生徒会役員選挙(3)
≪≪生徒会選挙出馬は腐敗是正のため?!≫≫
壁新聞はそのような見出しで始まっていた。
「腐敗是正……?」
「どういうことだ?!」
その文字を見て純恋川は顔をしかめ、東雲は眉を吊り上げた。
壁新聞には以下、このように書かれていた。
――先日、我が校内新聞サークルに現在生徒会役員選挙に立候補している田子浦よりインタビュー依頼が入ったため、これを機に、彼らの立候補の意図に迫っていこうと思う。
「宜しくお願いいたします」
「宜しくお願いします!」
私、秘色奏が挨拶をすると田子浦は朗らかに返した。
場所は校内新聞サークルの部室である。
「では早速質問なのですが、どうして今回田子浦君はインタビューなんて依頼されたんですか?」
「僕たちの立候補した理由を多くに知ってもらうためですね」
田子浦は前のめりになりながら語り始めた。
「ではその理由を教えていただけますか?」
「僕たち、田子浦、珠洲崎、氷見の三人が同時に立候補したのは、ズバリ、生徒会の『刷新』ですね」
「刷新……」
私が呟くと田子浦はゴクリと生唾を飲み込み、大きく目を開いた。
「はい、『刷新』です。実はもうご存じかとは思いますが、ここ数年の生徒会役員選挙は定員に対し定員通りの立候補者が揃う状況が続いています。秘色さん、それがいつから続いているか知っていますか?」
それは私が深く考えてもいないことだった。
分からず首を振る。
「実に6年です。つまりこの学園ではそれほど長い間無投票当選に近い状態が続いていたんです。まぁ信任するかどうかの投票は行いますが、まず間違いなく信任されますからね。で、ここで更に質問です。それほど長い間無投票当選が続いた組織はどうなるでしょう」
あらぬ疑いが脳裏を過る。
しかし言葉にするのも躊躇われ首を再び横に振ると
「組織の私物化です」
田子浦は断言した。
「ここ最近では空いた枠に、以前から生徒会活動の有志を行っていた者が入るケースが横行しています! ですがこれは事前に生徒会にとって都合のいい人物を篩にかける行為に他なりません! 現に生徒会に立候補しようとしても生徒会の有志活動に従事していないので手を上げづらいという空気が醸成されています! これは由々しき問題です!」
「だからこそ、立候補した、と」
「はい。私たちは生徒会に新しい風を入れるために立候補したんです! むしろ立候補したこと『自体』に価値があるんです!」
「なるほど。そういった経緯があったんですね。学園を良くしようという意思は頼もしい限りですね。では話が変わりますが生徒会を刷新するといっても、他にも生徒会役員になった際、行いたいことがあると思います。具体的に何か生徒会役員になった際に行おうと思っていることはございますか?」
それまで闘志に燃え硬い表情をしていた田子浦だが、これからのことを尋ねると途端に顔が綻んだ。
「そうですね、僕はこの学園で多くの大切な友人に出会えました! その輪をもっと広げられるようなイベントなどを作れたら良いなと思っています! 具体的には昨今ソシャゲが人気ですよね? なので──」
その後もみるみる学園の改訂の話が出てくる。
数年ぶりの対立候補のいる生徒会役員選挙だが、彼らは席を確保できるのだろうか。今後も生徒会役員選挙から目が離せない――
以下に田子浦の選挙公約を記す。
〇 ソシャゲを利用したイベントの開催
〇
などと選挙公約が書かれた後、デカデカと田子浦の写真が載っていた。
これに怒ったのが当然――
「私物化ですって?!」
「こんなこと言うことなくない?!」
現生徒会のメンバーと杜若始め一年生の立候補者だった。
彼女たちはヒステリックな叫び声をあげていた。
「どの口がそんなこといっているのよ?!」
「生徒会活動に事前に従事していたものが立候補し当選するケースが横行しているって、生徒会に興味がある人が事前に活動に参加するなんて当然じゃない!」
「しかも是正だなんだでまかせ言っているけど本当のところは受験のためなんですよね?! 信じられません!」
皆口々に彼を罵っていた。
またこれに懸念を感じたのは姫子も同様で
「朗太」
青筋を立てて怒る彼女たちを前にしながら神妙な顔つきで朗太に言った。
「――ちょっと田子浦に会いに行くわよ」
というわけで朗太たちは二年生たちの教室の入る三階の廊下にいる。
放課後の廊下は閑散としていて、話す声が良く響く。
「会ってどうすんだよ?」
「どういうつもりか聞くのよ。新聞だけじゃ何も分かんないでしょ」
柱の隅に隠れながら問うと返ってきたのは案の定の答えであった。
何はともあれ本人と話してみる。
姫子が大事にしている問題解決のプロセスの一つであった。
姫子はその広い交友網で相手を対話のテーブルに引きづりだす。
今回も例に漏れず、しばらくするとガランとした廊下に足音が響いてきて、柱から身を出すとそこには田子浦樹がいた。
今回、副会長の席に立候補している、杜若とその席を争う男である。
「なんだよ、やっぱそういうことなのかよ」
ウェーブする茶髪を掻き揚げヘアバンドで留めた田子浦は朗太たちを見ると現状を理解したのかため息をつきながら首をゴキゴキと鳴らした。
「茜谷さんに呼び出されたからもしかしたらって期待したが、案の定か。初めまして茜谷さん、それと、凛銅、だよな噂の」
田子浦の胡散臭そうな者を見るような目で朗太を見る。
「どうして呼び出されたかは分かっているわね?」
朗太が軽く会釈していると姫子は早くも対話を開始していた。
「まぁタイミングからして生徒会選挙だろうなぁ。あいつらは茜谷さんに頼み込んだか。やることがやっぱりコスイよな~」
田子浦は困ったようにヘアバンドで纏めたあげた髪をガシガシ掻きあげた。
「そう思うだろ。お前たちも」
「彼女たちが誰を頼ろうと彼女たちの勝手よ。あなたが友人たちに自分への投票を促しているのと同じようにね。問題なのはコレよ」
同意を求める田子浦に姫子は取り合わない。
姫子は印刷しておいた壁新聞を指し示した。
「私物化とか腐敗とか、好き放題言ってくれているじゃない?」
「だが事実だろ」
噛みつく姫子に田子浦はそっぽを向きながら頓着せず言い放った。
「生徒会役員選挙は長年にわたり無投票当選状態だ。だとしたら組織の腐敗がないとなぜ言い切れる」
「なぜも何も証拠がないでしょ」
「いや証拠はある。正確には、腐敗を匂わせる事象が今まさに発生している。何かわかるか。――お前たちだよ」
朗太たちが黙っていると田子浦は朗太たちを見据え得意げに断言した。
わずかに口角が上がる。
「なぜ彼らは生徒に立候補の自由が認められ、生徒たちの自由投票で決まることが決まっている生徒会役員選挙の結果を操作しようとしている? それは生徒たちの信任を得て生徒のために働く生徒会という組織の生徒たちへのあるまじき裏切りじゃないのか」
「それは――」
「お前たちが受験のために生徒会へ入ろうとしているからだろ?」
意外に弁のたつ田子浦の論戦能力にたじろぐ姫子に朗太が助太刀した。
「聞いたぞ。田子浦たちが推薦の実績作りのために生徒会に入ろうとしているって。しかも珠洲原なんかは委員会活動のさぼりの常習犯だそうじゃないか。田子浦たちも委員会活動も別に真面目ではないという情報も既に入ってきている。そんな生徒会を実績作りの道具としか見ていない不真面目な生徒たちが生徒会に入ろうとしてきたらサボられたらどうしようって危機感を抱くのは当然だ」
「ま、まぁ……、確かにそうかもな。だが俺が、俺たちが実績作りのために生徒会に入ろうとしているって話だが、それは本当に俺が言った話なのか? 噂話じゃないのか?」
朗太のそのものずばりの指摘に田子浦はわずかにひるんだ。
どうやらこの場は噂話ということで煙に撒くつもりのようだ。
しかし大地から既に情報の裏付けをした朗太はこれを許さない。
「確実な情報筋だ。お前は間違いなく過去に生徒会立候補の動機を受験のためと言っている。それにお前が生徒会腐敗の匂いを感じる事案を指摘したように、俺もお前の生徒会志望動機が学園への恩返しでもなく、体のいい実績作りなのではないかと匂う事項を指摘できる」
朗太もまた田子浦を見据えた。
「田子浦、お前は生徒会腐敗を正すために、生徒会に立候補したと言ったな。なら、なぜ『副会長』なんだ」
田子浦が瞠目する。
それは朗太が田子浦の記事を読んで感じていたことだった。
「不正を正すなら『会長』で良いんじゃないか? それはまるで『副会長』なら『会長』ほど大変じゃなくそれでいて箔がつくから立候補したようにも見えるぞ。会長候補で重なると選挙が厳しいというのもあるかもしれないが、生徒会の不正を正すと言いながら会長に立候補しないのは意識が低いように見えるしな。加えてここにさっきの噂だ。疑いも当然だろう。で、どうなんだよ、田子浦。お前は受験のために生徒会に入ろうとしたんじゃないのかよ」
朗太の追撃に田子浦は何も言えなくなっていた。
そしてしばらくすると観念したようには~っと大きく息を吐きだし
「あれは失言だったな。またあいつに怒られる」
「あいつ?」
「こっちの話だ」
と朗太には分からない呟きを残すと、あ~~だとか、う~~だとか唸った後、
「あ~~~~、でだ、凛銅。その話だが………………、嘘だ」
苦しい言い訳を言い放ってきた。
おい。
朗太はダラダラと脂汗を流しながら必死で嘘をつく田子浦に心の中で突っ込んだ。
浅はかすぎるだろ、と。
また当然田子浦も苦しいことも自覚しているようで震えそうになる声を必死に抑えながら
「俺は、そんなことは言っていない。きっとお前のその情報筋って奴が嘘をついているんじゃないか……?」
「苦しすぎないか……?」
「は~~~~~! うっせーよ」
必死に取り繕っていたのだがしまいには頬をわずかに赤く染めながら白状した。
「だが凛銅。俺は思うんだよな。動機なんてのは問題じゃないってな。初期動機がどうあれ、為すことを為せばいいってな」
それは朗太も思うところであり、朗太は何も言い返さなかった。
◆◆◆
「で、お前はなぜあんな記事を出したんだ」
それから朗太たちは新聞同好会の部室にやってきていた。
部室には部長である眼鏡をかけた少女である、秘色奏と他数名の部員がいた。
姫子は体調が芳しくないということで帰っている。
「そりゃインタビューの依頼が来たからですよ」
朗太が尋ねると何を当たり前のことを聞くんだという感ありありで答える。
秘色は欠片も悪びれていなかった。
「だがあの腐敗だ何だってのはやりすぎだろ」
「でも実際そういう風になっていてもおかしくないじゃないですか。実際に無投票状態は続いていたわけですし。だから書きました」
そこを突かれるとなかなか痛い。
朗太は話題を変えた。
「で、あいつらが受験に関してはどうすんだよ。お前知ってんだろ。あいつらが受験のため生徒会選挙に立候補したことも、別に委員会活動に熱心じゃないことも」
「あ~、それは敢えて抜きました」
「なぜ」
「1つは記事の方向性の関係ですね。2つ目が次の新聞のネタはそれで行こうと思っていたから。で、3つめが……」
茶目っ気のある瞳が朗太を捉えた。
「あのような記事を出せば対抗の記事を出してくれって依頼が来ると思いました」
危ない橋を渡るなこいつも。
朗太は計算高い秘色の策にため息をついてしまった。
「じゃぁ喜べ、その依頼だ」
朗太が言うと背後の部室のドアががらりと開いた。
そこには純恋川に東雲、杜若たちが立っていた。
「彼女たちの話を記事にしてくれ」
彼女たちきっての依頼である。
朗太たちも記事にて反撃するのだ。
次話は9/27(水)です。宜しくお願い致します。




