白染風華(1)
東京遠足の一件からというもの、朗太は度々姫子の依頼に駆り出されている。
「あの、その人って……?」
姫子に連れだって朗太が姿を現すと依頼者である少女は眉を顰めた。
校庭から男子生徒の賑やかな笑い声が響く昼休みのことである。
今日も騒がしい校舎とは裏腹に、朗太達は閑静な体育館裏にいた。
姫子への依頼者に会いに来たのだ。
そして木陰で薄暗い体育館裏に着くと、そこにはおさげの少女がいて姫子の後に現れた朗太に瞠目していた。
無理もない。これまで姫子に相談していたというのに突如見知らぬ男子がやってきたのだから。
朗太が少女の気持ちを察しチラリと姫子に視線を向けると、しかし姫子はそんな少女の気持ちなど斟酌しない。バッと腕を朗太へ向け顎を上げた。
「そうよ、こいつが昨日言ってた『助手』よ!」
だが、いくら姫子が自信ありげに紹介しても少女の顔は不安げだ。「いや、でも……」と突然現れた異性にたじろいでいた。
しかしやはり姫子は少女の反応をものともしない。
「ま、秘密は守ることは確実よ。これまでも何度『も』依頼を一緒にこなしてきたけど漏洩は一度もないわ!」と言って「信用なさい!」とドン!と胸を叩く。
そこまで言われてしまえば自分から頼んでおいて無下にするわけにもいかない。少女たちは「まぁ……良いけど……」と朗太のことを訝しみつつも「じゃぁ、改めて相談なんだけど……」と依頼について話し始める。
そして姫子がこんな風に無理やり朗太の存在を依頼にねじ込むので、朗太も朗太で成果を出そうと必死。懸命に知恵を絞っていた。それもあって――
「あ、ありがとう……。凛銅君……」
数日後、無事朗太は依頼を解決し、先日体育館裏で会ったおさげの少女の顔がほっと綻ぶ。
「良いよ、そんなもん」
このように朗太は依頼の解決に尽力していた。
姫子は「どうよ、私の助手は!」と自分のことのようにとても誇らしげで、その今にも「フフン」と笑い出しそうな笑みを見ると朗太は脱力しそうになる。
このような嬉しそうな姫子や少女の顔を見ると朗太はこの依頼をこなして良かったと思うのだった。
……ちなみになぜ朗太が従順に姫子に指示に従っているかというと、それは姫子の依頼の仕方が巧妙だからだ。
見事な手練手管で姫子が朗太を依頼へ引きずり込むのだ。今回の依頼だって――
『そっかぁ残念だなぁ。今回の依頼は女の子の恋愛相談で、朗太の作品にもなかなかいい影響を与えそうなんだけどなぁ。親友の女の子が好いている男子に好かれて困るなんていうのはありがちだけど勉強になると思うんだけどなぁ。絶対恋愛描写がダメダメのアンタの小説にうってつけよ。あぁ~残念、そっかぁ朗太は協力してくれないのね。朗太がいつか書く『傑作』にとても良い影響があると思ったのだけれど。わかったわ、私一人でやるわね。そっかぁ~朗太が書く『傑作』読みたかったなぁ~残念』
とか言って朗太を依頼へ誘ったのだ。
そしてそんな呟きを聞いてしまえば断れるわけもなく
『どう? やる?』
『や、やる……』と頬を赤くしつつ話に乗らざるを得ないのだ。
本当にこの自分の主体性の無さには困る。最近の悩みの種の一つである。
とまぁそんなこんなで、このように朗太は姫子と行動を共にすることが多くなっているのだが、これにより一つの弊害が生じた。
姫子と一緒に行動することが増えたせいで同級生や他学年の生徒に悪く言われるようになったのだ。
先日姫子は言っていた。
姫子と朗太の関係性を尋ねてくる女子がいた、と。
あれはその女子の一瞬の気の迷いではなく、多くの生徒にとって疑問だったようなのだ。
姫子が教室で女子に囲まれ「どうの!??」「どうなの~!!?」とピーチクパーチク尋ねられているのを朗太はすでに目の前で目にしている。
姫子は「そんなんじゃないわよ! やめてよも~!」と顔を真っ赤にし顔を手で仰ぎながら否定していた。
「もうアイツは私の依頼の手伝いをしてもらってるだけよ~、そ、言ってみれば助手よ助手!」
そう説明する姫子はどこかまんざらでもなく見えなかったことは一応黙っておいた。
おかげで朗太もそのあおりを受けており
「朗太、嘘だと言ってくれ……」
「だから付き合ってなんかねーよ大地……」
「そ、そうか……」
と親友の舞鶴大地に縋りつかれ否定する羽目になったり、その他生徒に悪し様に言われるようになっているのだ。
それにしても……、朗太は思う。
お前は気づいた方が良い、大地。
教室の奥から仄暗いオーラを放ちながら紫崎優菜さんが見ていることを……!
長い黒髪が特徴の図書委員、紫崎優菜は教室の奥の方から大地を凍てつくような瞳で眺めていた。
そのように朗太の周辺は推移しているのだ。
それもあって今日も今日とて姫子に連れ立ってアリーナと呼ばれる玄関前の開けた場所を通ると良く聞こえてくる。
「いや釣り合わないだろ~」
「でも付き合っているわけじゃないらしいぜ」
「良かった~安心した~! それだけはあっちゃいけないぜ~」
嫉妬なのか、マウントなのかは分かりかねるが朗太を悪し様にいう声。
そしてこのような話が耳に入るや否や
「ハ? アイツら何言ってんの……?」
姫子の怒りのスイッチがオン。
まるで自分を罵られたように男たちに食って掛かろうとするが
「やめとけ」
朗太がすぐに怒り姫子を諫める。
「でも朗太!」
「良いんだ姫子、言わせておけば」
「良いの? あんな好きに言わせておいて!?」
「良いんだよ」
実際に朗太は好きに言わせておけばいいと思っていた。
なぜなら、朗太は朗太なりの解消法があるからで――
「なぁ姫子、あいつらは何て名前なん?」
しばらくして廊下を歩きながら朗太は尋ねた。
「え、2年A組の田中達でしょ?」
どうしたの? 復讐するの? ときょとんと尋ねる姫子に朗太は邪悪な笑みを浮かべ言った。
「助かる……」
そう、朗太には朗太なりのストレス解消法がある。
それは――
◆◆◆
瞬間、ドルニーチェの凶刃がティーニの胸を背後から貫いた。
光で出来た鋭利な刃がティーニの胸からそそり立ち、根元から間欠泉のように赤い血が飛び散る。
「まさか……! 貴様裏切ったのか……!?」
老兵であるティーニは信じられないという面持ちで背後で刃を突き立てるドルニーチェを振り返った。ドルニーチェは自分たちにとっての旧来の戦友だ。
ここで裏切るなど、信じられない。
しかし、ドルニーチェは兼ねてよりそのつもりだったようだ。
「世代交代だ、爺さん」
そう言って刃を引き抜き、ティーニの遺体を、セレン達がいる地上数百メートルの大理廊下より放り捨てた。
これまで何年もの間、苦楽を共にしてきたティーニの遺体が遥か眼下の桃色の雲間に消えていく。
「クッ……」
悲しみのあまり思わずセレンは顔を歪める。
しかし――
「おっと感傷に浸る暇があるのかな? お姫様のエコひいきで騎士になった新人騎士さんよ」
間髪入れず、ドルニーチェがティーニを一刺しにしたビームサーベルでセレンに襲い掛かった。
「ッ!」
伸縮するそれをとっさにバク転で躱すセレン。
しかしドルニーチェの操るビームサーベルは余りに苛烈。セレンの頬を焼け焦がし、流血させる。
「セレン!!!」
その様にセレンの背後で控えていた姫・レイが悲鳴を上げた。
その声を聴いてセレンは今自分が絶体絶命のピンチにいることを再認識する。
停戦合意のために訪れた中立星・惑星アンプトゥトゥ。
だが合意のためのテーブルにつこうとビルとビルを渡す大理廊下を渡ろうという際に配下であるドルニーチェが裏切った。
つまりこれは帝国側の罠であり、案の定、
「おい、遅かったじゃねーのドルニーチェ」
「すまんすまん。少し手間取った」
大理廊下の下方から円形の反重力円盤機に乗る帝国の騎士が現れ、セレンの背後に、前方に降り立つ。
その数、30名。
対するセレン陣営は僅か6名。
数の上でも圧倒的不利。加えて、いるだけで百人力と言われたティーニすら失った。
それが意味することは……
「絶体絶命、ってやつだなぁ? どうするんだ新人騎士さん?」
言うや否やドルニーチェは宣言した。
「お前も桃色の雲の中に消えな。殺せ野郎ども!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
瞬間、30名の兵士たちがセレンたちに襲い掛かった。
そこから激闘だった。
敵味方入り乱れて斬り合う。敵が使用する違法パーツの攻撃をセレンたちはかいくぐり敵に一撃を加えていく。
しかし――、結論から言えば勝ったのはセレンたちであった。
「う、ウソだろ……」
ドルニーチェは自分が呼び寄せた帝国の騎士がばったばったとのされる様を目の当たりにし荒い息をしながら目を見開いていた。
セレンたちは圧倒的な人数差を覆したのだ。辺りには赤の塗料をまき散らしたかのように赤色が散っていた。ほぼ全て、帝国側の血である。
「なぜだ……! なぜ……!」
ドルニーチェは意味が分からず血だらけになりながらずるずると後ずさっていた。
「なぜお前がティーニの剣技を使えるんだ?!」
そう、セレンたちが圧倒的な戦力差を覆せたのはセレンがティーニが得意としていた『ワ』の剣技を体得していたことが大きかった。
ワ。『和』とも書くらしい辺境の星に伝わる、流麗・しなやかな剣技である。それによりセレンが幾人もの仲間を屠ったのだ。
だが戦闘モードに移行したセレンはいちいち相手に事情を説明したりしない。
刀に手を当て腰を落とし、居合の姿勢で息を吸う。
それはドルニーチェが殺害したティーニが最も得意としていた、そしてこの世でティーニしか体得していないと言われる『ワ』の『縮地抜刀陣』の構えで
「お前まさか!? ティーニの爺さんからッ」
ドルニーチェが事の推移を理解し目を剥いた瞬間だ――
セレンが一気に加速し、ドルニーチェの首を跳ね飛ばした。
セレンの背後には血煙の軌跡が残り、ドルニーチェの首が宙を舞う。
その光景を加速した体感時間でゆっくりと眺めながらセレンは呟いた。
「ティーニが死んでもティーニの意思は俺の中で生きていく。残念だったな、ドルニーチェ、いや、本名」
セレンはその本名を口にした。
「ドルニーチェ・田中」
◆◆◆
いや~良い仕事をしたな。
最新話を書き終え朗太はグイ~と自室で伸びをした。するとEポストに姫子から連絡があり、電話に出ると姫子は開口一番言った。
「え、何これは?」
すぐに姫子の言わんとすることを察する。
時刻は午前零時過ぎ。ほんの数分前に最新話を更新したばかりだ。
つまり姫子は自分の最新話を見て電話をしてきたということなのだろう。
朗太は得意げに問う。
「どうよ?」
「いやどうよもこうよもないわよ! 何、ドルニーチェ田中って。あと何、今の展開」
「え、なにって、『処刑』だけど」
「処刑!? は!?」
「はぁ~~」
物わかりの悪い姫子に朗太は嘆息を漏らした。そして子供を諭すように優しく言った。
「だからさ姫子? 俺は面と向かって悪口言ってきた田中を処刑してやったんだよ、俺の小説の中で」
「そんな陰湿な仕打ちある!?」
いやそれがあるのである。
朗太は心の中で肯定する。
なぜなら自分はこういう人物なのだから、と。
しかし朗太のしたことに姫子は相当ドン引きしたらしく「うわーうわーうわー」と電話越しに聞きたくないと主張するように叫ぶと
「ポイント落とすわね」
「え、嘘!?」
同時にブツンと電話は切れ、自作のポイントを見ると評価ポイントからごっそり10ポイントほど消失していた。
それは明らかに姫子が自身の評価を取り下げたということであり朗太はその夜、悲しみに暮れることになった。
◆◆◆
そんな風に朗太は賑やかな高校二年生の春を過ごしていたのだが、五月の初旬の昼休み、朗太が舞鶴大地と宗谷誠仁たちと教室で昼飯を食べているとき事件は起こった。
「今度うちのクラスに転校生がやってくるらしいぞ?」
「え、それホントか!?」
「あぁ職員室に行ったら先生たちがそう言っている話を聞いた」
「へ~女子かな女子なら可愛い子が良いなぁ!」
誠仁と大地が今度やってくるらしい転校生の話で盛り上がり、その話を朗太が聴いていると教室の廊下側が騒がしくなったのだ。
それを見た大地と誠仁が
「てゆうかアレ見ろよ!?」
「お、珍しいなぁ」
と言うので、なんだと朗太が背後を向こうとすると、当該人物はその隙に朗太の背後まで近づいていて、朗太の背をトントンと叩いた。そしてようやく朗太が振り向くと同時にその『少女』は言うのだった。
「やっほ~! 君が凛銅朗太君?」
振り向いた朗太は目を剥いた。
同時にくわえていたマーガリンパンを吐き出しそうになる。
なぜならそこにいたのは
「白染、風華、さん?」
艶やかな黒髪、陶器のように白い肌、ぱっちりと開いた黒く大きな瞳。
まるでこの世の『美』をそのまま具現化したような存在。
天使か妖精が制服を着て歩いているような(朗太比)圧倒的存在がいたのだ。
そう、我が校には一年度何十名という男子を振ったという伝説を有するスーパークイーン茜谷姫子という存在がいる(きっとだいぶ盛られた話なのだろう)。
そして朗太の背後にいたのはその姫子と並ぶとも劣らないと評される我が校を代表する二大クイーンの一人であり
「お? 私のこと知ってくれているんだ嬉しいねぇ~」
風華は朗太がその名を呼ぶとにっこりと顔を綻ばせた。
朗太が一目ぼれした人間である……!
「え、あ、え、嘘……?」
朗太はひそかに恋心を寄せる、好いた美少女の登場に言葉を失った。
これが朗太と風華の記念すべきファーストコンタクトであった。
そう、凛銅朗太には密かに恋心を寄せる人物がいたのである。