旅行1日目(5)
朗太は女子の部屋に入るということで幾分緊張しながら姫子達の部屋に向かった。
姫子たちの部屋は朗太の階から二つ上だ。
朗太は手早く衣類を自室で畳むとエレベーターに乗り姫子たちの部屋へ向かい、該当の部屋を発見すると大きく息を吸い、吐き出し、ドアをノックした。
「凛銅だけど」
「あ、凛銅君! 来たね! どうぞどうぞ!」
すると部屋着の風華が出てきて朗太を中へ迎え入れた。
先ほどと同じ半袖短パンの風華だ。
白魚のような肌が強調される、眼に毒な格好である。
通されたのは朗太の部屋よりもずっと広い部屋だ。
ツインルームで、シングルベッドが二台とエキストラベッドが一台置かれていた。厳正なじゃんけんの結果エキストラベッドの使用者は風華に決まったようでエキストラベッドの上には風華の半袖やら靴下やらが散らかっていた。
女子たちの部屋とあって多少なりとも朗太は緊張し入室したのだが、部屋は――疲れているのだろう――バックパックが投げ出されていたりそこいらにゴミが落ちていたり、湿布が転がっていたりとあまり女っけを感じられるような有様ではなかった。
おかげで本来ならば幾分視覚面で朗太は安定を取り戻し得たのだが、案の定部屋には女性特有の甘い匂いが満ちている気がして朗太はクラリと来ていた。
「先輩、いらっしゃいませ」
そんな中、纏は自分のベッドで枕を抱きかかえうずくまっていた。
「なんだ、どうした纏。もう眠いのか枕なんて抱えて」
「そ、そうじゃないです! ちょっ、ちょっと恥ずかしかっただけです!!」
纏は顔を赤くしながら枕を投げ出した。
「姫子ー、というわけで凛銅君来たからー!」
一方で風華は浴室に向かって声をかけていた。
『えぇぇぇぇぇ!? ちょっと速いわよ!?』
バスルームから姫子の困惑したような声が響いてきた。
部屋からは水がシャワーカーテンやら壁やらにかかるシャシャッという音が響いてくる。
どうやら姫子は今も入浴中らしい。
つまり姫子は今現在マッパなわけだ。
この薄いドア越しに、あの姫子が、スタイルと顔だけは確実に良いあの姫子が、一糸まとわぬ姿でいるわけだ。
…………
なんかとんでもなくエロいんだが??
朗太は困惑した。
あの姫子が今もなお自身から三メートルと隔てぬ位置で裸だと思うと妄想が滾る。
何だろう、普段あまり意識していないからこそエロイ。
いやむしろ心のどこかで意識しないように努めていたのかもしれない。
それをこのシャワーイベントがぶっ壊したのかもしれない。なんというかどうしようもなくエロく感じられ今にも鼻血が出そうだった。
だがこれを表情に出すとマズイ。
平常心だと朗太は自身に言い聞かせた。だがそんな抵抗など焼け石に水で
「凛銅君、なにやら興奮しているね?」
普通に風華に見抜かれ
「え?!」
「先輩……最低です……」
「いやいや誤解だぞ!?」
風華はにやにや笑われ、纏にはジトっとした目で睨まれた。
完全に悟られている。
これだから童貞はいけない。
朗太は自分の童貞力の高さを憂いた。
そしてしばらくするとバチャッとのっぺりとした音と共にドアが開き寝間着を着た姫子が現れ
「この変態!」
姫子は顔を真っ赤にしながら朗太を糾弾してきた。
「いやいやいやいや流れで来ただけだから!?」
「でも女子が風呂入ってる部屋に来ることは無いでしょ!?」
「ま、まぁそうだが……」
「ホラ、言語道断じゃない!?」
分かり切っていたからこそすぐに反論できたが糾弾する姫子の気勢に押し切られてしまった。
「な、なんか、すいませんした……」
朗太は力なく謝罪した。
「分かればいいのよ」
姫子はフンと鼻を鳴らし胸をそらした。
腕を組みながらプリプリと憤慨し「まったくもー」とか言っている。
「本当に、すいませんした……!」
「だ、だから分かればいいのよ……」
朗太が再度頭を下げると姫子は普段と打って変わって殊勝な態度の朗太に狼狽していた。が
「本当にすいませんした……姫子」
「だからもう良いって」
「これを今後生かして……」
「生かして?」
「小説のいいネタにできればと思います……!」
「アンタそれは絶対やめなさい?!」
姫子は涙をちょちょぎらせた。
「アンタぜんっぜん反省してないわね?!」
「いやいや反省はしてるぞ?! だが転んでもただでは起きないだけだ!」
「それを反省してないって言うのよ! 何で糧にしようとしてるのよ?!」
「うるさい! 実際に起きたことを吸収して何が悪い! 俺は今回の経験を活かし妖艶なラブホシーンを書くんだ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
姫子は朗太に掴みかかり
「ハハハ……」
風華は苦笑いを浮かべ
「うーわ……」
朗太の人でなし発言に纏はドン引きしていた。
そのようなプチ騒動を起こしつつもそれが済むと(朗太は姫子に横っ面を張られ頬のもみじ柄を作っていた)朗太たち4人は雑談に花を咲かせていた。
朗太も最初こそ緊張したが、良く顔を合わせる面子とあって、すぐに普段の自分を取り戻していた。
そうなってくれば4人の間に気まずさなどあるわけもなく、朗太たちは夕食の席の続きで今日の旅路の話をしていた。
この一日で話題など数え切れないほど出来た。
会話など、延々とし続けられる。
だが普段と違いそこにはテレビがあり、自然と話題はその画面に映る映像の話になった。
それはボケっと朗太がテレビのドラマを見ている時だった。
朗太が何とはなしに画面に映る人物を追っていると
「何朗太、こういう子がタイプなの?」
姫子がジトっとした目で尋ねてきたのだ。
「え!? そうなの凛銅君?!」
「先輩趣味悪いですねー」
画面に映るその人物が自分とは似ても似つかぬ人物で瞠目する風華に、もしこのギャルっぽい女だったら趣味が悪いと顔をしかめる纏。
「いや違うぞ」
だが朗太とて別にタイプだから目で追っていたわけではない。
俳優の仕草やリアクションに小説の糧を見出そうとしていただけだ。
しかしそれを伝えても
「いーやアンタ明らかにエロい目で見てたわよ」
「先輩最低です」
良い話のネタだからか、朗太の性格を知っているというのに、彼女たちは一向に取り合ってくれない。
「まぁ凛銅君、人の好みは人それぞれだから私は余りとやかく言わないよ」
あげく風華にまでそうぎこちなく言われる始末。
そして、それならばと朗太は目を吊り上げ言ったのだ。
「好みっていうならこっちの子の方が好みだな」
と。
画面に映っていたショートカットのいかにも風華っぽいアイドルを朗太は顎しゃくった。
そっちがその気ならば自分もこの、『自分の好みの話題』にのってやろうという算段である。
朗太は『自分の好み』という話題で戦ってやろうとその話題の上でがっぷり四つに組もうとしたのだ。だが
「あー……、急にガチになりだしたっぽいから言うけど」
姫子は残念そうに眉を下げ頬をかきながら言った。
「その子、整形してるわよ……」
「え?!」
信じられない姫子の指摘に朗太は目を丸くした。
「え、このアイドルナチュラルボーン美人じゃないのか?!」
「そんなわけないでしょ。この子の場合鼻プロテーゼやってるわ」
「鼻プロテーゼやってる?!」
意味不明な単語の登場に朗太は瞠目していた。
「確かにこれは鼻プロテーゼ入っていますね」
「うん、額から鼻生えてるよね」
「額から鼻が生えてる?!?!」
画面を見てうんうんと同調する風華たちに朗太は目を剥いた。
朗太の脳内に浮かぶのは福笑いの絵面である。
額から鼻が生えるとは一体なんだ。
朗太は混乱のさなかにいた。
だが混乱の極地にいる朗太そっちのけで女性陣は整形の話題で盛り上がり始めた。
「あ、この子もまた顔変わった?」
「目頭切開やっちゃいましたね」
「目頭切開!?」
「あっちの子は二重やってるね」
「二重やってるねとは……」
「アイプチかもしれないわよ風華」
「いや絶対二重やってますよ姫子さん。だってこの子最近隣の国に旅行いってましたよ確か」
「隣の国に旅行?! それ関係あんのか?!」
「あるよ凛銅君! 二重埋没法かな」
「二重埋没法……」
「顎にもプロテーゼ入ってるわねこの子は」
「確かに、顎もシャープになったもんね」
「コレは……入れましたね……」
「入れましたってなに?!」
何その薬やってるみたいな言い草?!
朗太は信じられない言葉の数々に動揺しまくっていた。
「いやいやTVで出る人が全員が整形しているわけじゃないだろ?!」
「確かそうだよ! 例えばこの女優さんとかは何もしてないと思う。でも整形している人も沢山いるんだよ!! 別にそれを悪いとは言わないけどね! 顔見れば一発だよ!!」
「うんうん、一発よね」
「そうです。一目瞭然です」
何だろう、整形警察がここにいる……。
「あ、丁度いい機会だからこの男に世の現実って奴を教えましょうか」
朗太が絶句しているとそんな朗太を見て姫子が提案した。
「あ、良いですねそれ。先輩ちょっと女性に夢見てるところあるんで教えてあげた方が良いかもです」
「そうね、じゃぁ凛銅君、私たちが今日整形の見分け方を教えてあげるね。まずは涙袋ヒアルロン酸注入から」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
自分の抱く女性像が崩されそうで悲鳴を上げる朗太。
しかし既に姫子たちは逃がすまいと動いていて、姫子と纏が左右から朗太の腕を掴み身動き取れなくし、風華が自分のスマホを指し示し朗太に一つ一つ整形手法とその見分け方を解説する。
それはやはり朗太の抱く芸能界の女性像を崩すには十分で
この日、朗太は大人の階段を一つ登った。
こうして京都旅行記念すべき一日目は終わったのだ。
最後の最後に色々と酷い目にあった。
それが朗太の初日夜の感想である。
こんな目に遭うのなら、来たくなかった。
「あ、ちょっと凛銅君! 目つぶっちゃだめよ!」
「アンタ! 目を開けなさい!!」
「先輩、現実を直視してください!」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ホテルの一室に朗太の悲鳴が轟いた。