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旅行5日目(3)

知恩寺の後朗太たちが訪れたのは、銀閣寺であった。

銀閣、もはや説明は不要であろう。

慈照寺銀閣、わびさびをそのまま体現したかのような、歴史的に非常に価値の高いお寺である。


「と、ここで先輩に問題です」


銀閣や向月台、銀沙灘など、銀閣の一通りの観光を終え茶屋で一息ついていると纏が口を開いた。


「日本人の美意識に大きな影響を与えたとされるこの銀閣寺ですが、ではなぜかの足利義政は銀閣を作ったのでしょう」

「そりゃ、作りたかったからだろう。俺も小説を書きたいから書く」

「日本の文化史における言葉では表現できないほどの大きな影響を与えた超スーパー偉人を自分と同じスケールで語る先輩の図太さは感動すら覚えます」

「違うのか?」

「さぁ、結局のところは分かりません。たしかに表現者というのは自分が作りたいから作るのかもしれませんね」

「だろう。なら正解か?」

「まぁ正解でも良いですけど……。ですが一説によると彼が政争に嫌気がさしたからだと言われています」

「政争……」

「はい、政争です。当時は応仁の乱直前の混迷期ですからね。もめ事だらけで彼が嫌になった、というのはとても納得がいきます。そして、この混迷を深くしたというのが日本三大悪女の一人の日野富子なんです」

「なんかいたなそんなの。足利義政の奥さんだっけ?」

「はい、彼の正室ですね。彼女は関所を設けて私腹を肥やしたり、まぁ色々あくどいことをしました。そしてそのような彼女がいるからこそ政争はより大きくなり、それらから逃れるように義政はお寺づくりに没頭したというわけです」

「なるほど。日野富子のような悪女も、この日本のわびさびの文化の実在に貢献しているかもしれないってことか」

「そういうことを言いたいんじゃなくてですね……」


朗太が話を総括すると纏がこめかみに指をあてた。


「私が言いたいのは悪い女を引くとこのように京の都の端っこでお寺づくりに勤しむことになるぞってことです。世の中には多いですよ。日野富子までいかずとも、あくどい女性なんてものは」

「なるほど」


ここまで来てようやく朗太は纏の言いたいことを理解する。

ようは朗太の今後の身の上を案じてくれているのであろう。


「肝に銘じておくよ」

「はい、肝に銘じておいてください。そしてよく理解しておいてください。ここに性格も外見も完璧な女性がいるということを」

「ん? 誰?」

「私です!!」


纏は怒ったように頬を紅潮させながら自らの胸をたたいた。


「纏がか?」

「そうですよ! 私ほど外見も性格も無難に整った奴はそういませんよ! 今なら彼氏もいませんし、お買い得です!」


お買い得て……。

あまりの物言いに言葉を失う朗太。

すると朗太たちの背後で茶を啜っていた風華と姫子が纏に食って掛かっていた。


「纏、アンタ私たちが黙っていたら自分だけ良い子ぶろうなんて虫が良いんじゃない?!」

「そうよ! 纏ちゃんだって十分あくどいでしょ!」


二人とも自分に悪性があることは承知しているらしい。

それよりも纏が清い存在だと主張していたことが許せないようだった。

しかし纏もこの展開を読んでいたようで――


「そういえば風華さん、姫子さん、聞きますが、先ほど受付の前の高い生垣の参道を歩きましたが、どう思いました?」

「え、どうって、おなかが空いたから美味しいもの食べたいなと思ってたけど」

「私も! あとお坊さんに叩かれた肩が痛いな~って」

「その生け垣、銀閣寺垣といって雑念を払う道らしいですよ?」

「「……」」


纏がにっこり笑いながら言うと姫子と風華の二人は口をつぐんだ。


「どちらがあくどい女性ですかね……?」

「あ、アンタ! ひっかけたわね~~! それにそんなひっかけをするほうがずっとあくどいわよ!」

「そうよ! 纏ちゃんのが悪女じゃない!! それにあんな生け垣に雑念を消し去るわけがないじゃない!」

「消し去るわけがないて……」


朗太は風華の酷すぎる本音に脱力した。


「せ、先輩助けてください……! 煩悩の塊たちが私を虐めてきます!」


一方で纏は朗太に助けを求めるようにこちらに身を寄せてきており、朗太は騒ぎを収めるためにもため息を一つ着くというのだった。


「でもま、悪女にひっかかるのも悪くないかもしれないな」

「え、なんでそうなるんですか??」


途端に纏は目を丸くした。


「だって悪女にひっかかると銀閣寺を建てられるんだろう? 悪女にひっかかると良い小説書けるのならそういうのも悪くないじゃないか」

「「「…………」」」


そして朗太が持論を披露すると姫子たちはそろって閉口していた。


「そりゃアンタにその才能があればね……」

「馬鹿につける薬はないというのはこのことです」

「ははは、厳しいんじゃないかなそれは――」


姫子は顔をひきつらせながら呟き、纏は大きくため息をつき、風華がぎこちない笑顔で笑っていた。


酷くないですかね、その反応は。

朗太は心の中で涙した。


その後朗太たちは詩仙堂に向かった。

京都洛北に建つ、美しい庭を有する山荘である。


「ここ、先輩一押しの場所でしたよね。他と比べるとあまり有名ではないと思うのですが何かあるんですか?」


あまり聞き覚えのないお寺に、詩仙堂に続く坂道を登りながら纏は軽く息を上げながら尋ねていた。

確かに金閣寺や銀閣、清水寺というビッグネームがありすぎていまいち有名ではないかもしれないが、詩仙堂は朗太からするととても魅力的な山荘なのだ。


「とにかく落ち着くんだよあそこは」


朗太は自転車を漕ぐ速度を上げながら、彼女たちを詩仙堂へいざなった。


「うわ、綺麗ね~~」


詩仙堂の猟芸巣(ろうげいそう)と呼ばれる部屋へやってくると、そこからの景色に三人は息を飲んでいた。

畳が敷かれ、端に板張りの廊下をもつ吹き抜けの室内からは、美しい庭が一望できた。庭木はマリモのように球形に切り込まれ、その下では白砂が波打っている。

他の寺院に比べると観光客が少ないのもあり、お寺は静寂と、夏の豊かな緑に包まれていた。


「これは落ち着くわね~」

「今まで人ごみの中を歩いていたので開放感が凄いです……」

「あー、確かにここは良いかも……」


吹き抜けになっている広々としたガランとした室内の畳の上で美少女三人はしりもちをつき足を投げ出していた。

朗太も日陰に腰を下ろしながら言う。


「ここは猟芸巣(ろうげいそう)って言って、読書用の部屋らしい」

「はー、こんな静かな部屋で読書って捗りそうねー」

「あとチャール〇皇太子と故・ダイア〇妃も来てたりする」

「ホントに?! 凄いわね!?」


朗太の詩仙堂前知識に姫子は驚いていた。


そして朗太たちはその日、夕飯になったのだが


「てかさ」


夕飯の席でにしんそばを食べながら朗太は尋ねるのだった。


「そんなに良縁に出会いたいもんなのか?」


散々縁結び系のお寺に連れまわされた朗太は疑問に思わずにはいられなかったのである。

朗太のもつ椀の上ではにしんがぷかぷか浮いていた。

これがまたうまい。


「あったりまえじゃない」

「そうよ! 当り前だよ凛銅君!」

「色々あって神頼みしたくなるのも仕方ないところまで私たちは追い詰められているんですよ」

「なるほど」


朗太が問うと口々に言い返していた。


「どういう男がタイプなんだ?? そういや、聞いたことなかったよな?」

「どういうタイプって……」


朗太がにしんを箸で解体しながら聞くと姫子が繰り返してた。

実はこれ、風華にむけた質問である。

正直、姫子や纏のタイプなど知ったことではない。

だからこそ朗太は風華の反応に注意しながらそのような問いを放ったのだが、見ると尋ねられた三人は顔を見合わせていた。

そして朗太にも聞こえてしまうような声量でひそひそ話し合う。


「(今までこいつに聞かれた中で一番答えにくい質問じゃない……?)」

「(無神経にもほどがある気がします)」

「(でもさ、実際のところ、タイプなの?? 纏ちゃんも姫子も?)」

「(いえ、私は、時折幾分マシに見えるときもありますけど、基本全然)」

「(私もそんなもんね)」

「(だよね。私もそんな感じ……)」


と、三人は口々に言い合い、コホンと咳払いをすると


「「「少なくとも (アンタ 先輩 凛銅君) はタイプじゃないわ」」」


と口をそろえていた。


「おい!!!!!!!」


思わず叫ぶ朗太。

風華から迂回路で振られるだけじゃなく、残りの二人からも存在全否定されるなんてことある?!

そして肝心かなめの風華にまで存在を否定された朗太は


「じゃぁ何だよ三人はどういうのがタイプなんだよ?!」


と破れかぶれになりながら半ギレで詰め寄ったのだった。


「そうですね……」


朗太に尋ねられると纏は顎に手を当て考え込んだ。


「私は勉強が出来て、優しい男性がタイプですね」

「勉強が出来て、優しい……」


お、これ俺可能性あるじゃんと分不相応に思い込む朗太。しかし


「あ、あと何より重要なのはイケメンであることですね。あ、勿論、先輩レベルでは決してないですよ」

「くぅ……!」


ズガン! と脳天に金盥でも落ちてきたような衝撃を受ける朗太。

ここにまた一つの可能性がついえた。

しかしその後も攻撃は続き


「そうね、私はね~~」


風華は天井を仰ぎ見ながら唸り言うのだった。


「やっぱ運動が出来る人かな! サッカーとか出来るとそれだけでかっこよく見えるかも」

「グフゥ……」


朗太はその場に崩れ落ちそうなほど落ち込んでいた。

球技大会でディフェンスが定ポジションである球技出来ない系男児である朗太に未来はない。

その後風華は


「だからそうだね、芸能人?で言うとにしきおりエイ君が凄くタイプかも!」


とか言っていて


「あり得ないです! 私は断然ハミュー君です!」

「ハー?! 彼の良さを分かんないのー?!」


どちらもスポーツにおいて信じられないほどの高功績を残している日本の歴史に間違いなく名を残す偉人である。

彼らのような人物に朗太が勝てようはずもない。


「わ、私のタイプは――」


そして朗太が悲しみに暮れていると姫子は恥ずかしそうに言うのだった。


「――一緒にいて楽しければそれで良いわ」


何やら恥ずかしそうにいう姫子を朗太が感心しながら眺めていると


「あ、姫子さんだけ良い人面ずるいです!」

「そうよ姫子! そんなの大前提じゃない!」


と立ちどころに残り二人にかみつかれ、騒ぎ始めていた。

こうして京都旅行5日目は終了したのだった。



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