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旅行3日目(1)


「じゃぁ、あと一日らしいけど道中気を付けてね」

「はい!」

「ここで気を抜いて怪我しちゃったら面白くないからね。僕が何か出来るかは分からないけど、もし何か困ったことあったらこの名刺に書いてある番号に連絡してね」

「ありがとうございます!」

「フフフ、普段とは違う客層でなかなか面白かったよ。じゃぁね」

「はい! ありがとうございました!!」


三日目。朗太たちは店主の寺谷さんに見送られライダーハウスを後にした。


「良い人だったね」

「はい! 凄い親切な人でした!」

「朝ごはんも美味しかったし」

「色々凄い人だったよなー」


自転車で昨晩通った畦道を走る。

昨夜は暗くて気が付かなかったが石ころなどがごろごろと転がる道だ。

よくパンクしなかったものである。

日差しの下見ると昨日姫子と遭遇した地蔵は柔和な笑みを浮かべているように見えた。

そしてそうこうしているうちに朗太たちは再び名古屋市の中心街にやってきていた。

昨日は宿の関係で朗太たちは後退を余儀なくされたのだ。

辺りが暗かったのと疲れ切っていたため気が付かなかったが名古屋市は朗太たちが懐かしさを覚えるくらい都会だ。

背の高いビルがいくつも立っていて、多くの車が行き来する。

そしてこの愛知県名古屋市こそ


「じゃ、三日目も気合入れて始めるわよ……」


京都自転車旅行・三日目の本格的なスタート地点だった。


「今日で京都入りするんですよね」

「そうよ纏ちゃん! 気合入れてね!」

「アンタ、寺谷さんの言ってたこともう忘れたの?」

「それはそれ。これはこれよ! もちろん無理はしないし安全第一で行くわ!」

「なら良いけど……」

「どっちにしろ今日か明日中には確実に終わるんだ。いくべ」


心を一つに朗太たちは二車線の幅の広い道を進み始めた。

身体はというと、二日分の疲れが溜まり、なかなかキツイ。

朗太や纏は全身湿布だらけといった感じで姫子も疲労が色濃いように見える。

だが寺谷さんの手厚いケアのおかげで幾分回復したように思われた。

自転車旅三日目ときて相当疲れているが、三日目にしては疲れを溜めていない状態で朗太たちは走り始めた。


走り出してしばらく。


「これで愛知県は終わりかしら?」

「ですね。ここからは三重県のようです!」


朗太たちは早々に愛知県から脱出していた。

三重県に入ったことを知らせる看板の下を通る。

名古屋市から伸びる国道一号はすぐに一車線の道になり、閑散とした道になった。

河川敷きの傍を通る道を進んでいると道の先に木曽川という名の大きな川が現れたのだ。

長野県の鉢盛山より始まり、伊勢湾に注ぐ長大な一級河川である。

その木曽川に渡されたトラス型の橋を越えると三重県なのである。


「あと滋賀行って終わりか?」

「だね! それと三重県はあっという間の予定だから!」


朗太が尋ねると風華が声を張り上げ答えた。


「鈴鹿峠越したら滋賀県、ですもんね」


そう、纏の言う通り鈴鹿峠を越せばあっという間に三重県は終わり滋賀県になるのである。

滞在時間は神奈川や東京クラスに短い予定であった。

三重の四日市市に入ると再び風景は栄え始めた。車線は二車線になり商店などが増え始める。

話題は自然とその地名になった。


「四日市って書いてありますがここってあの四日市ですか?」

「四日市ぜんそくのこと言ってんならここだな」

「ハぁー、ここだったんですか」

「こういう地理や歴史で習った知識が実地で結びつくのが旅の良いところよね」

「まぁ四日市は喘息の町ってイメージは良くないわよ……。トンテキなんかも美味しいし」

「あとコンビナートの夜景とかも綺麗らしいな」


信号待ちで雑談しながら朗太たちは自転車を走らせ続ける。

また四日市の中でも小古曽あたりでは、頭上を国道25が走る高架下を通り過ぎると国道一号が国道103号へシレっと切り替わっていた。朗太は焦る。


「なにこれトラップ!?」

「トラップとかそういうのじゃないわよ! ただ道がこうなってるの! 右に曲がって。そっちが国道一号だから!」


このように急な進路変更に戸惑いつつも朗太たちは進み続ける。

四日市市を出ると道の周囲の風景は再び閑散とした、畑や、何もない野原のような場所が散見されるのどかな道に変わった。

朗太たちは鈴鹿川を左に置きひたすら自転車を漕いだ。

時に国道一号が自動車専用の高架に行ってしまうので朗太達はその横を沿うよう走る道を走る。そして亀山市を越えたあたりで


「あれ?」

「うん、あれ」


前方に山々が見えてくる。


『鈴鹿峠越したら滋賀県』


そう、最後にして、道中最大の難所の一つ。

鈴鹿峠。

疲れ果てた東京からのチャリダーに襲い掛かるラスボスが現れたのである。

車線も一つになり、しばらく自転車を走らせると、道は(ラスボス)の中に突っ込んでいった。

すぐに周囲の風景は道の左右に樹木が生い茂り、時にはむき出しの崖が迫る峠道になってしまった。

こうして最終ボス戦は始まった。

その坂道を登る朗太達はというと


「きっつ……」

「頑張って朗太! これが最後の山場よ!」

「でも姫子さん……! 体はもう限界ですよ……ッ!」

「纏ちゃんも、無理はしないで……!」

「はい、無理する気はさらさらないです!」


すでにボロボロで、ペダルを踏み下ろすたびに体のどこかが痛んだ。

その疲労困憊の体に鞭打ち、痛みを耐えながら、体中から汗を垂らしながらジリジリと登坂する。進度は一気に低くなった。

時に朗太たちは


「もう無理だ。歩く! 先行っててくれ!」

「すいません……! 私たちは後から行きます……!」

「分かったわ! 少し進んだところで待ってるから!」

「うん! 拓けた場所があったらそこにいるよ!」


と徒歩を選択しつつ進い、また時には


「もうだめだー!!」

「もう動けませんー!!」


道の隅にあった安全なスペース、森に一歩入ったような確実に車の入ってこないスペースで身を投げ出し休んだ。

だが彼らは着実に峠を越えつつあり、数時間ほどかけて


「見て……!」


鈴鹿峠、最高到達点、その付近にまで辿り着いていた。


「凄いな……」

「ホント良い景色ね」

「この景色だけで登った介があるってものです!」


そしてそこからの絶景に息をのむ。

朗太たちがいるのは鈴鹿トンネル前の主桁の赤い橋、第4大滝橋だった。

予てよりやたら高い場所に赤い鉄橋が架かっているなぁとは思っていた。

だが、まさか自分たちがそこまで登板しなくてはならないなんて……。

しかし実際にそこまでなんとか到達してしまうとそれまでの苦難がすっ飛んでしまうような絶景だった。

青い空と深緑が混じる大パノラマである。

橋になっているということはそこ谷になっているということであり欄干から身を乗り出すように見下ろすと、そこには多くの木々が生い茂る谷間が見えた。

その遮るもののない雄大な自然の風景はジオラマを見ているようだった。

自分たちがこれまで通った道や橋が小さく見えた。


「やったわね……」


しばらくするとポツリと姫子がつぶやいた。


「そうですね。ついにここまで来ました」

「凄いね……」


皆一様に感動していた。


それから朗太たちは鈴鹿峠に設置されていたトンネルを通過し滋賀県に入った。

これで最後の県である。

そして滋賀県に入ってしまえば多くは下り坂になり、快走しながら新名神高速道路の一部をなす巨大な桁橋、高さ数十メートルもある橋の高架下を通過する。

朗太たちは一気に滋賀県を駆け抜けた。


だが体にガタが来ているのも事実であり――


午後七時前。


「きーっついな……」


辺りが暗くなり始めた頃だというのに、朗太たちはまだ滋賀県にいた。

朗太は大きく肩で息をしていた。


「疲れました……!」


横の纏も満身創痍である。

やはり疲れが溜まっていてこれまでのように予定通りに全てを為すことは困難だったのである。

鈴鹿峠を越えた後疲れがどっとと襲ってきて一気にペースが落ちてしまったのだ。

そして京都までは


「あと、2・3時間漕げば着くけど、どうする??」


風華が時計を見ながら振り返った。

あと少し。

朗太たちはこのまま頑張って京都入りを果たすか、それとも近間で宿を取り京都入りを明日に引き延ばすか、判断が迫られる局面にいた。


「休みましょ」


すぐに口を開いたのは姫子だった。


「二人とも疲れているし、夜漕ぐのは危ないわ」

「だね。明日、2・3時間漕げば京都入れるわけだし」

「すまないな」

「いーよ気にしなくて! 皆で行くのが目的でしょ!」

「あ、じゃぁあそこに看板がありますよ! 宿探すの面倒ですしあそこにしませんか?!」


今日はこの辺りで泊まることが決まると纏は道路の横に立っていた看板を指さした。

そこには『右折し10分で宿あり』との記載があったのだ。

その記載に疲れもあり皆飛びついた。


「宿まで十分だって! もう疲れたしここにしましょうよ!」

「だね! 近いのが一番!」

「ですよね、賛成です! あと10分なら頑張れる気がします!」

「そうだなここにしよう」


すぐに今日の宿候補は決まり、さっそく朗太たちは次に現れた道を右折し一気にホテルを目指し自転車を走らせ始めた。

しかし――


「全然! 着きませんよ!!」


いくら漕げども宿など出てこない。

なんなら指示された方向にある町がやや小高い坂の上にあり、ここにきて若干の登坂を強いられる。

そしてここに至り朗太は当たり前のことに気が付いた。


「あの10分って……車で10分だったんじゃ……」

「「「…………」」」


どうやら三人揃って脳に栄養が行っていなかったらしい。

そんな当たり前な可能性にも気が付かなかった。


「ど、どうするんですか?! 車で10分ってロードバイクで何分ですか?!」

「分からん! 車で10分も当然車の時速によるだろ! 時速何キロ計算なんだ?制限速度で良いのか?!」

「ここにきて算数なんてまっぴらごめんですよ!! それにこれってちょっとヤバくないですか?!」

「そうだね、制限速度40キロ計算でも今の私たちだと40分近くかかるかも」

「40分?! や、ヤバいですよ!?」


青い顔をする纏。

実際のところ風華以外のメンツは全員限界を迎えつつあった。


「ど、どうすんのよ! 風華、じゃぁまた下って元の道に戻る?!」

「でも結局こっちのが近いってなったら?! また今の坂上るなんてそれこそきつくない?!」

「そうですね、それは何とかして避けたいです」


揉め始める三人の美少女達。


「と、とにかく宿がこっちにあるのは事実だしもう登ったんだからこの町で宿探すべ」


だが朗太の一言で見知らぬ街で宿を探すことになった。


そして最終的に看板に示されていた宿かどうかすら分からないが寂れたビジネスホテルを発見し部屋をとったあと皆は言う


「最後の最後までトラブルだったわね」

「しゃーねーよ姫子」

「いやー疲れました」

「最後の最後でトラブったねー」


こうして京都自転車旅行、三日目の行程は終わりを告げたのだ。


そして自室で軽くシャワーを浴び服を着替えぼーっとしているとドアがノックされ、開けると旅の三人が立っていた。


「ご飯行こうよ凛銅君!」


こうして朗太たちは夕飯に出かけたのだった。

三日目の夜の始まりである。







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