4つの告白(3)
(いやいやいやいや)
その夜、朗太は暗い自室の勉強机で手を合わせ途方に暮れていた。
何に悩んでいるのかといえば、放課後の出来事についてである。
(そんなことってあるの?!)
先の朗太を巡るトラブル。
風華、纏、姫子の三人ともが朗太をクリスマスに誘おうとしていた。
クリスマスという、恋人たちのイベントに。
ということはつまり。
客観的に見て、三人が自分に好意を向けている、ということになる。
(いやいやそれは無いだろ……)
朗太はぶんぶんと頭を振った。
風華も纏も姫子もただの友達のはずだ。
だからこそ自分はこれまで何でもないように接してきた。
だがまさにその友達であるところの一人の姫子が自分を好いている可能性があり、その姫子が、他の二人と、クリスマス誰が自分と過ごすかいさかいを起こしていた。
もし姫子の好意が本当ならば――朗太は風華や纏の人間性をよく知っている――彼女たちは無暗に人の恋路の邪魔をするような人間ではない。
それはつまり――
(…………ッ)
それらが指し示す可能性に朗太は顔から火が出そうだった。
だが朗太はその考えを受け入れられない。
朗太はかぶりを振り戯けた考えを振り払った。
しかし――
(そうだ――)
これまでの様々なシーンが蘇る。
それらを思い起こすと、そう仮定した方がすんなりと理解できるシーンが多々あった。
となると、その可能性が高いと言わざるを得ない。
これまで朗太は自身の思い込みの激しさを自覚したうえで、多くの事象を深く考えないようにしてきたが、事態は目の前で堂々と進行していたのだ。
朗太は自身が一種の争奪戦の対象物になっているくらいにしか認知していなかった。
言ってみれば自分はビーチフラッグのフラッグになっているのだろうくらいの認識だった。
姫子と自分は仲がいい。
だからこそ、姫子の親友たる風華は、そんな姫子の最も近い男子であるところの朗太が自身を好いていると知って、誘惑し姫子をからかい遊んでいるのだろうと思っていた。
纏は、中学時代からの後輩だ。
だからこそ自身に執着があり、その戦いに参加しているのだと思っていた。
だが違った。
三人とも、本来の意味で自分を好いている可能性があったのだ。
(うわぁぁ……)
まさかの可能性に朗太は狼狽えた。
以前、自分は件の三人と特別な関係性か新聞部に問われ、インタビューでこう答えた。
『事実無根です。勘違いなきよう』、と。
(………………)
(おおおおおおおおおおおおおおおおいい!!!! クッソ野郎じゃねーかーーーーー!!!!!!)
あああああああああああああ!!! と朗太は過去の失態を悔いた。
どの口が言っているんだと。
恥ずかしさで顔にとんでもない熱が宿る。
これまで自分は三人に好かれ? 散々な目に遭ってきたが、もしかすると彼らの行為にもある程度の正当性があったのかもしれない。
だからこそあんなにも叩かれたのだ。
いやでもまさか……
だがここに至っても朗太はその可能性を信じられず……
朗太はこの日、悶々とした夜を過ごすことになるのだった。
◆◆◆
おかげで、一睡もすることが出来なかった。
「はぁ……」
翌朝。朗太は目にクマを作りながらおぼつかない足取りで学校へ向かっていた。
鳥のさえずりのようにピーチクパーチク楽しそうに話す生徒たちの声が、今日は一段とわずらわしい。
そうしながら朗太は思っていた。
とはいえ、まだ可能性の話だ、と。
姫子のキスが突端になっている推理であり、まだまだ可能性は低い、と。
――ここに至っても朗太の理性は、朗太に安全策を取らせようとしていたのだ。
だからこそ朗太は疑惑が確信に変わるような兆候を探そうと決心していて、落ち着け、落ち着けよ俺、と自分に呼び掛けていたのだが、
「あ、先輩、おはようございます」
「うおわ?!」
身体は正直なもので背後から纏の声が聞こえてきて飛び上がった。
好きだと決まったわけではないのに。そう思っているのは自分だけなのに。
だというのに纏の声に朗太の体はアラートを鳴らしていた。
「『うおわ』? 大丈夫ですか先輩」
「だ、大丈夫だ……。お、おはよう纏……」
何も知らない纏は朗太の極端な反応に目を丸くしていた。
「? なら良いんですが? なんか今日は妙にぎこちないというか、なんかリアクションが大げさですね」
「……お、大げさ? そ、そうか?」
「はい、なんというか私がいきなり男の子に話しかけた時男の子が良くとる反応のような気がします」
(うん、まさにそうだからね……)
「お、おう……」
その殆ど当たっている観察眼に朗太は肝を潰した。
このままでは自身の内面を暴かれかねない。
冷静だ、冷静を心掛けろと朗太は自身に言い聞かせる。だが、「あまり熱は無さそうですね……」と纏が朗太のデコに手を当てていてぎょっとした。
「ひえぇ!!」と、また変な声が出た
「い、いいいいきなり何すんだよ?! びっくりすんだろ!」
朗太が憤慨するとますます纏はきょとんとした顔になった。
「あ、いや顔が赤かったので風邪かなと。でもそうでもなさそうですね。先輩、大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ?」
「だ、だだだ大丈夫だ。こ、これはあれだ! 寒暖差アレルギーだ」
「寒暖差アレルギーの意味違いますよね」
「いやそうだっけ?! ハハハ、ハハハ、ハ……」
的確な突っ込みに話の接ぎ穂を失い朗太は苦しい笑みを浮かべた。
「今日の俺、マジでどうしちゃったんだろうな……」
「ホントですよ」
「ハハハ……ハァ……」
こうして朗太は、異常な点を自ら言っちゃうことで相手にそれを過小評価させる、浮気がばれそうになった男が使いそうな心理的トリックを使いこの場を乗り切ったのだった。
(生きた心地がしねぇ……)
その後、朗太は教室で項垂れていた。
あの後もまるで会話にならなかった。
これでは気が付いたことにバレるのも時間の問題だろう。
「はぁ……」
だが悩んでいても仕方がない。
朗太は多くの生徒が出入りする雑多な休み時間の教室を抜けてトイレへ向かう。 しかし
「あ、凛銅君だ!! おはよ!!」
「うお!!」
今度は風華とばったり出会ってしまい朗太はまたしても悲鳴を上げた。
(ふ、風華だああああああああああああああああ!!!!)
しかも今度は自分の憧れの女性である。
風華の登場に朗太の心に絶叫が轟いた。
「ん? どした? 凛銅君? 顔色悪いよ?」
一方でそんな朗太の心境も知らずに風華はずいと朗太の顔を覗き込み、それが一層朗太の緊張を煽る結果になった。
こんな美少女が、自分を好いている可能性があるのだ。
緊張しないわけがなかった。
「あ、い、いや、だ、大丈夫、だよ、大丈夫大丈夫」
「そっか。なら良いけど。そういえば今日は体育だよね。頑張ってね、私も応援してるから」
「う、うん……」
なんとか言葉を絞り出すと朗太はトイレへ向かった。
そしてその光景を冷静に俯瞰していたのが姫子であり
(まさか)
姫子は席を立ったのだった。
◆◆◆
(めっちゃ風華がいる……)
一方で朗太。
トイレからの帰り道、F組へ続く廊下の途中で風華が友達と立ち話をしていて途方に暮れていた。
「えーまじー?」とか「マジよマジ!」なんて楽し気に話しているのがここまで聞こえてくる。
風華の交友範囲は広い。
だからこそこのような光景は日常茶飯事で、よくこういったタイミングで朗太は風華に話しかけられるのだが……
朗太は先ほどのやり取りを思い出す。
……今の自分には耐えられそうにない。
また話しかけられたら、緊張からおかしな行動をしてしまうかもしれない。
そうでなくとも、今の自分は風華の前を通るだけで、彼女の視界に入ることを意識するだけで緊張する。
だから朗太はきゅっと唇を結び顔を引き締め、襟を正し、まるで卒業証書を貰うために壇上を歩く生徒のように緊張しながら風華の前を通過したのだが
「ろ、朗太、アンタ……」
「うおい!! なんでお前がいんだよ!!」
教室の前に姫子が立っていて比喩ではなく本当に飛び上がった。
風華に集中しすぎていて姫子のことが視界に入っていなかった。
「な、なんでじゃないわよ! ここは私の教室でしょ?! 居て何が悪いの?!」
「い、いや、悪くはないけど……。……で、な、なんか用なのか? 今さっき何か言いかけたようだけど……」
「そ、それは……」
朗太が遅まきながら姫子という存在に緊張しつつ尋ねると、姫子は言い淀んだ。
姫子は姫子で緊張していたのだ。
姫子としては朗太が何か気が付いたのかどうか問いたかった。
しかしいざ実際に問うとなるとその重要な言葉は喉につかえて出てこなくて、
「じゃ、は、話がないなら俺は行くぞ……」と朗太はその場を後にしたのだった。
「風華? どうしたの?」
「あ、いや何でもない」
そしてその光景を見ていて何か感じ取ったのが風華であった。
◆◆◆
その日の放課後のことだ。
(こういう日は早めに帰るに限るな)
終業のチャイムが鳴ると朗太はそそくさと席を立った。
風華や纏、姫子に会っても、今日の自分は相手を意識しすぎて粗相をやらかす懸念がある。
もしそうなったら、たとえ好感情を向けてくれていても反転してしまうかもしれない。
そんな自己保身や、単純な気恥ずかしさなどから朗太は速攻で帰ろうとしていたのだ。が……
「凛銅君!!」
そんな朗太を引き留める人物が一人。
「白染?」
風華である。
風華が、朗太が廊下に出てE組の前を通るや否や、朗太を呼び止めていたのだ。
そして朗太が戸惑っているうちに「ちょっと話があるの!」といって風華は朗太の腕を引き朗太を人気がない方の屋外テラスへ導き
「な、なんだ急に……」
握られた箇所を摩りながら顔を赤く染める朗太に風華ははっきりと言ったのだ。
「前に言いたいことあるって言ったじゃない?」
「お、おう」
「私とデートしてッ」




