4つの告白(9)
本日3話連続投稿します。
これは2話目です。
翌日。
「はぁ」
重々しい足取りで朗太は登校していた。
あの後朗太は今は答えられないとだけ伝え、纏を家まで送って帰った。
纏は「やっぱり、そうなりますよね……」と力なく言っていた。
彼女もまた、この展開を予想していたらしい。
「困らせてしまって、すいません……」とも言っていたが、とんでもない。
申し訳ないのは朗太の方だった。
「おはようございます……」
「纏か」
そんなことを考えていると背後から声が掛けられ、見ると纏がいた。
纏は目に大きいクマを作っていた。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だと思いますか……?」
「いや……」
条件反射的な言葉を吐いていると、疲れ切った声音が返ってきた。
そりゃ、そうだと思う。
あのようなことのあった昨日の今日で、いつも通りいられる人間なんていないと思う。
「や、おっはよー」
と、朗太が纏の精神状態を察していると、その場のしんみりとした空気にはあまりにも馴染まない、溌溂とした声が聞こえてきた。
「今日も寒いね! 凛銅君、纏ちゃん!」
制服にマフラーを巻いただけの風華が走ってきたのだ。
跳ねる赤いマフラーの合間から漏れる白い吐息は冬の空気に溶けていた。
「ふ、風華か……」
「フフ、凛銅君まだその呼び方慣れないねー」
「風華さん、朝から元気ですね……」
「あ……」
元気のない纏の声音。それに風華は察したようだった。
「やっぱりこうなるよね」
困ったように眉を下げ、タハハ、と笑っていた。
ということは昨日、纏と出かけることに賛同した時点で風華はこの展開が織り込み済みだったというわけだ。
実際のところ、朗太も織り込み済み、というか感じ取っていた部分もあるので特に言うことは無い。
だが纏は言うことがあるらしく
「風華さん、機会を作ってくれたことには感謝しています」
「ま、言っちゃったほうがすっきりするでしょー」
と前置きをした後、何事か風華に平坦な口調で言葉を続け風華と話し続けていた。
自分はまだ時間を置きたかった、とか。
でもまぁこういうのは仕方ない時もあるよ、とか。
それもそうですけど……、とか。
それに、色々考えるとタイミングとしては『今』がベストだよ多分、とか。
それも、確かにそうですけど、とか。
話していた。
だがその会話に昨夜朗太に見せた風華への怒りや憎しみは見えない。
自分に全てをぶちまけたことで、風華への怒りの炎にも水がかけられたのかもしれない。
そしてそんな雨上がりの湿った大地に光が差し込むような光景を遠くから眺めていたのが、茜谷姫子であった。
「風華に纏といい。前代未聞の超絶モテ期ね」
そして突然だがこの日の放課後、朗太は姫子とゲーセンに来ていた。
お前は突然何を言い出しているんだと言われるかもしれないが、事実だ。
「放課後空いてる? 空いているなら私に付き合いなさいよ」
帰り際姫子に誘われたのだ。
そう言われて昨日は纏と出かけることに悩んでいたくせになぜホイホイ着いて来たのかと言われれば、放課後姫子とゲーセンに行くというのはこれまでの習慣だったし、言い訳を重ねるのなら、昨日の風華の反応を見るに姫子と出かけると言っても同じ反応をされる気がしたし、風華が許す以上、纏も許すだろうと思ったからだ。
本当のところは知らない。
とにかく朗太は朗太の意思で姫子とゲーセンに来ていた。
そしてコインゲームや、サーキットゲームなどをした後、UFOキャッチャーをしながら出し抜けに姫子は言ったのだ。
「風華と纏といい。前代未聞の超絶モテ期ね」 と。
「風華と纏から聞いたわよ。纏との一件も」とも付け加える。
どうやら昨夜の纏の一件も知っているらしい。
朗太は何も言い返すことが出来なかった。
「感想は?」
「すぐ言える感想なんてない」
「でしょうね……」
朗太の心中を察したのか姫子は黙った。
不思議なもので姫子のデコチューで始まった一連の事件だったが、事ここに至って、なぜか姫子に対する距離感みたいなものはなくなっていた。
ショックが姫子、風華、纏の順で来ていて、打ち寄せる波のように朗太の精神に波状攻撃をしかけているので、一番昔になった姫子のデコチューの記憶が遠く、どうしてもやや色褪せて感じるからかもしれない。
もしくは、風華、そして前夜の纏の全てを投げ出すかのような告白で、朗太の心の機微の限界値が振り切れたのかもしれない。
アドレナリンを出し切った細胞に一時的に枯渇が訪れるように、朗太の胸中には荒涼としたものが押し寄せていて、それが朗太の姫子に対するフラットな対応を生み出し、姫子をもとの調子に戻す結果になっていた。
「ま、いろんな人に告白されると困るわよね。良く分かるわ」
姫子は頬を赤く染めクレーンを操作しながら言う。
「姫子が言うと説得力があるな」
「そりゃモテるもの。で、どーすんのよ」
それは一昨日、昨日と朗太が考え続けていることだった。
考え続けるも、いまだ答えの出ない問題だった。
「……分からん」
赤裸々にいうと姫子が取ろうとしてた人形がボテンと落ちた。
「分からんて」
「ホントな」
だが事実。考え続けても、答えなどまだ出ていなかった。
落ちた人形を眺めながら、朗太は再びこれからのことを考えていた。
そして気難しい顔をして落ちた人形を眺め続ける朗太に、姫子は苦笑した。
「朗太、あれ、やるわよ」
「エアホッケーか」
姫子は近くの白い筐体を指さした。
◆◆◆
「今のところ私が勝ち越してるんだっけ?」
朗太を筐体へ誘った姫子がバッグから財布を取り出し、身を屈め硬貨を投入した。
それにより、ブオッとフィールドから空気が湧き出した。
戦いの始まりである。
もう何度目かも分からない戦いの火ぶたが切られたのだ。
伴って中央の隙間からスゥーっとパック・円盤が吐き出された。
「にしてもアンタがモテるようになるなんて意外だ、わッ!」
「まだ言うか」
そして姫子はマレットで力任せにパックを叩き、壁に跳ね返らせながら朗太のゴールを奪った。
『1-0』
フィールド中央の電光表示が変わる。
「まず一点!」
筐体の中から物がぶつかる音が鳴り響く。姫子は握りこぶしを作った。
点が入ったことでフィールド中央の隙間から朗太側へ円盤が吐き出される。
それを朗太が負けじとはじき返すが
「私以外にその良さが分かる人間がいるだなんて、ねッ!」
「……」
紫電一閃。姫子はまたしても思いっきりパックをインパクトし、一撃で朗太のゴールを奪った。
『2-0』
「そして二点!」
連続得点に姫子は声を弾ませた。
それから何とも言えない表情の朗太がまたパックをはじくと
「人類誕生の奇跡より、レア」
気合一発。
「ねッ」
ズガンッ!! とゴールの奥で音が鳴るほどの勢いで円盤を打ち込み得点を重ねていた。
『3-0』
「続けて三点ッ」
姫子はガッツポーズと作った。
開く点差に姫子は血気盛んだった。
そしてまた朗太がパックをはじき返すと、まだ言い足りないのか、
「全く……」
円盤が来ると姫子は溜めを作り――
「皆趣味が悪いったらありゃしないわ、よッ」
言うと同時にインパクト。赤いパックを軌跡を残しながらゴールに突き刺さした。
「もう一本ッ」
姫子の甲高い声がゲームセンターに響いた。
『4-0』
対する朗太は試合を再開すべく吐き出されるパックをただただ弾くことしか出来ない。
すると姫子は大きく振りかぶり
「こんな趣味が悪いのは私だけで良かったの、にッ」
パックを乱暴に一撃し朗太のゴールに突き刺した。
『5-0』
「これで半分ッ」
姫子は己を鼓舞した。
そこからは、いや、そこからも、姫子の独壇場だった。
「私だけが見つけられたと思ったのにッ」
朗太が円盤を打ち返すと、目にもとまらぬ早業でマレットをスイングしパックをゴールに叩き込んだ。
『6-0』
「私だけで良かったのにッ」
その言葉は悔しさや苛立ちが滲んでいるようだった。
朗太が返球した円盤はものの数瞬で朗太のゴールに叩き込まれた。
『7-0』
「ホント最悪よッ」
それは心からの言葉のようだった。
朗太の返球を一瞬でゴールへ送り返し、姫子はなじった。
『8-0』
「何もかもがめちゃくちゃよッ」
ガシャン! と轟音を立て円盤はゴールに突き刺さった。
『9-0』
猛々しく朗太のゴールに突き刺さるその打球は、姫子の心そのもののようだった。
「聞いてんのッ」
そして最後の一打、姫子の瞳がこれでもかと開かれた。
「朗太!!」
次瞬、ズガン! と勢いよくパックは朗太のゴールに突き刺さり、ビーっという試合終了の電子音が辺りに鳴り響いた。
『10-0』
台中央にある電光表示が試合結果をその数字を表示して、姫子の得点に応じ伸びるゲージが頂点にまで達していた。
試合終了である。
「何やり返してこないの? 張り合い無いんだけど」
「俺にどうしろと?」
「それは、言えてるわね……」
軽く汗を流し息を上げる姫子に朗太がポツリと返すと、「ごめん、アツくなりすぎたわ……」姫子は目をそらしつつそう言った。
そしてその日の帰り道だ。
「ま、さっきので分かったと思うけど」
夕日に染まる雑踏で決してこちらを振り返ることなく、姫子は言うのだった。
「今日はそうでもなかったけど、朗太、アンタと一緒にいると楽しいわ」
何でもないことを言うようにいつもの調子で言うのだった。
「だから朗太、私もアンタのこと好きよ」
大事にしていた自分の秘を。
「だから朗太、私と付き合ってくれない?」
自らの願いを叶えるために。
「アンタと、……これからもずっと一緒にいたいから」
しかし朗太は今ここで何か答えることはできない。
だからこそ朗太は何か言おうと空気を吸ったのだが
「ま、今こんなこと言われても困っちゃうわよね」
その言葉を遮るようにくるりと振り返り姫子ははにかむと
「だから今度答え教えて? じゃぁね、朗太」
そう言って去って行ったのだった。
姫子の後ろ姿が、しばらくすると夕焼けに照らされた雑踏の中に消えた。




