旅行1日目(2)
周知のとおり、東京京都間は国道一号で通じている。
だからこそ彼らはまず――
「――箱根を目指すわよ皆!」
神奈川、静岡間の難所、箱根峠を目指し走り出していた。
薄闇に包まれた町並みが朗太を迎え入れる。
そうしながら朗太は作戦会議のことを思い出していた。
それは東京・京都間は国道で大体500kmほど離れており自動車専用道路を避けるにしても大体同じ。つまり日に170㎞程移動し続ければ3日で目的地に到達する、という話が出た後のことだった。
『ほんとに毎日170km行けますかね?』
ファミレスで纏は2冊広げた地図に予定路の線を引きながら難しい顔をしていた。
纏は170kmという行程に懸念があるようだった。
『行けますかねじゃなくて、『行く』のよ纏』
だがそんな弱気な纏を姫子はたしなめる。そして――
『初日からけっつまづきたくないし早めに出るわよ』
というわけで朗太たちは日も登らぬ早朝から走り出しているわけだ。
「早朝だけあって車通りも少ないわね!」
「でもトラックなんかはよく通るんだから気をつけなさい!?」
4人は時折トラックなどが通り過ぎる青梅街道、三車線の道を進んでいた。
先頭を行く風華と姫子が大声で言葉を交わす。
朝とはいえ都心。夜も明けていないのにトラックの運ちゃんたちは大型トラックを走らせ物流を維持している。本当にお疲れ様である。
またロードバイクともなるとその気になれば時速20kmを優に超える。
体力もあるということで彼らは快調に道を飛ばしていた。
そしてしばらくすると視界の先に天を衝くようなビル群が見えてくる。新宿である。本来ならば若者である彼らの目的地はそこであろう。だが――
「そこ曲がるから!」
「分かった!」
それより手前の中野坂上で都道317号線とぶつかり右折した。
彼らの目的地は――武骨なことに――箱根である。
とはいえまだまだ多くの若者たちが往来するような街が続く。
都道317号線、通称山手通りをひたすらに進んでいくといつの間にか渋谷区に入り
「右折すると方南町らしいが」
「直進で初台でしょ」
と彼らは案内板を見て雑談しつつ直進。
時期に大通り国道246号線にぶつかり次第右折した。
この国道246号線、神奈川へ通じているのである。
「この道まっすぐ行くんでしたっけ?」
「えぇ、そうよ。しばらくまっすぐ」
彼らは首都高速3号線の高架下に位置するまだ車通りも少ないその道をかっ飛ばした。
交通量が少なくて本当に走りやすい。
早朝から走り出したのにはこういった理由もあるのだ。
朗太は隊列の最後尾で前を走る纏を眺めつつ作戦会議を思い出した。
『で、初日に170km走るとなると、目的地は……ここね』
懸念を呈す纏の意見をはねのけた姫子は地図を指さした。そして初日の目的地を目にし朗太と纏は飲み物を吐き出しそうになった。
『静岡市?!』
『170km進むと静岡市まで行くんですか!?』
『マジよマジ、おおマジよ。おかしくない距離よね風華』
『うん、自転車で旅行しようって言うのならそこまでおかしくない距離。時速20kmで行っても10時間くらいでしょ?』
『いやいやそれ皮算用だろ??』
『そうよ朗太。でもダメだったなら修正していけば良いじゃない。別に宿を先んじて取るわけでもないんだから。ある程度予定を決めつつ無理だったら折れる。それがチャリ旅の良いところよ』
『ま、まぁそうだが……』
『でもま、さっき言った通り初日から予定失敗は嫌だから初日は朝4時に出るわよ?』
『朝四時!?』
衝撃の出発時刻に纏が目を剥いた。
『そんな早くから出ていかなきゃなんないんですか?!』
『そうよ。初日が一番元気なんだから早く出て目的地まで付いたらさっさと休んだ方が良いでしょ。出来る限り早く目的地について休む。そういう工夫が今後に響くわ。それに、早朝から出た方が良い理由はもう一つあるわ』
『何ですかそれは?』
『当然交通量よ。ロードバイクなんて車道確定なんだし日中の都心の国道なんて危ないことこの上ないでしょ。だから朝の車通りが少ないうちに都心を抜けるの』
『なるほど。それは合理的ですね』
『あとだから最初は国道一号じゃなくて国道246号で行くわ。多分、そっちのが車通りマシだろうし』
というわけで朗太たちは朝っぱらから都心を駆け抜けているのである。
朝早い時間ということに加え今年は記録的な冷夏ということもあり非常に心地よい気温だ。
予定通り、車の往来もそれほど激しくもない。
朗太たちは快調に国道を飛ばした。
そうして日が昇りだし朝靄がわずかに漂う早朝、朗太たちは
「え、この道行って大丈夫なんか?? 明らかに車専用オーラが漂ってるんだが?」
「下道行くわよ!」
多摩川を渡り切り
「東京出たわね!」
「当分東京とはおさらばだな!」
「私東京から一週間近く離れるの初めてかもです」
「大人になればそんなの普通になるわよ!」
東京を脱出。神奈川に入り厚木街道を滑走していく。
そして次々に彼らは青葉区、大和市、座間市、海老名市を通り過ぎ厚木に入る。
厚木に入ると
「ちょっとここで休憩しましょうか」
「だな」
「ちょーい疲れましたね」
「まぁまだまだ走りやすいけどね」
朗太たちは通り沿いにあった大手ハンバーガーチェーン店に入り休憩。
「で、どうよ朗太調子は」
「運動神経ないからって舐めてるな? これぐらいはまだ余裕だ。少し疲れたけど心地よい疲労感だ」
朗太たちは朝限定バーガーに食らいつきながら雑談する。
まだ朝の九時くらいである。
「でもま、今までは東京だったからね。大変なのはこっからよ」
「そうなんですか風華さん」
「うん、チャリダーのブログとか見るとそんな感じ。なんたって関東『平野』じゃない。勾配がないから交通量以外はまぁ快適らしいわ」
風華はスマホでブックマークした記事を真剣な顔でチェックしていた。
今日この日のために彼女は膨大な準備をしてきているのである。
「ま、今日はずっと晴れらしいし、静岡市まで入れずとも行けるところまで行くわよ」
こうして朗太たちは朝食もそこそこに店を出た。
ちなみにサイクルスーツは比較的体のラインが強調される構造だ。
この美少女三人のサイクルスーツ姿はなかなか眼に毒といえた。
それから4人は246号線を外れ国道129号へ移行する。そしてしばらくすると大通り、京都へ続く本筋、多くの車が行き来するこの国の重要な血流の一つ、国道一号が現れたのでそこに飛び込んだ。そうして走っていくうちに湿った、磯の香りのする風が流れてきて
「あ、」
その景色を目にし朗太は思わず感嘆のため息を漏らした。
そう、前方に現れたのである。
「海だーーー!!!」
風華は先頭で現れた太平洋を指さし歓声を上げた。
誰もが同じ気持ちだったと思う。
皆が自転車で海岸までやってきたことに感動していた。
東京を抜け神奈川に入り、ついに太平洋に直面したのだ。
陽光を跳ね返し輝く群青の太平洋が視線の遠く先に広がっていた。
その後朗太たちは海岸を左手にどんどんと国道一号を進んでいく。
さすがに視界には入らないが海が近くにあるというだけで磯の香りが漂ってくる気がする。
そしてしばらくすればいつの間にか一車線になっていた国道一号は彼らを神奈川の西端、小田原城の佇む小田原に導き、その頃になると見えてくる。
「あれ?」
「うん、『あれ』よ」
箱根山。神奈川と静岡間に佇む多くの温泉街を形成する活火山である。
最初の難所にして最大の難所。
自分たちの前に立ちはだかるように佇む山々を目にすると、それを今から登ると思うと、自然と背筋に寒気が走った。
だいぶ交通量の少なくなった道を進むと無数のドームが連なったような屋奥が特徴の箱根湯本駅が現れた。
そこには今日も温泉旅行に訪れた無数の観光客であふれかえっていた。
だが朗太たちは何も湯治に来たわけではない。
朗太たちは溢れかえる観光客を縫うようにロードバイクを走らせると千歳橋の前で停止。
「ついに、来たな……」
「ここからよ、朗太」
「最大の難所の可能性もあるんでしたっけ?」
「うん、そういう人もたくさんいるわ」
「じゃ」
「えぇ、行くわよ」
心を一つに山登りを開始した。
箱根峠。
素人の心を折る難所である。
経路ですが都心では敢えて国道246号にしました。私が確かこの道で行ったからです。自転車乗りのブログを見ると国道15号から1号に入っていくのがベター?なようですね。ですが私がこの道で行ったので(確か)このルート取りです。自分がやったことでないと詳細に書けないので……
このように本来推奨されているルートとは違うルートで描写する場合も多々ありますのでご了承ください。この作者は無駄な経路通ったんだなーとか、道忘れてんだなーとか思っておいてください。その通りなので。本来見えないであろう景色が見えていたりします。




