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旅行4日目(8)


安井金毘羅宮、御金神社と回った朗太たちが次に向かったのは伏見稲荷大社であった。

全国に三万近くある伏見稲荷神社の総本山で、朱色の鳥居が何重にも連なる千本鳥居の光景で有名な神社である。

祇園にある安井金毘羅宮・御金神社。からの京都伏見にある伏見稲荷大社はそこそこに距離が離れているが東京から自転車で旅をしてきた彼らにとってはなんて事のない距離なのである。

伏見稲荷大社は閉門しないので、一日中参拝できる。

それもあって夜の部に回されたのである。

夜は夜で、延々と続く千本鳥居がまばらな照明に照らされ非常に風情があると評判なのだ、が


「嫌よ!! 絶対いや!!」


ここに怖がる者が一人。


「怖いもの! 絶対無理よ!」


姫子である。姫子は手を固く握りしめ抵抗していた。

夜に伏見稲荷大社に行く予定ということでこれまでもぐずぐず言っていたのだが、実際に現地に着き闇夜に立つ大鳥居を見て駄々っ子のようになってしまった。

背後ではコンビニチェーンのデイリーザキヤマが煌々と闇に光を放っていた。


「でも姫子さん、別に伏見稲荷大社は心霊スポットじゃないんで大丈夫ですよ。きっともし万が一幽霊がいたとしてもお稲荷様が何とかしてくれますよ」

「何を言っているの纏! 狐は人を化かす狡猾な獣なのよ! むしろ私を騙して陥れてくるわ!」

「お前は狐になんかトラウマでもあるんか」


朗太は姫子の散々な言いように呆れかえっていた。


「でもね~、纏ちゃんはここに行きたいんでしょ?」

「はい、ぜひ行きたいです! 京都にきて伏見稲荷大社に行かないことは考えられません!」

「でしょ。で、凛銅君も行きたいのよね」

「ま、まぁな」

「で、私もそれなりに行きたいわけ。なんだから行くしかないわよ姫子」

「なら私を置いていけば良いじゃない!」

「でも姫子だけ一人で帰すのも危ないし、ホテル寄るのも大変だったじゃない。仕方ないわよ」

「そんな~」


姫子は涙をちょちょぎらせていた。

そしてその哀れな姫子の様に纏も思うところがあったようだ。

ハァーとため息をついた後、こめかみに指をあて考え込むと


「こんなに怖がられたなら仕方ないですね。姫子さん、今回は特別です。先輩を貸してあげます」


と、とんでもない提案をしだしたのだ。


「え゛」


突拍子のない案に潰されたカエルのような声を出す朗太。

だが纏の案は朗太の手から離れた議題のようで


「今回は良いですよね風華さん。そうでないと伏見稲荷大社行けませんし」

「そうだね。行けないのも困るし、腕持ってかれるのも困るし、仕方ないね」


と風華の了解しただけで現実味を帯びつつあった。


「いや俺は仕方あるんだけど?」


さすがに伏見稲荷大社観光と右腕は欠片も等価交換できていないんだけど?


朗太は否定的なセリフを吐くが


「じゃ、じゃぁ宜しく頼むわ……」


姫子におずおずと腕を掴まれ断るに断れなくなってしまい、こうして朗太は要介護状態の姫子をひきつれ参拝することになったのだった。


すでに掴まれた腕が痛いんですが……。


この先が思いやられる。

朗太はすでに痛覚信号を送ってくる腕を思い、顔をしかめた。


こうして歩き出した4人。

デイリーザキヤマに面した鳥居の下を通り参道を歩いていくとすぐに楼門と本殿が現れた。

どちらも明るい朱色でカラーリングされているゴージャスな造りの代物である。


「この楼門は、かの豊臣秀吉が母の健康をここで祈願したら治ったので寄進し作られたそうですよ」

「え?! 凄い人じゃん! だからこんなにバブリーな外見なの?!」

「その影響もあるみたいなこともこのガイドブックには書いてあります」


朱色で染められ、柱の先に金の金具がつけられた楼門をくぐりながら風華は驚いていた。

また纏に聞いたところ、楼門とは寺社にある二階構造を有する門のことらしい。中でも一階部に屋根がないものを楼門と言い、あるものを二重門というそうだ。


「というか今まで知らなかったんですか先輩。これまでも沢山楼門あったと思いますけど……」

「浅学ですまんな」


そしてそのような話をしているとついに朗太たちは


「ついに来たわね……」

「私はこの景色を見るといよいよ京都に来た気がします」


社務所の横を通り過ぎ千本鳥居前にやってきていた。

朱色の背の低い鳥居が延々と連なっている。

奥に行けば行くほど暗くなり、ほとんど真っ暗になったその先にようやく光源が現れる。どこまでも連なる柱は、表面が漆が塗られていて、光源の光を夜の湖面に浮かぶ月のように照り返す。それが延々と続いていた。

何とも風情のある、趣のある光景である。が


「ヒィィィィィィィィィ~~~~~~~~~~~ッ!!」


姫子の恐怖ゲージは一気に急上昇。 声にならない叫びを漏らしながらギリギリと音が出そうなほど朗太の腕を握りしめる。爪が深々と朗太の肉に食い込んだ。

その様子を纏も見かねたようで


「だから伏見稲荷大社は心霊スポットとは違いますよ。怒られますよ」


とフォローを出すがそのような魂のこもっていない言葉は姫子に通じないようで、姫子の握力はその凶悪さを増していく。


「と、というか大丈夫ですか? さすがに心配になってきたんですけど……」

「だ、大丈夫じゃないわよ!」

「姫子さんにじゃなく先輩の腕のことを言ったんです」

「だ、大丈夫じゃねーよ……もう壊死寸前だよ」

「ぎ、ギブの時は言ってね凛銅君……!」

「じゃぁもうギブだ……」

「も、もう少し頑張って……」


そんな。


風華が固い表情で断られ朗太は言葉を失った。

そして4人は千本鳥居のトンネルの中に入っていったのだった。



鳥居のトンネルの中は、外から見ていた通り風情がありとても良かった。

合わせ鏡のように延々と同じ構造物が繰り返される光景をひたすら進んでいくのは没入感が凄い。

ゲーム世代や、映画で同じような表現があるからか


「きっとこの先異世界に通じているのよ! 私たちこのまま異世界に行っちゃうのよ!!」


という姫子の言うことも分からないでもなかった。

 

「言ってるそばからまた先輩を異世界に旅立たせようとしていますよ姫子さん」

「凛銅君大丈夫?!」

「だ、だから大丈夫ではない……、か、かわって……」

「そ、それは……もう少し後で……」


風華は朗太の頼みをまたもにべもなく断り朗太を絶望させていた。

その一方で人気の少ない境内に纏は大満足のようだった。


そうして朗太たちが訪れたのは奥社奉拝所(おくしゃほうはいしょ)

奥院とも呼ばれる黒い屋根に赤い柱の建物である。

奥社奉拝所を過ぎたところから稲荷山山頂の一ノ峰までのお山めぐりが始まるのだが、その前に稲荷山を遥拝する施設である。


そしてこの奥院でなにより有名なのが


「じゃ、おもかる石チャレンジしますかね」

「お、おもかる石チャレンジて……」


奥社奉拝所の横にある『おもかる石』である。

この灯籠の上にあるおもかる石が軽く持ち上がると願いが叶うと有名な、いつも多くの観光客で賑わう人気スポットである。


「こんなに空いてるなんてラッキー!」


風華はおもかる石を見るや否やかけより運試しをしていた。その結果はというと


「ちょ、ちょっと重く感じたかも……」と微妙な表情。


「もしかすると旅の疲れが出ているのかもしれないですね」


次に試した纏はというと


「やはり軽く感じました! もしかすると私の願いが叶うかもしれないです! ね、先輩……?」


おもかる石が軽く感じたことが嬉しかったようで、なぜかこちらに色っぽい視線を送ってきた。


「お、おう……」


朗太はぎこちなく返すしかなかった。

そして最後に挑戦したのが姫子だったのだが


「どうでした姫子さん?! 軽く感じました??」

「軽く感じたわ……」

「良かったですね! きっと願いが叶いますよ。姫子さんの願いはなんですか?」


と軽いと聞き励ますために纏ははつらつとした調子で尋ねたのだが


「……一刻も早くここから去ることよ……」

「「「………………」」」


姫子の真剣な願いに朗太たちは返す言葉を失い


「じゃ、じゃぁお山めぐりはあきらめて帰りますか姫子さん」

「そうね、そうしましょ姫子! これ以上はさすがに悪いわ」

「良かったな姫子。願いが叶って」

「いやそれは流石にマッチポンプでしょ!」


朗太たちはお山めぐりをせず伏見稲荷大社を後にすることになったのだった。



「それにしても先輩は残念だったんじゃないですか?」


それからしばらく、奥院で引き返し千本鳥居の中を歩いているとふと纏に尋ねられた。またその頃になると、帰れると決まったのが大きかったのか姫子は朗太の手を離れ、風華と何か話しながら朗太たちの前を歩いていた。


「え? なんで?」

「だってお山めぐりの最後の方にある末広神社に続く階段はあの清少納言も登ったそうじゃないですか」

「あぁ、納言ね」

「なにマブダチみたいに言ってるんですか?」


朗太が軽い調子で返すと纏は真顔になっていた。

だが朗太からすると創作をするものはみなまた友である。


「知ってるよ。納言も階段上るのくそキツイたるいわみたいなこと言ってたんだろ? その体力のなさは親近感を覚えるわ」


と言うと


「先輩とは欠片も近い存在ではないんでやめてくださいね? 雲泥の差という表現では表現しきれないくらい差があるんで。地球のマントルとアンドロメダ銀河の差という表現くらいで先輩に気を使って大甘に甘くした表現で、なお楽勝で炎上するくらい差があります」

「おいそれはさすがに酷いだろ!!」


酷いことを言われ傲然と言い返していた。


「さすがにもう少し近いだろ!」

「いえ、本当にそれくらいの差はあります……」

「え本当に?!」

「はい……」

「話聞いてたわよ朗太。まさにそれくらいはあるから自覚なさい」


纏と話していると遠くから姫子が声をかける。

その横では風華がぎこちない笑みを見せていた。


そんなに俺は差があるのか。

朗太は絶望し、こうして4日目は終わりを告げたのだ。





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