藍坂、部活辞めるってよ(2)
「つまり、こういうこと」
数分後、朗太の前には暗い表情の姫子がいた。
「被告人、凛銅朗太は学校のヒロインを自作のヒロインに転用したと」
「……」
朗太は口をつぐんだ。
ここで正直に答えようものなら何をされるか分かったものじゃないと本能的に察したからである。
だが姫子は有無を言わせぬ調子で尋ねる。
「認めますか?」
その声音は余りにも冷たく朗太に処刑台のギロチンを幻視させた。
そして瞳孔の開いたその瞳に朗太は黙秘権の行使を断念。
「……、は、はい……。認めます……すいませんした……」
唇を噛みながら言うと、そこから求刑までは早かった。
「判決、――――死罪ッ!!」
「早!?」
思わずその超速裁判に息を飲む。
そして怒髪天を衝く姫子に思わず委縮するが、言い返さないわけにはいかなかった。
「いくらなんでも死罪は重すぎじゃないですか!? 裁判官! 減刑を求めます!」
だがこの異議が、最後の一撃となった。
「いつまで裁判ごっこやってるきよこのぶぁかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! アンタふざけんじゃないわよ!!!!」
どこか人を食った態度の朗太の物言いに姫子が叫び声を上げた。
「ひぃ! ごめんよ、ごめんよ……!」
その本能的に恐怖を感じる声音に悲鳴を上げ平謝りする朗太。
しかしこれだけは言わなければいけないと思い口を開く。
「て、ていうか姫子、こ、このこと絶対白染さんに言うんじゃねーぞ!? ご、後生だから……! ちょ、ちょっとした気の迷いだったんだよ!」
すると姫子は髪を振り乱し唸った。
「こんなこと言えるわけないでしょ! あぁーもう最悪よーー!! 私の初めてが~~!!」
あ~~~~! もうやってらんない~~~! と姫子は叫ぶ。
(一体どうしたんだ……)
その意味不明な言葉をほとんど恐怖の感情に飲み込まれながら聞き入る朗太。初めてってなんの初めてなんだ。
だがそんな朗太のことなどつゆ知らず姫子は「最悪最悪最悪」と呪詛のように呟き続け
「まさかアイツが私の前に立ちはだかるなんて」
とか
「やはり最初で最後の最強の敵…」
などと意味不明なことを言っていたのだがしばらくすると、もうこれ以上悩んでも仕方ないと判断したのだろう。
もしかするとこれ以上考えたくないと思ったのかもしれない。
これまでの猛獣のようなうなり声をひっこめると
「朗太、ここはおごりね」
ロボットのような無表情で無二を言わさぬ口調でそう言った。
「え?」
「おごりね。黙っといてあげるから」
「は、はい」
「たくっ」
同意すると多少なりとも怒りが収まったらしい。
姫子ロボは消え去り素の顔に戻ると「あ、このケーキ追加でお願いします。それと、あ、このプリンも。はい、この一番大きい奴で」と店員を呼び注文を追加し始めた。
「まだ食うのか…。や、別に良いけどさ…」
「こんなん食わなきゃやってらんないでしょ」
姫子はピシャリと言った。
「で、どーすんのよ話し戻すけど。アンタ上手に励ませないんでしょ? 藍坂の件、断る? 私もあんま自信無いわよ?」
テーブルに無数のデザートが並べられたあとのことだ。姫子は自棄を起こしたようにバクバク食べながら尋ねた。
「いや、でも、受けてみようよ。仮にも出来ると言っちゃったし」
「そうね」
こうして朗太と姫子は風華の依頼を受けることになったのだ。
「ていうかさ」
――そして、ファミレスを出た後のことだった。
夜の帳が、夜の闇が、街を覆いつくしつつあった。
「今回の依頼で引っかかることあるか……?」
朗太は気になることがあり姫子に尋ねていた。
「……あるっちゃあるわ」
しばらくして姫子は目を伏せ呟いた。
「だよなぁ……」
朗太は頭を掻き星の瞬き始めた空を見上げた。
そう、朗太たちは今回の依頼でひっかかることがあったのだ。
そして問題はどこまで二人の想像が同じか、だが――
「ま、それに関しては風華に聞いておくわよ」
ここまで話が符合すると姫子は同じことを懸念しているように思われた。なら、いい。
「任せた」
言うだけ言うと朗太は踵を返し帰路についた。
思い違いなら良いな、と朗太は思った。




