旅行6日目(1)
京都旅行6日目。
この日朗太たちは京都の北側を攻める。
最初朗太たちが訪れたのは石庭で有名な龍安寺であった。
朝早くからの拝観とあって観光客もそれほど来ていない。
朗太たちは空いている方丈から虎の子渡しの庭とも呼ばれている有名な石庭を眺めていた。
風華はとことこと方丈内を歩き回り、15個の石を全て視界に収められる場所を熱心に探していた。
かの国の女王も気に入ったという、かつて朗太が中学時代、図書室でJRのCMを見て行くことを即決した庭は、今日も綺麗であった。
その次にやってきたのは
「ついに来たわね!」
「姫子、来たいって言ってたもんな」
金閣寺である。
舎利殿の近くは興奮気味な外国人観光客でいっぱいになっていた。
舎利殿は今日も池のほとりで陽光をうけキラキラと輝き、背後では青々と木々が茂ていた。
「朗太! 写真撮ってよ!」
朗太が舎利殿の光景に見入っていると姫子が手を振り手すりへ向かいポージングをしていた。普段のキャラの影響もあるのかとても様になる。
「うわー……、なんというかとても決まってますね~」
「うん、凄いハマり具合……」
「なんでだろうな……、ぱっとみチャラいからか?」
「アンタたち散々な言いようね!! それと朗太! 私は別にチャラくないでしょ!!」
口々に言い合っていると姫子の叱咤が飛んだ。
その後朗太たちは境内をめぐり、白蛇の塚までやってきていた。
『白蛇の塚』、池に浮かぶ小島に建てられた石を積み上げた塔である。
そしてその近くには小さな石像とお椀が置いており、多くの観光客がそのお椀にお賽銭を投げていた。見事お椀に賽銭が入ったら弁財天様が願いを一つ叶えてくれるという投げ銭である。
というわけで朗太たちは投げ銭にチャレンジすることになった。
「というかアンタなら余裕でしょ」
「そうですね、風華さんなら楽勝な気がします」
先頭バッターの風華がバックを下ろしていると姫子たちは言う。
見るとお椀まで距離としては2・3メートルもない。だからこそ朗太もこくこくと頷いてたのだが、当の風華はそうでもないらしく、至って真面目な様子で「油断大敵だから」と一つ言うと
「いやいや白染なら楽勝だろ。こんな距離。むしろ外すのが想像つかない」
とまだ軽口をたたく朗太に
「……凛銅君」
「はい?」
「少し静かにして」
「はい」
(白染……ッ)
とぴしゃりと言い放ち、朗太を絶望させていた。
その後風華はバスケの試合でしか見せないような眦をかっぴらいた真剣そのものの表情でバックから福サイフを取り出していて、「私を大金持ちにしてちょうだい……! 君に決めた……!」と言いながらそこから銭洗いを済ませた5円玉を取り出し、放り投げていた。
結果は当然命中で、風華が投擲した5円玉は緩やかな弧を描きお椀に飛んでいき、金属音を響かせ着地した。それを見て風華は「シャオラ!!」と白い歯をむき出しにし喜びを爆発させ
「投げ銭一つで盛り上がりすぎ……」
「風華さん、この旅ホント楽しんでますよね……」
と残りの二人に呆れられていた。
上賀茂神社でも風華の騒動は続いていた。
上賀茂神社に着くと風華は「えぇぇ?! 信じらんない!」と傲然と言い放っていたのだ。
事の経緯はこうである。
上賀茂神社は京都最古の神社であり、清めの砂の発祥の地なのだが、それもあり敷地に入るとすぐに細殿という屋奥の前に円錐形に砂が積まれた『立砂』という清めの砂の元祖が見えきて、その横で『清めの砂』なるものが販売されていたのだが
「ええええ?! 砂が500円もするの?!」
とその価格設定が風華的には驚愕だったのである。
「信じられない!」
「まぁまぁ、もともとこういうものですので。それに風華さんもご利益ある水を掻っ攫おうとしてたじゃないですか」
「そうよ風華、無料じゃなくなっただけで批判なんてさもしいにも程があるわよ」
「ま、まぁ……そうだけど……」
指摘を受けた風華は正気を取り戻しつつ言うのだった。
「……私も売ろうかな」
「アンタのにはご利益ないでしょ」
全くこの女は。姫子は呆れながらため息をついていた。
その後朗太たちは例によって縁結びの片岡社にやってきていて
「なにアンタもお参りするの? 珍しいじゃない」
朗太が小銭を出していると姫子が珍しい光景に驚いていた。
「ここは紫式部も何度もお参りしたらしいからな。別に何か願いがあるわけでもないがお参りしておこうかと思って」
朗太はガラガラと鈴を鳴らすと小銭を賽銭箱に放り入れ二拝二拍手一拝した。
基本、何もかもを実力勝負と考えている朗太であるが、こういう神頼みもたまには良いものである。
その後朗太たちは大徳寺や北野天満宮などに行き
大徳寺の堂内で拍手をするとそれが龍の鳴き声のように反響することで有名な鳴き龍では、天井に描かれた雲竜図に感激した後、
(これが最後の錬成だ……!)
と脳内で叫びながら朗太はピシャンと手を打ち付けていて
「……満足した?」
「は、はい」
朗太の意図を理解した姫子にじっとりとした目で見られ冷や汗をかいていた。
また平安神宮の名勝指定されている庭園、平安神宮神苑では臥龍橋という池に点々と円柱状の石が置かれた橋があり
「朗太ー! おっこちるんじゃないわよー!」
「そこまでドジじゃねーわ!!」
朗太が石をぴょんぴょん飛びはね進んでいくと池の岸を歩いていた姫子たちから注意の声が飛んだ。
無事朗太が帰還すると
「見ててとてもハラハラしました」
「うん、いつ落っこちちゃうのかと思った」
「今回は無事だったけど、次はもうやっちゃだめよ朗太」
「俺はどんだけ運動神経が悪いと思われてんだ……」
散々な言いように朗太はがっくりと肩を落とした。
その後もなんだかんだと寺社仏閣を巡る朗太。
時は刻々と過ぎ、時刻は夕飯時になっていた。
7日で行程を組んでいた旅行の6日目の夕飯である。
その蕎麦屋の夕飯もあらかた終わると自然と場の雰囲気はしんみりとしたものになっていた。
誰もが旅の終わりを自覚していたのである。
朝四時の、まだ日が出ていない頃に集まり、汗水を流し自転車を漕ぎ、京都市内で気の赴くままに観光した旅行も、明日、鈴虫寺に行けば終わりなのである。
皆が、夏の終わりにいつも感じる哀愁を感じていた。
「にしても、今回は楽しんだわね……」
姫子が湯呑を置きポツリと呟いた。
「今回は散々遊んだからな~~」
「ホントですよ、先輩楽しみすぎです。着いていくのが大変でしたよ」
「そうそ、凛銅君楽しみすぎ!」
「いや白染に言われたくはないんだが?」
「あ、その通りです! 先輩良いこと言いました! 風華さん楽しみすぎですよ!」
「え、そんなことないよ!」
「そんなことあるでしょ……。誰よりも楽しんでたじゃない」
その後も4人の無駄な言い合いは続き
「あーあ!」しばらくすると話を切り上げるかのように姫子は天を仰ぎ言った。
「これから日常に帰るって思うと気が重いわね」
「日常に帰るって。帰ったところでまだ夏休みですよ?」
「でもその夏休みだってあともう三週間くらいしかないよ?! そしたらもう二学期だよ?!」
「で、二学期になったらまず期末試験だな……くそだるい」
「あー!そうだったー! 二期制だと夏休み明けにテストあるんだったー!!」
帰ることに前向きだった纏も期末試験のことを思い出すと頭を抱えて後ろにひっくり返った。「最悪ですー!」とか叫びながらごろごろ転がる。そして憂鬱な未来を受け入れると
「て、テスト範囲で分からない範囲あったら教えてください、先輩……」
「良いけど、纏頭良いだろ……」
「ですが、先輩には及ばないというか何というか……一年先に行っている人には教えを請いたいです……」
と青い顔をしながら朗太たちに支援を求めていた。
「二学期かぁ……」
「二学期ねぇ……」
「どうなっちゃうんですかねぇ」
「ホント、どうなっちゃうんだろうねぇ」
その後も意味もない会話をする朗太たち。
「イベント色々あるからね。文化祭でしょ。体育祭でしょ。あと私たちにはあんまり関係ないけど生徒会選挙とか」
「それが過ぎたら合唱コンクールなんてのもあります」
「が、合唱コン……」
合唱コンクールというフレーズに姫子が声のトーンを落とした。
「お、なんかあったのか、合唱コンクール」
「い、いや、そこらへんで去年は依頼が結構来て大変だったなぁと思って」
「なに? 姫子への依頼って繁忙期があるのか?? 初耳だぞ」
「そりゃそうだよ凛銅君」
朗太が大げさにお道化ながら言うと、当時のことを知っているのか、風華は肩を震わせた。
「姫子のところに舞い込むのは大抵恋の悩みだから……。バレンタインデー周辺にもなればもう……」
「あのころは大変だったわね……」
姫子と風華はその当時のことを思い出したのか、白い顔をしていた。
思えば、確かにそのころ茜谷姫子とかいう女が他人から相談を聞いて解決する活動をしていると小耳に挟んだ気がする。
閑古鳥が鳴くこともままある活動だが、時にオーバーワークぎみになることもあるようである。
確かに、夏前はそれまでと比べちらほらと依頼人が来ていた気もする。
「あ、でも姫子、その頃は私たち修学旅行あるよ!?」
「修学旅行……、嫌な予感しかしないわね」
姫子がこれから先の学園生活の中に潜む難敵を思い暗い顔をしていると、風華が新たな火種を見つけ、姫子の顔はいよいよ暗くなった。
確かにそれもまた新たな問題を呼びそうなイベントである。
しかし風華にしてみれば修学旅行などただのお楽しみイベントでしかなく
「私たちだと旅行沖縄か! どこいこっかなー!?」
「なに? 旅行中なのにもう次の旅行の予定??」
「良いじゃない! 事前に考えたって!」
と風華は鼻歌でも歌いだしそうな様子で修学旅行のことを夢想していて
「羨ましいですよ。私も先輩たちと一緒に修学旅行行きたいです……」
「写真はどっさり送ってやるよ」
「そういうのじゃなくて、本当に一緒に行きたいんですよー!」
纏は一年の学年差を恨んでいた。
「そろそろ会計するか」
それからしばらくして朗太たちは会計をすました。
この旅行の最期の晩餐が終わったのだ。
夜道へ出ると今日は幾分涼しくて肌にあたる夜風が心地よかった。
朗太は街灯のともる街路を観光客を避けながら歩きこれからの季節を思っていたのだが
「あ!」
ホテルへの道すがら財布の中を確認した風華が大声をあげていた。
「どうしたんだ白染」
「どうしたのよ風華」
そのほか纏からも心配そうな声が上がる。すると風華は自分の財布の小銭入れを広げ
「もうお金無いの! 明日行く鈴虫寺と新幹線代抜かしたらあと700円しかないの! 私のこれまでのお年玉とか溜めた全財産だったのに!」
と涙をちょちょぎらせながら言って皆を脱力させていた。
「そ、そりゃあんだけ豪遊してればそうなるでしょ……」
「おいおい……」
「なんというか、かける言葉がないです」
口々にいう三人。対し風華は
「でも、生きねば……」
とか言いながら目に涙を溜めながら財布の口を閉める。
そして財布をカバンにしまったかと思ったら『飛行機雲』を一人鼻唄で歌いだし
「「「…………」」」
そのどこか危機感を持っていない雰囲気で朗太たちを脱力させていた。
京都の修学旅行では参拝する寺社を決める際、学校でJRの『そうだ京都へ行こう』のCMを見まくった記憶があるので、龍安寺ではそのような文章が入っています。私だけ、ではないと思っているのですが……果たしてどうなのでしょう。『JR東海』のフレーズが耳残りした記憶があります。
京都編もあと一話です。
次話投稿は9/5(水)を予定しています。
宜しくお願い致します。




