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合唱コンクール(6)


 結論から言えば緑野から協力を得るのは難しかった。

 昼休み、緑色の髪飾りが特徴的な透き通るような白い肌をした美少女はぷりぷりとむくれていた。


「なんでわたくしがあんな子供の相手をしなくてはならないんですか? わたしくは幼稚園の先生ではないんですわよ」

「そ、そこをなんとか」


 朗太がパチンと手を合わせ拝み倒すが効果はなかった。

「絶対に嫌です! 比井埼くんの姫子さんへの態度見ましたか? あんなの人として信じられません!」


 それをあなたが言う、という言葉は喉まで出かかっていた。

 かつて緑野はその毒舌っぷりで周囲から顰蹙を買っていた。


「翠、私は気にしていないから……」


 とっさに姫子もなだめる。しかし緑野の怒りは収まらなかった。


「姫子さんが気にしていなくてもわたしくが気にしているんです! わたくしだけではないです! わたくしの友達の多くも気にしていますわ」


 たしかにそれは女子の総意だろう。

 緑野がよくつるんでいる連中を思い浮かべる。

 群青に水方に紫崎。彼女たちはつねに中庸な立場に思えた。

 そんな彼女たちでさえ腹を据えかねている。それは女子の最大公約数の感想に思えた。

 紫崎と付き合っている大地が最近大変そうにしているのを朗太は知っている。


「本当にここ最近の男子の行動に呆れるばかりですわ。全くどういう教育を受けてきたのかしら」

 緑野はぷんすか言いながら腕を組んだ。

「そうか……」

 とにかく緑野の協力を得て男子の説得することは難しそうだ。

 朗太は受け入れるよりなかった。

 そうしながら朗太と姫子は顔を見合わせた。


 それにしても……。


 朗太と姫子はプリプリと怒る緑野に思う。

 

 ずいぶんと常識人になったものである。

 

 朗太はかつての口を開けばそれこそ機関銃のように毒舌が飛び出してきた緑野を思い出す。

 今も怒っていて多少口が悪いが、ずいぶんと改善したものだ。

 緑野の親が緑野翠をこの学校へ入れたのは、彼女に当り前の価値観を植え付けるためだったと思っている。

 見ていますかお父さん。

 朗太は顔も見たことのない緑野の父の顔を思い浮かべる。

 あなたの娘さんは日に日に魅力的な人物になってきていますよ。


「それと……姫子さん、今あなた方はどういう関係で……」


 朗太が顔も知らない緑野の父に脳内で娘の成長を報告していると、緑野は恥ずかしそうに顔を赤くしつつも尋ねていた。


「ど、どう説明するのが正しいのかしらね……」

 正確に朗太たちの事情を知らないと傍から見てたら朗太たちの状況は意味不明に違いない。

 姫子は言葉を濁しハハハと苦しい笑みを浮かべていた。


「この関係で良いんですか姫子さん……」


 そのハイコンテクストは質問に問われた姫子はたらりと脂汗をにじませた。


「良くはないけど、仕方が無いというか……」

「そうですか……」

 

 姫子の返事を聞いた緑野はというと口を尖らせ朗太を睨んだ。

 

「フン、見損ないましたわ!」

 でしょうね。

 朗太は何も言い返すことが出来ない。


 かつて人間性を心配していた人物に人間性を否定されると、まるで弟子が自分を超えていったかのような、誇らしいような、寂しいような不思議な感覚にとらわれた。




「ははは、そりゃ翠も怒るよ凛銅くん」


 翌日のことだ。

 普段の四人で昼食を囲んでいると風華は笑った。 


「誰だって今の男子のフォローは嫌だよ。私のクラスの男子も参加率悪くて女子も怒り心頭だからね。私も断っちゃうかも」

「そうかぁ」

 風華が言うならばそうなのかしれない。朗太はうなだれた。

 風華はなんだかんだこういった問題へおおらかな反応をする。嫌なことがあっても眉を下げながら「ハハハ……」と笑うのが彼女だ。

 その彼女がサポート断るというのだから今年の男子は相当頑固だ。

 もしかすると彼女も姫子と同じようにすでに男子から冷たい態度を取られたのかもしれない。

 朗太が肩を落としていると姫子は頬杖をつき手をフラフラ振り言った。

「そうよねぇ。おかげで桜からの楓にサポートが入ってもなしのつぶてよ。何も響かなかったわ」

 その脳裏には遠州からフォローが入るも「だから?」とかみつく藤黄の姿があるのだろう。姫子は津軽、江木巣、遠州までは上手く行った藤黄へのアプローチは男子の態度改善が伴わず不発に終わっていた。

 朗太も姫子が思っていたよりも男子の態度改善のハードルは高かったのだ。


「にしても二年生の合唱コンクールは修羅ですね」


 朗太と姫子が揃ってため息をついていると悲喜こもごもな二年生の学年模様に纏は戦々恐々としていた。


「部活で主力になるとそうなっちゃうんですかね。私たちの学年はまだマシですよ」

「そうなの?」

 2年生がこんな調子なのでなんとなく今年はどこも同じ傾向なのかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 だが思えば去年はここまで酷くはなかった。

 朗太の返事に纏はこくりと頷いていた。

「はい、一部集団が練習に参加しないこともあるようですが、多くはちゃんと練習に出ています。そりゃ部活の先輩から圧力受けて行く人もいますけど、そんな人多くは無いですしさして問題にはなってませんね。抜けても2人とか、多くても3人くらいですよ」

「たしかに普通ならそんなもんか。そういえば去年は俺たちのクラスもそんなもんだったかも。今年の傾向なのかなぁ。俺たちのクラスなんてコンスタントに5人近くいないぞ」

「ハハハ、私のクラスも同じ感じだね。学年の傾向なのかな」

「さぁね。でも今年の2年はどのクラスも荒れているそうよ。平和なのは2Bくらい。今度、2Bの合唱コン係の子に秘訣でも聞いてみようかしら」

「そういうアプローチもありかもな……」


 朗太は難航している男子へのアプローチに嘆息を漏らした。


 その日も参加率は悪かった。


 不参加者は5名。今日も比井埼組は多くの欠員を出している。

 その男子が歯抜けな様に女子が不満を深めているのが如実に分かった。

 机を教室の端に寄せ声を合わせようとしているのだが、教室の片側に集まった女子は、案の定数が少ない男子たちに眉を顰めていた。

 ひりひりとしたものを肌に感じる。


 そんな中朗太は男子がたむろしているうちに、ふと一人ぽつねんと佇むメガネをかけた男を見つけた。

 朗太の友人の一人でもあり、かつて文化祭の出し物を取り仕切っていたロボ研の蝦夷池(えぞいけ)である。

 彼は気難しそうな顔をしつつも前髪を落ち着きなくいじっていた。

 なぜそんなにも落ち着きが無いのだろうと思えば、すぐにいつも一緒にいる雨谷(あめたに)がいないからだと分かった。そういえば雨谷も練習に姿を現さないことが良くあるような気がした。


「雨谷は?」

「……部活だ」


 朗太が軽い調子で尋ねると、一拍置いて蝦夷池は朗太をじろりと見た。


「部活?」


 思わず朗太は聞き返していた。

「雨谷ってそんな部活熱心だったっけ?」

「いやそれがな……」


 蝦夷池は自分でも不思議なのか眼鏡を掛けなおした。


「あいつは以前はそんな奴じゃなかった。というか俺らのロボ研はそもそも開始時間などさして厳しいものじゃないんだが。人が変わった風に部活に熱中しだしたよ」

「ふ~ん、そんなこともあるのか」

「そのようだな」


 朗太は蝦夷池の言葉に、教室の淀んだような空気を見て、この先を憂いた。

 姫子の言葉も通じない。緑野も協力してくれない。

 男子は言うことも聞かないし、なぜか雨谷のように態度を硬化させるものもいる。

 

 自分が話をつけにいっても余計話がややこしくなるだけだと姫子から止められている。


 一体どうすれば良いのだろう。


 窓辺で今も女子がこちらを見て何かひそひそと話しているのを視界の端に捉え朗太はため息を吐いた。



◆◆◆



 その日の練習では休憩が設けられ朗太は大地と誠仁の三人で近間のコンビニに出かけていた。

 その帰り道のことだ。


「なんだ……?」


 物語は接続する。


 朗太は背中に強い視線を感じ振り返った。

 するとそこに多くの男子に女子が一人混じる一団がいて、朗太がきょとんとしていると大地が尋ねた。


「なんだ朗太。今度は蒼桃(あおもも)さん狙い?」

「蒼桃?」


 その先日も聞いた名に朗太が聞き返す。大地は得意げに面はゆんだ。


「そ、この前言ったろ? 蒼桃(あおもも)ひとみ。纏ちゃんの対を為す女の子。『二天使』の片割れだよ」

「あー、じゃぁあの男子の中央にいる女子が蒼桃なのか」


 朗太は言われて納得する。初めて認知したが、確かに遠目で見てもモテそうな少女である。


「ちな、言ったように、お前らの一件で人気急上昇、信者爆増中だ」

「俺たちの一件て……」

 朗太が顔をしかめていると「おーい!」と遠くで誠仁が手を振っていた。


「早くしろよ朗太、大地ー!! 早く行かないとどやされるぞー!」


 朗太と大地は顔を合わせた。


「行くか朗太。ぐずぐずしてると『藤黄(とうおう)』がうるさいぞ」

「だな……」

「なんで合唱コンクールってあんなにも女子がマジになるのかね」

「さぁ、なんでだろうね」

 

 朗太たちは誠仁に向かい足を速める。

 

 ――そうしながら朗太たちは軽口をたたいていた。


「にしてもあいつらは練習は良いのかな」

「あいつらって蒼桃さんのこと? 何でも蒼桃さんは練習に参加してなくて不和になっているらしいぞ」

「そうなのか」


 蒼桃が多くの男子を連れて歩いていた光景は今も目に焼き付いている。

 あれでは周囲の女子から顰蹙を買ってもおかしくないだろう。


 そこで朗太はふと纏の言葉を思い出した。

 確か纏は1年生の練習の参加状況を朗太が問うた際、こう答えていなかっただろうか。

『はい、一部集団が練習に参加しないこともあるようですが、多くはちゃんと練習に出ています』と。


 その言葉が、現状と線で繋がるような気がした。


 その一部集団とはきっと蒼桃たちのことでもあるのだ。

 同時に、思い出す。

 朗太は自身の思考が加速していくのを感じた。

 姫子は言っていなかっただろうか。自分の言葉が通用しなくなった、と。

『何となく察してはいたけど神通力が通じなくなってきたわね』

 嘆息をつきつつ姫子は呟いていた。

 そのことを大地に確認した際、大地は何と言っていたか。

 横で息を弾ませる大地を見つつ、朗太は記憶を辿る。

 大地は言っていた。

 姫子の影響力の減衰を朗太が問うと

『そりゃ朗太、姫子さんも怒るよ』と。

 遠回しに言ったではないか。

 彼女たちの力が落ちたのは朗太への好意を明確にしたからだと。 

 加えて彼は言っていた。

 その代わりに、彼女たちから漏れ出た力を吸うように力を得たのが、緑野と蒼桃だと。


 だから蒼桃(かのじょ)は――


「見たか今の」

「凄いな」

「信者だぜ信者」


 大地と誠仁が軽口をたたく。

 信者爆増中だ。


 彼女はかつて姫子が得ていた力を引き継ぎ、狂信者を得ている。

 かつて姫子が有していた自分の言うことを聞くような、信者を有している。

 しかも姫子は彼女のことを何と言っていたか。 

 姫子は言っていたではないか。

 

 彼女は、自分の活動を手伝おうとしていた、と。


 彼女も姫子の活動への参加を希望していたのだ。


 朗太は今日の昼休みの会話を思い出していた。


 2Bだけは、男女の仲が上手く行っているらしい。


 藤黄は姫子を頼った。

『どうしたら合唱コンクール上手く行くのかなって思ってね』と。


 もしその言葉を誰かが言ったら――


『ねぇねぇ、私一つ相談があるんだけど?』


『私を合唱コンクールで勝たしてくれない?』

 

 その言葉を誰かが告げたら――

 

 そしてその言葉を誰かが、『姫子のようになりたいと思う誰かが』受け取ったら、どうなるだろう。


 その人物は動き出すかもしれない。


 そうでなくとも――


 蝦夷池曰く、雨谷は急に人が変わったように部活優先になったらしい。


 確か、自分はこれと似た現象を覚えているのではないか……


 そう、自ら生徒会に入る目的が推薦入試のためだと公言し、わきが甘いなぁと思った彼、それっぽい理由を立ててきた彼は、朗太に発言の食い違いを指摘されると呟いていたではないか。


『あれは失言だったな。また『あいつ』に怒られる』


『あいつ』とは、いったい誰だ。


 これまでさして実害も無かったのでスルーしてきたあの言葉。

 確かに気にはなってはいた。

 しかし歯牙にも掛ける必要もない小事なのだろうと問題を矮小化していた。

 だがもしそれが、生徒会選挙に出た彼、田子浦もまた、誰かに依頼した結果でたセリフなら重要な要素である。

 もしかすると、彼もまた、誰かに依頼したのではないだろうか。 


『俺、○○大に入りたいんだけど、どうすれば良い?』


 その結果彼らの成績と志望校の兼ね合いから提案されたのが生徒会活動の実績作りで彼らが生徒会選挙に出たのだとしたら、裏に誰かが潜んでいて彼らの頭脳とは別の思考が働いていたのなら、彼らの急な軌道修正も納得できる。


 だとしたら、その名とは――


 田子浦が依頼し、もしかすると2Bの少女が依頼したかもしれないその少女の名は――


「そうか……」


 朗太は真相にたどり着いた。


 この事件には裏に、犯人とも呼ぶべき人がいる。


「どうしたんだ朗太?!」

「ちょっと人に会いに行く! 練習抜けるって藤黄には伝えておいて!」

「お前殺されるぞ?!」

「朗太、まて、はやまるな!?」


 朗太が駆けだすと、背後で親友が目を白黒させていた。











もうここまで来れば犯人が誰かなど丸わかりですね……汗

ですがもう一回話を転がし、物語を今とは違う、当初より狙っていた場所に着地させる予定なのでご安心を。

そこでようやくこの章の全貌が見えるかと……。


あと本日よりコミカライズ開始しています! 

掲載誌はcomicブースト様です。Web漫画サイトなのでまだなら是非読んできて! 多分、本作を気に入ってくれた方なら殆どがお気に召す出来だと思います。

GUNP様には感謝が尽きない……。

それと読者の皆様にも。

今までありがとうございました。皆様のおかげでここまでこれました。

これからも頑張っていくナリ。


次話投稿は3/22(金)を予定しています。

宜しくお願い致します。


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1巻と2巻の表紙です!
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