されてきたはずだ。その活動は意味があったはずだ。でもその活動はそこで終わりか?」
「それは……」
「終わりにしちゃいけないだろ? もしこの活動に意味があったのなら根付かせなければいけない。そしておあつらえ向きに継承者が現れた。姫子のノウハウを意識を植え付けてやるべきだ」
朗太は想像もしていなかったことを言い出した朗太に驚嘆している蒼桃に視線を移した。
「そうでなくとも……」
朗太は憎々しげに呟く。
「今回も前回もこいつに一杯食わされた。もう合唱コンの流れは変わらない。男女の亀裂は今からは直し切れないし、これまでまともに練習できなかったディスアドは残る。それだけ力があるんだよこいつには。だからその力の管理の仕方を教えてやるべきだ」
「前回って?」
「あぁ、言ってなかったか。生徒会選挙の時もこいつが原因な」
「アンタなの?!」
「は、はい……」
姫子の説明で省いた事象を知ると姫子は声を荒立て、蒼桃はかすれた声で頷いていた。しばらくすると朗太の言っていることの正しさと意思の肩さを感じたのか「分かったわ……」と姫子もため息をつきつつ同意した。
こうして姫子がはじめ朗太が加わった活動は蒼桃へ、次世代へ継承され始めたのだった。
「その、これからも場合によっては付き合ってよね」
顔を赤くしつつも姫子は言う。
「勿論、だけど……」
「なら良いわ」
朗太の手助けが一切なくなるわけではないとしり姫子の表情は幾分和らいだ。
また朗太の提案で表情を変えたのが蒼桃で、あんなのにも攻撃的だったというのに朗太の話を聞いてころりと立場を変えて、「あ、ありがとうございます……」と礼を言ってきた。
「い、いや別に俺は褒められることしてないから……。そんなことよりこれから頼んだぞ……?」
「うん、あたし頑張るね……」
「そうか……」
はにかみぐっとこぶしを握りこむ蒼桃に朗太もほっと胸をなでおろした。
きっとこの子ならばうまくやってくれるに違いない。
すると憧れの先輩の下で働けることに目を輝かせやる気に満ちた彼女は「そうだ、一応連絡先教えておいてよ。何かあったら聞くかもしれないし」とスマホを取り出す。すると
「面倒なことは辞めてくれますか瞳」
速攻で纏から牽制球が入っていた。纏が蒼桃と朗太の間に体を割り込ませる。
奥では風華が見ていると心がうら寒くなるようなニコニコ笑みを張り付け
「アンタ、私が色々教えてあげるから、そいつに近づくのは辞めなさい。色々面倒」と姫子は額に手をやりつつその襟首を捕まえていた。
……まぁいい。
こうして姫子がはじめ朗太がかかわることが通例になっていた活動は一つの決着を迎えたのだった。
はい。
とはいえ今後も姫子から問題解決ネタはもたらされるのでご安心下さい。
次話のラストに早くも新たな依頼が朗太に舞い込みます。
まぁそれはそれとして……、次話は合唱コンクール編オーラスですね!
投稿は3/25(月)を予定しています、宜しくお願いします!
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