生徒会役員選挙(1)
文化祭が終わり体育祭も終えた。
月日は流れ11月。
木枯らしが吹き肌寒くなってきたころ。
ここ最近は姫子への依頼もないようで朗太が今日は早めに家に帰り小説に精を出そうとしていた時のことだった――
「朗太、依頼よ」
帰りのSHRを終えたばかりの教室で姫子は朗太の下まで寄ってくるとそう言った。
「あとで生徒会室まで来て」
◆◆◆
そういうわけで朗太達の下に舞い込んだ依頼は生徒会の案件だったわけだが、生徒会室まで来ると、そこには姫子を除いて五人の女子が座っていた。
長さに違えがあれど、皆、黒髪である。
「で、何なんだよ」
このように多くの少女に見られると普通に焦る。
朗太が亜麻色の髪を持つ姫子に問うと姫子は何でもないことを言うかのように告げた。
「今回の依頼は生徒会選挙の選挙活動よ」
すぐそこの窓辺で鳥が羽ばたいていく。
「朗太、この子達を生徒会選挙に当選させるわよ」
第7の依頼。それは生徒会選挙の選挙活動だった。
◆◆◆
「当選?? アレ、生徒会選挙っていつも定員ぴったりで、形だけの選挙しているんじゃなかったっけ?」
姫子の説明に朗太は思わず聞き返していた。
生徒会役員選挙では去年、定員五名に対し五名が立候補していた記憶がある。
また毎年、そのような状態が続いているとも聞いていた。
雑務でしかない生徒会業務をやりたがる者など多くは無いのだ。
「今年は違うんですよ」
しかし今年は違うようで朗太の問いに一人の少女が立ち上がった。
「私から説明しますね。えーっと……凛銅、さん」
わずかにウェーブのかかった黒髪をした、どことなく奥ゆかしい、いかにも生徒会っぽい少女だった。現生徒会副会長で、当然朗太も知る人物である。
名を純恋川愛奈。
同じ文科系少女だと、どちらかというと紫崎優菜系の少女で、言い換えるのなら新聞部同好会の秘色奏とは対照的な印象の少女である。
「凛銅さん。私は2Dの純恋川愛奈といいます。今は――、知っているかもしれませんが副会長をしています。……で、実は今年の生徒会選挙、副会長、書記、庶務の席に対立候補がいるんです」
生徒会は会長、副会長、会計、書記、庶務の五枠にて構成される。
つまり3枠で対立選挙が起きているというのである。
純恋川はごくりと生唾を飲み込み切り出した。
「凛銅さん、田子浦くんって知ってる?」
「田子浦? あぁ、2Bの元気な子?」
田子浦、それは朗太も名を聞いたことのある2Bのリア充グループの一人であった。確か茶髪でヘアバンドを付けたおしゃれな人物である。
「うん、その田子浦君。実は彼と彼の友達たちが副会長、書記、庶務の席を狙って立候補しているの」
「あぁ~~~! そういえばそんな話、うちのクラスの津軽達がしてたな……」
朗太は今更ながらクラスで見聞きした話を思い出していた。
我がクラスの中心人物、瀬戸基龍に津軽吉成たちを擁する陽キャグループが休み時間そんな話をしていた。
瀬戸や津軽以外にも、彼らと距離を置く陸上部の高砂日十時や桑原春馬や、多くの女性から人気を勝ち得るクラス委員の宗谷誠仁に加え、茜谷姫子とつるむ謎の男、凛銅朗太(自分)がいるせいもあり、クラス内カースト? 何それ美味しいの? くらい曖昧模糊で、緩やかに形成されている我がクラスだが、確実に朗太のクラスにもクラス内カーストが存在し、クラスの中心たる中心グループは存在しているのである。
そして陽キャ集団はクラス内の関係のみにあらず、彼らはクラス外にも多くのリア充仲間を有するのでそこからの情報が上がってくるのである。
そして先日津軽達はそのリア充ネットから吸い上げられた情報である2Bの田子浦たちが選挙に立候補したという話をしていて、友人たちに投票するように促していたのだ。
「2Bの田子浦と珠洲原と、氷見だっけ?? 立候補したの?」
「はい……」
朗太が立候補したと聞いた三人の名前を挙げると、純恋川が沈痛な面持ちで頷いた。
「でも私たちは彼らに当選して欲しくないんです……」
◆◆◆
「当選して欲しくないって、投票するのは生徒たちだぞ?」
自分のところの生徒を『当選させたい』、ではなく、彼らに当選して『欲しくない』。
そこに言い知れぬ違和感を覚えつつ朗太は尋ねていた。
朗太には彼女たちが彼らを拒否する理由が分からない。
「そうだけど、私たちはあの人たちに生徒会に入ってきてほしくないの……」
「どうして……?」
「あ、あまり真面目そうじゃないから……」
真面目そうじゃないって……。
つっかえながら返ってきた返事が幼稚過ぎて朗太は言葉を失ってしまった。
真面目そうじゃない、というのも彼女の勝手な印象であり、もし真面目ではなくとも彼らが生徒会に入れるかどうか決めるのは生徒たちである。
それを自分たちの印象だけで裏から排除しようとするのは邪悪な行いのように思われた。
だが事情は、朗太が思っている以上に複雑なものらしく
「しかもあいつらが生徒会に入りたいのは受験のためなのよ。そんなの許せる?!」
耐えきれなくなったのか純恋川の奥に座っていた長髪の少女が机をたたきながら立ち上がった。
そのきつい目をした少女は純恋川愛奈同様、朗太も既に知っている顔だった。
名を東雲寧々《ねね》。現生徒会で会計をしている少女で、確か純恋川と同じく2D所属だ。
「受験……?」
「そ、受験よ。あいつらは大学受験で生徒会をしていたという看板が欲しいだけなの」
「AO試験とかを狙っているってことか? 今から受験のこと考えているって凄いな」
「そこは感心するところじゃないでしょ……」
朗太が素直に感心していると姫子が呆れていた。
しかし今から受験のことを考え動き出している彼らは朗太からするととても立派である。
「でもAO試験て、副会長とかしたところで意味あるのか?」
「確かに大した意味はない。でもこれまで彼らは委員会活動もさして真面目にやっていない。部活動も同様だ。ならば生徒会をしたかどうかというのは彼らとしては大きな違いがあるのだろう。それに……」
東雲は吐き捨てた。
「……彼らが価値があると思っているのなら仕方ない」
それは確かに言えていることである。
「じゃぁそのことを彼らに伝えてみたらどうだ?」
「既に伝えたさ。でも……」
「効果はなかったよ。立候補しようとしているって話を聞いた時点で話をしに行ったけど、彼らは立候補したから」
「なるほど……」
生徒会に参加していたことが大した意味がないことを知りつつ、それでも自らのディスアドバンテージを解消するために生徒会に入ろうというのならば仕方がないだろう。
しかも
「生徒会に入りたい。『生徒会』という箔だけ求めて入った場合、クオリティの低い仕事をしてくることなんて目に見えているってわけか……」
「そうなんです。そこが何よりの問題なんですよ。珠洲原君なんて、委員会活動をよくサボるって聞くし……」
純恋川は不満げに唇を尖らせた。
生徒会活動など雑務の山だ。それを生徒会に入れればそれでいい、すでに目標達成済みの、後はもうどうでもいい彼らが完成度の低い仕事をしてくることなど目に見えていて、そうなれば同じ生徒会のメンバーはたまったものではないだろう。
それは直接、他の生徒会員の負担増を意味し、これまでの生徒会活動の崩壊を意味する。
朗太はため息をついた。
「生徒会に入るのがそもそも受験のためっていう情報の真偽は」
「確かな情報、だと思う。彼らがそういった理由で入ろうとしているって噂が流れてきたから。話に行ったとき否定しなかったから、多分そうなんだと思う」
「でもそんな邪な理由で参加しようって奴に投票する奴なんているのか?」
「確かにそうだけどね。でも朗太、生徒会選挙なんて有名人選挙みたいなところあるでしょ。それに彼ら、この前の弁天原とかほどではないけど、有名人ではあるし」
「まぁ確かに」
生徒会は別に大きな権力を有しているわけではない。
マニフェストで変えられる範囲なんてほんの少しだ。
だからこそ生徒会選挙に関心のある者などほとんどいないのだ。
それもあって生徒会選挙は多くがその者の知名度と、その場の雰囲気で決まる。
それは朗太も中学時代の生徒会選挙で経験したことのあることで、そういったあいまいな状態では、時に『知名度』とは恐ろしいほど強力な武器となり、もし知名度勝負になった場合――
「彼ら相手は厳しくて……」
朗太は純恋川、東雲と反対側に座り俯く少女たち三人をチラ見した。
上履きの色からして一年生。
きっと彼女たちが今年の選挙で副会長・書記・庶務に立候補しているのだろうが彼女たちを朗太は知りもしなかった。
だが田子浦に珠洲原に氷見。
彼らは津軽達と交流がある通り、多くの者がその名を知る有名人だ。
同学年ということもあり朗太ですらその名を知っていた。
同学年には悪評も伝わっており女性票の獲得は難しいかもしれないが、男性陣からは多くの人気を博す。他学年にも悪評までは知らずともその名を知るものをは多くいるだろう。
何より彼らには華がある。
もし知名度とその場での印象勝負になった場合、彼女たちは苦戦を強いられることになるだろう。
そして――
「もし生徒会に入られようものなら、他の生徒会メンバーが被害を受ける可能性が高い、と」
「そういうこと」
朗太が一人総括していると壁に背をもたせていた姫子が沈痛な面持ちで肯定した。
「で、だからこそ純恋川たちはそこの子たちを生徒会役員にしたいってわけか」
朗太は一年生の少女たちを眺めながら確かめた。
「この一年生たちが彼らと副会長と書記と庶務の席を争っているんだよね?」
「うん」
純恋川はこくりと頷いた。
「この子たちはこれまでも生徒会活動を有志で手伝っていてくれた子たちなの。というかここ数年は生徒会役員になりたい子は事前に有志で参加することが通例で」
「私たちは以前から生徒会に入りたいと思って有志で活動に参加していたんです!」
「あんなぽっと出の人たちに負けたくありません!」
純恋川がちらりと一年生たちを見ると、彼女たちは口々に自分たちの意見を主張した。
確かに一年生の彼女たちからしたら急に生徒会に立候補してきた、『生徒会』という箔にしか興味のない連中に先を横取りされるのは業腹だろう。
そして純恋川や東雲、現生徒会メンバーで、来期はそれぞれ『会長』と『会計』に立候補していて来期も生徒会になることが確定している彼女たちも、意識の低い田子浦たちの生徒会参加は困り果てるものなのだろう。
……仕方がないな。
最初こそ、違和感を覚えた依頼だったが、実情を聞いてみると彼女たちの心情は非常に良く分かった。
だからこそ
「そういうことなんです! だから助けてください! 茜谷さん、そして凛銅君!」
あらかたの説明を終え純恋川は頭を下げられ
「分かったよ。なんとかしてみよう」
「そうね」
朗太達は依頼を受けることを決めたのだった。
生徒会役員選挙は既に二週間後に迫っていた。
物語の進行上仕方なく複数名ネームドキャラを出しましたが、田子浦と純恋川、そして田子浦と同じ副会長の席を争う杜若(未出)だけ名前を覚えれば済む物語になっています。
だから他の名前は忘れて貰って良いですよ!
宜しくお願いします!




