旅行4日目(5)
「清水寺は凄い混み具合でしたね」
「清水坂から出るのだけでも疲れたわ」
「自転車乗るのとは別の大変さがありましたよね」
「でもこれから行く場所は少しマシなはずだから!」
清水寺から出てしばらく、朗太たちは京都駅方面へ向かっていた。
信号で止まっていると多くのバスが交差点で進路を変えていく。
清水寺を観光した場合、高台寺へ抜けていくルートも多いように思う。
だが、高台寺は後日行く予定なのでカットである。清水寺の次に朗太たちが向かったのは
「着いたな」
「ここも混んでるけど清水寺よりよっぽどましね」
三十三間堂。正式名称、蓮華王院であった。
玉石の敷き詰められた境内の奥には南北100メートル以上の長さの本堂が羽を広げるように広がっていた。
言わずと知れた1001体の観音像を祀る京都の超有名観光スポットである。
辺りは中に観音像群の荘厳な雰囲気に飲まれたかのように静かだった。
本堂は空調が効きひんやりとしていた。
夏の日差しが遮られた薄暗い堂内で金色の千手観音像群と二十八部衆が鎮座している。
観音像の前に建つ二十八部衆にはそれぞれ解説の看板が掛けられ、それら看板の前で観光客は声を潜めて話していた。
小さい子を連れた家族も散見されたが、ちびっこ達も、この空間が心地よいのか大人しい。
それもあってか板張りの床がきしむ音がよく響いた。
外ではしきりにセミが鳴いているようである。
「凄いな……」
朗太は静謐な空間に観音像が居並ぶ荘厳な光景を呆けたように眺めていた。
「そうね……」
横にいた風華も魅入っているようだった。
その大きな瞳をより開き、千手観音坐像を呆然と見上げていた。
魅了される風華の姿に魅了される朗太。
風華が感動する姿はなぜかとても惹かれるものがあって、その長いまつげが影を落とす大きな瞳に朗太は思わず見惚れていた。
だが
「ねぇ凛銅君……どの仏像が一番強いと思う?」
「正直その発想はなかった」
風華のとんでもない発想に一気に現実に引き戻された。
思わず声がでかくなる。ロマンスもへったくれもあったものではない。
「アンタね~~~~~~~~~」
風華の突拍子もない発想に横にいた姫子も頭を抱えていた。
「この光景見てそんなこと考えていたの?」
「風華さん、それには私もドン引きです」
「だって仕方ないでしょ!! こんだけ仏像あるんだもん! どれが一番強いか気になるじゃん!」
「気にならないわよ風華」
「気になるよ! だって中学のときも修学旅行でやったもん!」
「中学の修学旅行でも同じことやってたんですか……巻き込まれた人可哀そう……」
風華の常人離れした発想に口々に否定的な意見を並べる二人。
だがこの手の思考回路に適性のある朗太は
「手前に置かれているネームドキャラから探せばいいのか?」
とわりあいノリノリで応対していて
「こら朗太! 二十八部衆をネームドキャラとか言わない!!」
「さっすが凛銅君! 話が分かるぅ!」
「えぇ……これやるんですか……」
引き気味な纏や姫子を無視して、4人それぞれで堂内最強の仏像を捜索する流れになった。
数分後には皆、堂内最強の仏像を選定し戻ってきていた。
「まずは私のターン!!」
そして風華が勢いよく先陣を切る。
「風神!! 召喚!! 私が推すのは風神よ!!」
堂内の左端まで朗太たちを引っ張っていくと風華は声高に言いながら風神像を指し示した。
「なるほど白染の推し神は風神か」
納得の判断に朗太は顎に手を置き首肯した。
「悪くない……」
「悪くないて……」
「というか推し神って……」
朗太のセリフにドン引きする姫子と纏。だが風華は構わず続ける。
「そうよ! 風神はその風で全ての敵を薙ぎ払うわ!」
「確かに強そうだな」
中二マイスターの朗太は風華の王道な選択にうむうむと笑みを零しながら頷いていた。
奇をてらわず徹底的に王道を取る。その姿勢は非常に風華らしかった。
「そうよ! 風神is最強なのよ!!」
「ふっ、甘いわね」
それを聞いてあざ笑ったのが姫子だった。
中二スイッチが入ったのか、たったの今までドン引きしていたのに、急にノリノリである。
「風神が最強? ちゃんちゃらおかしいわ」
「何を?! じゃぁ姫子、アンタは何を推すっていうの?!」
「私の推し神は堂内で最も右端を陣取る雷神よ!」
「雷神?!?!」
風華は風神とよく対で描かれる雷神の選択に目を丸くした。
「そうよ雷神よ!! あらゆるものを電光石火の早業で焼き尽くすわ!! あんたの推している風神なんて一瞬で消し炭よ!」
「いやいや明らかに風神の方が強いから! パワーがきっと桁違いだから!」
「は! スピードの前ではパワーなど無意味よ!」
「そんなことないわよ!」
途端に犬歯をむき出しにし言い合う二人。
「フ……」
それを見て思わず朗太も笑みを零す。
分かっていないな。そんな風にあざけって見せる。すると
「何? 凛銅君、推し仏いるの??」
「笑ってないでアンタのカードを切りなさいよ」
というので朗太は渾身の仏さまを提示した。
「俺が推すのは風神の横! 『密迹金剛力士』だ!」
「金剛力士!?!?」
朗太のまさかの選択に風華と姫子は目を丸くした。
「なんで金剛力士なのよ。ほかにももっと強そうなやつもいたでしょ。阿修羅とか」
「だが姫子みろこの筋肉を! ほかの仏よりあきらかに一線を画すだろ! ふくらはぎ見ろよ! 筋肉もりもりだぞ!!」
「た、確かに……!」
「それに白染。この腹斜筋を見ろ! ぼこぼこ筋肉が浮き出ているだろ!!」
「確かにこれは凄い……私の運動眼が相当の筋量だと訴えているわ……」
「そ、そんなんあったわね……」
「だろ!! だからこそ俺はこれを選んだ!! 筋肉こそ最強!! マッスルイズパワー!! 雷? 風ぇ?? 筋肉で一撃です!!」
「何ですって?!」
「朗太! アンタ言うわねぇ!?」
と心底下らない話で盛り上がる三人。そして
「で、纏!! 纏のターンだ! 纏が繰り出す最強の仏を俺たちに見せてくれ!!」
最後の纏の仏を聞き議論しようと尋ねたのだが
「先輩たち、恥ずかしいのでやめてください」
「「「はい」」」
そこには真顔の纏がいた。
纏の冷たい声音で正気に戻る年長者たち。
「恥ずかしいうえに、とても罰当たりな気がします」
「「「はい」」」
「謝ってください」
「「「すいませんしたーー」」」
こうして朗太たちは三十三間堂を後にしたのだった。
聞いたところによると三十三間堂は後白河上皇の命により多くの人がかかわり建立されたらしい。
だが彼らもその数百年後に若者たちがどの仏さまが一番強いかで盛り上がっているとは夢にも思わなかったであろう。
その後朗太たちは京都御所などを見て回り、時間も時間だったため宿に戻ったのだった。
そして夕飯を食べ終わると
「京都観光、夜の部よ!」
日の落ちた京都市内へ自転車で駆り出すのだった。