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旅行1日目(4)






「おつかれさまー!!」

「「「おつかれー!!!」」」



午後9時。

幸運にも宿をすぐ見つけた朗太達はさっそく近間の飯屋にやってきていた。

18未満でもアルコールを頼まなければ入店できる特殊なチェーンの居酒屋だ。

メイン層は当然大人で朗太達は浮いていたが朗太達は構わず乾杯した。

ガラスの打ち合う音と共に液が跳ねる。

そしてそれぞれのジョッキに注がれていた飲料を一気に飲み干すとそれらは疲れ切った身体に一瞬で染み渡るように感じられた。

4人が達成感に酔いしれているとすぐに頼んでいた食事も配膳された。


「うわー、写真よりも真っ黒ですよ……」

「この地域っておでんが有名なのか?」

「そ、そうらしいわよ……」


彼らのもとにやってきたのは『静岡おでん』という名の黒い液に浸かったおでんである。

メニューで見た段階で明らかに多くの塩分を含んでいることが窺え朗太達は怯えていたのだが


「まぁ実際に食べてみないと何とも言えないっしょ」


とのことで風華の一存でそれは頼まれたのだ。

かくして配膳されたのは大根から卵から何から何まで全て串に刺さった黒い煮汁に浸かった代物であった。


「なんか凄いな……」

「この黒いの何よ」


実際に出てきたものの異形さに固まる朗太に姫子。するとスマホで調べていた纏が口を開いた。


「黒いのは黒はんぺんですね。静岡おでんの中でも有名なネタらしいです」

「なるほど」


纏は続けた。


「静岡おでんは食糧難の時期にその頃棄ててた牛スジなんかをおでんにしたのが始まりらしいですよ。で、この黒い煮汁は牛スジの煮汁に醤油を加えたものらしいですね。黒いはんぺんはいわしなどの骨や皮などを取り除かずに作っているかららしいです」

「へぇ」

「それとこの横についている削りぶしっていう粉をかけると絶品らしいです」

「なるほど」

「ま、いつまでも見ててもしゃーない食べてみるでしょー」


こうして朗太達はその塩分の濃縮された物体にしか見えないそれを口に運んだのだが


「うっま!?」

「うわこれ味濃いですけど美味しいですね?!」


次の瞬間には4人揃って目を丸くした。

長時間煮込んだことで大根はホロホロと口の中で崩れ、舌の上に味が染みわたる。

糸こんにゃくもはじけるような噛み応えと濃厚なうま味で大変美味で、牛スジは良く煮込まれていて非常に柔らかく頬が落ちそうなおいしさだ。


「何これ、ホント美味しいわね」

「削り節かけると更に旨いですよ。黒はんぺんも超おいしいです! あ、写真とっとこ」

「写真映えはしないけどこれは撮っておきたくなるおいしさね」


その後4人は次々と、トマトベースの汁の横に麺が盛られた『つけナポリタン』やしらすを板状に加工した『たたみいわし』、お好み焼きに沢庵のみじん切りを入れたような『遠州焼き』。アジやマグロのなめろうを白米の上にのせ出汁をかけた『孫茶』など静岡の郷土料理を注文していた。

そのどれもが美味しくて4人は夢中になりながら口を動かした。

そうしながら話題に上がるのは今日の行程での事件である。


「箱根越えてからも地味に大変だったわよねー」

「私としては箱根というボスを倒した後だったので余計響きました」


この通り何も箱根峠を越えたら後はここまで無難に来られたわけではないのである。纏の言う通り箱根峠を越えた後だからこその辛さというものもあったのである。

姫子や纏たちの会話を聞きながら朗太は道中のことを思い出した。


芦ノ湖を過ぎしばらく、朗太達は白いでっかい塔から斜めにケーブルを渡し橋を支える、何となく紡錘体を思わせる斜張橋・三島スカイウォークを横目に見つつ国道一号をかっ飛ばしていた。

だが静岡県内はとかく国道一号に自動車専用区間が多い。

それもあって朗太たちは静岡に入り三島に着き次第、県道380に乗り換えたのだが、そこからの道のりがまさしく『地味に大変』だったのである。


「あの道も堪えたわよね」


当時を振り返り風華は達成感と疲労感の混じったため息を漏らした。


「そうよー、朗太とか死にかけだったじゃない」

「何もねー道が延々と続くからいけないんだ」

「最初は海岸線沿いでなんとなく楽しかったんですけどねー」


県道380から国道139は代わり映えのない道が続き非常にきつかったのだ。

三島市街を越えた当初は良かった。最初は片浜(かたはま)公園という公園を左手に海岸線沿いを走っていったので近間に海の気配を感じとても心地よかった。だがそれを越すと完全に民家が建つだけの面白みのない道になり、県民には申し訳ないがチャリダーの朗太たちにとっては非常にきつかった。

それまでは気が付かなかったが視界から入る情報というのはとても重要だったのだ。

その後国道139に入ってもその傾向は続きいつの間にか県道396にアクセス。富士川を越えひたすら走る。

ちなみにこの県道396は旧国道一号、いわゆる東海道であり、かつて多くの人がこの道を往来したというわけだが、だから何だという感じで彼らは走り続けた。

だが一点、とても良いこともあり


「見てみて、めっちゃ富士山くっきり写ってるよ!」

「でっかかったもんねー」

「いや本当に迫力凄かったですよ!」


実はそのあたりは丁度静岡県でも富士市にあたり、天気が良かったこともあり日本最高峰、富士山がよく望めたのである。

その姿は圧巻の一言で、その威容が姿を現した際、朗太は自転車を漕いでいる最中だというのによそ見をし思わずそれに見入ってしまった。

青い空を削り取り屹立する富士。その墨をそのまま垂らしたかのような黒々とした峰は、何ものにも変えがたい存在感を放っていた。

過去多く絵や詩に書かれたことが頷ける迫力がそこにはあった。

そうして朗太が見惚れていると


「ねー! 凛銅くーん! ここで写真とろー!!」


前方で青空に入道雲をバックに風華たちがロードバイクを路肩に止め手を振っており朗太たちは写真を撮り


「いやーこの写真はいいわねー」


今現在手元に富士を背景に4人でピースをする写真があるというわけである。


その後県道396を進むと静岡県の由比(ゆい)あたりで国道一号にぶつかった。

しかし国道一号は由比(ゆい)から興津(おきつ)間に自転車通行不能の区間があるので太平洋自転車道を進む。

そして砂利道の太平洋自転車道を興津を越えれば国道一号にアクセスしてしまって問題ない。あとは国道一号を直進するだけで静岡県静岡市に到着するのだが


「あれ、ちょっと待って……?」

「どうした白染ー」

「ちょっと待って皆ー! パンクしちゃったかもー!!」


太平洋自転車道をようやく抜けようというときに風華のロードバイクがパンクしてしまったのである。


「アレはちょっと面白かったわ」

「風華さんが一番快調だったのにまさか機器トラブルとは思いませんでした」

「私の手際を誉めなさいよ手際を!!」


風華は富士宮焼きそばを頬張りながら主張した。


実際に風華の手際は素晴らしかった。


「ピットイーン!!」とか下らないことを言いながらうずくまったかと思ったらテキパキとした手つきでパンク箇所を見つけるとあっという間にパンクを直して見せた。


そしてその後数時間かけ朗太たちは有事、静岡市にたどり着いたというわけである。

だがこの事件の数々、苦難の数々は終わってみれば何も嫌なことではない。

なぜなら


「てか朗太アンタ全体的に遅くない?!」

「いやいやいやいや普通だから! 俺が普通だから!!」


このような事件こそが、この旅の醍醐味なのだから。

朗太は自身を責める姫子に傲然と言い返していた。



それから夕飯を終えると朗太たちは速やかに今晩の宿であるビジネスホテルに戻った。

当然一人部屋の朗太はバックパックが無造作に放り出されたシングルルームに戻ると速やかにバスタブに湯を張り浸かった。

はっきり言おう。これまでで最高の湯だったと。

体の各所に溜まった疲労物質が血流に乗り流れ出すのを感じた。ぜひ疲労物質の行き先の一つである肝臓あたりには入念に分解して欲しいものである。

風華に入念にマッサージするように言われていたので、疲弊しきった腿を、肩を入念に揉みこんだ。

数十分以上湯につかると体中に心地よい疲労感を漂わせながら朗太は湯から上がった。髪を簡単に乾かすとコインランドリーへと向かう。

そして周囲とは違い馬鹿みたいに明るいコインランドリーで自分の衣服がゴロンゴロン洗われているを視界の端に収めつつスマホをいじっていると半袖短パンというラフな格好をした風華や姫子、纏たちがやってきた。

彼女たちも洗濯にやってきたのである。


「見んじゃないわよ」

「わーてるよ」


そして朗太の横で自分たちの衣服を放りこみゴウンゴウン洗濯機を回し始める。その中の彼女たちの下着などが入っていると思うとどうしても意識はそちらに向いてしまうのだがここは我慢だ。何を言われるか分かったものではない。

だがそんな朗太の心のうちなどお見通しで風華あたりはニヤニヤ笑いながら


「気になる?」

とからかい

「気にならない」

朗太は食い気味に答えていた。


その後心を鬼にしながら雑談していると纏、姫子と順次消えていく。

彼女たちはシャワーを浴びただけで本格入浴はまだらしい。

じゃんけんに勝った風華しか出来ていないとのことだ。

そして纏が消え、戻り、今度は姫子が消えしばらくした時だ。

丁度洗濯乾燥が終わり


「ねぇ、凜銅くん? 私たちの部屋でちょっと雑談しない?」

「え、良いのか?」


風華に彼女たちの部屋に誘われたのだ。


「良いよ勿論!  皆で旅行してるのに凜銅くんだけ一人じゃ寂しいじゃん? 良いよね、纏ちゃんも?」

「まぁ良いですけど……」


こうして朗太は風華たちの部屋へ向かったのだった。









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1巻と2巻の表紙です!
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