合唱コンクール(5)
「ちょっと比井埼」
「なんだよ茜谷」
週明けの6限終了後のことだった。
早速、部活へ旅立とうとする比井埼を姫子は呼び止めていた。
「アンタ、練習は?」
「部活ある」
比井埼は持っていたラケットバッグを背負い直して見せた。
比井埼は硬式テニス部所属なのだ。
「部活って、校内活動優先でしょ?」
「すまん、試合近いんだ」
「それ関係なくない? みんな部活行きたいの我慢してんのよ?」
「はぁ……」
既に何度となくこの手の会話は繰り返している。それを押して比井崎は早抜けしているのだ。
それを公衆の面前でわざわざ蒸し返されたことに比井埼も辟易したようだ。
「良いじゃん、昨日は出たんだし。練習は毎日やってるんだし、部活ある時くらいは良いでしょ?」
比井埼は肩をすくめた。
実際に比井埼は昨日練習に参加している。部活が無かったからだ。
とはいえテニス部は部活頻度が高い。練習場所がかぶさらない分、週4で部活がある。彼の参加率はすこぶる悪い。
姫子も藤黄に言葉を荒らげるなと言った手前慎重だ。
「それを決めるのはあなたじゃない。学校は部活動より校内活動優先よ。別に、練習に出たら部活できないわけじゃないんだからこういう時期くらいクラス優先しなさいよ。それに試合が近いって言っても前からこの時期に試合があることも合唱コンクールがあることも分かっていたんでしょ?」
「く……」
だが実際問題分かっていたところで、現実として差し迫って来れば話が変わることは多々あるだろう。
しかしこの口論において全面的に姫子に利があり口をふさぐ比井埼。見れば姫子の背後で全ての女子が比井埼を見ている。
だがここで折れると敗北となると考えるのが彼なのだ。でなければ合唱コンの練習に参加している。彼はより一層頑固になり、扉に手をかけ言った。
「ま、まぁ、それはそれ。これはこれだ。と、とにかく俺は行くわ。じゃ、幸田はどうする?」
「じゃ、じゃあ僕は残ろうかな」
「そうか、じゃぁな」
良く分からないことを言いながら幸田を残し、辛くも教室を後にしていた。
同じく硬式テニス部でありながらも空気を読む幸田。とはいえ彼の参加率も別に良いわけではない。
「アンタも」
「なんで俺がお前の指図受けなきゃなんねーんだよ茜谷」
残された姫子は教室で帰り支度をしていたもう1人の男子に矛先を向ける。
だがその男子も部活動を優先し去っていく。
「ラグビー部の日が今日だって知ってるんだろ?」
そんなことを言いながら廊下へとつながるドアはしまった。
それだけではなく「じゃ、おつかれーっす……」と姫子たちが話している隙をついてそろそろと練習に出ていくものもいる。
結果、姫子が説得に出たというのに参加率はいつもと同じだった。
「何となく察してはいたけど神通力が通じなくなってきたわね」
「神通力?」
合唱コンクールの練習を終えたあとの教室で姫子がぼやく。
朗太が問い返すと姫子は参ったというように手を上げた。
「これまでは私が言えばだいたい男子はひるんで言うこと聞いてたんだけどね。ここ最近は上手くいかないわ。ま、察してはいたけど」
「何か原因はあるのか?」
朗太がとうと姫子は穴が開くいうなほど朗太を見つめ、諦念したようにため息を吐いた。
「アンタ、舞鶴くんには真相を話したのよね。なら彼に聞けば分かるんじゃない」
付き合いきれないとばかりの素っ気ない態度だった。
「そりゃ朗太、姫子さんも怒るよ」
翌日の昼休み、大地に神通力の件を尋ねてみたところ大きな息をつかれた。なおも朗太が怪訝な顔をしていると大地は言い加えた。
「なんたって朗太が原因なんだからね」
「俺が原因?」
「そんな驚くことある? 普通に考えて朗太が原因だよ」
朗太が問い返すと大地は繰り返した。
「考えてもみなよ朗太。茜谷さんに人を動かす力があったのは人気があったからだよ。誰もが茜谷さんの機嫌を気にしてた。それは、言い方は悪いかもしれんが茜谷さんがフリーだったからだ。だが彼女が、その、あれだ。今みたいにその、『誰に気があるのか』露骨に分かってみろよ。どうなるかなんて想像がつくだろ」
「……」
それは容易に想像出来た。
それは想像するのも恐ろしいことだが、当たり前のことだった。
姫子の人気は落ちるに違いない。
「おや、ようやく自覚できたようだね」
青い顔をしている朗太に大地は白い歯を覗かせた。
「だからね朗太。実はここ最近彼女たち比で彼女たちの株の暴落が起きているわけさ。理由は、分かるよね?」
分かる、理由は。
朗太は頭を抱えた。
確かに12月からこちら、これまで以上に分かりやすく彼女たちは自分たちの想いを伝えてくれるようになっていたが、その裏で彼女たちの暴落が起きていたのだ。
まさか、そんなことが起きていただなんて。
その全てが自分が原因で朗太は激しく落ち込んでいた。
「ちなみにお陰で今は蒼桃さんと緑野さんの人気が鰻登り」
気を落とす朗太の傍で大地は指を二本たて、彼女たちと入れ替わるように人気を伸ばしている少女たちの名前を得意げに話していた。
彼の声はどこか遠い銀河から響くように小さく聞こえた。
「姫子、緑野を使うぞ」
翌日、朗太は姫子に声をかけていた。
「ようやく理解できたようね」
緑野の手を借りるという選択肢をし提案したことで朗太の理解を察し姫子は頷いた。
「あぁ……、察しが悪くてすまんかった」
朗太は気まずそうに頭を下げていた。
「それと俺のせいで色々と迷惑をかけてすまない」
「別に気にしなくても良いわ、わたしのせいでもあるのだし」
すると大したことではないのか、姫子はばっさりと会話を切り上げた。
「で、使うとしたら翠よね。蒼桃さんもいるけど、2Fのことだし翠のほうが良いでしょ」
「?」
さすが、すでに自分周囲の力関係のことまで把握し蒼桃のことすらも認知している。その周囲への観察眼に朗太は驚嘆しつつも、その親し気な言葉に引っかかりを覚え朗太はふと尋ねた。
「なんだ、姫子。蒼桃と知り合いなのか?」
例えば実は同じ中学出身とか。
ふとそのような関係性に思い至り尋ねると「まさか」と姫子は鼻で笑った。
「実は去年の春先かな、話しかけられたのよ。私と一緒に活動がしたいってね」
「へ~」
活動とは今まさに朗太たちがしている生徒のお悩み相談であろう。
奇特な人物もいたものである。朗太が感心していると姫子は言葉を続けた。
「ま、断っちゃったけどね」
「え」
当り前な事実なのだが普通に驚く。姫子が受諾していれば今も横には蒼桃なる人物がいるわけで、いないということは姫子が断ったことは自明である。
だからそんなことは姫子から話を聞いた時点で分かり切っていたことなのだが、繰り返すが、朗太は普通に驚いていた。
「なにしてるの? 普通に人足りなかったよね」
これまで何度となく人材不足に嘆いたことか。
どれだけ小説が犠牲になったことか。
計り知れない。
大筋では取り上げられないようなこまごまとした事件で朗太たちは常に人材不足に悩まされていたのだ。
それを身を持って体験していただけに朗太の眉も自然と吊り上がる。
「何よ……」すると姫子は強がるように口を尖らし腕を抱いた。
「悪い? 私はその頃からアンタと二人で活動をしたかったのよ……」
その顔は夕日が差したかのように真っ赤だった。その顔を見ているとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「わ、悪かった……気が付かなくて……」
「ホントよ。アンタマジで鈍感だったからね」
フンと鼻を鳴らす姫子に朗太は何も言い返せなかった。
「で、翠に応援頼むんだっけ? 行くわよ」
姫子は屋外テラスから廊下へ出ていく。
こうして朗太たちは緑野と話をつけに行ったのだ。
次話は明日 3月19日 22時に投稿します!
それと明日よりコミカライズ開始です!
comicブースト様にて3月19日の正午から掲載が始まる、と思います。多分。
とりあえずお昼過ぎに覗きに行ってもらえれば確実だと思います。
あ、それとコミカライズしていただくにあたり第一章・東京遠足編を読み直したのですが、粗が多すぎたので大筋は変えず大分書き換えました。
今現在なろうにて掲載している
『読者はヒロインでした(1)~東京遠足編(5)』
は修正Verのものになっています。
内容は変わってないのですが、質は良くなっているはずなのでそっちも読んで貰えると嬉しいです。(詳しくは活動報告へ)
宜しくお願いします。




