姫子転校編(1)
「助けてって、一体どういうことだよ……」
時はまだ、姫子が朗太に縋った放課後のことである。
姫子の依頼を受けて、朗太は目を見開いていた。
目の前には胸に手を置き、目を腫らした姫子がいた。
「実は私……転校させられそうなの……!」
そうして彼女の口から転がり出てきたのは、予想もしていなかった言葉だった。
◆◆◆
「転校……?」
朗太がその単語を繰り返していると、姫子はコクリと頷いた。
その光景に、小さく息を飲む。
「どういうことだ……?」
「は、話したことあったかしら。私が中学時代會月中にいたってのは」
朗太が消え入るような声で尋ねると姫子は腕を組み居心地悪そうに目を伏せた。
「會月中……。確かそんな話してたっけか」
記憶を辿る。
確か姫子や風華、纏が朗太の家に来た日、姫子は朗太の妹の弥生にそのような話をしていたような気がする。
私立會月中学校。
正確には私立會月中高一貫校中等部。
この近郊随一の学力を誇り、多くの富裕層のご令嬢、ご令息の通うエリート校である。
確かに今朗太たちが通う都立青陽高校も進学校で都立の中ではそれなりに高い偏差値を誇るが、會月はその比ではない。
エリート中のエリートが集まる学園である。
しかも多くの裕福な家庭のご令嬢、ご令息の集まるとあってその名はとても有名であった。
『私立のめっちゃ頭良い所じゃないですか!? なぜ青陽なんかに進学したんですか?!』
弥生も姫子が會月中から青陽に進学したことを知ってそんなことを言いながら大いに驚いていたと思う。
確か姫子は『色々あった』とか言っていた。
「でもどうしてそれが転校の話と繋がるんだよ」
「それは……、私が無理を言って青陽に進学させてもらったからよ。家から一番近い公立の高校に通わせて欲しいって言ったの」
「公立……」
そう言われても朗太には公立にこだわる理由が分からない。朗太が理由を問うと「なぜってそりゃこの活動のためよ」と、姫子は呆れて見せた。
「私は人助けをしたかったのよ。人の悩みを解決したいと思ったの。でも會月中には、私が思うような問題は、あまり無かったの……。だから……私は會月中を捨ててこの高校に来たの。あの学校は、私の活動をするのには平和過ぎたわ。だから公立ならもしかしたらって思って」
「公立への偏見がヤバいな……」
姫子の考えと大胆すぎる行動に朗太は嘆息していた。
確かにあらゆる属性を持つ生徒が在籍する公立中学に通っていた朗太からすると、同じような学力集団で固まった高校は争いごとがいささか減ったように思う。
別に学力が低いと問題が起きやすいというわけではない。
人と人とでいざこざが起きるとき、得てしてその背景に人物間での価値観の相違があるからだ。
だからこそ性格こそ千差万別だが同じような学力を有するという者の集まった高校では問題が減った。ある一定の、共通の背景を持つだけで、争いごとはぐっとその量を減らすのである。
そこに姫子の通っていた會月のようなお嬢様・ご令息の通う裕福な家庭出身という共通項目が加われば問題はさらに減るのかもしれない。
まして私立。公立よりも規律も厳しく事前に問題が起こりづらいような対応もしているはずで、問題も起こりにくいに違いない。
だからこそ生徒たちの問題を解決する。
姫子の活動がしづらいということは分からないでもない。
しかしその可能性にかけて転校までするのはやりすぎだ。
私立であろうと、お嬢様学校であろうと、きっと問題ごとはあるのだから。
「凄いなお前……」
「でも、実際に私の思惑通りになったわ……」
朗太が呆れて肩から力を抜いていると姫子は頬を朱に染めながら口を尖らせた。
「実際にお助け活動は軌道に乗ったし、前に比べれば争いごともとても増えたわ」
「そうか……」
ならば朗太から言うことは無い。
賭けに勝ち自分の願いがかなったのなら姫子も満足なはずだ。
そこにとやかく言うことは無かった。
「で、何でそれで転校って話が出てくるんだ?」
「そ、それは……」
朗太が核心を突くと姫子は言いよどんだ。
そして十二分に間を置くと、ようやく言葉をひねり出した。
「わ、私の学力が下がっちゃったからよ……」
◆◆◆
「学力?」
朗太が聞き返す。
「そ! 学力よ学力! じ、実は青陽に進学させてもらうときにママとバトったのよ。で、その時出された条件が全国模試で常に現在順位を保ち続けるってことで」
「それが落ちたから転校させるって話になっているのか」
「そ、そういうこと……。この前あったでしょ。全国模試。その結果があまり芳しくなくてね……」
情けなさや、不甲斐なさからか、姫子は再び目を伏せた。
確かに言われてみれば文化祭が終わった直後辺りに模試があった気がする。
朗太は乾いた風が流れ込む教室で思案した。
期末試験などの定期考査は本気を出す朗太だが共通模試などは現在どうでもいい朗太である。記憶の中かからも抹消されつつあったが確かにそのようなものがあった。
知りもしなかったが姫子はそのような模試に対しても全力で取り組んでいたらしい。
しかしそれが下がってしまった、と。
「どうして下がっちゃったんだよ……」
「そ、それは……」
朗太の問いに姫子は顔を真っ赤にした。
目が一気に艶やかに光り出し、忙しなく視線が右往左往する。
その変化に朗太が「?」と不思議そうな顔をすると
「と、とにかく!」
姫子は握りこぶしを作った手を後ろに突き出しながら言った。
「とにかく私は転校させられそうになっているの! 元居た学園の會月高に! ママのコネがあるから学期末なら枠を設けて編入できるのよ! それで何度も私も親に相談していたの!! でも、ダメで、ダメで! このままじゃこの活動も続けられなくなりそうで……! だから……!」
「だからここ最近体調崩していたのか……」
「……ま、まぁ……そうだけど……」
語気を強めて語るうちに一気に水っぽくなる姫子の語り口に色々と察するものがあり朗太が指摘すると姫子は口をすぼめてコクリと頷いた。
「はぁ~~~~~~~~~~~」
「……悪かったわね。こんな理由で体調崩して」
朗太が盛大にため息をついていると姫子はうなだれた。
しかし今の朗太に姫子を責めようという気は起きない。
「いや、良いよ。姫子なら、分からないでもないから」
今姫子が行っている活動。
そのためにわざわざ會月高にエスカレーター式で進学するのではなく青陽に進学した。
そのような博打を打ちつつようやく軌道に乗り様々な依頼が姫子の下に寄せられるようになった。だというのに、そのような環境を取り上げられる、今ある活動を中止に追いやられるとなれば、その活動のためにわざわざ進路を変更した姫子が体調を崩すのは分からないでもない。
それに姫子がいかにこの活動に熱を入れていたか、それを最も近くで見ていた朗太は知っている。
そんな彼女ならば、自分がその場にいなくなるかもしれない活動に参加するのはつらいに違いない。体調だって崩すだろう。
だが
「俺に出来ることなんて一緒に頼むことくらいだぞ……」
朗太が諦念しながら言うと「そうよね……」と沈痛な面持ちで頷いた。
姫子も今回の事件で朗太が目の覚めるような手が打てないことも予想していたようだ。
だがそれでも今回朗太を頼ったわけで
「それでも良いわ。朗太、今日私の家に付いてきてくれるかしら」
「良いぞ」
「まさか……私があなたに依頼することになるなんてね」
姫子は自嘲的に笑いながら朗太に依頼を出すのだった。
「気にすることじゃない」
言われた朗太はゆっくりと椅子から腰を浮かした。
そう、気にすることではない。
誰にだって挫折はあるのだから。
姫子と行動を共にし出し、朗太が遭遇した大きな依頼。
その第八の依頼は姫子の転校を阻止することだった。
というわけで姫子転校編開始です。
といっても7話で終わる予定です。(仮にも一応メインヒロインなのにサクッと片づけられるヒロイン)
また今回の問題で現在同時多発している姫子・朗太・風華の問題をまるっと解決する予定なので宜しくお願いします!(本当に出来るのだろうか……)
それにしても今youtubeに期間限定公開されているディスカバリーチャンネルのザ・秘境生活って面白すぎませんかね。ドはまりしています。




