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4つの告白(6)



 


 もしかしたら告白されるかもしれない、とは思っていた。



「凛銅君、私が凛銅君のこと好きって言ったら驚く?」



 ――だからそれは、もしかしたらこのデート中に告げられるかもしれないと思っていた言葉だった。

 風華は姫子救出の際に言っていた。

 

 この事件が終わったら自分に言いたいことがある、と。

 そして風華は先日言っていた。

『前に言いたいことあるって言ったじゃない?』

『お、おう』

『私とデートしてッ』

 と。


 だがその言いたい言葉とは、何もデートに誘いたいということではないと、朗太も思っていた。

 デートに誘ったうえで、何か言いたいのだろうと思っていた。

 そしてその場合、告白の可能性が高いということも十分に考えていた。

 だからこそ、朗太は――


「じ、実はあまり驚かない、かな――」

 

 と、つっかえつつも正直に答えていた。

 そう、朗太はこの展開を覚悟していたのだ。


「だよね」


 しかし風華も風華で朗太の反応も織り込み済みだったらしい。

 風華は悲しげに視線を下げた。

 冬の冷たい風がザァッと草木を揺らし駆け抜けた。


「いつから、私の気持ちに気付いてたの?」

「そ、それは――」


 正直に言っていいものだろうか。

 一瞬迷う。

 だが、風華の瞳と目が合い心は決まった。


「もしかしたらって思ったのは、本当に、つい、最近かな……」

「だよね。凛銅君の雰囲気が変わったの、ここ最近だもんね」

「うん、姫子の時に、色々あって……」

「姫子かー」


 朗太の言葉を聞いた風華は「やっぱりかー」と天を仰いだ。


「そりゃあんだけ揉めて解決したなら、『ただ解決』だけでは終わらないよね。そっかー、姫子が動き出したのかー」


 風華は親友の裏切りに欄干にずるずると背中を擦り付けるように身を預けた。

 だが後悔などは後回しにするかのように「ま、いっか!」とぴょんと跳ね欄干から離れると朗太の目を真正面から見て宣言するのだった。


「凛銅君、私は凛銅君のことが好き。それまでも実は気になっていたのだけど、文化祭の辺りでようやく自分の気持ちに気が付いたの」

「ぶ、文化祭か……」


 風華の告白に朗太は眉を下げた。

 文化祭、それは最近ようやく消化したが、あまり良い記憶として自分の中で残っていない。

 そんな朗太に風華は慈母のように優し目を向けると、その後必死な目になった。


「だよね。凛銅君にとっては色々と辛い体験だよね。でも、私はあの時の凛銅君が輝いて見えた。だから、私のものにしたいと思ったの。だけど、凛銅君がその後一気に崩れるから言いたくても言えなかった。それで私は距離を置いたの。一緒に居たらすぐに好きって言いたくなっちゃいそうだったから」


 だからか。

 一時風華が距離を置かれた理由に朗太は合点していた。

 あの時は風華が自分のもとを去り悲しく思ったものだが、風華も風華なりに朗太のことを考えてくれた結果なのだった。


「でもようやく凛銅君が戻ってきてくれたから言える。凛銅君、私は凛銅君のことが好き。だから私と付き合って欲しい」


 それはこれまで何度も夢想したセリフだった。

 今まで何度授業中に、下校中に、日常のふとした時に、風華と付き合うことも妄想しただろう。

 計り知れない。

 その少女が告白してくれているのだ。

 自分にとってかけがえのない、大切な、憧れの少女だ。

 だが――


「ごめん、ちょっと待ってッ……」


 出てきたのは、答えを先延ばしにする言葉だった。

 風華の表情に一瞬悲しみの影が走った気がした。


「ごめん、今ちょっと俺ぐちゃぐちゃで、待って欲しい」


 しかし朗太は言葉を紡ぎ続けた。

 そう言うしかなかった。

 

「まだ、気が付いたばっかで全然、訳が分かっていないんだ。だから、返事は、ちょっと待って欲しいんだ。ダメ、かな……」


 その返事はさぞや残酷であったことだろう。

 なぜならこれまで好きだったことに気づいてなかったと言うのだから。

 すぐ真下を通る車の音や、草木を揺らす風の音がやたらと大きく聞こえた。


 場合によっては、このまま逆に振られてもおかしくない。


 朗太は脂汗を流しながら返事を待った。

 一瞬が何時間にも感じた。

 すると体感数時間の末に――


「ううん……」


 風華は強く目元を袖口で擦りながらと首を横に振ったのだった。

 袖口の隠しがなくなると、真っ赤になった風華の瞳が朗太の前に現れた。


「分かった。うん。というか、実はこうなるの分かってたし」

「そうか……」


 鼻声になりながらも風華はいう。


「うん、だって、私だって凛銅君のこと、よく見てたし」

「そうか……」


 こんなにも気丈で心優しい少女によく見られていたという事実に胸が熱くなる。

 それから風華は何も言わずくるりと背を向けると欄干に手をつき黙りこくった。

 時折体が小刻みに震えた。

 だが何とか涙をこらえきったのか、風華はパチパチと大きく目を瞬きし天を仰いだ後


「一つ聞いていい?」


 艶やかに輝く瞳を朗太に向けて尋ねたのだった。


「凛銅君、私のこと好きだったでしょ?」


「え……」


 それは予想外の問いだった

 確かにその通りなのだが、果たして言っていいものなのだろうか。

 朗太は固まった。

 しかし赤く潤んだ風華の瞳は、朗太に虚偽を許さず



「あ――………………………うん」



 しばらくして朗太は喉をからからにしながら頷いていた。

 告白してくれた風華に、偽ることはできなかった。

 顔が今までになく熱く感じた。

 認めると、未だかつてないほどの羞恥を覚えた。


「だよね」

「うん……」

「いつから?」

「いつから?」


 朗太は目を白黒させた。

 それを朗太の中でもとても大切なことである。

 明かすことはとても恥ずかしいことだ。

 だが風華の放つ雰囲気は朗太に黙秘を許さなかった。


「こ、高一の時かな……。だ、大地に言われたんだよ。『二姫』の片割れ見に行くぞって」

「で……?」

「で? あ、いや大して期待せずに見に行ったら教室から白染が出てきて――」

 

 風華と出会った時を思い出す。

 廊下を歩いていたら、教室のドアが開き風華が出てきた瞬間を。

 あの時自分は風華を見て――


「――可愛すぎてぶったまげた」


 風華は朗太の歯に衣着せぬのセリフにクスリと笑った。

 一方で朗太は顔から火を吹きそうになっていた。


「で、俺はその場で悶絶して膝をついた」

「あ、なんかいたね。やけにオーバーリアクションな人。あれ凛銅君だったの?」

「恐らく俺だろうな」


 まさか可愛すぎて失明しそうになる人間は自分以外にいるまい。


「はぁーそうだったのかー。あの時はおかしな人がいるなって思ったものだけど、まさかそんな人に自分が告っちゃうなんてね。世の中面白いもんだ」

「だな……」


 自分だってあの約一年半後に風華に告白されるとは思っていなかった。


「で、姫子との活動をしてたら私が出てきたわけね。どう思った」

「そりゃビビったよ」


 風華の足が自然と駅へ向かい出した。

 それから朗太と風華はこれまでの回想をしながら、夕闇の落ちつつある、園内を歩いた。

 それはまるでテストの答え合わせのようでもあった。


「白染相手だから無理だと思ったけど依頼受けたよ」

「え、そうだったの?!」

「うん、白染相手だから遮二無二解決した」

「その時は私の中では人の秘密を暴露するヤバイ人だったわね凛銅君」

「そうなの?! 結構俺危ない橋渡ったんだけど?!」

「しかも、私のことヒロインにしてるし……」

「それは正直スマンかった……」

「今も申し訳ない、でしょ。今だって連載してるんだから」

「はい、すいません」

「全く。鈍感な上にデリカシーも割とないよね凛銅くん」

「はい」

「どうして凛銅君のこと好きになったか時々分からなくなるわ」

「え……?」

「嘘。でも時々この人で良いのかなって思うのは本当」

「マジか……」


 回答の先延ばしなんて悠長なことをしていたらこのままポイされかねない。

 朗太が鬱々とした顔をしているとフフっと風華は笑った。


「で、この後はどうするの凛銅君?」

「この後?」

「そ、この後。何かあるから断ったんでしょ」

「断ったわけじゃ」

「私からしたら断られたのと殆ど同じ」

「そ、そうか……」


 そうしながら朗太は思案した。

 自分が風華からの告白の回答を保留した理由。

 それは自分の中の気持ちを整理したいからに他ならない。

 だから朗太が「自分の気持ちを整理したいからだな」と正直に伝えると


「悠長してると逃げちゃうかもしれないから気を付けてね」


 と風華はいたずらっぽく笑ったのだった。


 そしてそのどこか茶目っ気のある瞳に、だが悲嘆のこもる瞳に、朗太はドキリとするのだった。


 上野駅にはすぐについた。

 一転辺りは煌々と明るく、喧騒の中を多くの人が行き来していた。

 ここで解散だ。

 朗太は別れの挨拶をし去ろうとする。

 だがここに来て風華はニヤリと笑みを浮かべだした。


「凛銅君、さっきも言ったように私はこの展開を読んでいました」


 そして胸を張り殊更に明るく言う。


「そ、そうか」

「だから、確実に上げられる成果を得て帰ろうと思っていました」

「成果?」

「うん、成果。で、その成果なんだけどね」


 風華は試すように含み笑いをし言った。


「私を下の名前で呼んで、凛銅君」


「え……」

「だって、姫子は姫子呼びだし纏ちゃんは纏呼びで私だけ名字呼びじゃん。悲しいよ」

「え、あ、いやでもそれは、恐れ多いからとかそういう理由で、別に距離を取りたかったわけじゃ」

「理由なんて関係ないよ。凛銅君。それに恐れ多いって、それ私のこと本当に見てくれてるの?」

「それは……」


 確かにまともな指摘だった。


「少なくとも私は、自分は恐れ多いと思われるようなたいそうな性格はしていないと思うな」


 言われてこれまでの様々な記憶が蘇る。

 放課後、立ち寄った食べ放題の店で吐きそうになるまで食べ続ける風華。

 落ちている十円玉を拾い「やったー儲けたー!」と無邪気に喜ぶ風華。

 銭洗い弁天で大量に小銭を洗いほくほく顔の風華。

 最後のは夢の中だったか?

 だが確かに思い返せば下らないことで破顔する風華の幸せそうな表情だけが残っている。

 しかしそのどれもが掛け替えのないものだから朗太は名字呼びだったのだ。

 だが相手が名前呼びを求めるのなら仕方がない。


「分かった」

「い、いや……さすがに今のセリフで了承されると傷つくのだけど」


 朗太が神妙な顔で頷くと風華は顔を赤くしながら狼狽えた。


「いやそういう意味じゃくて!」

 

 別に風華のことを大した人格じゃないと認識を改めたわけではない。

 風華の言葉に従うというだけだ。

 だがもうこんな誤解などどうでもいいとかなぐり捨てると


「と、とにかく白染がそういうならそうするよ。だから、また明日、学校で会おう。ふ、ふ、ふ、ふ……………」


 その言葉を口にしようとしだしたのだが恥ずかしさから唇から空気が抜けるだけで一向に音にならない。

 しかし風華が緊張しながらこの動向を見守っている。

 ならば、やるしかない。

 その一心で言語化した。


「風華!」


 瞬間、風華の表情に笑みが宿った。

そして――


「よく言えました! じゃぁね凛銅君!!」


 そういって身をひるがえし去って行ったのだった。


 




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