合唱コンクール(3)
今話で名前がわさわさ出てきますが覚える必要はないです。
「と、いうわけで今回は二つほどアプローチを考えてきました」
「企画が早いな」
翌日の昼休み、姫子は購買で買ってきたパンにかぶりつきながら自身の作戦を披露していた。活動とあって纏や風華も、ならば、と退散している。
「ま、時間が惜しいからね。で、まず方針一つ目。楓を手懐けるわ」
「手懐けるて」
楓、つまり藤黄のことだ。藤黄楓。
自分が普段所属しているグループの女子を手懐けると表現する姫子に朗太は眉を下げた。あるいは仲が良いからこその飾らぬ表現なのかもしれないが。
「しゃーないでしょ。女子でもなんであんなに躍起になっているのって呆れている人もいるくらいだし」
朗太が呆れた感情を隠さないでもいると自身の口の汚さを指摘された姫子は顔を朱に染めた。
「皆これくらいの口調になるわよ、悪い?」
別に悪くも無い。朗太はわずかに笑みを零した。
「女子全員がそれくらい軽いスタンスだと助かるんだけどなぁ」
「合唱コンクール係になる奴なんて皆気合入れている奴ばかりでしょ。皆音楽が好きなんだもの、仕方ないわ。で、楓へのアプローチの方法だけど、桜を使います」
「サクラ?」
姫子の話に耳を傾けていると、いきなり春に咲き誇る日本人になじみの深い広葉樹の名前が出てきて朗太は眉を顰めた。すると朗太の顔を見て言わんとするところを察し姫子は目を吊り上げた。
「遠州のことよ。楓の親友の遠州桜。なにアンタ、クラスの女子の名前も覚えていないの?」
「名字までは覚えているぞ。でも、あぁ、遠州のことか」
藤黄の親友の名前が出てきて朗太は納得していた。
以前、EクラスとFクラスがバスケで諍いが起きた際に涙を流し、その流れでE組のイケメンで女子人気も高い江木巣と付き合うことになったラッキーウーマンである。
「確かに遠州の言葉なら響くかもな」
「そういうこと。私も楓とはいつも一緒にいるけど、私の言葉じゃ力足らずかもしれないから。でも桜は楓の親友だからね。桜の言葉なら響くはずよ」
朗太は頷くと姫子も自信を深めたようだ。
自身の練って来た策の意図を説明し、朗太も、なるほど、遠州の言葉なら響くかもしれないと肯定していた。
しかし、ここで一つ問題に気が付き、朗太はそれを口にした。
「でも確か遠州も参加率の低い男子に文句垂れてなかったか? 遠州をこちら側に引き込んで藤黄へフォローを入れてもらうって作戦だと思うけど、どうやって引き込むの?」
「うん、そうなのよね。それが一つ目の問題」
姫子は人差し指をたてた。
「桜も今回は男子たちの不真面目な態度には相当腹を立てているわ。参加率が悪いことだけじゃない、練習に不真面目な態度にも怒ってる。だからこれをなんとかしないといけない」
「だろうな」
「でもすでに策は考えてあります。実は朗太、この桜の怒り。何も私たちのクラスの男子が不真面目なのだけが原因ではありません」
「というと?」
「彼氏の江木巣くんが部活優先でE組の練習に参加しないことにも腹を立てているらしいです」
「マジかよ……」
さすがクラスで同じグループに所属しているだけある。情報が仔細だ。
「桜がいくら言っても江木巣君がE組の練習に参加しない姿が、うちのクラスの男子にダブって見えてなおのこと嫌らしいです」
「マジか……」
「でもこれは逆に解決しやすいとも言えるでしょ。江木巣君をどうにかすればいいんだから」
「なるほど」
それは確かに言えていることだ。
藤黄の機嫌は男子全員が参加するようにならないと改善しない可能性もあるが、遠州の怒りの大きな原因となっているのが江木巣なら、江木巣をどうにかすれば遠州の機嫌は上向く可能性がある。
そしてそれは最終的に遠州が藤黄に対して男子に関して前向きなアドバイスをすることに繋がるかもしれない。親友のふとした言葉は効果があるものだ。
「というわけで楓を手懐けるために桜を仲間に引き込む作戦。その第一工程は江木巣君を説得するために津軽君にこのあと助けを求めることだと思います」
「バスケ部繋がりか」
津軽吉成。
朗太と姫子の出会いのきっかけとなった東京遠足がらみの事件でかかわった相手である。
「そういうこと」
「分かった。良いんじゃないか」
「なら良かった」
朗太の肯定で安堵したのか姫子はほっと一息つくと続けた。
「というわけで朗太、津軽君への依頼は頼んだわよ」
「え、俺がするのか?」
「そりゃ私じゃ気まずいでしょ」
先の東京遠足の件を受けてか津軽と距離を取る姫子。
もう過ぎたことで気にすることではないのではと思うのだが姫子は付け足した。
「それにアンタと津軽君はバスケのいざこざの時以来ちょっと仲いいんでしょ? アンタが頼んだ方が良いわよ」
「そ、そうか……」
確かに姫子の言う通りで江木巣・遠州絡みのバスケのいざこざの時に朗太と津軽は仲良くなっている。クラスでも瀬戸グループと朗太始め、大地、誠仁グループと所属グループは異なるが、本当に時折だが言葉を交わすこともある。Eポストのアカウントもお互いに知っていた。
「分かったけど……」
「なら良いわ。で、次だけど」
朗太が頷くと姫子は話を進めた。
「楓が片付いたら今度は男子。楓の機嫌が直っても男子の参加率が悪いままじゃ問題は解決しないからね。男子を練習に参加させます」
「参加させるって、どうやって?」
「瀬戸君に助けを求めます」
「瀬戸か……」
瀬戸基龍。
朗太たちが所属する学年でトップクラスのイケメンで、剣道部の主将を務める朗太のクラスの中心人物だ。よく津軽と周防と絡んでいる。
「何、瀬戸君だとなんか問題あるの?」
「いや無いけど……」
果たしてうまくいくのだろうか。
朗太は眉を顰めた。
姫子のいわんとすることは分からないでもない。
現在朗太のクラスの男子を朗太の体感でカースト分類すると、トップに瀬戸・津軽・周防たち瀬戸グループがいて、その下に比井埼、井関、七浦筆頭に七人ぐらいのグループがある。
その下に朗太始め大地、誠仁組に、高砂・桑原ペア、蝦夷池組などがわさわさひしめいているわけだ。
このうち練習をサボることが多いのは比井埼組だ。運動部や軽音部など陽気な連中が所属する者たちが多いのも原因だと思われる。
だがその一方で、クラストップカーストであるところの瀬戸組は比井埼組に口出ししないものの、練習にはサボらず参加している。
このカースト関係を利用し比井埼組に圧力をかけようというのだ。
その意図は分からないでもない。
だが、瀬戸は別段誰かに働きかけるタイプではないし――
朗太は瀬戸のことを思い起こし顔をしかめた。
東京遠足のように瀬戸が介入しない立場にぽつねんといる場合は良い。
別に彼の意思は介入しないのだから。
しかし瀬戸に助けを求める場合、それは果たして上手く行くのだろうか。
なぜなら――突然ではあるのだが――、朗太はきっと瀬戸は自分のことを嫌っていると思っているからだ。
一年のころから同じクラスだというのに一度も言葉を交わしてないのである。
だからそんな二人の関係も知らずに作戦をぶち上げる姫子に朗太は一抹の不安を覚えていて
「瀬戸は誰かに働きかけるタイプじゃないぞ」とやんわり姫子の行動に修正をかけるようなコメントするも
「ま、その時は私が直接男子に働きかけるわ」と姫子は聞く耳を持たなかった。
なら自分からはもう何も言うことは無い。
上手く行くのだろうか。朗太はため息を吐いた。
次話は3/15(金)を予定しています!
宜しくお願いします!