表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/211

姫子転校編(4)




「また来たんですか」

「はい……!」


 その次の日も、そのまた次の日も朗太は妃恵の許す限り姫子邸に訪れていた。

 幸いにも仕事も終えたばかりで疲れているだろうに、妃恵は朗太を迎えてくれた。

 だが朗太達の相談にのるかどうかとなると話は別なようで、朗太たちが何を話そうと


「姫子は會月に行かせます」の一点張りだった。


 時計が午後七時を指すリビングには、顔に深いしわを刻み付けた妃恵がいた。


「でも何度も言っていますが姫子は青陽に残りたいと言っています」

「ですが、子供に社会で生き抜くのに必要な力をつけさせるのが親の責務です。少なくとも私は、そのように考えています」

「そ、そうだけどママ……」

「何ですか?」

「今の高校でも十分……」

「十分ではないのよ姫子、まだ分かっていないの」


 要領を得ない我が子に妃恵は額にしわを寄せた。


「学力レベルだけの話じゃないのよ? 子供に社会を生き抜くために『最大の』力をつけさせる。それが親の責務なの。だからこそ、青陽、()()()()會月なのよ」

「で、でもそもそも姫子はスクールカウンセラーになりたいって」

「それは知っています。ですがそれは大学に入ってからでも修正が出来る事項です。スクールカウンセラーのなるには臨床心理士の資格が必要だけど、もしそうなれば大雑把に言えば第一種大学院の臨床心理学部に進学する必要よね」


 妃恵は鋭い目つきで朗太を見た。

 一方、そんな情報を知りもしない朗太は返答に窮する。


「そして、そこに至るまでは様々な人生の転換期があるの。私がいうような大学に通っておけば、最悪姫子がどうしてもその道を目指した場合でも切り替えは可能よ。でもその逆は……、なかなか骨が折れる。確かにこの子が今スクールカウンセラーになりたいと言っているのは分かっている。でも二年後はそう思っていないかもしれない。姫子が今後どのようなことに感化されて進路を変更してもその進路に対応できるように、という思いもあるのよ」

 

 妃恵は大きく息を吐いた。

 その顔には聞き分けのない我が子への疲れや、思わぬ来訪者である朗太への疲れが深く刻まれていた。


 またその後も朗太は妃恵の説得を試みたのだが、ある時朗太は、ついに妃恵の逆鱗に触れた。


 それは姫子の話に取り合わない妃恵に対し朗太が

「もう少し姫子の話を聞いてあげても良いんじゃ……」と言いかけ

「だからこうして聞いているじゃないですか」と睨みつけられた時だった。


「今こうして相談に乗っているでしょう。仮にも仕事帰りで疲れている状態でわざわざ時間を取ってね」


 とのたまう妃恵にそれでも朗太たちが食い下がり相談し続けると


「いい加減になさい……!」


 妃恵の瞳が大きく開かれたのだった。


「いつまで同じ話を繰り返す気ですか……! 学校に言いますよ??」

「……」


 学校という単語を出されるときびしい。

 思わずひるむ朗太。

 そして歯噛みする朗太に妃恵は立て続けに言い放ったのだ。


「そもそもあなたはなぜこんなにも姫子に執着するんですか?!」


 と。

 

 ――これは、後から思えばとても大切な問いだった。


「そ、それは――」


 瞬間、朗太はその理由を考える。

 その刹那自分の、自分ですら気が付いていなかった内奥が垣間見えた気がした。

 姫子の転校を止める理由、それは――――――――


 ――――――――――――姫子のことが、――


「ッ!」


 だが自分が姫子の転校を阻む理由、その先にあるものにたどり着く前に思考が途絶えた。

 自分の内奥から出る言葉ではなく、より手前に、より安直で当たり障りのない答えがあったのだ。

 それに目が付き、思考が途絶えたのである。

 そしてその仮初の答えを発見した朗太は今これを言ったものかと吟味する。

 しかし――ちらりと目を上げ妃恵を見る。

 妃恵の怒気を孕んだ視線と真正面からぶつかった。

 一瞬言うべきか否か分かりかねたが、もう言うしかないだろう。


「あ、あの」


 だから朗太は震える声で自分の秘を明らかにしたのだった。


「じ、実は自分のネット上で物語を書くという趣味を持っています……。で、その内容を姫子に改善してもらい読者が増えるという現象が発生しました。ひ、姫子の活動で実際に救われたんです。だから姫子が今学校でやっている活動がいかに人を救うかということを知っています。だから姫子にはまだ青陽にいて欲しい……。そう思います……」

 

 それは嘘偽りのない話だった。

 実際にそれがきっかけで朗太は姫子の活動を見直したし、彼女の活動はとても意味のあるものに思えるようになった。

 だからこそ、これで事態が好転するかもと朗太は思ったのだが――


「……なるほど。それと、ありがとう。姫子の活動を高く買ってくれているのね……」


 妃恵は湯呑を両手で包むように持ちながら深く息をつくと


「そんな凛銅君に私からのプレゼントよ。あなたが今している小説活動、今すぐやめなさい」

「え?」

「時間の無駄よ」


 衝撃的な言葉を放ってきたのだ。


「無駄じゃ……っ」

「いいえ無駄よ」


 看過できない言葉に反射的に朗太が言い返す。

 しかしそれよりも早く妃恵が否定した。


「いえ、別にあなたの才能を否定する気はないわ。むしろ、良い趣味だとすら思う。でも『今のあなたにとっては』時間の無駄よ。凛銅君、高校生活は人生で一度しかないのよ。今は分からないかもしれないけど、あなたは今人生でもとても大事な、それでいて思い出深い時期にいるの。貴重な青春なのよ。それを小説なんてものに費やすのは時間の勿体なさすぎる。そんなの、いつかやればいいじゃない。言ったように良い趣味だし良い目標だと思うわ。でも今じゃない」

「いやでも!」


 その言葉を認めるわけにはいかない。

 朗太がとっさに何か言い返そうとすると


「そうか」


 妃恵は唇に曲げた人差し指をあてると首肯していた。


「あなた、姫子と一緒なのね……」


 ◆◆◆


 そんなこんなで、姫子の転校話は一向に改善の方向に進展していない。


「ふぅ……」


 時間の無駄だと言われたその日、朗太は自宅へ帰ると自室のベッドに倒れこんでいた。

 仰向けになり額と瞼の上にひんやりとした手の甲をあてた。

 指の隙間から真っ暗な室内の天井がのぞく。

 

 妃恵の言葉で心からは今も鮮血が流れ出ているように感じた。

 しかし、もうこんな痛みには慣れていた。

 そう、こんな趣味をしているので、打ちのめされることにはもう慣れっこなのだ。

 才能を否定されることは初めてではないのだ。

 こんな傷を受けることなど、初めてではない。

 身を割かれたように痛いが、こんな傷、すでに今までも幾重も負っているのだ。

 何かを目指し活動していれば、才能を否定されることの連続だ。

 

 だからこそこんな傷は耐えられる。

 そして今は何より姫子の問題には時間がない。

 だから、姫子の問題を何としても解決しないとならない。


「……どうする」


 暗闇の中で朗太は考えを巡らせ始めた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1巻と2巻の表紙です!
i408527i462219
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ