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旅行4日目(3)


ホテルに荷を置き朗太達が最初に訪れたのは京都市の東山区にある清水寺であった。


『京都といったら清水寺でしょ!!』


昨晩、残り四日のスケジュールを再検討していると、ガイドブックを持った風華が語気を強めたのだ。


『確かに清水寺はいつかは行こうとは思っていましたが……、一番最初に行くんですか??』

『そりゃそうだよ!! 京都と行ったら清水寺! 清水寺といったら京都でしょ! なら最初に行かなきゃ! 最初にガツンッとこれぞ京都! っていう場所に行かないと脳が京都来たって認識できないでしょ?!』

『そ、そうなのか……』

『飲み会でとりあえず生みたいな言い方ね……』


最初は生、最初は清水。

理由はどうあれそれも良いではないか。

そういえば今回の話が出た当初から風華は清水寺に行きたいと言っていたな。

そう朗太が思っていると、話の流れで京都観光の最初の最初に清水寺に行くことが決まったのだ。


「うわー凄い人……」


お茶屋や着物屋などが軒を連ねる清水坂の前までくると姫子は口をあんぐりとあけた。

清水坂は今日も人でごった返していた。見ている傍から多くの観光客が清水坂に吸い込まれていく。


「にしても前来た時よりも混んで感じるな。なんかイベントでもあるのか?」

「千日(まい)りですね」

「千日詣り???」


馴染みのない単語に朗太が聞き返すと纏は誇らしげに胸をそらした。


「千日詣り、それは一日参拝すれば1000日分のご利益があると言われている特別な期間なんですよ。例年8月9日から16日なのでまさに今日もそうですね」

「そうそ! 今清水寺はご利益1000倍キャンペーン中なの!」

「キャンペーンて」

「アンタねぇ……。神社はドラッグストアじゃないのよ」


あまりの風華の物言いに残りの三人が眉を潜めるとなにを~と風華はこぶしを握った。


「じゃぁ聞くけどご利益が千倍の日と、そうじゃない日。どっちに参拝するの?! はい凛銅君!」

「ま、まぁそりゃ千倍だけど……」

「でしょ!! だから私の考え方は普通なの! 行くよ!」


朗太たちに言い勝つと風華は朗太たちを先導し観光客の混雑を掻き分け始めた。

一方で朗太たちはご利益だなんて実体のないものまで得をしようとする風華の欲の深さに言葉を失くしていた。


「千日詣り、つまり明日と、明後日、そして最終日も参拝すれば合計四千日分、つまり約11年参拝し続けたことになるわ」

「それは行かないわよ?」

「え~~~~~!! 行こうよ~~~!!」


ここで十年分の徳を積もうよとなじる風華を見て、このような欲深い人間に仏は微笑まないだろうと朗太は思った。


「中はさらに酷いわね」


十数分後、清水坂を上りながら姫子はうなだれた。

清水寺に続く坂は前述の通り今日もまた観光客で溢れ、満足に前へ歩けなような有様だった。

石畳の上を着物を着た人やグラサンをかけた屈強な外国人、そして私服の人間達が数えきれないほど往来している。

清水寺付近は坂な上に、階段が多いため朗太たちは清水坂出口側で自転車を止めるとチェーンでがっしり固定し清水寺へ向かい始めていた。

朗太は三人のしんがりを務めつつ歩く。

心無し三人の少女たちは清水寺とあって浮足立っているようだった。

朗太もこれまで家族で一回、中学の修学旅行で一回、合計二回しかきたことがない。当然楽しみであった。


――それにしてもなぁ。


朗太は前を歩く三人の美少女を見て思う。


中学時代は男子四人で清水寺に来たものだが、まさかその二年後にこんな美少女達と清水寺に来ることになるとは

人生分からないものである。


「ねぇ来て朗太こっちこっちー!!」


感慨に耽っていると仁王門の前の左隅で姫子が大声で手を振り自分を呼んでいた。

このまま仁王門をくぐり清水寺に行くのかと思っていたがどうやら寄り道をするらしい。


「首振り地蔵??」


そして姫子に導かれ清水寺前の善光寺という寺まで来ると朗太は疑問を呈していた。

前方の女性ペアがお地蔵さんの前で手を合わしキャーキャー色めきながら去って行く。


「そ、首振り地蔵!」


不思議がる朗太に姫子が答えた。


「実はここの善光寺にある地蔵ってね首が360度回るようになっているのよ」

「でですね、その首を好きな人の方向に向けてお祈りすると祈りが通じるらしいんです!!」

「なるほど」

「だから来たってわけです!!」


なるほど恋愛祈願のためにやってきたというわけである。

だがそうなると俄に気になってくることがあった。


「え、あなたたち好きな人いるの??」

「「「…………ッ」」」


朗太が尋ねると三人の間に緊張が走った。

だが一方で朗太としてもこれは一大事だ。

自分なんかとつるんでいるので彼女たちには好きな人がいないと勝手に思い込んでいた。

朗太としてもなんだかんだで今の関係を心地よく思っている。

だがそこに彼女たちの恋愛模様が入ってきたら関係崩壊は目に見えている。

いや、崩壊というより彼氏ができた者が一人、また一人と花から花弁が欠けるように消えていくのだろう。

当然いつかは訪れる未来だと覚悟していたが、今じゃないと勝手に思っていた。

まさかの可能性が浮上し朗太が汗をかいていると、姫子は顔を赤くしながら咳ばらいをした。


「い、いやそういう意味じゃないのよ……。ほ、ホラ! 女の子はそういう恋愛関係の話に目がないじゃない!? そ、そういうのよ」

「そ、そーですよ先輩! これに深い意味はないんですよ! あと今後も恋愛祈願系の場所行きますが、基本的に他意は無いです!」

「そうそ! 好きな人現れたらいいな~的な奴よ!」


必死にまくしたてる姫子に纏。そのあまりの勢いに「お、おう……」と気圧された。

なるほど三人はビックリするほどの美少女だ。

ならば良い相手を探すのも神?仏?頼みになるのだろう。

と、様子を伺い黙っていた風華もきっとそうなのだと得心していたのだが一方で風華はというと「ふ~~ん」と二人の様子をニヤニヤ笑いながら眺め


「実は私好きな人いるんだ!」

「え!? マジ!!??」


と朗太を驚かせていた。

目を白黒させ言葉を失う朗太。

だが風華はその反応が見たかったようで


「なーんて、うっそー! びっくりしたー?!」


とすぐに冗談をばらし目を線にし笑った。

自分がその外見を非常に好ましく思っていることを知っているからこそ行える悪事である。


「そ、そりゃビックリするわ!」


あわや世界終焉を迎えそうになってた朗太は胸がつぶれそうになっていた。

し、死ぬかと思った……ショック死するかと思った……


そしてどぎまぎしている朗太に向かい風華は優しく微笑みかけると


「大丈夫だよ凛銅君?」


その頬を手で触れながらそんなことを言うのだった。


「だ、大丈夫ってなぜ??」


その感触が柔らかいやら頬を触られ恥ずかしいやらで顔を赤くし朗太が返すと


「そうだね、だって私ね……」


風華は飛び切りの笑顔で言うのだった。


「もし好きな人出来たらじっくり距離を詰めるタイプだから! だから凛銅君! これからも宜しくね!」


それはつまり今現在自分に好きな人はいない。

そしてもし出来てもじっくり攻めるからすぐにはいなくなったりはしないという意味だろう。


「そ、そうか」


良かった……。

理由はどうあれ風華がすぐにどこかへ行ったりはしない。

それは問題を先延ばしにしただけだが朗太にとっては福音であった。

と、こうして朗太は心の安寧を取り戻していたのだが……


「なんなのよアンタそれは! 卑怯よ!」

「足並みそろえてやってんだからこれくらい良いでしょ!」

「やりくちがずるいです!!」


と少女たちは何やら言い合っていた。


美少女達は美少女ならではの争いがあるのだろう。

心の平和を取り戻した朗太は少女たちが言い合うのを牧歌的な気持ちで眺めていた。


だがそのあとも少女たちの争いは続き


それはようやく前の観光客が消え朗太たちの番が回ってきた時起きた。

先頭だった風華が地蔵の頭部をやや右にずらし手を合わせようとすると、


「ふんふ~ん」


と鼻歌でも歌いそうな様子で姫子が出てきて、その頭部を左に戻しなおしたのだ。


「……」


その様子を見て風華はニコリと笑い姫子を見る。

姫子もニコリと笑い返していた。

そして意思の疎通が済んだのか笑顔を張り付けた風華は無言で地蔵の首を先ほどと同様やや右にずらし手を合わせようとしたのだが、また姫子が左に戻しなおす。

そして――


「ちょっと姫子アンタやるっていうの!?!?!?!」

「いーやそういう意味じゃないけどぜっっっっったいにそっちには向かせないわ~~!!!」

「姫子さん!! 頑張ってください!! 私も力を貸します!!」


首振り地蔵の頭部を三人の美少女がつかみ合い主導権を奪い合う図が出来上がったのだ。皆顔を赤くし本気である。

その様子は恋愛祈願にさして価値を見出していないので列の外で彼女たちを右後ろから眺めていた朗太は良く見えた。

そしてこの地蔵の首で遊んでいるようにしか見えない絵面はマズイと思い


「おいお前ら流石にそれは無いんじゃないの?!?! やめろ!!! ぶっこわれたらどうするんだ?! こんなことで喧嘩すんな!!」


朗太が間に割ってはいると、周囲の視線もあったのだろう、正気を取り戻した彼女たちは

「フン、ここは休戦よ……」

「そうね……」

「今日はこれくらいにしておいてあげます……」

ぜぇぜぇと息を上げながら休戦し、なにやらまた地蔵の首をやや右にずらし三人揃って手を合わせていた。



「と、とにかく行くぞお前ら……!」


周囲の視線が痛い。

朗太は彼女たちを誘うと彼女たちはしぶしぶといった風でついてきて


これは先が思いやられる。


朗太は今後の観光を憂いた。





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1巻と2巻の表紙です!
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