旅行5日目(1)
京都旅行5日目。
朝から京都にいる朗太たちがまず向かったのは、京都東山区にある六波羅蜜寺であった。平安時代に醍醐天皇の王子である空也上人により創建されたお寺である。黒い棒上の柵に金の金具のつけられた鋳物フェンスに囲われたお寺の入口には篆書体で『六波羅蜜寺』と書かれた石柱が建っていた。入口を抜けるとお香がたかれた大香炉があり、その奥に本堂がある。
そしてこのお寺で有名なのが……
「開運推命おみくじと、縁結びだっけか」
「そ! 生年月日からその年の運勢を占うんだけどよく当たるって評判なの! それと縁結びはここにある十一面観音像にそのご利益があるんだって!」
また縁結びかよ、と呆れながら問うと風華が元気よく答えた。
やはり今日も彼女たちは良い彼氏獲得のための神頼みに余念がない。
本堂に着くと件の十一面観音像の前で真剣な表情で手を合わせていた。
「にしても十一面とかいって顔は一つなんだな」
「馬鹿ね朗太。ちゃんと頭を見なさい」
彼女たちの背後から観音像を伺い言うと、姫子にぴしゃりと言われた。
そして視線を仏像の頭部に向けると
「うお!? 頭に何個もちっちゃい顔が生えてる?!」
これまで髪飾りかと思っていた凸凹は一つ一つが顔だということを知る。大きな顔の頭部に倒木にキノコが生えるようににょきにょき小さい顔が生えているのである。
「だから十一面なのよ。それとこの仏像、偽物だから」
「偽物?」
「本物は秘仏扱いで12年に一度しかお披露目されないんですよ。これはお前立と呼ばれるものです。ご利益は同じようなんですけど……」
「なるほど。そういうこともあるのか」
なかなか参拝客思いの仏像もあったものである。
それから朗太たちは宝物館へ向かい
「うおあ?! なんだ口からちっちゃい人が何人も出て来てるんだけど?!」
朗太達は空也上人像や
「これよく教科書に載ってますよね」
「あ、確かに見たことあるー」
『平清盛像』を見て
「またここなの風華??」
「またなんですか風華さん」
「またなんですよ皆さん」
得意げな表情な風華に連れられて本堂の横にある六波羅弁財天にきていた。
六波羅蜜寺の敷地内にある、弁財天を祀った寺である。
中には金色に光り輝く弁財天像があり、その横にはもう一つの弁財天像と水がめと柄杓が置かれていて、まさか……と朗太が戦慄いていると
「よっしゃ!! じゃぁ洗うかー!!」
と、昨日の続き。
昨晩、御金神社で洗わなかった残りの小銭をじゃらっと出し風華は真剣にそれらを清めていた。
そして朗太たちが愕然とした調子でその様子を眺めていると
「か~ら~の~~、福サイフイ~~~ン!! これぞ最強コンボ!!!!!」
それら視線もものともせず破顔していた。
「「「……」」」 朗太たちは無邪気なその様子に言葉を失った。
その後朗太たちは
「なにこれ」
「一願石ですよ」
弁財天の横にある回転する円盤が固定された石柱の前にきていた。
「願いを込めて金色の文字を手前にした後円盤を三回転するんです。そうするとお願いが叶うんです」
どのような石かというと、そのような石らしい。
というわけで4人順番に回していく。そして
「なんでアンタは二回目並んでいるの?」
「もっかい並べばもう一個お願いできるかなって思いまして」
「名前を見なさい名前を! 一願石よ!」
「風華さんがめついです……」
風華が再度列に並んでいて総つっこみを受けていた。
次に朗太たちが向かったのが程近くにある六道珍皇寺である。お寺の前には『六道の辻』と書かれた石が置かれていた。
「六道の辻って??」
茶色い岩を指差し尋ねる。
「六道、つまり餓鬼道、地獄道、畜生道、修羅道、人間道、そして天道、つまりはこの世ならざる世界のことです。で、その辻。辻って交差点って意味ですよね。要はあの世とこの世の境界って意味なんですよ」
「なんでまたそんなたいそうな名前なんだよ」
「平安京は洛外にいくつかの風葬地を有していたんですけど、そのうちの一つの鳥辺野へ向かう道筋にこのお寺があるからです。昔から冥界の入り口だって言われていたそうです」
「なるほど」
なりまの主人公が一人や二人、ここから異世界転移していそうな場所である。
纏の真面目な解説から心底どうでもいい想像をしながら観光していると朗太たちは四角い石の上に鉄格子のような蓋のされた井戸の前までやってきていて
「ここが小野篁が冥界へ行き来していたという井戸ですね」
「なんて?」
聞き覚えない単語に思わず朗太は聞き返していた。
「小野篁ですよ。平安時代の官僚で文人です。彼は昼は朝廷で働き夜はこの井戸を抜け閻魔庁の第二の冥官として働いていたそうです」
「ふーん」
その話を聞いて朗太は頷いていた。
「……コリ◯星的な?」
「ま、まぁ今でいうコリ◯星かもしれないですね……」
朗太の指摘に纏は眉を下げた。
それから朗太たちが向かったのは八坂通りに面した建仁寺であった。
「ここは京都最古の禅寺なんですよ!」
建仁寺につくや否や纏はその門を指さし解説した。
比較的好きなお寺なのか纏は興奮気味であった。
建仁寺、纏の言う通り京都最古の禅寺で、風神雷神図、双龍図や、石庭などで有名なお寺である。
建仁寺に入り最初に朗太たちに視覚的インパクトを与えたのはやはり『三門』であった。
禅宗寺院の正門にある、三門から奥を涅槃と見立て、涅槃に到達するために必要な空・無相・無願の三解脱門を表現した門である。
そして建仁寺にあったその門は、もはや門とは言うのがはばかれるような巨大なものであった。
楼上には手すりが付いていて、その奥に釈迦像などを置く小部屋が設置され、門の左右には山廊という小さい平屋が備え付けられている。中には上層へ向かう階段が設置されているらしい。
「でっけーな~!」
「何朗太、こういうの好きなの??」
朗太が風雨にさらされ黒く染まった巨大な門を見上げいつになく感動していると姫子が尋ねた。
「あぁこういうデカいものは好きだぞ。見て一目で凄いって分かるものな。なんか見ていてぞくぞくするじゃん!」
実は朗太、このような人間が作り出した巨大構造物を見ていると好奇心と恐怖感と高揚感がないまぜになった不思議な感覚が胸の奥からふつふつと湧き上がってくるのである。
「なんかそういうところは男の子っぽいのよね~」
「なんというか意外です」
「うん、ちょっと見直した」
この三人は自分を一体何だと思っているのだろう。
口々に感想を述べる三人に朗太は首を傾げた。
それから朗太たちは建仁寺の本坊に訪れていた。
ここから双龍図の収められた法堂や様々な美術品が収められた方丈へ向かうのだ。
朗太たちは靴をビニール袋に入れるといくつもの貴重な品々を見て回った。
法堂では畳108枚分にもなるほどの大きな双龍図を見て、
「なんつーか迫力あるな」
「うん、レプリカだけど、見せる何かがあるわね」
方丈では龍の水墨画が描かれた襖が対峙する光景に息をのんだ。
風神と雷神が描かれた金の屏風である風神雷神図屏風もレプリカであれど素晴らしかった。
またこの建仁寺は三つの特徴的な石庭を有していて、まず第一が大雄苑。
波打つ白い砂利の上に緑の苔の蒸した小島が浮くような広々とした石庭で、その美しさに朗太たちは魅入り、その次には
「ここが方丈の庭です。つまりは潮音庭ですね」
大書院と小書院の間にある苔むした中庭で、その夏の暑さを忘れさせるような、緑の、日影がかった光景はとてもわびさびを感じさせるものだった。
そして大書院と小書院の間にある、いかにも物書き向き『風』な光景に
「俺もこういう場所で執筆したいもんだ……」
「宝の持ち腐れという表現では表現しきれないわ」
朗太が戯言を言うと姫子は間髪入れず批判した。
だがその思いは姫子だけだったようではなく
「豚に真珠、猫に小判、凛銅朗太に潮音庭です」
「おいお前酷いこと言うな?!」
「ハハハ、傑作~~~!!」
纏は辛らつに言い、風華は涙を流しながら笑っていた。
だが石庭騒動はそれに留まらず、最後に『〇△□乃庭』という名の比較的小さい区画に白砂利を配し、その渦巻く白砂利の中心にポツンと木が立つだけの石庭の前に来ると
「この単純な図形は宇宙の根源的な状態を示し、〇は水、△は火、□は地で置き換え象徴したものらしいです」
「「「………………」」」
という纏の解説に残りの三人は皆無言。
誰も何も言わなかったのだが
「深いな……」
「アンタ何も分かってないでしょ!?」
「深いとか言っちゃう先輩は誰よりも浅いです」
「ハハハハハ、マジウケる~~!!」
朗太がそれっぽい感想を述べるとすぐさま姫子と纏につっこみ、風華は腹を抱えて笑っていた。
建仁寺を出ると朗太たちは高台寺へ向かう。




