旅行4日目(7)
安井金毘羅宮のあと朗太たちが向かったのは
「ここよ!!」
「すげー……、鳥居が金色だ……」
「銭の匂いが凄いですね……」
「何か雰囲気が他を圧倒しているわね……」
二条城前駅から徒歩5分、烏丸御池駅より徒歩7分の場所にある御金神社であった。安井金毘羅宮と同じく住宅街の中にある小さな神社である。
だがこじんまりとした敷地面積に似合わずその金色に輝く鳥居が異色の存在感を放っていた。
御金神社。
偶然購入した観光ガイドブックで、デカデカと宙に反転し浮かぶ『金』の文字と、夜、ライトアップされ金色に浮かびあがる社の広告が非常に印象的だった神社である。
朗太も姫子も纏もその存在を知らず、また知ったところで別にさして行きたいと思っていなかったのだが、それを見た瞬間
「ここ! ここ行きましょ!!」
と風華が鼻息荒く主張し始めたので来ることになった神社である。
「ここは金属の神様の金山毘古神を祀った全国でも珍しい神社らしいよ! それが転じて金運の神様ってことになっているの!」
「そ、そうか……」
「で、しかもここでお参りするとその年はお金で困らないんだって! 毎年来たいわ」
「そ、そうね。良かったわね風華……」
金の鳥居の奥には無数の提灯があり、それらは黄光を受けて闇夜の中淡く輝いていた。
インパクトのある鳥居に朗太たちがたじろぐのにも構わず風華は鼻息荒くずんずん進んでいた。
夜ということもあり境内に参拝客は一人もいなかった。
それもあり朗太たちはこの奇妙な神社を興味深げに見て回る。
「見て、この絵馬、イチョウ型よ」
「ホントだ。不思議な形しているな。なんでだ?」
「それはね凛銅君。見てあそこのイチョウ。大きいでしょ?」
朗太と姫子たちが中央にでっかく赤い文字で『金』と描かれた金色に輝くイチョウ型の絵馬を指し示し話していると、手を清めて合流した風華が境内奥に生えている大銀杏を指さした。
見ると本殿と、その裏手のマンションの間に大きな銀杏の木がはえていて、本殿の上からその巨体を覗かせていた。本殿に覆いかぶさるように生えている。
「あのイチョウがこの御金神社の御神木なんだって! だからこの形なんだって」
「なるほど。なかなか面白い発想ですね。しかも絵馬に書いてあることも欲望むき出しで面白いです」
「確かに、これは良いな。良くも悪くも前向きだし」
「そうね……、見ごたえはあるかも……」
絵馬の裏にはやはり金運上昇の寺だけある。
『宝くじに当たりますように』だとか『FXがうまくいきますように』だとか『競馬が大当たりしますように』だとか『良い株に巡り合えますように』だとか金金金。
世の中金だと言わんばかりの欲の張った願いが他の神社よりも散見された。
こういった欲望の塊のような絵馬が朗太は嫌いではない。
朗太が感心しながら絵馬を見ていると、「じゃ、私お参り済ませてくるから!」と風華は本殿に向って行き、本殿に賽銭を投げ込んだ。
そして聞こえてきたのは
「かねかねかねかね、お金お金お金お金。お金を下さい。お金お金お金お金お金。金金金金金。お金お金お金お金。金金金金金」
呪詛としか思えない祈りの言葉。
風華は手を合わせ目を瞑り、真剣にお願いをしていた。
「「「……………………」」」
その光景を朗太たちは何とも言えない気持ちで眺めていた。
「見て見て! あとここでお金を洗うんだよ!」
風華はお参りを済ませるとすぐそばにある手水舎に訪れていた。
先ほども風華が手を清めていた、長方形の水のたまる石造りの水盤と柄杓のある場所である。
「また来てどうしたんだ?」
「忘れてたことがあるの!」
なぜまた手水舎になんかやってきたんだと朗太が呆れていると風華はカバンから透明のビニール袋を取り出した。スーパーなどで買った食材などをくるむ奴である。中には無数の小銭が入りジャラジャラ入っている。
「ここの手水舎、奥にザルがあるでしょ。実はねここの手水舎はザルにお金を入れて洗って、金運アップ出来るらしいの!」
「え、だからわざわざ小銭作ってたのか?! それ昨日今日出来た小銭の量じゃないだろ?!」
「うん、京都行くって決めた時から準備してたの! お金はね、世の周りもの。人の欲に塗れているの! だからその欲をここで清めるの! そうすると金運が上がるんだって!」
「清めたところでアンタの手に戻った瞬間欲に塗れると思うのだけど……」
思わず顔をひん曲げながら言う姫子を無視し鼻歌でも歌いそうな雰囲気で風華はお金をジャラジャラザルに入れ始めた。300枚くらいありそうである。しかも
「うん、今日の分はこれくらいかな!」
と持ってきた小銭の内半分を残したあたり、まだ銭を洗う予定があるらしい。
そして朗太たちがどんびくのも構わず風華は籠に水を入れががしゃがしゃ豪快な音を立てて小銭を洗い始めた。
「な、なんか小豆洗いっぽい……」
「妖怪銭洗いですよ……」
その光景を見てやはり纏と姫子は驚き呆れるが、これまで通りこれも無視。
風華は洗い終わった小銭をしげしげ見て「きれ―」と呟いた後、「これで私も大金持ちね」とか間の抜けなことを言いながら小銭から水気をふき取り別の袋に入れていた。
銭洗いを終えると風華は社務所に向かった。
「ここではね、御金神社のお守りやおみくじが買えるの。お金もそこの箱に入れれば良いんだよ」
風華の向かった社務所には金色のお守りや、金色の絵馬、とにかくキラキラしたものがやたらと置かれていた。
中央にお金を入れる箱が置かれている。
「で、ここのお守りには純金が入ってるの!」
「純金?!」
お守りに純金入っているの?! と朗太は口をあんぐり開けて驚いた。
なかなか凄いお守りを提供してくれる神社である。
参拝客からの評判も良さそうだ。
そう朗太が感心していると「う~ん、やっぱりないか~」と風華は頭をかいた。
「どうしたんだ?」
「実は私、福財布ってのが欲しかったんだ。もしかしたら売ってるかなって思ったんだけど、やっぱりないみたい」
「そんなに人気なのか?」
「うん、人気。それにお金入れたり宝くじとか入れとくんだって。テレビで放送されて大人気になっちゃって、早く行かないと無くなっちゃんだって」
「なら無理でしょ。風華」
「うん。しかもどっちにしてもちゃんと社務所に人がいるときじゃないと買えないから無理」
「じゃ、じゃぁなおさら無理ですね……。どうします? 明日、皆で来ますか?」
「ううん。どうしても欲しかったら明日、私だけで来るよ。自転車でひとっ走りだし」
「ま、まぁこれまでの行程を考えれば屁みたいなもんか……」
と、朗太たちが残念そうに社務所を離れようとした時だ
「どうしたんだい?」
いつのまにかいた初老の男性に話しかけられた。
そして事情を話すと「あぁじゃぁ特別に開けて、福サイフあげるよ」と提案してくれた。
話によると男性はここに努めている人らしい。
福サイフは黄金色の生地に黒い文字で『福』と書かれたサイフであった。
黒の印字で小槌などのマークが描かれていて可愛らしい。
「あ、これ可愛い!! 私も欲しいです!」
「ごめんね。それが丁度余っていた最後の一個なんだよ」
「な、なら仕方がないです……」
琴線に触れるも手に入れられず纏ががっくりと項垂れていた。
また一方で超偶然にも目当てのものを手に入れた風華は今にも踊りだしそうなほど喜んでいて、わざわざ社務所を開けてまで販売してくれた方にお礼を言いまくり、先ほど清めた小銭をそれに流し込み
「これで私も大金持ちよ!!」
と天高らかに言っていた。
そしてそのすぐ後に
「あ、10円見っけ!! ラッキー! 早くもご利益!!」
とか言いながら落ちている10円玉を発見し、ほくほく顔でそれを拾いポケットに仕舞いこんでいて
「あ、アンタ……、あんなののどこが良いの……?」
「時々俺も分からなくなる……」
「先輩、引き返すなら今ですよ……」
二人の美少女に問われ、朗太も一瞬自分が分からなくなった。
しかし
「見て見て! 凛銅君! 凄いでしょ!」
遠くから呆れて眺めている朗太たちを見つけると小走りで寄ってきて、再度10円玉を出し白い歯を見せる風華を見ると
こういう天真爛漫なところに惚れたんだろうなぁ、と朗太は再認識するのだった。
結局は、恋愛は惚れた者の負けなのである。




