旅行4日目(4)
仁王門をくぐった後も大変だった。
「この三重塔って有名なんでしたっけ?」
「そうね。国内最大級らしいわよ」
朱色の三重塔を指さす纏とパンフレットを見ながら答える姫子。
「中には大日如来が祀られているんだって。で、各層の屋根の四隅には鬼瓦があるんだってよ」
「鬼瓦って何ですか?」
「読んで字のごときよ。鬼の顔した瓦」
「それに何の意味があるんですか?」
「まぁそりゃ厄除けよね。鬼なんだし。で、南東の隅の方には龍の鬼瓦あるんだって」
「龍の鬼瓦とは一体……」
「火災防止の祈りだそうよ」
「はえー」
まぁ大昔は火災は今以上に大敵だったろうしそういうものなのかと朗太が感心していると
「あ、本当ですね! シーサーみたいな顔した瓦があります!」
「……鬼ね」
「あ、それとうねうねしてる奴見つけた! あれが龍ね!」
と纏と風華が鬼顔の鬼瓦と龍型の鬼瓦を発見し屋根を指さし歓声を上げていた。
朗太もそれを見る。
それは黒い複雑な紋様や形の代物で大昔の人が作ったとはすぐには思えないほど精巧なものだった。
きっと新しいものに変わっているのだろうが、形は同じままに違いない。
朗太は昔の人の技術に感動していた。
と、ここまでは良かったのだ。ここまでは。
問題が起きたのは
「で、ここが随求堂です」
随求堂であった。
パンフレットを借りていた纏が指さす先には黒い屋根瓦に白い壁の堂があった。
多くの観光客は今もそのお堂の中に吸い込まれていっている。
ここは朗太も知っている。中学時代も来た。
「確か、こんなか歩き回って随求石っての回すと願いが叶うんだよなって……ハッ?!」
中学時代を懐かしんでいた朗太は衝撃の事実に気が付き息をのんだ。
そう、この随求堂で胎内巡りをし随求石を回すと願いが叶うと言われている。
真っ暗なお堂の中をさまよい歩き、その先で随求石を回すと願いが叶うと言われている。
真っ暗なお堂の中を……だ。
皆が姫子を振り返っていた。
代表して朗太が尋ねた。
「え、入りたいの?」
「……うん」
「おいおいおいおいおいおい!!! ちょっとお前身の程を考えろよ!!!」
姫子が顔を赤くし頷くと、途端に朗太を筆頭に三人は慌て始めた。
「無茶は禁物よ姫子!」「そうですよ! 身の程を弁えましょうよ!」
皆口々に否定的な言葉を並べ始める。
「何よ皆して! 身の程って関係ないでしょ!! それに今ご利益千倍キャンペーン中でしょ!! 何があっても入りたいでしょ!!!」
「でも姫子さん暗いところダメじゃないですか?!」
「な、ならライトで照らせばいいじゃないッ!」
「ら、ライトて……」
「それはさすがにダメじゃない? 姫子」
「それにお前どうせライトで照らしたところでダメだろ……。この前の田んぼでも駄目だったんだし……」
「なら何よ!! 私だけ随求石回させないって言うの?!?!」
「回させないんじゃなくてあなたが回せないんです~!! 別に回させないように誰かが阻んでいるわけではないんです~!!」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 何よ!! このケチ!! ケチンボ!!」
「ケチじゃなくてあなたがわがままなだけです~~!」
率先して言葉のグローブで殴り合う朗太と姫子。
だが姫子の不参加は変わらず朗太たちは姫子を置いて随求堂へ入ろうとしたのだが
恨みがましい姫子の視線が三人に突き刺さる。
「「「………………」」」
今にも泣きだしそうなその視線に皆ががっくりと項垂れた。
「……今回だけですよ姫子さん」
「ほ、ホントに?! 私も行っていいの??!」
「はい、良いんじゃないですか? 良いですよね、皆さん」
「うん、仕方ないよ。皆でここまで来たんだから」
「そうだな。まぁ今回は特別だな」
「ありがとう恩に着るわ~~!!」
そして姫子は無事参加の許可を残りのメンツから得ることが出来たのだが
「じゃ、姫子さんの相手、お願いしますね先輩」
「え?」
「凛銅君、頼んだよ!」
「いやちょっとまって?! 白染とかでも良いんじゃない?!」
「嫌よ! 命がいくつあっても足りないわ!」
「じゃ、じゃぁ迷惑かけるわね……」
なぜか自分に姫子を振られてしまった。
そして朗太が泡を喰っていると、顔を赤く染めた姫子に手を握られ逃げられなくなってしまい
――やばい。
朗太が息をのんでいるうちに胎内巡りは始まった。
その結果、案の定、朗太は酷い目に遭い
「イッタァァァァァァァァァァァ!」
胎内巡りをしていると纏と風華の耳に朗太の押し殺したような悲鳴が届いた。
「先輩には悪いですがこれは仕方ないです」
「そだね。あんなん相手に出来ないわよ」
二人は暗い境内に声を潜めてささやき合った。
無事石を回し日差しの下に出てきた朗太たちに纏たちは尋ねる。
「この胎内巡り、終えると生まれ変わったような気持ちになると聞きますがどうでした先輩」
「あやうく本当に生まれ変わるところだったわ」
出てきた朗太は今にも死にそうなほど疲れ果てていた。
それから手傷を負った朗太が回復するのを待つと、朗太たちは本堂へ向かった。
本堂は多くの人で賑わい、本堂前で列をなしていた。
「それにしても凄い人ですね」
「千日詣りの時は普段は入れない本堂の内々陣まで見学できるからそれもあるでしょうね」
「当然それも見に行くんだろ?」
「もちろん! せっかく特別にみられるのなら見ておかないと!」
朗太たちは多くの人と同じように列に並びその時を待っていた。
しばらくすると列は本堂前の大きな金属の工芸品のあるところまでやってきた。
弁慶の錫杖と高下駄である。
列をなしていた多くの人がその大小二つある金属製の杖を持ち上げようとし喚声を上げていた。
「あれ持ち上げると願いが叶うそうよ」
「いやデカいのはさすがに無理だろ。何キロあるんだ」
「大きい方が90kg、小さい方が14kgだそうよ」
「90kgは無理だな。14kgは行けそうだが」
「筋トレ部の名が泣くわね」
「それを言われると痛いがしゃーないだろ。無理だし」
「というよりも先輩の場合小さい方が持ち上げられるかも怪しいです」
「ね、そうだよねー!」
「おい纏に白染まで?! 見てろよ! マジで持ち上げてやるから!!」
こうして朗太は筋トレ部の威信をかけて小さい方の錫杖を持ち上げることを誓ったのだが
「あと朗太、この錫杖の前にある高下駄触っときなさいよ。アンタは触っといた方が良いわ」
錫杖の前まで来ると姫子はその前にある高下駄を指さしそういった。
「なんでだよ。まぁ触るけどさ」
対し別に抵抗するほどでもない。朗太が高下駄をすりすり触ると
「男が触ると浮気防止になるからよ」
「おい!!!」
朗太は叫んだ。
こいつは自分になんて疑念を感じているんだと朗太は傲然と姫子に言い寄ろうとするが
「確かに先輩は入念に触っておいた方が良い気がします。先輩、まだまだ触り足りないですよ。本来なら十分でも一時間でもなで続けさせたいところなんですから」
「纏まで?!」
「確かに凛銅君はよく触っておいた方が良いかも……」
「白染もか?!」
残り二人の少女にまで言われてしまって意気消沈していた。
また朗太にとどめの一撃を放った風華はというと纏からガイドブックを受け取ると
「え?! この高下駄触ると今後履物に困らなくなるの?! 触らなきゃ!!」
そのご利益に目を丸くし高下駄を入念に撫で、その様子を見た朗太たちを複雑な気持ちにさせていた。
その後の錫杖だが
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
顔を真っ赤にし朗太はなんと挙上に成功。
朗太は何とか面目を保ったかと思ったのだが
「あ、意外といけるもんね」
「そうね軽い」
と姫子と風華が腰をいれて見事持ち上げていたので、そこまで面目は保たれなかった。
「えぇ……」
残された纏はというと同性の馬鹿力にドン引きしていた。
それから本堂と千日詣りの間しか解放されない内々陣を見学すると朗太たちは清水の舞台にやってきていた。
木製の舞台は観光客で賑わい端の方では多くの人が清水の舞台からの景色をバックに写真を撮っていた。
朗太たちもタイミングを見計らい欄干まで向かう。
舞台の隅は若干傾斜していた。
そこからの景色を見ると姫子は言う。
「風華の肩を持つわけではないけどここからの景色を見ると京都に来たんだって気持ちになるわね~」
「気持ちが良いです!」
「でしょでしょ! ザ・京都って感じでしょ!!」
「紅葉の季節とかに来るとさらに綺麗なんだろうな」
四人は集合写真を撮るとしみじみとそこからの眺望に見入っていた。
「にしても清水の舞台から飛び降りるっていうけど本当に飛び降りる奴なんていたのかな?」
「意外と多かったそうですよ」
朗太が尋ねると纏が答えた。
「昔は清水の舞台から飛び降りると自分の願いが叶うときに怪我をしないと信じられていたそうです。もしくは成仏できると信じられていたとか。だから多くの人が飛び降りたそうです」
「えぇぇ! でもこの高さだろ?! 全員命はないんじゃ……」
「いやそれがそうでもなかったそうです」
朗太が先人の狂行に怯えているとスマホを操作する纏は首を振った。
「昔は下に木々が茂っていたこともありこれまで200名以上飛び降りているそうですが、亡くなった人は30名くらいだそうです」
「は~~。それくらいなら飛び降りる人がいてもおかしくないか」
朗太たちはそんな雑談をしつつ、順路を進んだ。
次に朗太たちが訪れたのは階段を上った先にある地主神社であった。
恋占いの石があることで有名な神社である。
二つある恋占い石の片方からもう片方まで目を閉じてたどり着くことが出来ると恋が成就するというのだ。
これは朗太も知っている内容だった。
中学時代、友人たちと大いに盛り上がったものである。
今日も恋占いの石の前では多くの観光客が自分の恋を占っていた。
そして朗太がどんよりとした気持ちで同伴の美少女達を見ると
「じゃぁやるわよ!」
「無事に恋占いの石にたどり着けるのは私だけです!!」
「フン、勝つのは私よ。姫子、纏ちゃん……?」
三人はバチバチと火花を散らしていた。
案の定始まったのは壮絶な足の引っ張り合いだった。
「じゃぁまず私がまず行くわね!!」
先発、風華。
目を瞑った風華は意気揚々宣言すると
「じゃぁ凛銅君! 私絶対にたどり着くからね!」
「お、おう……」
朗太に満面の笑みを向けると目を閉じた。
そして忍者のようにそろりそろりと進み始めるのだが
「風華、ちょっと右にずれてるわよー!!」
「風華さん、右に逸れ気味です!!」
若干左に逸れ気味だった風華に姫子と纏はそんなことを言う。
左に逸れ気味なのに右に逸れていると言うとか悪意がヤバい。
だが風華も慣れたもので
「どうせアンタたち逆なこと言ってるだけでしょー!!」
といって彼女たちの指摘を見事逆手に取り軌道修正。
傍から見ると見事な感覚で再び恋占いの石へまっすぐ進みだしたのだが、その後も続いた再三のちょっかいで、風華のトライは失敗に終わった。
「フフ、ラスボスが倒されたので次は私が行きます!!」
次点は纏だったのだが、やはり姫子と風華の妨害により失敗。
そして
「フン、最後に掻っ攫うのはやはり私のなのよ!!」
と満を持して姫子がチャレンジしたのだがやはり纏と風華の連携で見事失敗。
「アンタたちねぇ~~~!!! さもしいと思わないの!!?」
「それは姫子さんに言われたくはないです!!」
「そうよ!! 誰よりも早く妨害始めたの姫子じゃない!! いっちばん浅ましいのは姫子よ!!」
「なんですって~~~?!?!?」
三人の美少女はすぐに口論を開始し周囲の視線を集めていた。
こんな時くらい静かにしてほしいものである。
それから朗太たちは音羽の滝に向かおうとしたのだが
「皆、ちょっとまって!」
音羽の滝へ向かう階段を下ろうとするとそんな朗太たちを風華が呼び止めた。
そして横道に逸れ始めどこへ連れていくのかと思ったら本堂と舞台を見渡せる奥の院という場所だった。
そこで何をするのかと朗太が思っていると風華は出来上がっていた列に並び始める。見るとその先には小さい観音像が立っていた。その背後では竹筒からみずがちょろちょろと流れ出て、観音像の足元に水を張っている。
観光客は嬉しそうにその水を柄杓で掬い取って観音像にかけていた。
「これなに?」
「濡れ手観音よ!」
朗太が尋ねると風華は嬉しそうに語った。
「この観音像に柄杓で水をかけると水行をしたことになるんだって! 自分の代わりに観音様が水行をしてくれるの! お得!!」
「得なのか??」
朗太は思わず聞き返していた。
だが風華はそんな朗太の疑問など気にも留めず柄杓で水を掬いそれを観音様に優しくかけて喜んでいた。
それから朗太たちが訪れたのが
「うわー輪にかけて混んでるわね」
「列が凄いです」
「でも並ぶでしょ??」
「まぁ並ぶけど」
清水寺の清水の舞台に続いて有名な観光スポット音羽の滝だった。
屋根の下に備え付けられた水を引く筧より清水が三本に分かれて流れ出ている。
滝の下では多くの観光客が柄杓で水を掬いそれを飲んでいた。
「列に並んだ場合一番右が学業成就、中央が恋愛成就、左が延命長寿らしいです」
「成就と長寿で韻を踏んでるのか」
「でもガイドブックによっては滝がそれぞれ何の効能に該当しているのか決まってないとも書かれているわよ」
「ふーんそうなんだ。でもま、とりあえず私たちが並ぶのは……」
「恋愛成就に決まってるわね!」
「決まっているのか……」
「あったりまえです!!」
「じゃぁ行くわよ皆!」
こうして朗太たちは人にもまれつつ音羽の滝に並び始めたのだった。
朗太もまた恋愛成就の滝に並んだ。
学問にも健康にもさしあたって懸念は見当たらなかったからである。
そして偶然にも順番的に風華の次に朗太がその水を飲むことになり
「あー冷たくて美味しい! はい、凛銅君コレ!」
と口元をぬぐう風華から朗太は先が金属になっている柄杓を受け取ったのだが、
ハッ……!
ここにきてようやく朗太は衝撃の事実に気が付いた。
これ間接キスやんけ!! と。
となると今から自分が行う行為は重大な意味を持つものといえた。
恋愛成就の滝、早くも効能抜群である。
さすがご利益一千倍としか言いようがない。
朗太が震える手で柄杓で水を受け止め溜まったそのエリクサーを飲もうとしたのだが
「さすがにきもいわ朗太」
「先輩、最悪です」
朗太が妙に緊張しているのを目ざとく悟った姫子と纏にどんびかれた。
なおその清水はとても冷たくて夏場の火照った体にはとても美味しく感じられた。
こうして朗太たちは清水寺を後にしたのだった。
追記:
清水寺の水はダイレクトに飲まないようですね。感想欄にてご指摘いただきました。
私が無知でした。すいません。
これからもマナー面にも気を付けながら文章を書いていこうと思います。
宜しくお願いいたします。




