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4つの告白(5)


「じゃ、お昼にしよっか」

「え、作ってきてくれたの?!」

「当ったり前じゃない!!」


 朗太が驚嘆していると風華は胸をどんと叩いた。

 確かに昼食はどこかで食べないといけないと思っていたが、まさか作ってきてくれているとは……。


「作ってきてるに決まってるじゃん! だってデートだよ?! だからそこで食べようよ凛銅君!」呆気に取られている朗太を尻目に風華は手近なベンチに座り黄色いランチクロスを開封し始めた。

 朗太が腰かけると二人の間にあった弁当箱が開帳された。

 カラフルな長方形の弁当箱に入っていたのはサンドイッチだった。

 紙の敷かれたカラフルなケースにサンドイッチが並べられ、もう一つのケースにはレタスが敷かれその上にカリッと焼かれたウインナーや厚焼き玉子にミニトマトなどが収まっていた。

 サンドイッチもツナや、卵にトマト・きゅうりに、レタスにハムを折り重なるように並べたものなどバリエーションに富んでいた。


「じゃじゃーん!! おいしそうでしょ~~!!!」


 色とりどりの弁当を見せつけ風華は得意げだった。


「これ全部白染が作ったの?!」

「へへへ! 私の実力が見違えたことを見せつけたくてね!」


 朗太が殆ど驚愕していると風華は誇らしげに胸を張った。


「さ、見てても仕方ないし食べて食べて!」

「あ、ありがとう。いただきます……」


 言われてウェットティッシュで手を拭き手近にあったサンドイッチにかぶりつく。


「うっまっ!?」そしてそのおいしさに朗太は目を見開いた。

 言葉に誇張は無い。

 レタスは瑞々しく、卵は濃厚、そしてそれらがパンと口の中で混ざり合い三位一体の素晴らしいハーモニーを奏でる。これまで朗太が食べた中で最もおいしいサンドイッチだった。

 まさか、こんな美味しいサンドイッチをあの夏休みダークマターを作り上げた風華が作ったとは思えない。確かに一度家に行ったときに食べたカレーライスの時点で大きく前進してはいたが、それとは比べ物にならないほどさらに上達していた。

 目を丸くする朗太に風華はニシシと笑った。


「でしょ美味しいでしょ!? もっと食べて凛銅君! 沢山作ってきたから!」

「お、おう……ありがとう」


 言われて朗太は次のサンドイッチを手に取った。

 食べたことがきっかけで昨日からろくにものを食べていない朗太に強烈な空腹が襲ってきていた。


「お茶もあるから言ってね」


 満足そうに笑みを作ると風華はコップにとくとくとお茶を注いだ。

 それから朗太は夢中で弁当を食べ続けた。

 手に付けた食事の、どれもが絶品だった。

 カリッと焼き上げられたウインナーもジューシーでかぶりつくと中から肉汁があふれ出し、厚焼き玉子のふんわりとした仕上がりも文句なしだった。ミニトマトは、まぁ普通にミニトマトなわけだが、これを自分のために用意してくれたと思うと、普通のミニトマトよりも何十倍も美味しく感じられた。

 自分が好いた少女である風華が自分のためにこのお弁当をわざわざ作ってくれたと思うと、やはり通常の何十倍も美味しく感じるのだ。

 きっと何を食べてもこの世のものとは思えないほど美味しいに違いない。

 そして風華は風華で朗太が嘘でも何でもなく夢中で自分の弁当を食べているのが嬉しかったようだ。その姿を目を線にしながら眺め、時折朗太が手に取ったものに自分が施した工夫を語っていた。


「そのサンドイッチのレタスも工夫したのよ凛銅君、水気取ってね~」


 とか


 「きゅうりにも少し塩をかけてね」


 とか


 「取りやすいようにラップした状態で切ったの。取りやすいでしょ」


 なんて笑みを零しながら語っていた。

 それを聞きながら朗太はむさぼるように弁当を食べていた。

 そうしながらこれまで見た動物の話にも花を咲かせる。


「フクロウも面白かったよな」

「あ! 確かにー!! わさわさーって膨らんでね」

「あれ威嚇だよな」

「凛銅君ゴリラにもめっちゃ威嚇されてたよね」

「う、うん、された……」

 

 などとこれまで見たものの話で盛り上がった。

 周囲はマップを広げ悩む家族や、はしゃぐ子供がいたり、従業員が乗ったカートがゴロゴロと音を立てて移動するなど騒々しいが、それら喧騒は遥か遠くから聞こえ、ここだけが別世界のようだった。

 

 だが、いつまでも夢のような空間は続かない。

 自然と終わりは訪れた。

 

「凄い美味しかったよ。びっくりしたよ。夏休みのころから成長したんだね」

「そりゃそうだよ!」


 朗太が口元を拭きながら立ち上がると風華はえっへんと胸を張った。


「いつまでも料理できないレッテルを張られたままじゃ居られないわ。それに『凛銅君との』デートじゃない。気合も入るよ」


 それは、明らかに意識して自分の名前を強調した言葉だった。


「――」

 

 その突然の言葉に思わず朗太は風華を見た。

 すると風華とばっちり目が合い、その澄んだ瞳に真正面から見据えられた。


 こんなにもまっすぐな少女が自分を好いている可能性がある。

 それを思うと、朗太の心は大きくざわついた。


「そ、そうか……」

 

 かすれた声が朗太の口から出たのはそれからしばらくした時のことだった。風華は「そ、そういうこと」と何でもないことのように大きく頷いた。


「じゃ、次行こっか、まだまだ見てないものもあるし」

「お、おう……」


 そして風華は今の話など無かったかのようにそれまでの調子に戻ると朗太を次の飼育施設へ向かったのだった。


「見て見て―!!」


 それからも動物園を見て回ったのが、お昼を食べる以前よりも更に身が入らなくなった。

 下らない雑談で一時的に落ち着きを取り戻しつつあった朗太だが、先の風華のセリフでまた落ち着かなくなっていた。


「あ、すごーい!!」

「可愛い~~!」


 とか言ってはしゃぐ風華をどこか俯瞰して眺めていた。

 こんなにも可愛い少女が自分を好いている可能性がある。

 それはまるで自分のことではないような現実感の無さだった。

 しかしそれは確かに現実で


「凛銅君、どした?」

「あ、いや……」


 横にいた風華に不思議そうに見上げられ朗太は前髪を撫でた。


「なんでもない」


 朗太は一人、現実との折り合いをつけるよう心を落ち着かせていた。


 それからしばらく。


 朗太たちはサル山にやってきていた。


「わーすごい、お猿さんだー!」

 

 サル山に無数に点在するニホンザル達を見て風華は目を輝かせた。


「白染は動物が本当に好きなんだな」


 言うと風華は一瞬呆けた顔になった。


「うん、好きだね」

「何か、理由あるのか?」

「う~~ん、そうだね~~~。悪意がないからじゃない」


 風華は頬に指をあてがい考え込んだ後、しばらくするとそう言った。


「人ってさ結構悪意があるじゃない。私って、ホラ、こんな性格しているから結構悪意を向けられるのよ。だからさ、そんな私にも分け隔てなく接してくれる? 関係なく接してくれる動物になんか癒されるんだよね。時々動物にすらビビられて落ち込むけど。へへ、私何言ってるんだろ?」


 真面目腐った返事をしてしまい冗談めかし頭を掻く風華。

 だが今の言葉は風華のかけねのない本音であろう。

 それを風華の雰囲気などから察した朗太は大きく頷いていた。

 なぜなら一時、人の悪意に落ち込んだのは何を隠そう自分だからだ。


「なんか分かるわ……」


 朗太がそう言うとそれが心からの言葉だと風華も察したらしくほっといるようだった。その瞳がこれまで以上に優しくなる。

 だがこんなしんみりとした空気は受け入れられないとでも言うように風華はクイッと口角を吊り上げると「でもね」と、語りだした。


「そんな私が苦手な動物が一ついます。さぁなんでしょう」

「蛇じゃないの?」

「あ、蛇も苦手だけど、他にもいます。なんでしょう」

「分からんなぁ」


 いくら考えても思いつくものがない。

 お手上げだ、と朗太が降参すると風華は指を目の前にさした。


「それはサルです」

「サル?」

「うん、サル。彼らは、私たちと同じくらい悪意がある気がする」


 まぁそれは確かに分からないでもない感想だった。

 ハッハッハと朗太は笑った。


「ですが私はよくある動物に似ていると言われます。それはなんでしょう?」

「わからん」


 すると風華はいまいましげに再び指をサル山に向けた。


「サルです。私はいたずらしそうだから子ザルに似ているってよく言われます。サル嫌いなのに」


 その下らないオチに、加えてどこか共感できる指摘に朗太は思わず笑ってしまった。


「あ、ちょっとなんで笑うのよ?!」

「いや確かに似てるなって思って」

「あ、ひどーい!!」


 園内に朗太と風華がはしゃぐ声が響いた。

 

 その後も風華と動物園を巡り続ける。

 時間もあったのでこれまで行ったことのなかった池の中の橋にも行ってみたりした。バクを見たりした。キリンを見た。カバを見た。再びハシビロコウを見た。

 だが昼の時間は無限にあるわけでもなく、太陽はだんだんとその高度を落とし


「そ、そろそろ帰るか」

「そだね」


 デートの時間は終わりを迎え朗太と風華は帰路に着きだしたのだった。


 そして出口へ向かい風華と橋を渡っている時だ、


 ――このデートがただのデートで終わるわけがない。


「凛銅君、私この前、言いたいことあるって言ったじゃない?」


 出し抜けに風華は先の姫子救出の一件を話題に出すと、





「凛銅君、私が凛銅君のこと好きって言ったら驚く?」




 緊張する朗太にそう告げたのだった。




 風華は朗太をデートに誘った。

 それはこのタイミングこそ、最も自分が成功する可能性が高いと確信していたからだった。

 そしてその判断は、――恐らく的確である。



 




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