藍坂、部活辞めるってよ(1)
風華曰く、今女子バスケ部は危機に瀕しているらしい。
「聞くけど姫子、今さっきのミニゲーム見てて誰が一番上手かった?」
時はわずかに遡る。
『姫子たちの手を借りたい』
そう切り出すと風華は手すりに手をつきドリンクを啜りながら尋ねた。姫子は何を当たり前なことを聞いているんだと眉を吊り上げた。
「あなたに決まってんでしょ。てゆうか運動でアンタに敵う奴なんているの??」
姫子の言葉にコクコクと朗太も頷く。
それほどまでに風華の動きが群を抜いていた。
まるで一人だけ違う時間を生きるかのように機敏にコートを駆け回っていた。
実際、風華の運動神経の良さは学園でも有名な事だった。
外見と運動神経がヤベー奴がいる。
そんな風に風華の噂は最初広まったのだ。
そして紆余曲折を経て、風華は数多な運動部の勧誘の中からズブの素人だったバスケ部を選び
「うん、確かにそうね。多分、今ここでは、確実に私が一番上手だと思う」
今やバスケ部のエース、であるらしい、のだが
「何よ、含みのある言い方ね」
「ここにこの間まで勝てなかった子がいたのよ。それが――」
藍坂穂香。
今回部活を辞めると言い出した人物であり
「その子がね、この前実は実力校と練習試合をしたんだけど、その時酷いこと言われたのがきっかけで辞めるって言い出しちゃったのよ」
「え、練習試合なのよね……。酷いこと言われるって不味くない?」
「うん、マズイわね。でもとにかくその試合は実際にヒートアップして、口汚い言葉の応酬になっちゃったの。勿論そのあと顧問にめっちゃ叱られたけどね。で、その時私と2大エースの片っぽだった穂香はそのターゲットにされちゃったのよ」
「風華、アンタは大丈夫だったの?」
「まぁ私は悪口言われ慣れてるから。でも穂香は違ったのよ。一年の時から断トツのエースで皆に大切にされてたからかな、試合には負けて酷い事言われたら心が折れちゃった」
「何て言われたのよ」
「『まぁ努力してその程度なら、するだけ無駄なんじゃないの?』 だってさ」
「うわぁ……」
あまりにも酷い言葉に姫子は顔をしかめた。
確かにこれは大きく傷つくかもしれない。
朗太も穂香の心中を察し眉をひそめた。
その後、毒を吐いた生徒はすぐ顧問に捕まえられ、その場で謝罪させられたらしいが、一度放った言葉は元に戻らない。一度傷ついた心は謝られたからといって治るとは限らない。穂香の表情は暗く
「この前、もう嫌だから部活辞めるって言い出したのよ……。……インターハイ予選も近い、この時期にね」
風華は顔を曇らせ俯いた。
曰く、小学校時代からバスケをしていて一年生の時から青陽高校きってのエース。
「先輩からや同期からもチヤホヤされてたからね。そういう辛辣な言葉に弱かったのかもしれない。だけどそれはちょっと、困るのよ」
「それは……インターハイ予選が近いからかしら?」
姫子が険しい顔で尋ねると、風華はバツの悪い表情で口をつぐんだ。しばらくして言葉をひねり出す。
「悪いけど、確かにそれも大きな理由のひとつ。それが関係ないとは言えないわ……。バスケはチーム競技だもの。私だけの力じゃ勝てない。みんなの力がいる。身勝手なのは百も承知よ。でも私が穂香に部活に戻ってきて欲しいのは何も戦力としてだけじゃない」
風華は意を決したように顔をあげた。
「私はまだ穂香はバスケが好きだと思っている。だから穂香にまたバスケをして欲しい。こんなことで、辞めるのは勿体なさ過ぎると思っている……。他の部員も同じ気持ち。皆、また穂香とバスケをやりたいと思っている。だからもう何度も穂香に話しかけに行ったのよ。でも全然ダメ。今の穂花は私たちに心を開いてくれない。……だからあなたたちを頼ったのよ。姫子たちなら、何とか出来るかなって思ってね……」
「なるほど」
姫子は頭を整理するために復唱した。
「つまりその女子バスケ部の元エース、藍坂さんが相手チームから酷いことを言われたことがきっかけで女バスを辞めると言っていると。でもインターハイの予選もあるからそれはちょっと困るし、バスケも好きなはずだから辞めさせたくない。だから――」
「うん、本当に身勝手な話で申し訳ないのだけど、その子を立ち直らせて復部させて欲しいのよ」
風華が依頼を締め括ると「はぁ~」と姫子は大きく溜息をつき頭をかいた。
「アンタも厄介なお題を持ってくるわね」
「もうこんな話頼める相手姫子くらいしかいないのよ。正直、借り作るみたいで嫌だったけど、もう姫子しかいないの」
「そっか……」
姫子はコートを見下ろしつつ嘆息を漏らした。
確かにこれは難題だ。
姫子とて部活を辞めると言ってる人間を止めるなど、これまで一度たりともしたことがないのだろう。
その顔にはわずかな逡巡が見てとれた。
しかし姫子はすぐに「うん」と呟くと顔をあげた。
「……風華、これは一つ貸しよ?」
「頼まれてくれるの!?」
「えぇ。他でもない風華からの依頼だもの、やるわよ」
「ありがとう姫子~~!」
風華は涙でも流しそうなほど大いに喜んだ。
なるほど、どうやら策があるらしい。
その何か考えがありげな姫子に、流石だな、と朗太は感心した。
流石、これまで何個も問題を解決してきただけある。
しかしどうやら姫子に確固たる方策が思い浮かんでいるからではないらしく――
「今の私には朗太がいるからね。なんとかなるわ」
と朗太を親指でさしつつとんでもないを言い出した。
「え」
急な話題転換についていけず否定の言葉を漏らす朗太。
しかしその朗太の呟きは二人の会話の前ではあまりに小さく、
「あ、凛銅君が何とかするのね、やるぅー凛銅君!」
「フッフ、任せなさい!」
「ありがとう凛銅君!」
あっさりと掻き消され、憧れの風華にそう言われてしまえばノーとは言えない。
「あ、いや……」
朗太はいつのまにか穂香の問題を解決することになってしまった。
「じゃぁ何か手伝えることあったら言ってね!」
「分かったわ、なんかあったら相談いく」
そして話が決まると何と早いことか。
「あ、部活が始まる! 行かなきゃ、じゃぁね姫子! 凛銅君!」と、ピュー! という効果音でも付きそうな感じで朗太が訂正する暇もなく風華は去って行ってしまい、それを見て姫子は「全く嵐のような奴ね」と呆れていた。
だが朗太はそれどころではない。
「え、どういうこと……?」
「え?」
朗太の顔はひきつりまくっていた。
「どうして俺が励ますの得意ってことになっているの?」
「え?! 得意じゃないの!?」
「え!? 何で?」
「え!? どういうこと!?」
「は、マジでなに!?」
「……」
「……」
どうやら二人の間の強烈な認識の違いが出ているようだ。
「じゃ、反省会を始めまーす」
冷たい声音で朗太はそう言った。
◆◆◆
場所は変わり、高校から程近いファミリーレストラン。
時刻は6時を過ぎ外の景色は暗く、ちらほらと家族連れが入店してきた頃合いだ。
窓辺の二人席で姫子と相対し、汗を吹くアイスコーヒーの入ったグラスを持ちながら裁判官、朗太は問うた。
「つまり、こういうことか」
反省会の最中である。
「姫子は俺が小説書いているから人を励ますことも余裕だと考えたと」
対し被告人、姫子は顔をむくれさせ、憮然と答えた。
メロンソーダを啜る。
「小説なんかじゃ主人公や敵役を改心させるシーンがあったりするじゃない? だから仮にもネットとはいえ小説を書いている朗太なら人を改心させることも出来るんじゃないかと思いました」
「ちゃんちゃら甘い! 有罪!」
朗太は姫子を秒速で断罪した。
「何でよ!」
「当たり前だ! 作中で自分のキャラを改心させられるからって現実世界でも改心させられるわけないだろう! お前はバカか! それになぁ!」
朗太は唸る。
「よしんばそれが真だとしても、そもそも俺はこれまで敵をボコボコにする描写は書いたことはあるが、人を改心させる話なんて書いたことが無い! 人の心を折るような言葉や傷つけるような言葉は話の展開上考えてきたが、人を励ます言葉なんて真剣に考えたことはない! だからどっちにしても俺に人を励ますことは不可能だ! 残念だったなぁ、姫子ぉぉぉぉぉ!!」
ハァーハッハ! と朗太が高笑いをしていると姫子は叫んだ。
「それが得意げに言うことか―――!!!」
それでも朗太の高笑いは止まらない。
(でどうすんだこれぇぇぇぇぇぇ!!)
◆◆◆
「で、まじでどうしよう……」
数分後、素に戻った朗太は顔面蒼白になっていた。
「白染に出来るって言っちゃってたよね……」
「言っちゃってたわよもぉぉぉぉぉ! や、確かに早とちりした私が何よりゴメンだけど、アンタも出来ないならしっかり否定なさいよ!」
「た、確かに。すまんかった」
「てか、なんで断れなかったのよ?」
「あ、いや……話の勢いもあったし、それに、いや、あの、それは、あれだ……」
憧れの風華からの期待を断れなかったとはとても言い出せず口ごもる朗太。
だがその様子は恋愛上級者の姫子が朗太の真意に気が付くのに十分すぎるものだった。
「!?」
とある『真実』に行きつくと、姫子は瞳を大きく見開いた。
そして即座に赤いレザーケースに入ったスマホを取り出しブラウザを起動し、サイト『小説家になりませんか』を開き、朗太の投稿作品『スターヒストリカルウォーズ』に辿り着き、スターヒストリカルウォーズのヒロイン『レイ・インヴァース』の外見を読み上げた。
「『艶やかな黒髪にほっそりとした首筋。つぶらな瞳。精緻な唇。この世の美をそのまま形にしたような超美少女がそこにいた』……。これって……」
もはや青ざめていた。
「……風華のこと??」
「ブフゥ」
瞬間、朗太は煽るようにして飲んでいたコーヒーを吐き出した。
バレたか……
ポタポタと黒い液を口許から垂らし顔を赤く染める朗太の反応に姫子は全てを悟った。
「サイテーーーーーーーーーー!!!!!」
朗太、お前……(´・ω・`)
本作にはリアル世界にモチーフはいないのでご安心下さい。
作者の玖太です。
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