生徒会役員選挙(5)
生徒会役員選挙前日、生徒会室は緊迫していた。
「どうする?! このままでは負けてしまうぞ!?」
東雲が校内新聞同好会の出した最新の投票先を示した記事を机に叩きつけ声を荒らげた。
そこには相変わらず明確な支持が無しが最も多いものの、支持層が明確にある層では田子浦 対 現生徒会 の比が2:1と示されていた。
3:2からさらに差が広がったのである。
「一体どうしたら……」と純恋川も机に突っ伏し頭を抱えていた。
しかし、すでに取れる手などない。
街頭演説合戦で劣勢だったので二番目に集客を誇る正門に、街頭演説の場所を切り替えた。
街頭演説の応援に、校内でも高い人気を誇る金糸雀纏を導入した。
しかし覆らなかった。
彼らには委員会活動に不真面目だった過去がある。
そういった噂がある。
だとしても彼らを選ぶというのがこの学園の生徒の下した結論だ。
だからこそ朗太はこれは受け入れるしかないと諦めていたのだが、彼女たちにとっては割り切れるものではないようで、生徒会に集まった彼女たちの視線が朗太に集まった。
「は~~」
そんな風に見られても困る。
朗太は頭を掻いた。
困り果てた朗太を横にいた纏が心配そうに見やる。
「街頭演説の場所も変えた。纏にも手伝ってもらった。新聞部にも記事を出した。でも生徒は彼らを選んだ。ならもう仕方ないだろ」
しかし彼女たちは譲らない。
じっと恨めしい目で朗太を見続けて、その様子に朗太は嘆息した。
そして朗太は苦し紛れに
「まぁ…………、もしこの状態をひっくり返すとしたら、明日の生徒会役員選挙での全校生徒前での演説で何かするしかないけど、演説一つでひっくり返る、そんなうまい話なんて……」
と、これからの案を考えだしてみたのだが
いや、あるな……。
そこでふと、ある可能性に気が付いた。
この状況を打開する手はないと思ったが、もしかするとあるかもしれない。
「先輩、何か気が付いたんですか?」
急に黙り込み考えだす朗太を、纏が下から覗き込んだ。
そう、まだ手はある。
朗太は纏を制しながら考え込んでいた。
生徒会の腐敗を訴える、彼らの支持を削り取る方法が。
「純恋川、明日の演説、誰からだ? 順番は、どういう順で演説するんだ」
「演説の順番ですか?」
朗太に震える声で尋ねられると純恋川は目を白黒させながら資料の中身を目で攫った。
「き、基本役職順だね。生徒会長から始まって、副会長、会計、書記、庶務の順で所信表明演説をするの」
「そうか」
ならば朗太の思いついた手は有効かもしれなかった。
「分かった、なら手はあるかもしれない。純恋川、お前は明日――」
そうして朗太が告げた方策は彼女たちにとっては衝撃的な選択肢で
「そんな?!」
「そこまでするのか?!」
純恋川や東雲は目を丸くし
「えぇ……」
と一年生たちは身を強張らせていたが、朗太にしてみれば、方法はそれしかない。
「でもこれしかないぞ」
朗太が追い詰めると、しばらくすると純恋川は悔しそうに
「……分かった」そう呟いた。
その後すぐに朗太は動いた。
今回の策を行うにあたって、あらかじめしておかなければならないことがあったのだ。
「何だよ急に話って」
放課後、朗太が二年の教室の前で待っていると、廊下の奥から田子浦が現れた。
姫子からその連絡先を聞いたのだ。
「いや田子浦に話しておくべきことがあったから」
事前にしなくてはならないこと。
それは『警告』だった。
「俺たちは明日の生徒会役員選挙、一つやろうと思っていることがある」
「それで?」
「それをするとお前たちにとって望まない結果になる可能性がある」
「で?」
「だから今からでも遅くないから生徒会役員選挙から降りることを勧めに来た」
朗太の説明に田子浦は大きくため息をついた。
「無理に決まっているだろ凛銅。今このタイミングで選挙から降りるなんて出来るわけがない」
確かにそれはそうだろう。
朗太は納得する。
「それに……」
朗太が黙っていると田子浦の怜悧な瞳が朗太に突き刺さった。
「現状選挙で有利なのは俺たちの方だ。お前のその言葉は脅しにしか聞こえないな」
確かにそれも、その通りだろう。
「そうか」
「だから答えは『ノー』だ。凛銅」
「分かった……」
警告はした。しかしそれを飲まないというのなら仕方がないだろう。
「そういえばこの前、田子浦は言っていたな。初期動機は関係ないって」
「それがどうした?」
ふとした調子で話し出す朗太に田子浦は怪訝な視線を向けた。
「あの言葉、変わりはないな……?」
「うん、あぁ」
「ならいい」
意味が分からないという風に適当に返す田子浦に朗太は告げた。
「その言葉、信じているぞ」
そうして朗太はその場を去り――
翌日、五限目。
暗幕のかかった薄暗い体育館に、全校生徒が集まっている。
これから生徒会役員選挙が始まろうとしているのだ。
多くの生徒がこれまでにない盛り上がりを見せた役員選挙、その演説で立候補した者たちがどのような演説をするのか楽しみにしていた。
そんなひそやかな興奮に包まれる体育館で選挙管理委員会の司会から
「まずは会長に立候補している純恋川さんから」
とマイクを受け取った純恋川は壇上で演説をし、その中で告げたのだった。
今回の生徒会役員選挙では生徒会の腐敗や私物化が問題視されたので――
「私たちは生徒会を『見える化』します!!」
と。
◆◆◆
「上手く、いったわね」
時はそれから流れ、生徒会役員選挙から数日後の投票結果発表の日であった。
放課後の教室には姫子と朗太がいた。
姫子はここ最近は体調こそ良くなさそうだが登校はしている。
姫子は配られた選挙結果の紙を眺めながら呟いた。
「田子浦たちは生徒会の腐敗を声高に指摘していた」
「だからこそ、会長になることが確定している純恋川が『生徒会の見える化』をぶち上げると、彼らの糾弾する矛先はなくなってしまう。そうなれば彼らの支持層の中でも彼らに投票しない者も出てくるし、支持が確定していない多くの人も生徒会側に票を入れる」
朗太が純恋川にいうように指示したことは簡単なことだった。
それは『生徒会の見える化』を公約に盛り込むことである。
具体的には今回の選挙で閲覧数を増やした校内新聞同好会の記者を会議の際などは席に呼んで生徒会サイドと新聞部サイド、双方で議事録をつけ誰にでも閲覧できるようにすること。
そして校内新聞に『首相動静』のように日々の生徒会役員の仕事をコラム形式で盛り込むことである。
そうすることで一気に彼女たちに票は流れ込み、朗太は依頼を達成したのだ。
「新聞同好会が権力にも逆らう団体であることは今回の選挙でも明々白々になったしな」
「それに新聞同好会は慢性的なネタ不足だもんね……。これは彼女たちにとっても好都合か」
そう、かつて朗太たちは新聞同好会の秘色にネタ不足でせっつかれたことがある。
ジャーナリズム魂に富む彼女たちにとってもこれは歓迎されるものだったのだ。
「つまりアンタは一気に二つの課題を解決したってわけ。生徒会からの依頼と、ずっと前に受けた新聞同好会からの依頼と」
「まぁ正確に言うのなら三つだな」
「三つ?」
知りもしないもう一つの課題に姫子は聞き返してた。
だがなんて事はない。
朗太は、いやきっと姫子ですらも、その問題には薄々気が付いていたはずだ。
「生徒会の腐敗だよ」
朗太が言うと姫子は目を見開いた。
「姫子も薄々気が付いていたろ。田子浦、彼らが指摘していた生徒会の腐敗、アレは間違った指摘じゃない。少なくとも俺はそう感じていた」
自分たちを慕う後輩を生徒会役員にしたい。
そのために姫子という外部の人間に頼ることは、やはり朗太には間違ったやり方のように感じられた。
それどころか彼女たちは最初こう言った。
『彼らに当選して欲しくないんです……』と。
正確には自分たちを慕う後輩を生徒会役員に『したい』ではなく、彼らに、自分たちとは違う人種に生徒会に入ってきて『欲しくない』と言った。
純恋川や東雲、彼女たちにとって、後輩の杜若たちの当選は二の次のようだった。
ことの本質は自分たちとは違う人間への拒絶だった。
少なくとも、朗太はそのように感じた。
彼女たちはただ自分たちにとって居心地の良い空間を守りたいだけだったのだ。
そして生徒会の腐敗を敏感に感じ取って、秘色たちも記事にしたのだ。
「だからこそ、『生徒会の見える化』これは彼女たちにとっても罰だ。これまでは和気あいあいと、温く仕事で来ていた環境に、新聞同好会っていう外部の目が入るのだから」
生徒会役員選挙前日、朗太は純恋川に『生徒会の見える化』を提案した。
勝つためにはそれしかないと。
だが彼女たちはすぐに朗太の提案を受け入れず、しばし苦慮した末に受け入れた。
あの間こそが、田子浦たちが指摘していた『生徒会の腐敗・私物化』がこの世界に表出した瞬間だったのだろう。
彼らはもしかすると選挙で勝つために口から出まかせを言っていたのかもしれないが、偶然にも正鵠を射ていたのだ。
そして
「田子浦っていうこれまで生徒会活動に参加していなかった人間が生徒会副会長になるってのは、彼女たちとしても身が引き締まる思いだろう」
そう、対立候補のいた選挙の結果だが、書記と庶務の座こそ、露草と瑠璃崎に渡ったが、副会長の席だけは田子浦が奪取する結果になった。
杜若は結局、選挙に負けてしまったのだ。
この結果を見越していたからこそ朗太は前日に田子浦に忠告しに行ったのだ。
お前にとって不都合な結果になるから選挙から降りろ、と。
街頭演説の人気ぶりから『生徒会の見える化』をぶち上げても、杜若 VS 田子浦 だけは田子浦に軍配が上がる可能性があるように感じたのである。
だからこそ朗太は彼に選挙の結果が彼らの望まないものになると告げに言った。
彼らは実績作りのために生徒会に入ろうとしていた可能性が高い。
もしそうならば、彼らにとっても『生徒会の見える化』はうっとうしいはずだ。
外部の目があると、サボることなど出来るわけもないのだ。
手を抜くことだって、すっぱ抜かれることを恐れてできないに違いない。
それもあり、純恋川が『見える化』を提案したのち、明らかに彼らは気勢に欠いだ。
『見える化』に伴い彼らのこれまでの口撃の対象を失ったのもそうだし、会長には対立候補がない。彼女が掲げた公約は実現してしまうのである。
となれば軽い気持ちで生徒会に入ろうと思っていた彼らにとっては歓迎できない事態だろう。もしかすると、それならば、生徒会に入りたくないと思うかもしれない。
結果として彼らの演説はこれまでの街頭演説とは違い勢いのないものになってしまった。
当然、田子浦もだ。
「生徒会の見える化で彼らは当選したくないに違いない。しかし、彼は当選して『しまった』」
彼の意思を無視し、これまで彼ら稼いできた人気が、票田が、彼の意思を無視し彼を副会長の席に送り込んでしまった。
校内新聞同好会という外部の目に監視された居心地の良くないその席に。
それを予感し朗太は警告しに行き、そして確認したのだ。
『この前、田子浦は言っていたな。初期動機は関係ないって』
『それがどうした?』
『あの言葉、変わりはないな……?』
その返事は肯定だった。
ならば彼には、初期動機とは関係なく馬車馬のごとく働いてもらうしかないだろう。
そしてこの結果を彼女たちも受け入れざるを得ないだろう。
なぜなら彼女たちは『自分たちと違う人種に生徒会に入ってきて欲しくない』とは口が裂けても言っていないのだから。
あくまでも彼女たちからの依頼は『不真面目な彼らが役員になって手を抜かれるのが何より困る』から助けてくれというものだ。
少なくとも『口では』そう言っていた。
少なくとも『建前』はそうだった。
ならば問題は解決だ。
朗太は『本音』は相談されていない。
だからこそ朗太はこのような選択をしたのだった。
だがここまで言っても朗太は分かっている。
先ほど選挙結果が出た生徒会の部屋。
一人だけ落選した杜若は酷く落ち込んでいた。
そう、今回自分がした選択が、根本的な解決になっていないことなど、分かっていた。
彼女たちが生徒会を志望した理由は分からない。
ここ数年は生徒会に入るものは事前に有志で生徒会活動に参加することが通例になっていた。
もしかすると彼女たちも受験に向けての実績作りが何よりの目的だったのかもしれない。
だとしたら田子浦たちとの差は、早いか遅いかでしかない。
しかしそのようなことは、朗太は分かりようも無いのだ。
少なくとも確かなのは、落選した杜若が落ち込んでいた、ということだけだった。
「まぁ総括するとそんな感じだな」
「そんなことまで考えていたの……」
朗太があらかたの説明を終えると姫子は目を伏せた。
「朗太、ごめんなさい途中で抜けちゃって。大変だったわね」
「気にするなよ、体調悪かったんだろ、今は大丈夫なのか?」
「うん、今は多少……」
姫子は心苦しそうに眉を下げた。
「朗太、アンタも大丈夫なの?」
「え、あぁ大丈夫だが」
「そう……」
朗太が答えると姫子は口をつぐんだ。
二人とも何も語らない時間が続く。
カッチコッチと時計がただ時を刻んでいた。
そして朗太がなんだこの空気はといぶかしんだ時だ
「あの……」
顔を赤く上気させた姫子は手を合わせ懇願したのだ。
「朗太が今大変なのはわかるんだけど、本当にごめん! わ、私もあなたに依頼させて……!」
姫子の口から出てきたのは依頼の言葉だった。
「え」
朗太が目を白黒させているうちに姫子は言い切る。
「私を助けて、朗太……!」
それが朗太の遭遇した第八の依頼だった。
朗太の下に舞い込んだ第八の依頼、それは茜谷姫子がもたらした。
と、いうわけで……次話以降、超ドテンプレ展開をします!
こういうもう何百回と見た展開はあまり好きではないのですがやらないわけにはいかず……(›´ω`‹ ) ゲッソリ
サクッと終わらせますので許してください。
宜しくお願いしますーーー。