生徒会役員選挙(4)
こうして始まったのは容赦のない非難の応酬だった。
純恋川に東雲、杜若、露草、瑠璃崎達五人が校内新聞同好会を訪れた翌日、
≪≪田子浦たちの本当の動機は推薦入試?!≫≫
という見出しが校内新聞を飾った。
内容は田子浦たちが推薦入試の実績作りのために生徒会に入ろうとしているという内容と、彼らがこれまで委員会活動に不真面目な態度で取り組んでいた事実を報じるものだった。
これに対し彼らは即座に対応。
≪≪田子浦反論 生徒会希望は学園是正のため!≫≫
翌日には昨日の生徒会発の記事を否定する見出しが躍り、再び生徒会の腐敗体制を指摘する内容の記事が載った。
これによる壁新聞への注目度はこれまでにないほど高いものとなり
「お前、何見てんだよ」
「壁新聞、ここ最近面白いんだよ」
という風に、多くの生徒がポスターの前で足を止めるようになった。
このような廊下や階段の踊り場などに貼ってあるポスターの前に数名の生徒が立つ光景はこれまでにないものであった。
これにより2年生のA~Dクラスの入る学習棟は二つに割れた。
田子浦たちの軽いノリなどを知る女子の多くは生徒会サイドの肩を持ち、男子たちの多くは田子浦たちを支持したのだ。
おかげでそちらの棟の雰囲気はあまり好ましいものではなく、
「なぁ、俺たち選挙立候補しているから応援よろしくな!」
「あ、あぁ……」
持ち前の人当たりの良さで田子浦たちが交友の薄い他クラスの男子生徒に声をかけながら廊下を歩いていると、すれ違った女子たちが彼らがいなくなった後で陰口を言うような光景もよく見られた。
また他の学年の生徒たちはというと、特段田子浦たちの実情をその目で見ていないことも関係しているのか、純粋に生徒会選挙への興味が高まっているという状態になっていた。
もしかすると、生徒会発の記事が出た翌日に田子浦たちが記事の内容を否定し、髪を黒に染め直し、校則に則った服装に切り替えたのも功を奏したのかもしれない。
そして知名度で劣る朗太たち陣営が玄関前で街頭演説を始めると、それに対応するように彼らも玄関前での応援演説を開始した。
「生徒たちが温かい輪で繋がる学園を作ります!」
という生徒会サイドの演説に対し
「新しい生徒会を! 新しい学園を作ります!!」
という田子浦や、長身の珠洲原、氷見の演説が重なった。
またこの街頭演説では応援が許されていたため
「杜若さんたちへの投票をお願いします!!」
「露草さんと瑠璃崎さんをぜひ応援してあげてください!!」
と純恋川や東雲や、3年生の現生徒会長である菖蒲栞奈などが応援に加わった。
だがやはり応援合戦で有利だったのは田子浦サイドだった。
なぜなら彼らは校内でイケているグループ、多くのリア充と繋がりがあるからだ。
「僕らへの投票を宜しくお願いしまーす!!」
彼らがそのように声掛けすれば、
「お、今日も頑張ってんね~~」
などと同学年のリア充男子が朝から元気に話しかけ
「おう、頑張ってるから応援たのむぜ!!」
などと騒がしく話し、他にも多くのリア充たちが彼らに声をかける。
おかげで多くの注目がそちらへ行く。
その上学園でも有名な生徒たちが応援演説にも入るのだ。
生徒たちは俄に始まった街頭演説合戦にびっくりしながらも彼らの前を通り過ぎるのだが、多くが田子浦たちのほうを見ている時間の方が長いように思えた。
見た目も派手でうるさいと意識を引くのである。
「……ッ」
自分たちにないものを見せつけられて杜若たちは悔しそうに唇をかんでいた。
また朗太たちにとって痛手なことがあった。
「今日も姫子さん休みだそうですよ」
「マジか」
それは姫子の離脱である。
朝早く、生徒会の選挙活動を手伝うために学校へ訪れると、すでに学校にいた纏にそう言われた。
「これで二日連続じゃないか?」
「そうですね。大事ではないと良いんですが……」
纏は心配そうに顔を曇らせた。
そう、ここ最近姫子の体調が思わしくないようなのである。
先日、校内新聞同好会の部室に行く前に、体調が悪いと言い出し離脱して以降、この選挙の応援活動に姫子は参加していないのだ。
そして放課後に早々と帰るだけならまだしも、昨日からは学園を休み始めた。
Eポストで連絡するも『ごめん、大事じゃないから』の一点張りである。
生徒会の応援が出来ないことに引け目を感じているようで、朗太に定期報告だけさせている状態である。
きっと事態が切迫したら体調が悪いのを押してでも応援に参加するつもりなのだろうと朗太も感じ、当たり障りない情報しか送信していない。
そしてこれに困ったのが朗太である。
これまで朗太一人で誰かの依頼を解決したことなどない。
何といってもこれは姫子が始めた活動で、自分は姫子の補助輪のような存在でしかないのだ。
何だかんだでこれまで色々とやってきたが、姫子という自転車を漕ぐ存在がいかに大きかったかを痛感した。
自分一人では、自分は何もできないのだ。
そうして朗太が姫子の離脱を受けてどうしたものかと悩んでいると
「先輩、私がやって来ましたよ」
「纏か」
放課後取り残され一人悩んでいると纏が廊下からひょっこり顔を覗かせていたのだ。
「実は姫子さんに頼まれたんですよ。自分が無理だからもし良かったら先輩を助けてくれないかって。風華さんはバスケ部があるので無理だからって」
「そ、そうか……」
これぞ渡りに船である。
サポート役があるのと無いのとでは雲泥の差がある。
自分一人では何も出来ないところだった。
「あ、ありがとう。恩に着るよ」
「欠片も気にしないでください。私、姫子さんに言われなくても助けるつもりでしたから」
纏は胸に手を置きながらそう言った。
頼もしい奴である。
そして当然話題は姫子の体調のことにうつり
「……にしても姫子の奴、体調悪いなんて珍しいことあるもんだよな。大丈夫なのかよアイツ」
朗太がため息交じりに言うと
「何言ってんですか先輩。姫子さん、ずっと体調悪そうにしていたじゃないですか」
何を言っているんだコイツと小馬鹿にした目で纏は朗太を見た。
「え?! そうだったか?!」
「はぁ~~~~~~~~。見るからに体調良くなさそうでしたよ」
驚いて朗太が目を剥くとでっかくため息をつきながらそう言う。
しかししばらくすると納得できたようで
「でももしかすると気が付かないのは仕方ないかもしれないです。先輩は今、手一杯ですもんね」
「そ、そうでもないが」
「いや、そうですよ」
纏は俯きながら腕を組んだ。
「だから私は心配してみてたんですよ。姫子さんも調子よくなさそうでしたし。だからいつでもサポートできるようにしてたんです。ま、結果だけ見ればさもありなんという感じですね。さ、行きますよ。生徒会の人とは生徒会室で待ち合わせしているんですよね?」
「ちょおま?!」
そして纏は朗太の手を取るとずんずんと生徒会室へ向かいだすのだった。
「てゆうかいつから姫子体調悪いんだよ!? てかいつから纏はそれに気が付いていたんだよ」
「文化祭終わってからしばらくしてからです。というか、姫子さんがこの依頼を『受けた時点で』調子が良くないことなんて分かっていたことじゃないですか」
事態についていけない朗太が連行されながら問うと、返ってきたのはそのような返事だった。
そういうわけで姫子は離脱しているのである。
朗太は澄み切った青空の下、朝から純恋川などに交じり小柄な体躯で声を張りあがる纏を見て思案していた。
この姫子の欠落は大きな痛手だった。
姫子はその活動や持ち前の社交性から校内に多くの知り合いを有する。
田子浦たちがリア充繋がりで演説に攻勢をかけるように、姫子がこの場に居れば彼女の力でもって巻き返すことが可能だったはずなのだ。
その持ち前の社交性を前面に押し出した、人との繋がりがパワーになる選挙の応援は、姫子の独壇場になるはずだった。
彼女ならそこらへんを歩いている知り合いに男女問わず話しかけ、生徒会に投票するよう促すことが可能だっただろう。
だが姫子は今はいない。
そして朗太にもそのようなスキルはなく、もし朗太の知り合いの中でそれだけの力を有するとするのなら、『二姫』の片割れ、風華ぐらいだが、今朗太は風華から避けられている。
このような状態で風華に頼ることは気が引けて、『二天使』の片割れであり、選挙の手伝いを買って出てくれた纏に頼っている状態である。
しかし彼女の交友関係は姫子や風華に匹敵するほどではなく、苦戦しているというわけである。
「どうしよう、このままじゃ……」
昼休み、生徒会室に集まると杜若たちは目を赤くしながら落ち込んでいた。
選挙の日が着実に近まるにつれ、自分たちが劣勢であるということが嫌でも分かるのである。
校内新聞同好会が行った事前調査では(手当たり次第にどちらを支持するか生徒たちに聞いて回ったらしい)、どちらでもないが最も多かったらしいが、どちらに投票するか答えた票数だと、田子浦サイド:生徒会推薦サイドだと大体3:2くらいで田子浦たちがリードしているのだ。
しかも昨日同じことを行ったところ、さらに差が開いているという。
これには純恋川たちも困り果てていて
「とりあえず演説する場所を変えよう。直接対決じゃ分が悪い」
朗太はそう提案するぐらいしか手がなかった。
こうして朗太たちは下駄箱の前ではなく、最も多くの生徒が登校する正門前で街頭演説をすることにしたのだった。
またこれに伴って朗太は教室で津軽に絡まれていて
「今回は朗太と言えども、敵同士だわ」
とニシシと笑いながら敵対宣告を受けていた。
「わ、分かった……」
朗太が面白くもない返事を返していると教室の奥から津軽と親交の深い瀬戸や周防がこちらをじっと見ていた。
またこれは完全に偶然なのだが、朗太が今回の件で生徒会と計画をつめて完全下校時刻間際にふらふらになりながら下校しようとしていると、田子浦たちが廊下の奥から歩いてきた。
何とも気まずくてとっさに朗太が柱の隅に身を隠すと彼らは朗太の存在に気が付かなかったようで、もう誰もいないと油断している廊下で
「にしても推薦一つのために大変すぎんな」
「まぁしゃーねーよこればっかりは」
「というかもうちょっと上手い手は無かったのかよ。めんどくさすぎんぞ。髪も黒染めなきゃいけねーし」
とぶちぶち愚痴を言いながら去って行った。
それを聞いて、朗太にやるせない気持ちが込みあげた。
鬱憤や、諦念などの感情が混ざり合う。
結局彼らも本心では生徒会活動などどうでもいいのである。
だが月日は朗太はそれら感情のはけ口を見つけるのを待たずに進む。
「私たちに投票をお願いします!」
「どうか清き一票を!!」
「皆! 俺たちに投票してくれ!!」
「副会長に田子浦を宜しく!」
選挙演説は日に日に熱を増していき、
「大丈夫か、姫子」
「あー大丈夫。大したことないわ」
「大丈夫じゃないだろ。目のクマ凄いし……。お前、まだ参加しなくて良いぞ」
「ごめん、助かる……」
姫子が学園に復帰したがやはり完全回復には程遠いらしく、しばらくは活動を休止することになった。
それもあって朗太と纏の二人で今回の一件は続けているのだが、気が付けば生徒会役員選挙、前日になっていた。
役員に関することは全て、明日決まるというところまで来ていた。




