旅行4日目(1)
その日は朝から妙な感覚があった。
なんというか、中学時代の修学旅行の朝を思い出したのだ。
中学時代、自分を合わせ五人で夜まで語らい、重たい瞼を必死にこじあけた朝を。
より正確に言うのなら、自分は、なぜか自分合わせ男五人が雑魚寝で寝た後だと勘違いしてしまっていたのだ。
だからこそ――
「……ん」
京都旅行、4日目、朝。
AM7:00
「何だ……」
床で目を覚ました朗太は混乱していた。
目を開けると自分の視線よりも高い位置にベッドがある。自分の背に当たるのは固い絨毯。
なぜ自分は床で寝ていたのだろう。
不思議に思いながら周囲を見回し自分の中学時代の同級生を探した。
しかし次第に記憶が追い付いてきて、いるわけがないと気がつく。
なぜなら自分はもう高校生で、今は纏たちと自転車旅行をしている最中なのだから。
あぁ、そういえばそうだったな。
意識が鮮明になり始め次第に次々記憶がよみがえってくる。記憶がどんどんアップデートされる。
『凜銅くん? 京都旅行行かない?』
『行きます…!』
『アンタ、安易に答えすぎ……』
『死ぬ……!』
『まだ一日目よ! しゃんとなさい!』
『宿がないわ! どうしよう!?』
『待ってたよ……』
そうだ。
三日目。疲労が溜まっていた自分たちは京都入りするのを諦め滋賀県にとどまったのではないか。
そこまで思いだし朗太は頭を掻いた。
自分たちが京都旅行の最中だということは分かった。
だがなぜ自分は床なんかで寝ているのだろう。
朗太は硬い床の上で寝て痛む腰をさすり起き上がった。
すると、ベッドの上で姫子たちが横になっていた。
「あぁそうか」
それを見て朗太は昨日の夜のことを思い出した。
ハリー・ポッ◯ーの映画第一弾を見終わると姫子は言ったのだ。
『朗太、あと映画は第何弾まで見れるの?』
『有料チャンネル的には第三弾までは見ることが出来るな』
『じゃぁ見れるところまで見ましょう!』
そう言って姫子は朗太の部屋に居座り続けたのだ。
混濁する頭を撫でる。
映画を見ながら、時間を巻き戻せるとしたらどこに巻き戻したいかなど下らない話や、自分の推し映画の話などをしていた記憶がある。
すると風華の頭部が舟を漕ぎだし、纏がうつらうつらし出し、一人、また一人と寝落ちしていったのだ。そして
「朗太……アンタのことだから大丈夫だとは思うけど……変なこと済んじゃないわよ……」
眠くてもう目が開けられない姫子は目を擦りながらそう言い終わると同時に脱落。
三人の美少女はデスクライトだけの淡い暗闇の中、朗太のシングルベッドでゴチャッと眠りにつき
「……」
その頃には朗太も耐え難い睡魔に襲われていて、良からぬ企みを思いつくよりも前に崩れるように眠りについたのだった。
確かチェアに腰かけた気がしたのだが、きっと平地を求め無意識的に床に寝転んだのだろう。正直平地を求めて彼女たちのいるベッドにダイブしなかっただけ僥倖である。もしそんなことをしていれば今頃死んでいた。
それでか。
朗太は痛む腰をさすった。
これで自分が起きた直後に妙な感覚に捕らわれた理由も分かった。
朗太は自身のベッドで死んだように眠る美少女達を見て納得していた。
きっとこのように皆で一堂に寝るのが久々で自分は無意識的に修学旅行にいるんだと錯覚してしまったのだ。
だからこそ男五人で寝ているなんて妙な感覚に陥り、寝起きに中学時代の友人を探すなんてバカな所業を犯したのだ。
なんだそれでか。
朗太はぐいーっと伸びをした。
謎が解けると朗太は自身のベッドで眠る美少女達をしげしげと眺めた。
それにしても綺麗な寝顔だな。
朗太はスヤスヤと眠る美少女達の姿に感動していた。
誰もが朗太がいるということで半袖にショートパンツ、要はストレートに『寝間着』というほど薄着ではない格好だ。
だが丈の短いショーパンから伸びる傷一つない生足は何とも艶めかしかった。
纏はベッドの上の方で猫のように丸くなっていて、その横で風華が纏と背を向けるように枕を抱えて眠っている。姫子はベッドの一番下の方で仰向けで転がっていた。亜麻色のその艶やかな髪が周囲に広がっていた。
三人ともすやすや眠っていて、その光景は一枚の絵画のような神々しさだ。
そして三人揃って短パン、というか姫子に至ってはホットパンツのようなパンツをはいているので場合によっては相当きわどいあたりまで見えたりする。
おかげでようやく朗太の中に良からぬ考えがちらつき始め、聖の朗太が必死に悪の朗太を押しとどめる脳内論争が沸き起こり始めたのだが
「あ、アンタ、起きたの……」
目を擦り擦り姫子がずるずる起き上がった。
スヤスヤ寝ている時は気が付かなかったが髪はぼさぼさで、普段の姫子からすると、酷い有様である。
「今さっきな」
「アンタ、寝ている時に私の足首の辺り触った?」
「足首?? 触ってないぞ。どうした」
「いや、なら良いのだけど」
自分の考えを読み取ったのかと思い速攻で答えると姫子は目を擦りながら納得していた。
「あ、皆さん、おはようございます……」
「おはよう皆……」
寝ぼけた姫子と話していると纏や風華も次々目を覚ましだした。
こうして美少女達の寝起きを拝見した朗太の感想だが、美少女は寝起きも様になる。
寝起きなのにそこまで可愛いのかという驚きである。
寝起きで若干不機嫌そうな風華の姿も、むしろ見れて感動という感じである。
纏が起きた直後からなんだかんだ年上の自分たちに敬語を通しているのも(ちなみに敬語ではなくて良いと言っている)感銘を受けた。
そして
「ふぁー、良く寝たーー」
「ホント、明日の行程を考えなくていいからホント安眠出来たわ」
「三日分の疲れもピークでしたからね……、よく寝ました……」
何より寝起きなのに本当に皆可愛い。
見れて儲けものである。
だがそんなことを言うと変態などと言ってなじられるのは目に見えているので朗太は敢えて口にチャックをし気恥ずかしさを隠すためにも
「てか不思議な感じだったわ」
今朝がた自分に起きた不思議な現象の話をしたのだった。
「合計五人で寝たような気がしたんだよね。なんというか修学旅行の朝みたいな。昨日皆でワイワイやってたからかな。マジでもう一人どこ行ったんだろうって探しちゃったわー」
「「え……」」
言った瞬間、風華と纏の表情が固まったような気がした。
見る見るうちにその顔が白くなっていっているようにも見えた。
一体どうしたというのだろう。
朗太が怪訝に思っていると
「あ~くっそ良く寝たわね。気持ちいいわ」
朗太の言葉を大あくびをしていて聞いていなかった姫子はさっさとベッドから立ち上がり
「じゃ、朗太、またあとで。30分後に食堂で。皆それで良いわよね」
と言ってドアの方へ向かい始めた。
そして一人のんきな姫子に
「そ、そうだね……! じゃ、またね凛銅君! 30分後に食堂で」
「そうですね! ではまた後でお会いしましょう先輩」
と冷や汗を垂らしながら風華と纏は続き、三人は出ていった。
一体何だったんだ。
朗太は腑に落ちない二人の反応をいぶかしんだ。
それからしばらくして四人で朝のバイキングで食事をよそっている時だ。
朗太が一人パスタをよそっていると風華が横にきて
「(ちょっと凛銅君! おかしなこと言わないでよね!)」
と小声で詰め寄ってきた。
「(な、なんのことだ……)」
「(朝の話のことだよ!)」
虚を突かれた朗太が瞠目すると風華はひそひそ話をするように朗太側に声が行くように口の前に手を置き眉根を吊り上げた。
「(朝の話? なんか俺したか)」
「(したよ! ホラもう一人の気配の話!)」
「(それがどうしたんだ?)」
「(実は私、夜中中ずっと誰かに見られているような気がしてたの!! 誰かがベッドの横に立ってじぃ~~~っとこっちを見てたのよ! 最初は凛銅君なのかな~って思ったけどどうやら違うみたいで!)」
「(えぇ!? 確かに俺はそんなことしてないぞ?! どういうこと?!)」
「(わっかんないわよ!! だから怖いこと言わないでって言ったのよ!!)」
風華は柳眉を逆立てていた。
風華にしては相当怒っている。
しかし俄には朗太はその話を信じられない。
「(ま、マジか……。ちなみに、性別は……)」
「(う~~~ん、最初は凛銅君かと思ったってことは男かなぁ)」
「(ま、マジか……)」
「(そ、だからおかしなこと言わないでよ! ホント怖かったんだから!)」
そう言って風華は話を切り上げ去っていった。
不思議なことがあるものである。
そう思い朗太が横にスライドしウインナーなどを皿に移そうとしていると今度は纏がやってきた。
「今朝がたはビックリしましたね」
するとこんな話をし始める。
「え?」
「先輩の話ですよ」
「え? 話って、修学旅行的な感覚の話?」
嫌な予感を感じつつ尋ねると「はい」と纏は頷いた。
「実は私も起きた時、『なんで四人しかいないんだろう―』って思ったんですよ。私も先輩と同じようにもう一人の影を探してしまいましてね」
「え」
「それで先輩の話を聞いて思い出したんですよ。夜中、至近距離から男の人に顔をじぃーっと覗き込まれるような妙な圧迫感を感じたんですよ。寝て忘れてましたが」
「え」
「だから怖かったんですよ先輩が同じ話しているのが」
「ま、マジか……。ちなみに相手の年齢は」
「分かりませんよ。中学生のような気もしましたし中年のような気がしましたし。ただ確実に『男』でした」
マジか……。
こうして朗太は頭を抱えた。
朗太が朝感じた違和感。
中学時代の修学旅行を思い出しもう一人の気配を探した。
中学の修学旅行を思い出し、探した。
つまり朗太が感じていた五人目の気配も確実に『男』なのだ。
なぜなら朗太の修学旅行で同じ部屋だったのは当然男子だけなのだから。
そして三人が揃ってもう一人の男の存在を言及し、うち風華と纏の証言に関しては完全に一致している。
つまりこれは……
いたのか……。
もう一人……ッ
……………………ッ!
瞬間、全身の皮膚がぶわりを粟立つのを感じた。
いやこんな心霊体験初めてなんすけど。
狼狽する朗太。
何ならこれから一人その部屋で荷支度するんすけど、と。
これから自分に襲い掛かる恐怖体験を憂い朗太が狼狽していると
「にしても風華も纏も調子良くなさそうね」
纏と風華が偶然同時におかわりに去り、朗太と姫子だけになったテーブルで姫子は言った。
「どうしたのかしら」
「さ、さぁな」
朗太は心配そうな表情でスプーンでスクランブルエッグを掬う姫子をまじまじと見た。
今朝、姫子は朗太に足首を触ったかどうか確認してきた。
それはつまり、昨晩何者かに触られた感覚があったということであろう。
だが当然、朗太は触っていない。
つまり姫子の足首を触ったのは――
……
これは黙っておこう。
「あ、ちょっとこれ朗太食べてみて! ここのスクランブルエッグ超美味しいわ」
暴走するかもしれないから。
無邪気に笑う姫子を前に朗太は誓った。
知らない方が良いってこともある。
「ホントだ、美味しいな……」
朗太は殆ど味がしないスクランブルエッグを流し込みながら同意していた。
これが朗太たちの旅を襲った心霊体験の一幕である。
夏だったので、つい……。
次話投稿は8/3(金)を予定しています!(もしかすると1日遅くなるかも……) 宜しくお願いします!




