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体育祭編(1)

 


 ◆◆◆

  

 結局自分は、何よりも『自分自身』に鈍感だった。

 きっと、そういうことなのだろう。

 全てが終わったのちに、こうして見返すわけだが、起きていた事象は全て一目瞭然であった。

 しかし当時の自分には気が付くのが難しく、また、自分の周囲で起きている変化にも、意識を向け切れていなかった。

 だからこそ思う。

 申し訳なかったな、と。

 自分を気遣っていてくれた人にも、自分が気が付いてあげられなかった人にも、心から申し訳なかったと思う。


◆◆◆


「今日は風華さんとは敵同士ですね!!」


 その日はからりと晴れた秋空だった。

 紅葉したイチョウやもみじが校庭に色を添える中、胸を張る纏は頭に赤い鉢巻を巻き張り切っていた。

 今日は何を隠そう都立青陽高校の体育祭なのだ。

 校庭ではがやがやと多くの生徒が自分の椅子を持ち移動していた。

 体育会系リア充の二大祭典の球技大会と体育祭のうち、うち片方がやってきてしまったのである。


「アンタは、楽しくなさそうね」

「そりゃな」


 例年、A~H組のうちどの組が赤組になるか白組になるかはくじ引きによって決まる。今年はA・B・E・H組が白組、C・D・F・G組が赤組なので2Eの風華のみ白組なのである。


「ふふふ、敵うかな? この私を擁する白組に」


 風華は白い鉢巻を巻きぎこちない笑みを浮かべていた。

 その笑みは喚く子犬を持て余すかのようでもあった。


「それと先輩は足引っ張らないで下さいね」

「任せろ。大した競技に出るつもりはない」


 纏に言われ同じく赤い鉢巻を巻いた朗太は頷いていた。

 青陽高校の出場競技は挙手制だ。一人三競技は必ず出場し、足りない分は挙手制で決めていくのである。当然朗太は必要最低限の出場に留めた。


「でも朗太、大縄跳びは大丈夫なの?」


 朗太の返事に横で腕を組んでいた姫子が眉を顰めた。学校指定の体育着の上に赤色のジャージを羽織る姫子は何とも様になっていた。爽やかな風の吹く秋空の下、亜麻色の髪が輝き、ハーフパンツの下からはすらりとした足が伸びる。


「大丈夫だ、その点も抜かりない」

「何でよ。アンタ、明らかにこういうの本番に弱そうじゃない」

「あぁこの手のタイミング系の競技の本番には弱いな。だがもしひっかかっても速やかに移動し自分がミスっていないように見せかけることは出来る」

「いやそこに情熱注ぐくらいならみっちり練習してきなさいよ!」

「そこで機敏な動きを見せるくらいならそもそも引っかからないでください……」


 朗太の斜め上なリスクマネジメントに姫子と纏は眉を顰めた。

 しかしこのようなケアが肝要なのだ。

 中学時代もクラス対抗の大縄跳びが行われたがよく誰が引っ掛かったか迷宮入りする事件が起きた。白状するが3割が朗太が原因で7割が他の犯罪者の仕業だ。このようなケアなおかげで朗太はクラスメイトからのバッシングを回避することが出来たのだ。

 朗太が実体験をもとに力説すると


「きっとばれてたと思いますよ先輩」

「皆言うに言えなかったのよ朗太……」

「え?! それマジ?!」


 新仮説を提唱され、朗太は度肝を抜かれていた。

 それからほどなくして集合の号令が響き体育祭は開始された。


「「僕たちはスポーツマンシップにのっとり正々堂々戦うことをここに誓います!」」


 開会式の選手宣誓では赤い鉢巻をした瀬戸基龍(せときりゅう)と白い鉢巻をした江木巣(えぎす)フルヤが壇上に立っていた。


「(瀬戸君、やっぱりカッコいいよね!)」

「(しかもいまだにフリーなんでしょ?? 私も立候補しちゃおうかな?)」


 壇上に立つ精悍な顔つきをした剣道部の学年一のイケメンに、生徒たちの間ではひそやかな興奮気味な囁き声が聞かれた。


 あいかわらずあいつはモテるな。

 

 今日も女生徒の視線を一身に集める瀬戸に朗太が呆れていると


「(というか江木巣君もやっぱりイケメンよね)」

「(でも彼はもう彼女いるから。ホラ、あの遠州って子)」

 と噂話をされていて、当の同じクラスの遠州は恥ずかしいのやら、心配やらで、顔を赤くし俯いていた。


 そして開会式を終えればいよいよ体育祭の始まりである。


「頑張ってー!!」

「コラー!! 吉成(よしなり)ー! 負けんなー!!」


 観客席からは生徒たちの声援が轟き、校庭では多くの生徒が汗を流しながら、時に転んで土塗れになりながら走り回っていた。

 徒競走でクラスの中心人物である津軽吉成(つがるよしなり)が出場するとなると2Fの観客席から柿渋(かきしぶ)たちの声援が飛んだ。


「なんだ、暇しているのか朗太?」


 大地の競技参加も重なり朗太がクラス席でポツンとしていると誠仁(せいじん)がやってきて朗太の横に座った。

 宗谷誠仁(そうやせいじん)、2Fのクラス委員であり、実は堀の深い顔で多くの女性ファンを獲得する隠れイケメン系真面目メガネである。

 

「うん、俺出るの台風の目と綱引きと玉転がしだから。当分出番ない」

「そっか」


 朗太の返事を適当に流すとどっかり座り込んだ誠仁は口を開いた。


「大丈夫か、朗太?」

「大丈夫? そりゃぁ…………大丈夫だぞ?」


 訳の分からないことを言う誠仁になんだと目を上げるとそこには心配そうなまなざしをした誠仁がいた。


「大地から聞いたぞ文化祭のことを」


 誠仁の告白にハッとする。誠仁はこの前の件をあらかた知っているようなのだ。

 それを踏まえて朗太のことを心配しているのである。


「朗太はやるときはやる奴だとは思っていたよ。でもあのような解決をする人間ではないと思っていた」


 朗太が返す言葉を選んでいると誠仁は朗太から視線を外し校庭に視線を向けながら呟いていた。


「そこまで切羽詰まっているのなら俺にも相談してくれれば良いと思ったんだがな」

「……すまん」

「別に朗太を責めているわけじゃない。ただ、一親友として心配だっただけさ」


 姫子といつもつるんでいるから忘れがちだが、この誠仁という男もまたクラス委員として多くの問題をこれまで解決してきているのである。

 そのことをその思慮の深いまなざしから再認識していると誠仁は言った。


「朗太、無茶はするなよ」


 誠仁はそれからゆっくり立ち上がると校舎のほうへ消えていった。

 もしかするとクラス委員の繋がりでしなくてはいけないことがあるのかもしれない。


「聞いてくれよろうちゃん! 日十時(ひととき)がさぁ~!」

「おい吹聴するんじゃない春馬!」


 立ち去った誠仁のあとを目で追っていると、友人の日十時(ひととき)と春馬が話しかけてきた。二人とも競技を終えた後だからか汗を流し埃っぽい。


 それからも体育祭は至極順調に進んでいた。


「行け―!! 押しつぶせーー!!」

「倒せーー!! 囲って潰せー!!」


 男子の騎馬戦では生徒席から大いに歓声が飛び、


「白染だー!! あいつにかなう奴がいるのか?!」

「いや待て赤組には茜谷(あかねや)と、金糸雀(かなりあ)もいるぞ?! まだ分からねーぞ?!」


 女子の騎馬戦では終盤戦、白組の風華 VS 赤組の姫子&纏という構図が出来上がり運動神経に秀でる三人の戦いに多くの生徒が盛り上がっていた。

 結果から言えば風華の辛勝で、纏と姫子から伸びる手を器用に交わし、レンジで勝る纏の鉢巻を一瞬のスキをつき奪うと数において互角になりわずかにひるむ姫子に一気に襲い掛かり力技で勝利を収めていた。

 しかしいくら風華といえど姫子&纏の共同戦線には意識を集中させざるを得なかったようで姫子を倒した次の瞬間


「やりましたわ~~!!」


 緑野に背後から鉢巻を掻っ攫われていた。


 また応援団による応援合戦では


「白染ーー!! 可愛いぞ――!!」


 女子応援団の中に混じり学ランを振り乱し踊る風華は圧巻の可愛さで多くの男子生徒を虜にしていた。

 おかげで自分を見ると「チッ」とか舌打ちされるのだが、別にそういう関係ではないので勘違いはやめてほしい。風華は自分が風華の外見に魅了されているのを知り、こちらをからかっているだけなのだ。

 

 そうでなくとも風華に関しては心配事があるのだ。


 朗太は、女子たちに交じりボンボンを持ちながら踊る風華を魅了される自分の横で

「わ、私も応援団やれば良かったわ……」

「私もです……!」

 と後悔する姫子と纏を横目で見ながら思う。


 実はここ最近、風華が自分に絡んでこないのである。


 以前は姫子や纏たちと一緒にいるとよく絡んできた。

 だがここ最近ではそれもパタリと途絶え、風華と直接喋る機会も減ったように感じる。

 実は今朝の会話だって、風華は困ったような笑みを浮かべていた。

 あれは運動神経に雲泥の差がある纏や姫子のいきったセリフに手をこまねているようにも見えたが、自分がいる場での言葉に悩んでいるようにも見えた。

 

 しかし自分は何をしたというわけでもない。

 文化祭以降、自分は大それたこともしていない。

 だからこそ、全ては自分の思い込み・考えすぎだと信じる。

 だが――


 応援合戦の後、風華は自分の下にやってこなかった。

 以前ならば、『どうだった凛銅君!?』とか言いながら、無邪気な笑みで寄ってきてくれたのに……


 遠目に風華を見る。

 するとそこには姫子や纏、姫子と話す風華がいて


『応援団やるなんてずるいですよ!』

『そうよ! 毎回思うけどアンタあざとすぎだわ!』


 と糾弾する姫子と纏を『まぁまぁ』と苦笑いをしながら諫めていた。


 風華は憧れの人物だ。

 自分が一目ぼれした、性格だって信じられないくらい良い女子だ。

 そのような子から距離を置かれているように感じると、心にぽっかりと穴が開いたように感じる。


 しかし――、やいのやいの言い合う姫子たちを見ながら思う。

 

 今まではがおかしかったのだ、と。

 むしろ今の方がまだ正常である、と。


 そうして体育祭は


『総合結果発表です!! 今年の優勝は白組です!!』


 白組が勝者となり、発表と同時に白組サイドのクラスから大きな歓声が上がり、朗太にわずかな違和感を刷り込みながら終了したのだが


「先輩?」


 友人たちと椅子などを片付けているといつの間にかすぐ横に来ていた纏がやってきていて朗太の服の袖をちょいちょいひっぱると言った。


「お願いがあるのですが、今度、私とおでかけしませんか??」


 こうして朗太は纏とデートに行くことになったのだ。


 同時に乾燥した風が吹く。

 時は11月初旬。

 秋も深まり、4月に始まった人間関係が大きく変化する時期になってきていた。





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